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7話 人形が全力で戦う話

 ダンジョンの四階層まで進み、苦戦しつつもなんとかミノタウロスの討伐に成功した俺たちは、あの後すぐにポーションや魔法で回復し、五階層へ向けて再び動き始めた。

 だが───


「中々遠くへ行かないな...」


 ちょうど五階層への階段がある方向からキメラの足音が聞こえる。

 さっきのミノタウロス戦で二人も理解したようだが、俺たち三人でキメラの相手をするのは厳しい。

 そもそもキメラは三人で挑むのは無謀。キメラの討伐が目的ならば、ある程度手練れの冒険者で固めた五人以上のパーティーを組むのがいいとされている。


 レイブン・グルジオならば一人でも倒せないことはないが、少なくとも自ら戦いには行かない。

 一体倒すだけでもしんどい上、キメラから手に入る爪や皮は一人で生活する分にはいらないからな。使い道が装飾品系統に偏っているし。


 ...でも装飾品ってことは、メロウやスイランにとっては価値があるのか...?

 ならば、倒して素材を加工してプレゼントしたら喜んでくれるのだろうか。

 プレゼントなんて家族とダンケルにしか送ったことがないから、同年代の女の子が喜びそうな物なんて全くわからん。


 っと、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。

 今のところ近づいて来てはいないが、階段までの最短ルートを通れば確実に出くわす。

 だがここを回り道することになると距離が約二倍になるから、またミノタウロスや他の魔物に遭遇する可能性が高い。


「...仕方ない。幻影魔法でうまく通り抜けるか。」


 詠唱し、周りからは三人の姿が見えなくなるように魔法をかけた。


「ん?何したの?」


「少し離れてみな」


 スイランが少し離れて、振り替えって歓声を上げた。

「おぉ~!見えない!すごいなぁ...ここまで近づいたら見えるのか」


 一人で楽しんでいるところ悪いが、これはあまり長時間持続できない。

 ある程度アレンジを加えてあるから、魔力の消費スピードが速いのでな。


「これで見えなくなるから、キメラの脇を通り抜けて階段を目指すぞ」


「はい。...でも、匂いなんかで見つかりませんか?」


「それは問題ない。確かにキメラは鼻が効くが、見えない物に襲ってくることはない。」


 つまり俺たちの姿が見える位置まで移動してきたら攻撃してくるが、その範囲はかなり狭い。恐らく見つかるより先に通り抜けられるだろう。

 それに...逃げる手段は一応ある。

 袋の中に煙玉があるのを確認。これは匂いや魔力も全て撹乱できるよう、ダンケルと俺が改造した一品。絶対に逃げ切れる。


「この魔法は俺を中心に小範囲に起動している。離れるなよ」


 メロウがこくりとうなずく。


「んー、じゃあ、こうしよっか♪」


 スイランはこちらに戻ってくると、メロウの背中を押して無理やり俺と抱擁させてから間髪入れずにスイラン自身もくっついた。

 結果、三人で団子状に密着する光景が完成。いや、俺たち以外には見えていないが。


「ふぇっ!?あわわ...」


「なぜこうなる…動けん…」


 メロウが顔を赤らめている。身体が震えているのがこちらにも伝わっている。

 ここまで恥ずかしがるようなことでも...いや、俺も正直恥ずかしい。というかどうすればいいのかわからん。


「ブレイン?手がブルブルしてるけど、どうしたの?」


 聞くだけ聞いておいきながら、俺とメロウの胸中を察しているスイランは右手を口に当ててニヤリと笑った。


「あれれ~?もしかして、緊張してる?ボクとメロウがあまりに可愛いから?...ふ~ん、そんな見た目しておきながら純情なんだ~」


 煽りが止まらない。

 こればかりは仕方ないだろ。何年一人だったと思ってるんだ。


 ...二人とも、柔らかい手だな。強く握ったら壊れてしまいそうな、繊細で小さな手。それになんか甘い香りがする。

 女の子ってこんな感触が...いや片方は男だった。

 そう思うと多少冷静に戻れる。


「うぅ...もう限界ですっ!」


 メロウが俺と繋いでいた手を無理やりほどいて、息を荒くして背を向けてしまった。


「はぁ…はぁ…こ、こういうのは家の中で二人きりじゃないと…」


 後ろを向いているが吐息が妙に色っぽくて、なんというか、そそられるものがある。

 ………気になる。集中が切れそう。

 できるだけ平静を保とうとはしているが、男である以上抗えない何かがあるようだ。


「無意識なんだろうけど、あれはえっちぃね」


「…否定はしない」


「家の中でそういう雰囲気になったりしないの?折角同棲してるんだし」


「入れてもらっておいて強姦するような不義理な男になった覚えはない」


「うへぇ真面目…」


 メロウの無自覚な色香に気を取られ、気がつくと俺の幻影魔法は効力が切れていた。


 この後、興奮が醒めてからもう一度幻影魔法をやり直し、密接せずに近寄るだけに留めた状態で移動することでキメラの脇を通り抜けることに無事成功した。


 ☆


 そしてやっと五階層に到着。

 これまでよりさらに薄暗く、不気味な雰囲気が漂っている。

 いきなり道が三つに分かれている。分岐が比較的多いのがこのダンジョンの特徴であり、適当に動くと迷子になりかねない。


 さっさと目的のブツを回収してしまおう。


「依頼品は何だ?」


「魔鉄鋼です。ゴーレムから取れる」


 …持 っ て る 。

 俺の魔法袋の中に十個くらいある。

 言ってくれればそれ渡して終わりだったんじゃ…。


「うふふ、しー」


 メロウは俺の考えに気づいたのか、人差し指を口に当ててウインクをした。

 俺が持っていることも想定済みだったということか?

 だったらなぜ、わざわざ冒険しようと言ったんだ…?


 考えるのはやめだ。女心は俺には理解不可能であることはここ二、三日で察した。


「ならゴーレムを探すところからだな。」


「あそこにいるね」


 発見が早いな。

 …おっ、アレか。遠いが確かにいるな。

 全身が薄暗いグレーで、屈強そうな肉体。大岩だろうと粉砕する巨大な拳。間違いない。


「ゴーレムはとにかく硬いが動きが鈍い。俺が引きつけるが、拳に当たらないように注意しろ」


「ふふふふ、ボクに任せてよ」


 ほう、強気だな。

 だがジオレイズはゴーレムにはほとんど効かない。

 ある程度魔物の知識は持っているようだが、知っているのかどうか…。


 まあいい。ゴーレムに関してはメロウの強化魔法があれば俺一人でも十分勝てる。

 この階層にもシャドーマがいるし、周りにだけ気を付けてと。


 メロウに強化魔法をかけてもらって、突っ込む。


 やはりメロウの強化魔法、めちゃくちゃ強力だな。

 ほぼ間違いなく適正は十。正直羨ましいが、味方となるとかなり心強い。


 レイブン以上の脚力を発揮し、猛スピードでゴーレムの傍までダッシュ。


 地を蹴って高く飛び上がり、がら空きのゴーレムの背中に本気の蹴りを入れた。

 大きく前のめりに体勢を崩し、ガラガラと周りの地面を抉って倒れた。


 一撃目は上出来。確実に予想外の角度からの蹴りが炸裂した。

 不意打ちはお手の物。

『卑怯だ』なんて言われるかもしれないが、卑怯上等。

 体力や魔力の無駄使いをしてまで魔物と正々堂々戦う理由が俺にはわからない。

 戦闘は見世物じゃない。勝つことが最優先ではないのか。


 ゴーレムがギギと軋む音を立てながら屈強な腕を地面について起き上がる。

 立ち上がってすぐこちらに向き直り、赤く光る眼が俺を睨みつけている。


 感情などは持ち合わせていないとされる魔物だが、心なしかキレているように見えた。

 俺は剣を足元に置いた。これは今は使わない。

 ゴーレムは身体が硬すぎて武器は基本的に通らない。下手をすると剣や槍は砕ける。

 だから戦士が戦う際は強化魔法を付加した拳がセオリー。しっかり付加すれば殴っても手の方が痛いという事態は防げる。


 ゴーレムが右手を振り上げ、勢いよく叩きつけた。

 後ろに跳んで回避。俺がいた地面にひびが入った。


 石の欠片が頬に当たる。煩わしい。

 懐に飛び込もうとしたその時、スイランとメロウが追いついてきた。


「ほっ」


 スイランは勢いそのままに俺の横を通り抜け、振り下ろされたゴーレムの右腕に跳び乗る。

 腕の上を駆け抜け、レイピアを構えた。


「やあっ!!」


 スイランは高く跳び上がって、落下の勢いも利用してゴーレムの唯一硬くない部位———眼球をレイピアの先端で貫いた。


 片目を潰されたゴーレムは姿勢を崩し、挙動も鈍く不安定になった。

 やるな。これでゴーレムはほぼ機能停止。

 ぶん殴って終わらせたいところだが、肉体強化の付加が弱まっている。


「メロウ、もう一発。本気のを頼む」


「任せて下さい!」


 メロウが再び詠唱を始める。

 スイランが隣でレイピアを構え、横目に俺を見ながらニッっと笑う。


「ボクたち、いいパーティーになれそうじゃない?」


「…どうだかな」


 ここでメロウの詠唱が完了し、俺の肉体は再び力があふれ出す。

 目の前で混乱しているゴーレムを見据え、軽く膝を曲げる。


 フラフラと動く両腕をかいくぐり、標的のすぐ傍まで移動。

 がら空きの腹に全力の蹴りを見舞った。


 メロウの強化魔法が二重に付加された俺のキックはゴーレムを吹き飛ばして壁に激突。

 この一撃が致命傷となって、消滅した。


 そして辺りに、魔鉄鋼が三つ。

 魔鉄鋼はまあまあ高価であり、ゴーレムは一体倒せば魔鉄鋼を平均で三つ残すので、ある程度強い冒険者が稼ぐ目的の際はよく狙われる。攻撃を食らわないことを意識すれば比較的楽な相手だという理由もある。


 なんにせよこれで討伐は完了だが、魔鉄鋼は三つで足りるか?

 足りない場合はもう一体やることになるが…。


「足りるか?」


「はい!三つあれば十分です」


 メロウは落ちている魔鉄鋼を三つとも拾い、自分の腰にある袋に入れた。

 メロウのものは魔法の付加がされていない。あまり多くは入らないが、今のところ大丈夫そうだ。


「なら、長居しても危険だ。帰るぞ」


「はーい」


 来た道を引き返し、俺たちは戻っていった。

 途中一体のシャドーマが奇襲してきたが、いつもの表情を崩さないようにしながら剣を突き刺した。


 その後は特に苦戦する相手もおらず、基本的にスイランがジオレイズで瞬殺し、二階層まで戻ってきた。

 二階層には危険な魔物もいないし、このまま冒険も終わるだろうと考えていた矢先のこと。


「あーだりぃ。なんで俺がこんなとこの見回りしなきゃならねんだよ、銀ライセンスのこの俺が」


「抑えておけ、今日だけの話だ」


 別の冒険者の声が聞こえ、曲がり角で鉢合わせた。

 男の二人組。片方は細身で橙色のギザギザ頭に鼻ピアス。もう片方はまあまあの巨漢で金髪モヒカン。

 いかにもな見た目だ。ガーディスは嫌いなタイプだろう。


「それはそうだがさー…おっカワイ子ちゃんがいるじゃねえか。俺たちが面倒くせえ依頼で徘徊する中、イケメンは両手に正統派美少女とボーイッシュ系美少女なんて贅沢な話じゃねえかよ、世の中不平等だ全く」


 鼻ピアスの方がこちらに近寄り、メロウとスイランをなめまわすように見定めている。

 メロウは困惑し、スイランは乗り気で変なポーズを決めている。


「…コイツ知ってるぞ。昨日冒険者登録してたやつだ。呑気に手を繋ぎながら歩いてたから覚えてる」


 モヒカンの方は冷静に俺の分析をしだした。

 昨日さすがに目立ちすぎたか。


「そいつはいいことを聞いたぜ!…なあお嬢さん方、こんな顔だけの弱っちいなよなよした男より、俺たち銀ライセンスと一緒にいた方が安全だぜ?こっちにきなよ」


 そしてナンパが始まった。


「むっ…お断りします。あなたたちよりブレインさんの方が百倍強いです」


 メロウは少し怒り気味で、あっさりと拒否した。

 まあ、ナンパに応じる性格じゃないのはわかっているが、明らかに怒っているのはなぜだ?

 もしかして俺が馬鹿にされたからか?そうだったら少し嬉しい。


「なにぃ?お前が俺らより強いだあ?ありえねえ!」


 鼻ピアスが俺に見下すような視線を向けてきた。

 自分の方が強くて当然という態度を取っている。


「そうだな、冒険者一日目の奴に敗れるのは銀ライセンスの名折れ。本当に強いのであれば、手合わせ願おう」


 モヒカンの方も前に出てきた。

 どうやらコイツはナンパには興味がないが、銀ライセンスのプライドがあるようだ。


 銀ライセンスは冒険者全体で見ても比較的高位に位置する。

 プライドを持っていてもおかしくはない。


「…やるのか?」


 少し挑発的な態度を取った。

 あっさり乗ってくるようなら程度が知れるが…


「ああ!?ナルシストが、なめてんじゃねえ。俺が勝ったらその二人を渡しな」


 鼻ピアスの方は釣られた。

 短気を起こす奴は対処が簡単だし、本当に決闘になっても多分大丈夫。

 だができることなら話し合いで終わらせたいものだが———。


「勝てたらね」


 スイランが勝手に承諾した。

 お前…。戦わない選択肢が完全に消滅したじゃないか。


「アルドは待ってろ。俺一人で十分だ」


「…任せるぞ。二人がかりは卑怯だ」


 鼻ピアスが腰の槍を構えた。

 比較的高価で強力な、中型~大型魔物を狩る用の深紅の槍。本気で潰しに来ている。

 モヒカンはキョロキョロと辺りの確認をしている。恐らく魔物が来ていないかどうかの確認だろう。

 妙に律儀な奴だ。


「かかってこい」


「後悔させてやるよ…オラアアアアアァ」


 鼻ピアスは真っすぐ突っ込んできた。

 かなり速い。俺が本当に素人ならここで決着がついただろうが、生憎慣れている。

 サッと左にステップを踏んでギリギリで避ける。槍が頭部のすぐ横で空を切った。


「チッ、運よく避けたか」


 すぐに次の攻撃が来るが、右ステップで回避。

 何度来ようとも、しっかり見ていれば当たらない。そして———


「うおっ!?テメエ…!」


「素人だと思って油断したな」


 槍が洞窟の壁に突き刺さった。

 頭に血が上っていたのか、それとも格下だと侮っていたのか、上手く誘導されていたことにすら気づいていなかったようだ。

 引き抜こうともがいているが、深く刺さった槍は簡単には抜けなさそう。


 槍さえ封じてしまえば、あとは肉弾戦。

 アイツは慣れていないだろうし、もう勝ちが見えている。


 メロウの強化魔法はないが、素の力が弱かろうと戦い方などいくらでもある。

 股間に膝を決めれば男である以上一撃。

 卑怯だろうと何だろうと、その場その場で最善の手を打つ。それが俺であり、俺が最強たる所以だ。


 サッと近寄って、膝蹴りの動作に移るため体勢を低くした。


「———なんてな」


 さっきまで焦っていた鼻ピアスは急に余裕の笑みを浮かべて舌を出した。

 そしてその瞬間、奴の手の中で玉が爆発して視界が真っ白になった。


「うぐっ!」


 閃光弾を直接食らっちまった。周りが見えない。

 なめていたのは俺の方だったか。


「油断しすぎだっての。こちとら腐っても銀ライセンス、経験が違うのさ」


 ここぞとばかりに馬鹿にする声。

 軽薄だがやはり銀に値する実力はあるということか。


「ブレインさんっ!?卑怯な手を…!」


「大丈夫さメロウ。ブレインは強いんだから、あんな小細工に負けないよ」


 心配する声と落ち着いた声。

 色々聞こえるが、まだ何も見えない。


「合法的にイケメン殴れるって最高だな!んじゃ、くたばれよ」


 手をポキポキと鳴らしながら近寄ってきて、本気で殴りかかってくる。

 気配でなんとなくわかるが、完全には避け切れず三発目が胸に直撃、俺は後ろにはじかれた。


 後ろに体勢が崩れるも、身体を丸めて一回転することで隙を作らず立ち上がる。


「まだ立つか。いいねぇ、いたぶりがいが………は?」


「くっ、やっと視界が戻ってきたか…」


 閃光弾も効き目が切れ、視界が戻った。

 もう油断はしない。徹底的に叩き潰す。


 アイツも俺の気迫に圧倒されたのか、青ざめている。

 その隙を逃さず地を蹴って一瞬で至近距離に迫り、抵抗される間もなく股間に膝蹴りを入れた。


「~~~~!!」


 鼻ピアスは声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。

 興奮状態のお陰か、身体が軽いし力が入る。

 俺はうずくまる男の胸倉を掴み、気迫を込めて警告した。


「二人に手を出すようなら次は冒険者生命を絶つ。失せろ」


「ひぃ…ああ……」


 恐怖で目尻から涙が出ている。

 見るとモヒカンも怯えている。脅しが効いているな。


「うわあああああああああああ!!!」


 鼻ピアスはなんとか脱出して無様に後ずさりし、槍を無理やり引き抜いて一目散に逃げ出した。

 モヒカンも俺の顔をもう一度確認して動揺し、慌てて後を追うように逃げ出した。


 ふぅ…ブレインも本気になれば意外と戦えるものだな。

 そういう意味ではこのハプニングも収穫だったかもしれない。


「じゃあ行くか…どうした?」


 振り返ると、メロウとスイランも様子がおかしい。

 冷や汗をかいて固まっている。

 メロウが恐る恐る口を開いた。


「レ、レイブンさん……」


「おい、その呼び名は」


「だって…その姿は…」


 震える指で俺の顔を差した。


 …?

 自分の手を見た。

 少し薄黒い肌色、剣を持ちなれてできたタコ。

 ブレインのものではない。


 今俺の身に何が起きたのか、想像するのに時間はかからなかった。


「おい…嘘だろ…?」


 まさか、勝手にレイブン・グルジオに戻ったのか?

 さっきの殴られた衝撃で?


 あいつらが怯えだしたのも、いきなり『転生魔王』が現れたからだとしたら納得がいく。

 二人の様子を見ても、そうとしか考えられない。


 …そういえば、入れ替わる手段がこの紋章だけなんて書いていなかった。

 これも仕様なのかもしれない。


 いや、そんなことより問題はスイランだ。

 魔力感知をされたらこれが幻影ではなく真実だということはすぐに発覚する。

 この事態をなんとか収めないと、全てが崩れる。


 固まったままのスイランに、とりあえず声をかけた。


「スイラン、これはだな…」


 その時、スイランはふぅとため息を吐いた。


「なるほど…ブレイン・グルジオは仮初めの姿ってわけか…うんうん」


 合点がいったかのように、腕を組んで頷いている。

 スイランの頭の中で一体何が起きた?


「いや、ギルドマスターとの会話があった時からずっと、何か変だなと思っていたんだよ。状況の読みが完璧すぎるし、魔物だろうと冒険者同士だろうと、戦闘に慣れてすぎている。そしてメロウの魔法を付加したらすぐに仕留める戦闘力。ただ者ではないとすぐにわかったよ。でも、こんな結末だなんて思わなかったなあ」


「「…」」


 何だ、その反応は?

 本物のレイブン・グルジオを目の前にしてこの様子。


「俺が怖くないのか?俺は本物のレイブン———」


「だってブレインなんでしょ?怖い訳ないじゃん♪」


 近寄って俺の肩をポンポンと叩くスイラン。

 そんな簡単にイメージを払拭できるものか?

 適応力が高すぎやしないか?


「そうですよね!レイブンさんはとても優しくて格好いい方なんですよ!!」


 メロウが力強く付け加えた。

 価値観を共有できて嬉しいのだろうか。


「ねえ」


「なんだ?」


「レイ…レイブンはさ、これからもボクの仲間でいてくれるよね?」


 少し首を傾けて上目遣いをしてきた。

 まあこれがあろうがなかろうが、意見を変えたりはしなかっただろう。

 レイブン・グルジオを受け入れてくれるというのならば、こちらが見捨てる理由なんてない。


「…ブレイン・グルジオ改め、レイブン・グルジオだ。よろしく頼む」


 俺は無意識に右手を差し出した。

 スイランは笑顔で両手で俺の手を取り、ブンブン振っている。


「むー、私、レイブンさんとまだ握手してないです。」


 なぜかふくれっ面になったメロウが俺の左手を取り、優しく包み込んでくれた。

 さっきの鼻ピアス野郎がこの状況を見たら殺しに来るだろうか。

 いや、あの小心者はレイブンに喧嘩売ってくるような真似はしないな。


 打ち解けた後、俺はすぐ紋章をなぞった。

 ちゃんとブレインに入れ替わることができて一安心。


「レイブンさんタイムはお家までお預けですか…残念」


「やっぱり体裁とか気にするの?」


「レイブンは魔王のイメージが定着しすぎた。スイラン、お前が異例なんだ。くれぐれも秘密で頼むぞ」


「へぇ~、秘密…ね」


 スイランがニヤリと笑った。何かを企んでいる顔だ。


「ボクを放置したら…わかるね?仲良くしようねレイブン?」


 俺、予想とは別のベクトルにかなりマズいことをしてしまったのでは?

 胃が痛い。


「心中お察しします…」


 メロウが憐れむように声をかけた。


 この後は特に何もなくあっさり洞窟から脱出し、日が落ちて街の明かりが灯る夜の街を抜け、俺たちはそれぞれの家に帰った。

 疲れたから今日はすぐ寝よう。


 …確かに、女の子と二人きりで暮らしているのに恋愛物語なんかで起きる展開が何もない。

 俺がアタックしないのがおかしいのか?それともメロウが純粋すぎるだけか?



 ~日々のトレーニング記録 その二~

 冒険

 ・討伐記録

 メガバット 二

 デッドナイト 二

 ミノタウロス 一

 シャドーマ 三

 ゴーレム 一

 +銀冒険者との決闘


 備考

 スイランに正体がバレた。

 受け入れてくれて一安心。だが油断は禁物、なにか秘密を隠していそう。

 ジオレイズとレイピアの突きが強い。本当に冒険者なりたてなのか疑うレベル。

 メロウの強化魔法もかなり強力。悔しいが俺より高水準。

 俺たち三人ならこの街最強クラスのパーティーにもなれるのではないだろうか。


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