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52話 魔王がヒロインを選択する話

 学園物と呼ばれる物語を演じること数刻。

 俺たちはすでに限界を迎えつつあった。


「……。」


「疲れました……精神的に。」


 少女たちの妖艶な吐息が聞こえる。

 だが、それに高揚するほどの余裕は俺にはなかった。


「中々いい画が取れんな。原因がとんとわからぬ———」


「「「そのシナリオのせいだ(です)(よ)!!」」」


 メロウ、アシュミーと意見が一致した。

 悲痛なまでの叫びが部屋を往復する。


 そう。俺たちが疲労している原因は、リオンが握っている原稿にある。


「俺の台詞、カッコつけすぎだろ……『この世界全てが裏切っても、俺だけはお前の英雄でいてやる』って。面子を守りたい勇者もどきですら、こんなこと言わねえよ。」


「レイブン様に平手打ちをして泣きながら逃げるなんて……できるわけないじゃない!!!あたしを全力で守ってくれた人に手を出すなんて!!絶対にできない!!」


「このシャロンさんという方、半分痴女じゃないですか!!『胸の中でお眠りください、私の勇者様』と囁きながら抱擁なんておかしいですよ……シャロンさんの設定と違って私の胸は……。」


 物語である以上、現実と乖離した事象や発言というのは珍しくない話だ。俺たちもそれを楽しんでいる節は大いにある。

 しかし、それを実際の行動や台詞で表現しようとなると話が変わる。


 ロマンに溢れすぎて顔から火が出るほどの台詞。

 登場人物と演者の間での、性格や身体的特徴の乖離。

 そして、相手の性格や特徴を知っているが故の不自然さ。


 演技って難しいんだな。劇場で自分以外の誰かになりきっている彼らを、尊敬しようという気になった。


「そーお?ボクは楽しいけど。」


 一人だけ例外がいた。

 スイランはずっと楽しそうにしている。アイツが演じている人物はレナ。


 イタズラ好きで明るい性格と、中性的で美人な容姿が人気。

 主人公のグラジアが親友を守るために学園内を走り回る姿を見て以来、彼に興味を持ってイタズラと称したアプローチを繰り返し……。


 前半はスイランそのままだな。後半はともかく。

 そしてアイツの性格を想定すると、これくらいの演技は平然とできるのかもしれない。


「……でも、なんだかんだでさ、少しずつ進んできたね。もうすぐ魔術武闘大会、始まるんでしょ?誰と組むのかなあ……。」


 一人ワクワクしながら、リオンから借りた原稿を読んでいる。


「ふむ。……メガネの原稿によると、催し直前まで男は相棒の女を考え続け、当日になるまで決定がわからん。そして原稿はここで途切れている。」


 リオンはため息を吐きながら、書きかけの原稿用紙をヒラヒラと揺らしている。

 どうやら、本当にこの続きは書いていないようだ。恐らく、ダンケルはこの先の展開を悩んでいるのだろう。


「……ということは、夜中に俺が一人、悩む演技を撮影したら終わりか。もう日は沈んでしまっているが、ようやく終わりの兆しが———。」


「待ってよレイブン。」


 スイランにぎゅっと袖を掴まれ、引き留められた。

 何か悪だくみをしている顔だ。見ればわかる。


「ここで途切れているけどさ、ボクたちが続きを勝手に考えてもいいよね?」


「ほう。それはいいではないか。我もこの機械を試すチャンスが増える。」


 ……。

 メロウたちは憔悴して座り込んだ。


「面倒事を増やすのはやめてくれ。慣れない演技で疲れた。」


「それでね、考えたんだけど。」


 超自然なネグレクトはやめろ。

 俺の話聞こえているだろ、スイラン。


「この大会の相棒が誰なのか、まだ決まってないじゃん。




 ……レイブンがここで決めちゃうのはどう?」


「「!!!」」


 メロウとアシュミーの二人が、目の前で人が爆発したかのように飛び起きた。

 さっきまで死んでいた目が一瞬で光輝いた。


「それはいいですね……!」


「この際決めてしまうのもいいわね。誰がレイブン様の隣にふさわしいのかを。」


 三人がにこりと笑いながら、俺の元へと近づいてくる。

 目が怖い。


「面白いではないか。……では二重人格よ、結末への伴侶を選ぶといい!!!」


 教会の神官のごとく、荘厳な雰囲気でリオンが俺に告げた。

 どうやら、俺以外はスイランの意見に一致したようだ。


「おい、嘘だろ……。」


 それだけ言い残すとリオンは発明品を弄り始めた。

 俺が迷っている時間で、ここまでの映像を見ようって算段か。


「……。」


「じゃ、アピールを始めよっか。」


「幼馴染って、それだけで有利なのよ。」


「うふふ、本物のレイブンさんと一番長い付き合いなのは私です。」


 どうやら地獄が始まるらしい。

 全ての選択がバッドエンドへと繋がる予感。


 ☆


 演技そっちのけで、三人が俺を誘惑する時間がスタート。

 夜が明けるまでが期限だぞとリオンが呟いていた。それまでに誰と物語の終焉を迎えるか決めろということらしい。


「……なあ、全員選ぶってのは———」


「武闘大会ですよ?もし、私たち同士で戦うことになったらどうするんですか?」


 正論のパンチが俺を襲う。

 どうやら、全員仲良くハッピーエンドは無理らしい。


「……俺に決めろというのは酷じゃないか?誰を選んでも絶望する未来しか見えないんだが。」


「んーそれもそうだね。……何かで勝負する?」


 スイランが提案を始めた。

 何かしらで勝負してその結果で決めるのなら、俺に降りかかる責任は多少緩和されるが……問題は。


「なら、ここは無難に料理で勝負するのはどうです?判定はレイブンさんの胃袋ということに……」


「それはメロウが圧倒的に有利じゃん。レイブンは毎日メロウの料理食べているんだし。」


「ま、ままま毎日!!?メロウ説明しなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 アシュミーがメロウの制服の胸元を掴んでブンブン振り回す。

 憎悪のような羨望のような瞳で彼女は見つめている。


「え、何よ、レイブン様は一人でさすらう旅人じゃないの!??同年代の女の子と一つ屋根の下で暮らしているの!!???あたしも入れなさいよ!!!」


「あああああああしゅみーさん落ち着いてああああああ」


「一旦落ち着けアシュミー。」


「レイブン様……。」


 その瞳には、いつのまにか涙が潤んでいた。

 まずい事実が発覚したらしい。


「うう、レイブン様が世間に認められていくのは嬉しいけど、あたしから手が届かない人になるのは……あれ?」


 涙ながらの訴えの途中で、アシュミーが何かを見つけて固まった。

 その目線は俺……の左手に向いている。


「ん?」


 アシュミーはおもむろに近寄って、俺の左手を包み込むように掴んだ。

 そこで明るみになったのは。


「この魔法陣……。確か、ブレインにも同じものがくっついていた気が……。」


「「「……。」」」


「ブレイン・グルジオ……レイブン・グルジオ……よく考えると、すごく似ている。魔物に襲われたあの時、レイブン様が戦ってくれている間、ブレインはあたしの視界にいなかった。そしてこの魔法陣……!!!!」


「あ。」


 この流れはまずい。アシュミーの目がもう全てを物語っている。

 完全にバレた。


「……レイブン様。」


「……おう。」


 怪訝な表情のまま、アシュミーが俺の手を触って色々試し始めた。

 心眼の魔法で見破ろうとしたり、アシュミーの魔力を俺の紋章にそっと重ねたり、彼女が指を刃物で切って血を垂らそうとしたり(すぐ止めた)。


「?」


「そりゃそうさ。」


 何かを考える中、スイランがそっと俺に耳打ちする。


「初めて見た人には、その紋章の起動法なんてわかりやしないよ。」


「そういえばそうか。」


 目の前で頭を抱えるアシュミーを見つめた。

 つまるところ、現在彼女は俺とブレインが同一人物であることをなんとなく察知したが、切り替えの方法がわからない以上、確定できないということか。


「その紋章が無関係なはずがない……!どうなってるのよ一体……!」


 恐らく、簡単にはたどり着けない。

 諦めるまで待ち続ければ、恐らくなんとかなるだろう。


「……レイブン様、何かあたしに隠してることない?」


「……。」


「メロウとスイランは知っているのよね?」


「……。」


「そう、あたしだけ仲間外れで……別に気にしないけど。だってレイブン様にだって秘密はあるものね……寂しくなんてないもん。」


 消えていくような声で、背を向けた。

 その背中にアイドルとしての威厳はなく、ただただ寂しそうだった。


「泣き落としだね。」


「でもレイブンさんには意地でも涙を見せたくないから、寂しそうな背中を見せることで対策しているんでしょうか。」


 後ろで少女二人(なお片方は男)がひそひそ話している。

 まあ、俺でもわかる。これは十中八九演技で、俺が自らネタばらしをすることを期待しているのだろう。


「ぐす……寂しくなんてないもん……。」


 あれ、結構本気で寂しそうに見える。

 彼女の整った顔のラインが、キラリと光ったように感じた。

 涙が流れた跡のようなものが、横顔から見えた。


「なあ二人とも……流石に可哀そうじゃないか?」


「レイブンはもっと注意した方がいいよ。乙女の涙は最強の武器だからね。」


「私の演技にもあっさり騙されるくらい、レイブンさんは純粋ですからね。」


 どうやら無視が正解らしい。

 いくらなんでも酷な気がするが、乙女の涙への耐性が必要ということか。


「……。」


「……チラリ。」


 あ。


 綺麗に目が合った。

 確かに涙を潤ませていたが、その涙に純真な香りはしなかった。


「メロウ、スイラン。お前らすごいな、正解みたいだ。」


「同じ乙女ですから、考えることが予想できますので」


 えっへんと胸を張るメロウ。


「……。」


 さっと涙を引っ込めて、こちらに向き直った。

 便利な特殊能力だなあ、それ。


「なあアシュミー、それ、何が目的なんだ?」


「勿論、レイブン様を誘惑してあたしと一緒にエンディングを……あれ?」


 悪いなアシュミー。思考回路を麻痺させる魔術をかけさせてもらった。

 さっきの出来事は、他の記憶とごちゃごちゃになっているはずだ。


「うん、そうだね!ボクたちもレイブンを誘惑していくよ!!」


 ナイスだスイラン。話題を変えてしまおう。


「あはは……」


 という訳で、俺の秘密はなんとか守れた。

 アシュミーがこれを知ってしまうと、なんというか、面倒なことになる気がするし。


「……思ったんだが、武闘大会をするのなら、相手の役が必要じゃないか?戦う相手がいないのに、どうやって再現するんだ?」


「ああ、それは我に任せろ。」


 映像を見ていたリオンが反応した。

 よそ見しながら口笛を吹いて、魔力を集める。


 魔力は何もない空間に集積し、何かの形を形成していく。


 そして、すぐに三つの人型ができあがった。

 三人は足踏みをしたり腕を回したり、自由に動き回る。


「我がこいつらを操る。」


「こんなことできるのなら、俺たち必要ないだろ。」


「これは使い魔のようなものだ。複雑な動きには適していない上、喋ることはできん。」


 微妙に融通が利かねえな。


「二重人格、そろそろ腹は決まったか?お前の選択が、メガネの執筆に大きく影響するからしっかり考えるがいい。」


「話が大きくなりすぎじゃないか?」


 責任がいつの間にか超絶重くなっていた。

 選べる訳ないだろ……。


「レイブン様!!」


「どうするんですか!!」


「もう夜だよ!!ご飯だよ!!」


 三人が激しい剣幕で詰め寄る。

 もはや誘惑の『ゆ』の字は存在せず、熱気の篭った勧誘。


 その熱気があるのなら、俺も応えねばな。


「よし、決めた。」


 ☆


「もう、グラジアったら!!しゃきっとしなさい!!」


「はあ……どうして俺がこんな表舞台に……」


「それは……だって、グラジアが本当はカッコいいってとこ、皆に見て欲しいし……あたしが、その……」


「どうした?顔赤いぞ?」


「う、うるさいわねバカ!!幼馴染なんだから察しなさいよ!!」




「……ふぅ。これで完結だな。」


 野鳥が鳴く声が聞こえた。

 外はもう明るい。


「お疲れ様です、レイブンさん。」


「いやー、大変だねえ。」


 メロウとスイランが、俺の身体のマッサージをしてねぎらってくれた。


 そう、俺の選択は単純明快。

『三人それぞれと組んだ際の続きを考えて、三回演技する。』


 疲労は半端なかったが、全員が平和になる素晴らしい選択だったと思う。

 リオンも『うほー豊作だ豊作ううううう!!!』って発狂しながら機械をぶん回していた。


 俺は一夜ぶっ通しで演技を続けた。

 正直最後の方はヘロヘロだった気がする。


「……寝させてくれ。身体が拒絶反応を起こす一歩手前まで来た。」


「ふああ……そうですねえ。」


「ボクは眠くないから大丈夫だよー。」


「はああ……憧れの人の隣で、手を繋いで……もう思い残すことはないわ……!」


 隣のアイドルは、真っ白に燃え尽きて成仏しそうになっている。

 仕方ないので俺が抱えてベッドまで運んだ。


 メロウとアシュミーをベッドに寝かせてから、俺も眠りにつこう。


 ……その前になんか飲もう。

 リビングに向かうと。


「ねえリオン、これはどう思う?」


「悪くないのではないか?元々幼馴染のリリカがいいと言っていたではないか。」


「うーん。どれもいいよねえ。迷うなあ。」


 スイランとリオンが二人座って、仲良く映像を観賞していた。

 ついでにこの部屋が元に戻っていた。


「お前ら、そんなに仲良かったか?」


「うおっとレイブン!寝なくていいの?」


「寝る前にミルクを飲みたかっただけだ。すぐに寝る。」


「そっか。」


「お前らは眠らなくていいのか?」


「知ったことではない。小説の結末を吟味するのが先だ。」


「折角レイブンたちが頑張ったことだし、ね。」


 にこりと笑った。

 愛想笑いを返してから、俺はその場を離れた。


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