50話 魔王がやり直す話
メロウと喧嘩した。
後悔の海に溺れて死にそう。
「はあ……何やってんだ俺は。」
ちょっとしたすれ違いから、俺は彼女に過去の傷を吐き捨てるようにぶつけた。
それでも俺を見限らずに、『私もレイブンさんの傷を背負います』と言ってくれたメロウの瞳は泣いていた。
一人になって落ち着いたら、案外冷静に戻るのは早いものだ。
俺が感情を押さえるべきだった。
「外とのつながりをほとんど絶って生きてきた俺に逃げ着く先なんてなく、始まりのここに来るなんて、皮肉なもんだよな……。」
ため息交じりの小さな独り言がぽつんと出た。
それを耳に入れる人は誰もいない。
ここはワルダムケイブの三階層。その隠し部屋のような一部。
……要は、俺がこの肉体を見つけた部屋。その隅の地面に座り込んでいる。
一度俺がぶっ壊して侵入したのだが、さっき来たところまた塞がれていた。仕方ないのでもう一度レイブンに戻り、蹴りをぶち込んだ。
相変わらず変な機械が置かれていて、黄緑色の液体に漬けられたゴブリンや他の魔物たち。前回と同じく、工学にさして詳しくない俺にはさっぱりわからない。
ダンケルかウォルターを連れてこれば、何かわかるのだろうか。
そういえば、ウォルターは似たようなものを作っていた気がする。
ブレイン・グルジオ。ここに置き去りにされていた試作品らしい。
金髪でイケメン、高身長と誰の目からにも良く映るであろう見た目。筋力や体力はかなり低かったが、トレーニングである程度補った。
この容姿のお陰で、印象で損をすることはなくなった。魔王なんて呼ばれる俺が、平気な顔で街を歩けるようになった。
最終的には、ブレインという名の冒険者として生きていくつもりでいた。レイブン・グルジオという人間はどこかに消えたことにする、その予定だった。
……だが、メロウはずっとそれに反対していた。
家の中では、私以外誰にも見つからないからと元の姿で生活することを望んだ。
いつでも、俺の本体———レイブン・グルジオのことを見ていた。
新聞に俺のネタが刷り込まれる度に、本気で怒ってくれた……たまに本気すぎて怖い時もあったけど。
そして最初からずっと一貫していた姿勢がある。
『俺がブレイン・グルジオとしてではなく、レイブン・グルジオとして街にいてほしい。』
……何なんだよ。
どうして俺に優しくするんだ。一回助けたからか?
それだけのはずがない。しばらく一緒にいたからわかる……メロウは一度助けてもらったくらいで、すぐに惚れるほど甘い女の子ではない。
だったらなんだ?
リビールの実を差し出したからか?
あの時の俺はブレイン。だったらブレインを毛嫌いする理由がわからんが……。
そもそも、あれがなければ俺とメロウは出会うことすらなかった。
俺がそのまま近づけば、正体を確認したメロウは恐怖で逃走して終わり———。
……。
「フッ。」
渇いた笑いが出た。
どれだけ思い込んでしまおうとしても、本心に嘘はつけないものだ。
本当は気づいていた。
メロウなら、初めからレイブンと出会っていたとしても、本当の中身に気づいていたのではないかと。あの優しい微笑みを向けていてくれたのではないかと。
彼女の芯の強さを、俺はずっと見ていた。
リオンと戦った時、ワーグナーに連れていかれた時、アイドルをした時、呪いと戦った時……。いつも彼女は、俺がいるのならと戦った。ずっと援護してくれた。
華憐な見た目にそぐわず、強い意志で戦い、それでも時には弱い部分を見せて甘えるようなこともある。男の憧れの具現化といったところだろう。
それなのに、俺は自分の怒りをぶつけて逃げた。
きっとメロウなら、『そんな日もありますよ。私はずっと一緒にいます。』なんて言ってくれるだろうが、その優しさに甘え続けるのは男としてどうなんだ。
せめて、誠意を見せるための何かを———
「きゃあああああああああああああ!!?」
そんなことを考えていると、急に悲鳴が響いた。
メロウの声だった。
何が起きた!?また魔物に襲われているのか?
まさか、逃げた俺を探しに、一人でここまで———
……。
「……いや、もしミノタウロスに遭遇しても、メロウなら自力で逃げ切れるはずだろ。」
あの時と違って、俺はメロウのことをある程度知っている。
彼女は見た目以上に強い。ここ一帯の生半可な魔物程度が相手なら、一人で倒せる実力がある。
そもそも、準備なしでダンジョンに突っ込むとも考えにくい。
少なくともローブを着て杖の装備くらいはするだろう。あの私服のままで来るはずがない。最低限のリスク管理はできる子だ。
だから助けに行く必要はない。
俺をおびき寄せるためのフェイクの可能性も十分に考えられるし。
———レイブンさん———
変な空耳だ。
今メロウに会いに行ったら、どんな顔をすればいいのかわからない。
ここで精神統一。
☆
「ね?やっぱりレイ、自分から出て来たよ。」
「ありがとうございます!!」
「……は?」
声のする方へと全力疾走した先では、ダンとメロウがニコニコ笑っていた。魔物の気配は全くない。
急いできた俺は、そのほんわかした雰囲気に、あっけにとられる他ない。
「あはは、ごめんなさいレイブンさん。」
「メロウちゃんが謝る必要ないよ。全部僕のクソ親友が悪いんだし、これでおあいこさ。」
どうやら、ダンケルの作戦だったみたいだ。
俺がなんとなく予想していた通り、あの悲鳴はフェイク。
「ポカンとしているレイに説明してあげよう。少し前のことだ———」
劇場の語り部のように得意げになったダンケルが、回想を語り始める。
~少し前~
不意に玄関のベルが鳴った。
「ん?」
こんな時間に誰だろう?
リオンは寝ているし、とりあえず僕が出るしかないか。
冒険者向けの雑誌を机に置いて、重い腰を持ち上げた。
「はい、どちらさまで———メロウちゃん?」
目の前にいるのは、華憐な少女。ぜえぜえと息を切らしていて、その目は真っ赤に腫れていた。
何かあったことは見ればわかる。
「だ、ダンケルさん……!」
今にも消えていきそうなか細い声。
ここまで弱り切った彼女は初めて見る。
「レイブンさんが、レイブンさんが……!!」
「落ち着いてメロウちゃん!何があったんだ?」
しばらくしてなんとか落ち着いた彼女から、ここまでの全てを聞いた。
新聞を読んでレイを元気づけようとした。そうしたらあっちが感情的になった。そして逃げ出した……。
「私……どうすればいいんでしょうか。」
「とりあえず、あの馬鹿を捕まえようか。」
拳に力が篭った。憤りのようなそうでもないような、熱が入る。
親友への同情が全くない訳じゃない。レイが過去にどんな傷を負って、逃げざるを得なくなった心境がどんなものだったのかを、僕も少しは理解しているつもりだ。
だが、メロウちゃんには何の罪もないだろうが。
増してや心優しいこの子は、自分が悪くないとわかっていても気にするであろうことを、レイがわからないはずがない。
「幸か不幸か、知り合いがほとんどいないアイツは、逃げ先って限られてくるんだよねえ。」
少しばかり、悪い笑みがこぼれてくる。
レイブン・グルジオの数少ない親友だからこそ、考えることは大体想像できる。
「そ、そうなんですか?」
「うん。十中八九、レイは街中から出ている。逃げる先があるとするなら———」
僕は彼女を連れて走った。
レイを見つけるという覚悟の決まったあの眼差し……本当にいい子だよ。あの馬鹿にはもったいないくらいだと思いたいくらいに。
少し時が流れて、ワルダムケイブの三階層。
魔物は全部無視して進み続けた。
「恐らくこのへんにいるんだろうけど……。」
とある一角にて二人。僕の記憶が正しければ、ちょうど真ん中らへんのはず。
まあここしかないだろう。問題は、魔法で景色に溶け込んでいる可能性や、抜け穴を作って潜んでいる可能性を否定できない点。
さて、どう探そうかな。
「あっ……。」
「どうかした?」
少しもじもじと恥ずかしそうにしている。
何かを思い出したのかな?
「ここ……レイブンさんが助けてくれた場所なんです。初めて見たミノタウロスに驚いた私を。」
ああ……そういうことか。
「へえ……ねえメロウちゃん。」
「はい?」
「僕さ……いい作戦を思いついた。意地張って隠れているレイに、自分から出てきてもらおうよ。」
「……完。」
「……。」
普段ならここでダンをぶん殴るところなのだが、今回ばかりは状況が違う。
寂しそうな悲しそうな、メロウの表情が嫌でも眼に入る。
「レイブンさん……。」
「……。」
俺はなんとなく目を逸らした。
「はぁ~」
ダンケルが目を細めて、俺を睨みつけた。
面白くないらしい。
「僕はもう邪魔だし、お二人でどうぞ。折角来たことだし、例の研究所とやらを見させてもらうよ。この近くなんだろ?」
「ああ。二つ目の分かれ道を左で、そっから右、直進、右だ。お前の直感じゃ一生たどり着けないから、ちゃんと覚えとけよ。」
「オッケーオッケー。ちゃんと入口見つけて、ぶっ壊して入るよ。」
ダンケルはそれだけ言い残すと、勢いよく走り去っていった。
……。
「レイブンさん……先ほどはすみませんでした。」
ぺこりと頭を下げた。
釣られるように、俺も頭を下げる。
「いや、悪いのは俺だ。すまなかった、メロウ。」
俺がしばらく固まっていると、クスクスと笑い声が聞こえた。
不審に思い、頭を上げると、
「ふふふ、やっぱりレイブンさんは優しいですね。」
「……どうだか。」
なんとなく、頬が緩んだ。
意地のぶつかりあいなんてなかったかのように、緩んだ笑顔が癒してくれる。
「でも、私は折れませんよ。レイブンさんには、レイブンさんとしていてほしいんです。」
目をしっかりと合わせて、力強く言った。
なんとなく愛想笑いをした。
今までずっと、この世界や自分に絶望していた。
味方はダンケルとガーディスくらいで、皆が俺を恐れ、遠ざけようとしてきた過去。
……それが、メロウと出会ったあの日から少しは変わった。
少しずつ仲間が増え、俺という存在が認められつつあることを知り、そして今日だ。
彼女の真剣な眼差し……信用するのもアリかもしれない。
「フッ、俺の虚しい傷跡、メロウも一緒に背負ってくれるんだったな。」
「え、あ、えっと……そんなことを言ったような言ってないような……。」
顔を赤く染めて背けた。
どうやら勢いで言ってしまったが、後になって恥ずかしくなったようだ。
「にしても、他の冒険者はいないのか?ここで叫ぶのはリスキーだったような気がするが。」
「私もそう思いました。ですがダンケルさんが『一億%レイが最初に来るから問題ない』って。」
ダンケルがしそうなドヤ顔の真似をした。
ああ、ダンならそんなこと言いそうだ。部のいい賭けには乗るタイプだったわ。
「実際この三階層ってあまり冒険者いませんからね。私の声が聞こえる位置には誰もいなかった可能性も……。」
「相変わらず計算高いやつだ。」
ダンジョンのど真ん中で、二人笑っていた。
アイツはちゃんとたどり着いただろうか。
「もう私から離れちゃダメですよ?」
「その言い方だと、重い彼女みたいな言い方になるって読んだことあるぞ。」
「うふふ……私がそういう気質だったらどうします……?」
含みのある言い方。
だが、そんなわけない。
「俺がどれだけメロウの純情な面を見てきたと思っている?くっつくだけで顔真っ赤にしていただろうが。」
「お互い様ですね♪」
何も言い返せねえ。
ほほ笑むメロウに癒されていると……。
「あっ。」
ズシンズシンという足音。
あの影からこちらに向かっている。
「逃げるのは難しそうだな。」
立ち止まっていると、それは姿を現した。
どこかで見たような牛の怪物。涎が地面にぽたぽたと落ち、黒く湿らせる。
象徴的な巨大な斧、赤茶色に光るムキムキボディ。
ミノタウロスだ。
「むう……折角いい雰囲気だったのに!」
頬を膨らませて腕をぶんぶんと振っている。
実際仲直りの最中に邪魔されると、俺も面白くないな。
「あの時も確かここだったか。」
「一緒ですね。」
前は俺が鬼気迫るような様子でぶった切っただけだったが、今回は。
「手、貸してくれるか?」
「勿論ですよ、レイブンさん!」
武器を構える。
☆
あっさりと決着がついた。
ミノタウロスは消え、俺たち二人がまた残される。
「助かった。」
「どういたしまして♪」
「ずっとここにいても仕方ないし、そろそろ帰るか。」
「ダンケルさんはどうしますか?」
あー、そういえばいたな。
正直放置して帰ってもいいくらいだが……。
「じゃあ、伝えるだけ伝えるか。」
通信機を取り出して、ダンケルのルーンをなぞる。
『———ん、レイ?』
「話済んだから、メロウと二人で帰るわ。」
『ん、わかったー。僕はもう少し回ってから帰る。』
「じゃ」
プツン。
「話が早いですね……。」
「長い付き合いだから、これくらいで伝わる。」
役目を終えた通信機はポケットに仕舞った。
そしてメロウと共に歩き出す。
そしてダンジョンを抜け、再びメロウの家の前。
「結局、また世話になるのか。」
「仕方のないレイブンさんですねえ♪」
その声が明らかに弾んでいるのには、気づかないフリをした。
それと、メロウの部屋が若干散らかっていたのにも、気づかないフリをした。
あの後、多少荒れたんだな……俺のせいで。
ついに50話突破しました。
飽き性の私にしては、まあまあ続いている気がします。
同日投稿した短編(推理もの)もよろしくだぜ☆




