第4話 ルール
(ああ、また間違えた)
私は親指の爪を人差し指の腹に強く押しけた。
いつもなら右手で左腕に爪を立てて握るのだが、その右手はホタルさんに掴まれている。
「気にしないでアオイちゃん」
ホタルさんが私に声をかけてくれる。
「はい…」
私は小さく返事をした。
しまった。
今のはありがとうございますをつけなければ、人様に心配されているのにこのような返事ではいけない。
迷惑だけはかけたくない。
私の思いはただ一つだけだった。
だからせめて魔物退治をしてくれているイツキさんの荷物を持とうとしたのだが、逆にイツキさんを困らせてしまった。
いつになれば自分は迷惑をかけずになるのか。
迷惑をかけない様にして逆に迷惑をかけてしまう。
そんな自分がたまらなく嫌だった。
それから無言でついて行く。
私はイツキさんが作ってくれている道をたどりながら歩いている。
その隣ではホタルさんが深い雪に一歩一歩足跡をつけて歩いている。
(きっと辛いだろうに)
本当は私が変わってあげたいのだが、ホタルさんは笑顔で大丈夫だからと言って断られてしまった。
だから休みたいなんて言わない。
どれだけ口の中が乾こうが、息が上がろうが我慢して歩く。
「疲れたね、アオイちゃん」
ドキリとした。
だが平静をよそわなきゃ、自分より歩くのが大変なホタルさんに疲れたなんて言えない。
隠さなきゃ。
「はぁ、はぁ…だい、じょうぶです」
頑張って私は声を絞り出した。
するとホタルさんが歩くのをやめた。
どうしたんだろうと顔を見ると目が合った。
「どう、かされ…ました?」
「うん、休もっか」
笑顔で話すホタルさん。
(また迷惑をかけてしまう)
「わた、しなら、平気ですよ?」
だがホタルさんはイツキさんに声をかけていた。
気を使われてしまった。
ああ、まただ…、また私は人様に迷惑をかけてしまった…
「人様には迷惑をかけるな」
私は父親にそう何度も言われた。
私と父親は何度も目の前の人様に謝罪した。
「…ふん」
その方はジロリと私をにらみ去った。
「どうしてすぐに謝らないんだ」
「…すみません」
私は父親に頭を下げる。
「俺に謝ってどうする」
「すみません」
私は同じ言葉を父親に繰り返す。
事の発端は私が不注意で人様にぶつかったことだ。
そして服を汚してしまった。
急なことだったので、私が慌てていると人様は私を怒鳴った。
父親が急いで駆けつけ何度も頭を下げた。
私も何度も頭を下げた。
そしてようやく許してもらえた。
私の住む街には二種類の人がいる。
人様と私たちだ。
人様は私たちと違う、生まれも育ちも何もかもが違う。
私たちはいつも生活に困窮し、人様からの捨てられたもので生きていた。
いるだけで人様には不快なのものだから私たちは怒らせてはいけない。
「人様に迷惑をかけるな」
それが私の生きるスラム街のルールだった。
でも私は、何度も言われ続けても迷惑をかけてしまう。
そしていつしかルールを侵せば右腕に爪を立てた左手で強く握る癖がついた。
跡が付くまで、その痛みを忘れない様に強く握り続ける。
もう二度と人様に迷惑をかけないようにと自分を戒めるために。
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