5話 冒険に出かける少し前の話
…ん、ここはどこだ?
俺には縁のなさそうな、綺麗な花園。
確実に、俺よりもメロウの方が似合いそうなメルヘンチックな光景。
昨夜、俺は夕食の後トレーニングをして、そのままベッドで倒れるように眠りについたはずじゃ…。
「来たね、ブレイン。」
その声は...。
いつの間にか、そこにスイランがいた。
昨日と同じ、白い衣服にレイピアを腰に刺して女騎士みたいな格好をしている。
「待っていたよ。」
待っていた?
ということは、俺をここに呼んだということか?
「...何の用だ?」
当の本人はニマニマしながら俺の周りをてくてくと歩き回っている。
「実はね~。ボクの秘密をブレインだけには教えてあげようと思ってさ」
秘密?なんだそりゃ。
ヤバい生い立ちでもあるのか?
それとも、『実は見た目通り女でしたー』とでも言うのか?
そして俺だけにってのも気になるが...。
「何だ?その秘密とやらは」
「うふふ、知りたい~?」
ぐいと顔を近づけてきた。
正直鬱陶しい。もったいぶるんじゃねえ。
スイランは俺の右側に立ち、耳元で囁くように言った。
「実はね、ボクの正体は───」
そこまで言ったところで、急にスイランの言葉が雑音だらけになって聞き取れなくなった。
「おい、ボクの正体がなんだって?」
右を向くと、スイランの体がぐにゃぐにゃに歪んでいる。
それどころか周りの景色も、そして俺の体さえも全て歪みだしている。
何が起きた?
訳もわからない事態に、俺は戸惑うしかなかった。
抵抗することすらできず、ここにある全てが原型を失っていく。
死ぬのかどうかすらわからない、不思議な感覚に飲み込まれていく。
ああ…。
「......はっ!?」
目が覚めた俺は、ベッドの上にいた。
──夢か。
なんて夢だ、全く。
寝汗でベッド湿り気味じゃねえか。
よりにもよってアイツの夢を見るとは。
どうせならメロウに関する夢の方が俺としては癒しになっただろうに。
もういい、朝ごはん食べてリフレッシュしよう。
「おはようございます♪」
「ああ、おはよう」
やっぱりメロウが起きるの早いんだよな?
俺はそんなに寝坊助じゃないはずだし。
「顔色が優れませんね。お疲れですか?」
心配したメロウが訪ねてきた。
いや、疲れもあるにはあるが...。
「なんか、スイランの夢を見て気疲れした。」
「......。」
メロウの表情が一瞬にして曇り出す。
凍えるような冷たい視線を俺に向けてきた。
「そうですか、私よりスイランさんの方がいいですかそうですか」
そして部屋の隅ですねた。
そういうつもりはなかったんだが、言い方がまずかったか。
「俺が悪かった。機嫌直してくれ」
ぷくっと頬を膨らませて、絶賛不機嫌状態だ。
端から見ると可愛らしい光景なのだが、生憎俺が怒らせているからただ眺めている訳にはいかない。
「嫌です。ブレインさんの分の朝食はあげません」
しかも仕返しまであるのか...。
朝飯ないのはキツイな...また何かの肉焼いて食うしかないのか...。
「そこをなんとか」
「嫌です。『ブレインさんの分』は用意していません。」
...あ。
大体察した。
こうしないと朝食抜きだというのなら仕方ない。
変、身!
見た目は違っても中身は全く変わっていないし、顔面偏差値は確実に下がったはずなのだが、なぜかメロウの機嫌は直った。
朝食はレイブンじゃないといけない決まりでものか?
昨日の夕食の時はブレインのままでも大丈夫だったんだが…。
それとも、ただ単に気分の問題か?
…考えるのは食べてからにしよう。
「「いただきます」」
今日は野菜炒めと米。
ヘルシーな感じだな。美味い。
メロウ料理上手だな。
俺も今度教えてもらおうかな。居候で家事何もしないってなんか居心地悪いし。
こんな風に十七歳にしてよくできた女の子がいれば、世の中に絶望して別人として生きようとする十九歳の男もいるって思うと皮肉な話だ。
あまり悲観しているとまたメロウに叱られそうだから、こういったことを口に出すわけにはいかない。
ならば、自分が彼女の隣に釣り合う男になるってのが筋だ。
やってやるさ、ブレイン・グルジオが真の意味で強者になる物語。
そんなことを考えているとはいざ知らず、メロウはにこにこしながら野菜を頬張っている。
守りたい、この笑顔。
「「ごちそうさま(でした)」」
…よし、今日は用事もないし、すぐにトレーニングを始めるか。
ブレインに変し——
「レイブンさ~ん♪」
後ろから誘うような甘い声が聞こえた。
これは確実に何かやってほしいことがあるな。
トレーニングをしたいところではあるが、流石にメロウの方が優先事項。
「…どうした?」
「その…今日は冒険をしませんか?」
いきなりだな。
「どこにだ?」
「あの洞窟です。実は…昨日待っていた間に依頼を一つ受けちゃいまして…そのアイテム、五階層にあるって…」
メロウが慣れていなさそうな上目遣いをしてこちらを見てきた。
…さては、俺が同行する前提で高レベルの依頼受けたな?
そういうところはちゃっかりしている。
「…わかった。一緒に行けばいいんだろ?」
「えへへ」
まあ、冒険での実戦も悪くない。
フィジカルが絶望的に弱くても、魔法と、あとこれまで培った戦況の読みでなんとかなるかってのを試すいい機会だ。
二人だけならば、いざって時は奥の手(元の姿)もある。まあ死にはしないだろう。
俺たちは準備を済ませ、出発した。
あ、もちろん外出するからブレインに変身済。
☆
例の洞窟はそこまで遠くない。五階層が目的なら中で一夜を過ごす必要はないだろう。
できれば今日だけで終わらせたい。ベッドで寝たい。
そう思って街を二人で歩いていた矢先、
「おっ!」
「げ」
「あら」
俺の安眠を妨げた犯人と遭遇した。
昨日とは違い、グレーの布地のシャツに紺のショートパンツとラフな格好をしている。
今日は休憩して明日とかに冒険の計画をしようって話になっていたが…まさか会うとは。
「会えて嬉しいよ!ね、ブレイン?メロウ?」
うるせえ。お前のせいで最悪の目覚めだったんだぞ。
メロウも不機嫌そうだし。めんどくさいのが来たとでも思っていそうな表情だ。
「昨夜は楽しんでもらえたかい?ボクって、エンターテイナーの才能もあるって思わない?ねえねえ」
だからお前のせいで寝覚めがわる…、ちょっと待て。
「...なぜ知ってる?昨日の俺の夢の中にお前がいたことを」
人の思考を見透かす魔法か?
それとも俺が顔に出ていた?
「んふふ…これ、何だと思う?」
そう言って、スイランは腰から何か取り出した。
程よい大きさの白い羽。純白で美しく、加工して羽ペンなどにすれば売れそうな代物だ。
「これは夢想の羽っていってね、知る人ぞ知るマイナーグッズ。使うと、人の夢の中に入り込めるんだよ」
「は?」
なんだその滅茶苦茶なアイテム。
しかも用途がピンポイントすぎないか?イタズラ以外の使い道が思いつかない。
スイランはこの羽をパタパタと揺らしながら説明を始めた。
「これを誰かの肌にくっつけると、その人の魔法回路を記憶できる。その後これを身に着けたまま眠ると、対象の相手の夢の中に侵入できる。そんな感じらしいよ」
原理とか機能はすごいのにその能力の使い道がそれかよ…。
なんだその才能の無駄遣い感がすごいアイテムは。
製作者どこのどいつだ。
「強制終了すると、夢の中の世界が全て崩れちゃうことはボクも知らなかったんだ。ごめんね?」
「ということは、あの夢は実際お前のせいか…マジで殴りてぇ」
「抑えてください…」
見た目が少女(しかも美形)である以上、コイツを衆目の前で殴るとブレインの印象が死ぬ。
メロウ…俺、辛い。
「ふふ、昨日のところは実験だったしブレインしかやってないけど、楽しかったねー♪」
その実験につき合わされて寝覚めが最悪だったこっちの身にもなれ。
…ブレイン『だけ』?
「それ、どういう意味だ?」
それを聞いたスイランは、悪い笑顔で腰に装着している袋に手を伸ばした。
「これ、なーんだ?」
スイランが取り出したのは、間違いなく夢想の羽。二つあったのか。
これを見せつけて、スイランはメロウの方を見た。
「今夜が楽しみだねえ?シャワーを浴びてるメロウの目の前にブレインを連れてきたりしたらどうなるかな?」
それを聞いてみるみるうちに顔が青ざめるメロウ。
「ひぃ…それを渡しなさいぃぃ!!」
「おっと。ほい、ほい」
メロウが必死で羽を取ろうとスイランの周りをぴょんぴょん飛び跳ねる。
それに合わせて手をゆらゆら動かしてかわすスイラン。
かわいそうではあるが、なんか可愛いのでもう少し見ていよう。
少しして、自力じゃ無理だと判断したメロウは俺に泣きついてきた。
「なんとかしてくださいレイブレインさぁぁん!!これじゃ私今日寝れませえええええん!!!」
ちょっと動揺しすぎじゃないか?誰だよ『レイブレインさん』って。
というか、さっき気づいたんだが気になることが一つ。
「確かそれ、一度俺たちの肌に触れないと機能しないんだろ? …いつ触れた?」
「ボクを仲間に入れるのを認めてくれた時、『ありがとう』って二人とハグしたじゃん?あの時両手にこっそりと」
「メロウ…俺この子こわい」
「…私も仲間に入れたの失敗かなあって思ってます」
この後隙を狙って俺が羽を両方奪い、炎魔法で焼却した。
なんかわめいてる奴がいるが無視。
「ああっ!?それ高かったんだよ??ひどい…」
「店で買えるのかこれ…誰がこんなもの開発したんだ全く」
「えっとねえ、なんか、ダンケル・ノクサーっていう人が研究ついでに作ったって」
「なに!?ダンケルだと!?」
おい嘘だろ?アイツなのか?
でも名前全く同じだし、本当にあのダンケル…?
「おっ!? どうしたの?もしかして知り合い?」
俺の大声に一瞬ビビったみたいだが、すぐに平静を取り戻したスイランが尋ねてきた。
そう、ダンケルは俺の親友だ。そして数少ない理解者でもある。
十歳くらいの頃に、俺たち二人で世界を変えるだとか英雄になるだとか、途方もない夢を語ったものだ。
街から出て行ってから全く会ってなかったが、元気にしてるかな。
…いや、あんなもの作ってるくらいなら元気に決まってるな。
——という事情があるんだが、これはスイランに話していいものだろうか。
当たり前の話だが、レイブンとダンケルは友だち同士でも、ブレインとダンケルには何の接点もない。
つまり、偶然スイランとダンケルが出会い、話の中で齟齬が生じたら二人は不審に思い、俺の周りを探り出すかもしれん。
それが糸口となって、身バレする事態は避けねばならない。
だが———
「ねえねえ、教えてよ。誰にも言わないからさ?」
「おーしーえーてー」
しつこい。
そして信用できん。
メロウの方は俺の事情を知っているため、俺の反応から何となく察してくれているが、スイランの方はどうしようもない。
仕方ない。いい感じにごまかそう。
「…ああ、俺の昔の知り合いだ。そこまで親しくはなかったがな」
「それはちょっと無理がありますよ…あれは親しくない人の名前を聞いた時の反応じゃないです…」
メロウが気恥ずかしそうに呟いた。
スイランは何を思ったか、それ以上詮索してこなかった。
「…まあ、そういうことにしてあげるよ。ところで、二人はどこかに冒険するの?」
「あっちの洞窟までちょっとな。メロウが受けた依頼の品がそこで取れるらしい」
あと十分もあれば着くだろう。まだ昼前だし、ある程度予想通り。
「じゃあボクもついていくね」
うん、これも予想通り。
「折角パーティー組んだんだし、やっぱり最初の冒険は三人で行かなくちゃ」
俺とメロウは顔を見合わせ、少しして苦笑いしながらうなずいた。
『結局放っておけない』という点で意見は一致しているようだ。
「でもスイランさん。その格好で戦えるんですか?」
確かに、今のスイランの格好は戦闘向きではない。
恐らく魔術付加もしていない。
「それなら大丈夫。ほら」
スイランは例の袋から昨日の騎士みたいな服を取り出した。
…なんとなく予想はしていたが、その袋は中に異空間と繋ぐ魔法を付加してある高級品か。『魔法袋』って呼ばれている優れものだ。俺も持っている。
入る量に限界があるが、重さも大して感じなくてすごく便利なので一度使うとこれは一種の必需品になる。
これを自分で稼いだお金で購入することが駆け出し冒険者から一段階上のステージに行く鍵だ、なんて言う冒険者もいるらしい。
それをいきなり持っているということは、スイランの家、金持ちなのかな…。
「ちょっとあっちで着替えてくるね。…覗いちゃダメだぞ?」
スイランは向こうの建物の影を指さして、そちらに走っていった。
誰が覗くんだか。男だって知ってるんだし。
「…レイブンさん。」
メロウが小声で話しかけてきた。
「ん?」
そわそわしながら続けた。
「あの…なんというか…気になりませんか?」
?
「スイランさんって本当に男性なのかなって…その、つまりは……
…ついてるのかなって」
「ん?いきなりどうしたんだ?」
「い、いや!何でもないですよ何でも、あはは…」
メロウの顔がどんどん赤くなっていく。
好奇心と羞恥心の間で葛藤しているようだ。
時々暴走しそうになるところは、年相応の可愛さがあって俺はいいと思う。
そうこうしているうちに、スイランが着替えて戻ってきた。
頬を紅潮させて恥ずかしがるメロウの姿を見て、彼は小悪魔のように笑みを浮かべる。
「おまたせ…ブレイン。二人きりの間、メロウに何をしたんだい?」
その言い方は問題があるだろ。正確には二人きりですらなかったし。
コイツのノリにいつまでも付き合っていると時間が足りん。
「…着替えは終わったんだろ?さっさと行くぞ」
「おー!」
「…」
…メロウ、さっきのことはもう気にしなくていいぞ。
だから俺の背中に顔をうずめるのやめてくれ。メロウとブレインが揃って変態みたいに見える。
この後は特に滞りなく洞窟にたどり着き、探索を始めた。
この洞窟はダンジョンの一つで、レベルは中堅クラスとされている。
ダンジョンには総じて最深部に核という魔力の塊が眠っており、それの動力によって成り立っている。
核は常に周りの魔力の吸収していて、その魔力のほんの一部が切り離されてから形と意思を持ったり、小動物や虫なんかに入り込むことで魔物が生まれる。
そいつらは倒れると魔力が霧散して消滅するが、稀に一部が残って素材やアイテムとなることがあり、これを回収して依頼品として回収したり売却して生計を立てるのが冒険者の一般的な生活だ。
そして冒険者はほぼ完全実力主義。強ければ高難度の依頼をクリアし、高級な素材を集めてより稼ぐことができる。
だが道半ばで命を落とす冒険者も少なくない。だからこそ慎重に行動し、そして危険に敏感である必要がある。
「一階層は魔物も大して強くない。一度練習するぞ」
「ふふ、ボクはお姉ちゃんに鍛えてもらったし、パパとダンジョンに行ったこともあるから大丈夫さ。 おっ、ちょうどいい所に」
少し前に俺たちと同じくらいの大きさの真っ黒なコウモリがバッサバッサと飛んでいる。
コイツはメガバット。名前は強そうだが実際は噛みつきにさえ注意すれば怖くない。
練習だし、初めはこれくらいがちょうどいいか。
俺の身体がどこまでもつか、あと二人の戦闘能力を見させてもらおうか。
スイランは既に魔法の詠唱をしている。
メロウも詠唱をして、俺に筋力増強の魔法をかけてくれるようだ。
なら俺は前に出る。
「ギィギ?」
敵意に気づいたコウモリと俺がにらみ合う。
俺は剣を両手で握った。
普段なら片手で持つ剣だ。慎重に立ち回らないとな…。
にらみ合っている最中、メロウの魔法が起動した。
一瞬で強化魔法の恩恵が伝わってくる。
「…おお!」
ブレインの肉体から圧倒的な力強さを感じる。今の時点でこれだけの効力があるのなら、メロウの強化魔法は一級品だな。
これならあのでかい羽も斬り落とせる。
俺が奴の懐に飛び込もうと体勢を低くした、その刹那、
「————。凍れ!!」
詠唱を完了したスイランが左手を突き出し、手の平に魔法陣を展開。
同じ魔法陣がコウモリの真下にも表れ、氷の柱が下から貫いた。
氷に包まれたコウモリは断末魔の叫びをあげることすら叶わずそのまま凍死。氷の中で消滅した。
「「…」」
「どう?ボク、凄くない?氷魔法は得意なんだ!」
今の一瞬の出来事によって、不安が一つ消えた。
スイランの氷魔法はかなり強い。俺が介護する形になって依頼の達成が困難になることはなさそう。
そして不安が一つ増えた。
全魔物をスイランが凍らせて倒し、俺とメロウの強さを測る機会が潰されるかもしれない。




