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第1話 ドウエンスの世界



 生命の始まりと終わり。

 

 広義的な意味であるならば、この世に産まれたときが始まり、そしてその息の根が止まったときが終わりだ。どんな生物もこの条理に反すること無く、されど内容は千差万別で、首尾を通して同様なことなどあり得ない。


 なら、皆平等という言葉は存在していいのだろうか。


 種という枠組みの上では、『人間』という言葉で等しく囲われているだろうが、その中にも力の強弱、そして立場の上下が存在する。

 その対極にある両者は、果たして『平等』なのだろうか。皆平等とは、都合の良い言葉なのではないのだろうか。


 弱い者は、与えられない。


 力を持つ者が私利私欲という名の力を存分に振るう。単純かつ明快。

 ここはそういう世界。


 少年狩人、ティルの栗色の髪の毛が揺れた。


 スピードの乗った体が急停止したことで、後ろになびいてた髪の毛が元の状態に戻る。

 走ることで蓄えられた運動エネルギーは、急停止することでその役目を終わらせる。エネルギーの変換先は様々で、己の熱だったり、足の摩擦だったり。


 そして一番の行き先、あるいは目的は目前の生命物であった。


 「グゲェェッ!」


 人では無い、もっとおぞましいなにかから発せられたような断末魔が、静かな森を汚した。


 その生命物、もとい生命はもう奪われただろうその骸は、全長が少年の腰までの簡単に言えば大きなキノコだった。もっとも、通常のキノコよりもその図体のでかさは段違いなことから、それだけで全く異なる種であることが分かる。しかし、それだけならまだいい方だった。

 柄の部分にあるいびつな目、鼻、口で構成された醜悪な顔立ち、いかにも毒性がありそうな紫のカサ、そして短くて太い手のような触手。


 異形な存在、化け物、魔物。


 コルの森が抱える、また森が原始的で神秘的な状態を保ち続けているその正体、それが人を躊躇いなく襲う魔物、通称『モンスター』であった。


 ティルが後ろから短剣を突き刺したそれ、モンスターの名称はクーラマッシュ。コルの森手前辺りに生息しているモンスターだ。足と呼べるような代物が無いため、自らの巨大な筋肉を巧みに動かして這ったり、飛んだりして攻撃や移動をするのが特徴的な大きなキノコ。


 しかし、もう少年の手にはそのクーラマッシュ自慢の筋肉の感触が無かった。刺した時には思わず顔をしかめるような生々しい感触が手から骨の髄まで伝わったが、暫くの間刺し続けているとその確かな重みというのが、徐々に薄れていった。


 それは、生命活動に終止符を打っていることの証明。


 緑色の血のような液体が、刺した箇所から流れ落ちる。

 ぬちゃっ、という音と共に、ティルは何とも言えない顔で骸から短剣を抜いた。


「———う、うぷっ」


 いくら人間から遠い存在とはいえ、ある程度形をもった動く物体。また外傷部分から多少の粘性がある体液が流れ出る様は、頭では違うと分かっていても、無意識に自分と重ね合わせてしまう。


 右手の先にある短剣にへばりついた血を見たティルは、胃から戻ってくる何かを必死に押し殺す。しかし抑えきれずに漏れ出たものは、口の中を容易く苦味で支配した。


「……」


 自然と眉間にしわが寄る。

 また短剣ついた血も、気持ちを不快にさせる。

 やがて落ち着きを取り戻したティルは、短剣についた血を勢いよく振り払い、右太もものレッグホルダーに収納した。


「やって、やったぞ……!」


 そして呟く、己の勝利を確信する言葉。

 たかがキノコ一匹、狩人ギルド本部では最低ランクに位置付けられているモンスター一匹。


 しかし己の手のみでの初討伐となっては、訳が違かった。

 滾る気持ちが溢れだし、体温から何まで高ぶってくる。


 あぁ、嬉しい。


 今この瞬間だけは、自分を支配する肯定感で満たされる。

 人類の敵の排除か、高い収入か、もしくはただの本能か。

 これが、強者への第一歩。

 骸となったクーラマッシュが砂塵となり消えゆく姿も、ティルの視界には入らなかった。



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