01話 友を捨てるくらいなら、純血などいらない 改稿中
この吸血鬼の世界には、朝も昼も夜もない。
——いや、正確には、朝も昼も夜もすべて、赤黒く濁った闇に沈んでいる。時間は進むのに、空の色は変わらない。
だから、いつが朝で、いつが夜なのかは、誰にも分からない。
ここは吸血鬼たちの世界で「下界」と呼ばれる場所。
リオたちはただ「下界」と呼んでいる。落ちこぼれと呼ばれた者たちが暮らすこの場所は、人間の世界で言えば、スラム街に近い。建物は歪み、道は石畳が欠けていて、ランタンの光すら心許ない。
——純血でありながら、混血の友人と親しくしていた。それが理由で、リオは強制的に下界へと落とされてしまったのだ。
父はいつも言っていた。
「純血ともあろうものが、混血と仲良くするなど言語道断だ。即刻縁を切れ」
「なんで?」と幼いリオが問えば、父は必ず眉をひそめた。
「そういう“しきたり”なんだ。忠告を聞かないなら、混血が住む下界に強制的に行かせることになるぞ」
混血は神から授けられる力——「特権」を持たない。
理由は誰も知らない。ただそれだけで、彼らは豊かな暮らしから追われた。長は自らの支配を揺るがさぬために上界と下界を作り、混血や混血と交わる純血を、容赦なく下界へと落とした。
……哀れで、貧弱で、非力な混血を目に入れないために。
リオはその理不尽さを知っていても、友達を切り捨てることはしなかった。
結果、彼もまた下界へと堕とされることになった。
◇
「なあ、ジニア、エリ。ちょっと思い出したことがあってさ」
下界のアパートの一室。
キッチンで鍋をかき回していたエリカが、振り返って「なに?」と首を傾げる。
ソファでゲームをしていたジニアは、画面に“LOSE”の文字が出た瞬間、コントローラーを放り出し、半眼でリオを見た。
「おい……お前が話しかけたせいで負けたじゃねぇか」
「わ、悪かったよ」
「で? 何を思い出してたんだ?」
「俺さ……お前らと仲良くしてたせいで、下界に送り込まれたんだなって」
「ああ、その話か。別にいいだろ? お前、後悔してねぇんだろ?」
リオは静かに頷いた。
——後悔なんて、するはずがない。今こうして友達と一緒にいられることが、何よりも幸せなのだから。
「下界ってさ、もっと住みにくい場所かと思ってたけど、案外そうでもないな」
「まあ、リオちゃんがいた上界サウスよりは不便だけどね」
エリカの言葉に、リオは首を横に振る。
「いや、一番住みにくかったのは上界だよ。純血なのに特権が現れなくて、親にも友達にも落ちこぼれ扱いされてた。でもさ、今は——」
彼の続きを、二人は分かっていた。
ジニアは鼻で笑い、エリカは優しく目を細める。
「すごく幸せだよ。こうして友達と一緒にいられるんだから」
「真っ向から言われると……なんかムズムズするな、なあエリカ」
「ふふ。そんなの、分かりきってるのに」
リオは笑って肩をすくめた。
この空気こそが、上界では決して手に入らなかったものだ。
「そういや、お前、急に特権が発現したんだろ?」とジニアが思い出したように言う。
「ああ。でもなんで今になって発現したのかは分からない」
本来、吸血鬼は生まれてから中学を卒業するまでに特権の有無が判別される。吸血鬼界の産婦人科医はその力を持ち、特権は赤(無特権)、黄色(将来発現)、青(発現中)の三色で判定される。
リオの場合、診断は赤色——つまり一生特権は現れないと告げられていた。
——それなのに今、彼の中には“粉砕”の力が宿っている。
「粉砕って、吸血鬼界を脅かす力だろ? なんでそれがリオなんかに……」
「本来なら地下牢行き。でもリオちゃんには何者かが付いてる。だから長も手を出せないんじゃないかって」
「……本当に覚えてないのか? どうやってその力を手に入れたのか」
「何度も言ってるだろ、全く覚えてないんだ」
「ふうん……まあいいや。思い出したら教えろよ」
リオは軽く笑ってうなずいた。
けれど胸の奥には、確かに言葉にできない何かが引っかかっていた——。