02話 カルディの願いと、歪んだセカイ
「当たり前だろ? 俺たちは友達なんだから」
「ははっ、それもそうだな!」
コトッ、と皿がテーブルに置かれる音。
ベーコンハムエッグが3つ並び、エリカがにこりと笑った。
「さ、朝ごはんよ? 二人とも」
「一旦その話は終わり。今は朝ごはんを食べて、その後どうするか考えましょう」
「そうだな」
「またこれかよー。エリカが朝飯当番のときは毎回これだよな」
「文句があるならジニアちゃんが当番のとき別のを作ればいいじゃない」
「だってめんどくせーんだもん」
「まあ、たまにはパスタとかもいいよな」
――ピピッ。
唐突に脳内へ割り込む音。
念話だ。相手は吸血鬼界の長、ブルーディス。
『……あー、聞こえているか? 純血と混血共』
「お前は……!」
『これからお前らに簡単な仕事を渡そうと思ってな』
「……仕事?」
『俺の息子、ブルースターが勝手に人間界へ行った。重大な規約違反だ』
「だからなんだよ」
『始末しろ。それが、お前らに課された仕事だ』
ジニアの肩がぴくりと震える。
「……自分の息子が勝手に行ったから始末しろ、だと? お前、正気か!」
声が一気に高まり、机を叩く音が響いた。
「道を外れたなら説得するのが父親の務めだろうが!」
『……』
『貴様! 長に向かってなんて口を……!
混血が! 身の程をわきまえろ!』
「……カルディ様のことを……」
リオの声は低く、抑えられている。だが目は長を真っ直ぐ射抜き、唇だけが薄く吊り上がった。
「カルディ様のことを、お前らのような純血が、軽々しく口にするんじゃねぇ!」
ジニアとエリカは息を呑む。
普段見せないリオの怒気に、空気が一段と重くなった。
『フッ……お前はカルディ様の一部を受け継いだ唯一の一族だったな、リオ・カルディ』
「だったらなんだ」
声が静かに、だが刃のように鋭く響く。
「息子を俺らに殺させるような男には、俺たちは絶対に成り下がらない」
『子供を持ったことのないお前に、俺の気持ちは分からない』
「分かりたくもないね」
リオは椅子に深く背を預け、冷ややかに吐き捨てる。
「むしろ、子供がいようがいまいが、お前にはブルースターを殺せない。絶対にな」
一瞬、長の言葉が途切れる。
「図星かよ」
リオの瞳は氷のように冷たく光った。
「この世界はカルディ様が望んだ世界じゃねぇ。純血と混血が共存する世界、異種族が共に生きられる世界……それが理想だったんだ。今の世界は、カルディ様が見たら絶対に悲しむんだよ」
『はぁ? もう死んだ者の言葉をどうやって――』
「わかるさ! カルディ様の言葉は全部、魔書として、書物として残ってる! 図書館にも置かれてる有名な書物だ! お前みたいに何も知らない奴が、よく長の座にのうのうと座れたもんだな!!」
『混血は特権を扱えない』
「だからなんだ」
吐き捨てるように遮った。
「お前の話は全部、……空っぽだ」
長が苛立ち、声を荒げる。
『……もういい。ブルースターを殺しに行くのか、行かないのか』
「報酬は?」とジニアが鼻で笑う。
「そうね、タダ働きは困るわ」エリカも肩をすくめる。
『渡すものなど無い。ブルースターの特権で、お前らもろとも死ね』
しばしの沈黙。
リオは深く息を吐き、椅子を引く。
「……仕方ねぇな。人間界に行ってやるよ」
ジニアは手を後頭部で組み、鼻で笑う。
「ブルースターも可哀想だよな。こんな最低最悪の父親に生まれてさ」
『子は親を選べぬ』
「うるせぇ」リオの声は低く唸った。
「俺の大切な友達を愚弄して、今、滅茶苦茶気分が悪いんだわ。……さっさと転移しろ、人間界に」