48話 悪夢の続きの話
これの投稿時には二十四時を回っているらしいですが、私の中ではまだ月曜日なのでセーフ理論でいきます。
細かいことは考えずに読むがいい(マジでごめんなさい)
「中央街へ向かおう。この騒動の被害を受けた民への援護が必要だ。」
長い戦闘が幕を閉じ、しばらくの静寂が訪れていた。
まるで時が止まったかのような沈黙の中、ベクターが口を開いた。
「呪具が破壊された以上、もう呪力が強まることはない。無事な冒険者が総出で浄化すれば、まだ拾える命がある。」
『……その様子で、どうやって浄化すると言うのだ?まず幇助を受けるべきは、貴様ら自身であろうに。』
リオンが魔法で人の姿になり、気だるげに呟いた。
あいつの言う通り、生存している俺たちは既に瀕死の状態だった。
魔力はほとんど底をつき、俺とダンケル、そしてベクターの三人は先の戦闘で肉体もボロボロ。冷静に考えれば、即撤退するのが賢明だろう。
「竜様にはわからんかもしれんがな、人間というのは意地を張る生き物だ……。一度守ると決めたからには、自分の命を削ってでも守らねばならないものがある。」
『……。』
「さて、中央街はあっちか……ぐっ」
街へ向けて歩こうとするが、すぐによろめき、体勢を崩した。
とっさに剣と盾を離してバランスを取り戻す。
「貴方!!」
「はは、すまないな。」
娘を抱えたフィリアナが近寄り、なけなしの魔力で体力を回復させている。
助けを借りるベクターは、申し訳なさそうな作り笑いをしていた。
俺も動きたいところだが、もう魔力がない。
この状態で助けに行っても、ただ立ちつくすだけの木偶の棒。
苦しまないよう、一思いに息の根を止めることしかできない。
「……スイランさんなら。」
メロウがぼそりと何かを呟いた。
よく聞き取れない。
「スイランさんなら、まだ消耗していない冒険者さんなら!!」
「「!!」」
俺は、大きな思い上がりをしていたようだ。
『自分たちで全て解決しないといけない』という思い上がり。
この非常事態のせいで、そんな単純なことにすら気が付かなかった。
「まずはギルドハウスに行って、ガーディスに話をつけ———」
「もうやってるみたいだよ。」
左目を押さえて、ダンケルが淡々と話を始めた。
「今使い魔を飛ばして確認しているけど、冒険者たちが救助に向かっているみたいだ。そこにはギルドマスターも、スイランくんも、例のアイドルたちもいるよ。」
「…。」
「僕らが思ってるよりさ、世界は優しいんだよ、レイ。」
どこか虚空を見つめるようにしながら、ダンケルはため息を吐いた。
俺は心の重荷が降りたように、その場に座り込んだ。
「ならば、少し休んでいいのかもしれないな。」
「少年少女は少し休むといい。ここからは、私たち大人の領域だ。」
「お供しますよ。」
フィリアナはそっと寄り添うようにベクターに囁き、自然に補給された魔力で旦那の傷を癒した。
「レイブン君。」
「…なんですか?」
「フィーネをお願いしますね。」
抱えていた娘をその場にゆっくりと降ろした。
フィーネはそのまま歩き、俺の元へ来る。
「これから見る光景がどんなものか、想像に難くない。八歳の子供が見るには早すぎる。」
毅然とした態度で、ベクターが告げた。
親としての、覚悟の表れというやつらしい。
「見せるべきではない環境を子供の目から隠し続けるのも、親の役目さ。」
「パパ……ママ……」
ベクターは合図を出して、生き残った隊員を呼び寄せた。
手持ちの薬草で無理やり体力を補ってから、背を向けて歩き出す。
「……行ってしまいましたね。」
「今向かったところで、拾える命の数に大差はなかろうに。いや、これが『意地』というやつか。我にはわからぬ。」
リオンは腕を組んだまま、ベクターたちの背中を見つめている。
座り込んだままの俺たちに、二つの人影が近づく。
「失礼します。マグエル様よりお話があるとのことです。」
隣にリヴェットを侍らせて、マグエルが寄ってきた。
初見の際の威厳はそこにはなく、精神的にも弱りきっていた。
この二人は、さっきの部隊とは別行動か。
「なあお前ら。……やっぱりさ、こんなの間違ってると思わないか?」
「初めからわかりきっていたことじゃないか。何を今更。」
明後日の方を向いたまま、悪態をつくダンケル。
感情を爆発させることはなくとも、アイツなりに怒りを抱えているのだろう。
「間違っているから、俺の仲間になって革命という茶番に付き合えと、そう言いたいのか?王子様?」
ダンケルに釣られたかのように、俺からも皮肉めいた言葉しか出てこない。
こんな事態になって、気が動転していると言ってしまえばそれまで。だが、心の闇の一つを吐露するくらい許して欲しいと、そう思う。
「マグエル様になんて口の聞き方を……と言いたいところですが、この状況下ですので、規律違反は許可いたします。」
凛とした態度を崩さない。
「何様だよ。メロウちゃんが咄嗟に助けてくれなきゃ、真っ二つに斬られて死んでいた命じゃないか。さらに言わせてもらうと、僕たちがあの騎士を殺したのは、どう考えても規律違反じゃないの?そこに突っ込まないのは、理論が成り立っていない。
お前は人に規律を守らせたいんじゃない。『規律』って言葉に身を委ねて、安心したいだけだろ。」
「―――」
ダンケルは顔色ひとつ変えずに冷たく語り続け、リヴェットを完全に押し黙らせた。
彼女は顔色を少しずつ青く変え、両手が小刻みに震え出す。
「やめろ。リヴェットは俺の大切な仲間だ。これ以上侮辱するな。」
「フン。これだから城の奴らはいけ好かない。」
「喧嘩はダメだよ!」
俺と手を繋いでいたフィーネが叫んだ。
闇をまだ知らない、子供なりの気遣いなのかもしれない。
「悪いけど、こいつらと仲良くは絶対にできないよ。……もう傷も癒えたし、僕はもう行くよ。まだ救える命があるのなら、後悔の無い方を選ぶからさ。」
「我も行こう。傷だらけの貴様らをここまで駆り立てる、人間の意地とやらに興味がある。」
リオンが再び巨大な竜の姿に変身し、ダンケルを乗せて飛び立った。
姿が見えなくなるまで、どこまでも、ダンケルの表情が晴れることはなかった。
普段なら、ダンがあそこまで機嫌を損ね、悪態ばかりつくことはまずない。
……あの怒りは何だ。
ダンケルと衛兵、ひいては国家との間に、どんな確執が起きた?
「……ダンケルと言ったか。俺たちに恨みがあるのか?何か知らないのか、レイブン。」
「知らん。理由はわからんが、ダンはいつからかこの国が、世界が嫌いになったらしい。『僕が世界を変える』と、それが口癖になっている。」
「それは俺たちに協力すると、そういう意志が……あるわけないか、あの様子じゃ。」
マグエルが寂しそうな表情で呟いた。
「私は……私は……」
「しっかりしろ、リヴェット。お前は規律を遵守してきただけだ、気にするな。」
「ま、マグエル様……。」
固まってしまったリヴェットを、マグエルが頭を摩って慰めていた。
その姿には、民衆を導く王子の一端が垣間見えたような、そんな気がした。
「お兄さん。」
「……どうした、フィーネ。」
「フィーネも、パパたちの所に連れて行って。」
フィーネが俺の袖を引いた。
俺が見たその顔には、生半可ではない意志が宿っていた。
だが、ベクターからの頼みでは———
「フィーネの力は、役に立つんだよね?ここで待っているだけは嫌だよ。」
「……。」
「お兄さんたちだってわかるよね?フィーネの力があれば、困ってる人たちを助けられるよね?」
俺の袖を引く力がさらに強くなる。
だが、俺は動かない。
子供を見せるべきでない光景から守ることも、親の役目だと言っていた。
ならば、俺がすべきことは。
「……お兄さんが疲れているのなら、仕方がないね。
フィーネ一人で行くよ。」
「!?」
ぱっと離したその手を、俺は急いで捕まえた。
フィーネは本気だ。目がそう語っている。
「離してよ!フィーネ一人じゃ危ないって言うのなら、お兄さんがついてきてよ!!」
「フィーネちゃん……、ここは待ちましょう。ベクターさんたちなら、きっとうまくやりますよ。」
「嫌だ!!!この力は人を助けるために使うんだって、パパが言っていたのに!!!」
声の限り、フィーネが叫んだ。
耳鳴りがする。
だが、それ以上に、心に何かが突き刺さるような衝撃を感じた。
「……どうやら、嫌われる覚悟が必要らしいな。」
「マグエル様……?」
マグエルがリヴェットを置いて立ち上がり、フィーネの方をじっと見た。
フィーネは感情に身を任せ、睨みつけるようにじっと、俺とマグエルを交互に見ていた。
「タグナス国第一王子、マグエル・タグナスの元に命じる。レイブン・グルジオ、及びその仲間よ。この少女を連れて、被害を受けた一般市民の救援に当たれ。」
「な———」
毅然とした態度で、力強く命令を下した。
命令が終わると、頭を押さえて大きなため息を吐いた。
「はあ……後でベクターに何と言われることか。もう一度ベクターと、笑いながら酒が飲みたかったよ。」
「王子、アンタ———」
「何を固まっている、さっさと行け。王子の命令に刃向かうか?自分が単なる反逆者ではないと、ここで証明しろ。」
「!」
今の発言は、ただ命令を促しているだけではなかった。
俺を反逆者だと見ていない、ただの一人の冒険者と捉えている。そういうことか?
「『人の内面を見ようとしろ』。確かそう言ったな、お前。王子様が平民の意見を聞き入れることなど滅多にないからな。」
「男同士の友情、かっこいいね。」
「……なんか恥ずかしくなってきたわ。ほら、フィーネと彼女連れてさっさと行け。」
うつむいて、追い払うように手を振った。
少し気が抜けたような気がする。
メロウを手招きして、フィーネと共に歩き出した。
「王子は来ないのか?」
「俺はこの事件の後処理をしなければならない。ワーグナーと裏で繋がっていた呪具使いの野郎……絶対に表舞台に引きずり出してやる。」
☆
「パパ!ママ!」
「フィーネ!?どうしてここに!?」
広場内の某所で、ベクターたちを見つけた。
隊員たちが個々で動き周り、浄化魔法や回復用の道具、薬などで懸命に治療していた。
「レイブン!!どうして娘を連れて来た?私は言ったはずだぞ!!」
ベクターが激昂し、俺に詰め寄ってくる。
この人がここまで感情任せに動くの、初めて見たわ。
「元々来るつもりはなかった。俺はただの付き添いだ。」
「どういうことだ!?娘が行くと言ったのか?そんなはずが———」
「それは、フィーネちゃん本人に聞いてください。」
メロウがそっとフィーネを前に出した。
フィーネは父親に相対し、純真な眼差しを向ける。
「フィーネの力は役に立つんでしょ。だから来たの。」
「なんだと……。
ああ、確かにそうだ。フィーネの力があれば魔力を増大し、多くの人を救えるさ。私自身が、そんな奇跡を何度も見てきた。」
「だったらパパはどうして———」
「こんな場所を、見せたくなかった……人間の闇が生んだ悲劇を具現化したような、この光景を。」
周りをもう一度見渡した。
言う通り、絶望が広がっていた。
二番隊の隊員の残骸。呪力に取り込まれて変形した市民。
被害に巻き込まれた家族を嘆く人。
呪いの余波で植えられた木は腐り、水は濁り、空気は邪悪な澱みを残す。
「この光景を見る恐怖は、おぞましい魔物と対峙するのとは違う。命が奪われる様子、不幸や復讐の連鎖を間近で見ることになる。嬢ちゃんにも、できれば来ないでもらいたかったよ。」
ベクターは娘を優しく抱きしめたまま、メロウの方へ眼をやった。
だが、メロウは平静を崩さない。
「申し訳ありませんが、私は平気なんですよ。だって、六年前の疫病をしっかりと覚えていますから。」
「……。」
「人って本当に脆いですよ……簡単に死んでしまいました、私の両親。」
ベクターは呆然と、メロウを見上げたまま。
彼女の目は、どこまでも暗かった。
「だから、こんな思いをする人が増えないためにも、助けたいんです。一つでも多くの命が助かるためなら、私は力を尽くします。フィーネちゃんも、きっと同じ気持ちですよ。」
ベクターの胸の中で、フィーネがこくりと首を縦に振った。
「……。」
「貴方に付き添って、協力してもらいましょうよ。フィーネは、私たちが思う以上に成長していること、認めないといけないようです。」
「パパ、フィーネも頑張るよ。」
ベクターはフィーネを離し、その目をじっと見つめる。
互いに見つめあうまま、ベクターはしばらく悩んでいた。
「……何かあったら、すぐにパパに言いなさい。」
「うん!!」
子連れの家族はひと段落したらしい。
次の被害者を守るべく、歩みを始めた。
「青年。君にも手伝ってほしい。」
「ああ。ここまで来たついでだ。」
「ど、どどうして、転生魔王がこんなところに……!?」
誰かが俺の姿を見た。
そして騒ぎ出した。この結果がこれか。
「僕たちを殺しに来たんじゃ……。」
「もう逃げられないし、死を受け入れる時か。」
ああ、そうだった。今の俺、元の姿のままだったわ。
さっきから色々ありすぎたせいで、気にも留めていなかった。
俺は何もしていない。
剣を抜いてすらいない。
嗚呼、久しぶりだよ、この感覚。
最近じゃ、レイブンとして出会う人は限られていたから。
「心配はいりません。私たちは助けに来ました。」
メロウが先陣を切り、説得に動いてくれた。
俺本人では限界があるから、このアシストは助かる。
「う、うるせえよ。そいつの仲間の言うことなんて、信用できるかよ!」
男は涙を流したまま、嘆きとも怒りとも取れる叫びが辺りに響く。
その男の傍らには、兄弟と思われる亡骸があった。もう蘇生は叶わない。
「なあ、魔王なんだろ?俺を殺して、楽にしてくれよ。こんなのは夢なんだと、目を覚まさせてくれよ。」
「俺は名ばかりの魔王だ。人殺しの趣味はない。」
全てを意に介せず、倒れている人の元に移動した。
中年の女。冒険者ではないようだ。
まだ命に別状はないが、放置するとまずい。
「メロウ。解呪魔法の補助を頼む。」
「わかりました。」
周りの生存者が訝し気に覗く中、俺とメロウで治療を始めた。
メロウが魔法で呪いを不安定化。完全に消すことはできないが、これで十分。
あとは、不安定になっている間に、宿主に眠っている呪力の核を探して、握りつぶす。
「!?」
女性の身体が大きく痙攣し、振動を始める。
呪力が少しずつ抜けていき、顔色が明るく戻ってきた。
「……ん、う、ああ」
「お、おい、目覚めたぞ!?」
「本当に助けに来たのか!?」
周りが何か言っているが、気にしない。
最後にリビールの実を口に入れて、体力を補えば終了。
「メロウ、次に行くぞ。」
「はい、ついて行きます!」
メロウのその笑顔だけが、俺の心の支えだ。
周りの反応なんか、もうどうだっていい。
ベクターたちの意地に協力するため、そしてメロウの笑顔を守るためだけに、俺は市民を救う。それだけだ。
他の冒険者たちの姿を尻目に、俺とメロウは次の被害者を探した。




