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46話 騎士を喰らう反逆者の話

「今回は許さん。必ず殺す……」


 リオンの目がギラギラと輝き、目の前の敵をじっと見つめている。

 過去に何があったのかを俺は知らないが、恐らく言葉にすることも憚られるような凄惨な事件があったのだろう。


「……ただ一人、反逆者どもから国を守る英雄……僕にぴったりじゃないですかあ……!」


 敵対する男はのらりくらりと上体を揺らし、剣を握ったまま狂気的な笑みを浮かべている。

 もう会話が通じるような相手ではない。


「エルフの力を使えば呪詛から防御できます。遠慮なくやってください。」


「ん~~!!」


「私も援護します!」


 魔法使いの三人は俺たちの強化に専念してくれる。

 その背後にはアルドとリヴェットが立ち、常に三人の安全に注意を払う。


 布陣はこの上ない万全な状態。やるしかない。


「ガアアアアアアアアアアアア!!!」


 手あたり次第にブレスを吐き、憎き宿敵を焼き払わんと殺到する。


「何度同じことを……フン!」


 ワーグナーは身動き一つせず、呪力の乗った剣を振るうことで全てを弾き返す。

 その隙に俺やダンケルが畳みかける。


「オラア!!」


「くたばれ!」


「……」


 激しい打ち合い。

 二対一で攻撃を続けるも、中々攻撃が通らなかった。




 ……いや、実際には俺たちの攻撃は当たっている。

 だが、全然効いていない。


「この呪具は素晴らしい……!有無を言わせない圧倒的な力が!僕のものだあああああ!!!」


 急に高揚を始め、でたらめな剣技で俺たちを狙う。

 どれも簡単に避けられるはずなんだが、理論も読みも何もない感情任せの攻撃。


 一発でも食らえば戦闘不能になりかねない現状はまずいかもしれない。


「まずいねレイ。ぶっちゃけ今のところ、戦い損だよ。」


 ダンケルの額を伝う汗が、焦りを示しているように感じた。

 合図して、同時にワーグナーから離れた。


「うーん。最悪な相手だね。」


「どうやらそうらしい。何か特別に強い要素があるわけじゃないが、素の能力が化け物じみている。」


 フィリアナさんたちの魔法で呪いには対抗できている。身体能力も強化されている。

 ———それでも、あの呪具に勝ることはできないようだ。


「禁じられた呪いを具現化した力……これがあれば、僕は世界最強の騎士になれる!!あの魔王も、神でさえも僕に———いや、王に逆らえない!!」


 愉悦に表情を歪め、敵の絶望を糧にして力を更に増していく。


「青年たちよ、戦えそうか?」


「……正直なところ、希望が見えない。単純に攻撃が全く通らない。」


「そうか……。」


 ベクターは眉を潜めた。

 敵は一人だというのに、そのたった一つの壁が厚すぎる。


「我がなんとかしよう。」


 隣の竜が立ち上がった。

 リオンは魔法で結界を張り巡らせる。

 それは俺たち全てを包み込み、この墓所全体にまで広がった。


「この領域内では、全ての魔力を減衰させる。あの忌々しい呪具をなくせば、貴様はただの人間。我が焼き尽くしてくれる!」


「ナイスだリオン!これで———」


 少しだが、希望が見えた。

 ……そんな気がしたのだが。


「なるほど、呪具の効力が消えると。



 ———だから僕は結界の外に弾かれたわけですか。」


 ワーグナーは結界の外、視界の端にぽつんと立っていた。

 半透明の結界を隔てて、膨大な呪力が渦巻いているのを感じた。


「小細工など通用しません。呪具の力をなくすのは不可能です。」


 禍々しい力を含んだ斬撃が、リオンの形成した結界を一撃で破壊した。

 リオンが貼り直しても意味がないことは誰の目にも明らか。


「もうわかったでしょう?……抵抗は無駄、街に被害が及ぶ前に大人しく死んでください。」


「手詰まり……か。」


 ベクターが一歩前に出た。

 もう少しで、互いの剣の間合いに入る。


「私が時間を稼ぐから逃げろ。奴に恨まれている私なら、十分ヘイトを得られるだろう。」


 俺たちに向けて笑いかけた。

 死地に向かうとは思えないほどにその目は穏やかで、父親の慈愛を感じた。


「強いて言うなら……フィーネの花嫁姿を見られないのが残念だが。」


 剣のぶつかり合う音が響く。

 男の意地と狂気が真っ向から激突し、空気が震撼する。


「おおおおおおおおおおお……!!!」


「ははは、衛兵最強はこの僕だあああああああああ!!!」


 剣捌きに関して言えば、ベクターの方が完全に上。今の数秒だけで、ワーグナーは何度斬られているのかわからない。

 だが、呪具による肉体強化が尋常じゃない。皮膚や筋肉が鋼鉄以上に硬質化し、斬撃がことごとく弾かれている。


 俺たちと同じ、どこかで奴の攻撃を食らえば死にかねない。

 しかも一対一だから、さっきよりリスクが高い。


 だから俺は。


「ふざけんなああああああああああああ!!」


「あ?ぐっ……」


 がら空きの背中に俺の一撃。

 完全に予想外の角度からの攻撃が炸裂し、鎧にヒビが入った。

 鎧は呪具の影響を受けていないみたいだ。


「何をしている!?さっさと逃げろ、お前さんはまだ失ってはいけない!!」


「お前もそうだろうがベクター!!俺の汚名払拭を手伝う話はどうなったんだよ!!」


「!!!」


「ごちゃごちゃうるせえよ!!」


 ワーグナーが呪力を波動のように解き放った。

 衝撃を受けた俺たちは大きく引き下がる。


「ぜえ……ぜえ……」


 誰も逃げていなかった。

 呪詛に抵抗する魔法を展開し、周りの敵性反応を警戒し、横から隙を伺う。


「どうしてだ、お前たち……。」


 苦悶するような、訳が分からないと言いたいような、そんな顔をするベクターに対し、周りは悲しみをぶつけた。


「パパはずっとフィーネの傍にいてよ!!!」


「一生を捧げると誓った妻を見捨てないでください!!!」


 家族の嘆き。


「隊長がいない世界なんか俺はいらねえよ!!またコソ泥に成り下がるのはごめんだ馬鹿野郎!!!」


「……俺たち隊員は、最後まで抵抗します。」


「貴方は御存じないかもしれませんが、私たち三番隊の中でベクターさんの人気、とても高いんですよ?見殺しにしたら隊の規律が乱れます。」


「……なあベクター、十年くらい前にさ、親父に秘密で酒くれたことがあったよな?

 ———アレ、もう一回くれよ。生きているうちにさ。」


 同僚や部下の微笑み。

 大男の目を一滴の雫が伝った。


「……。」


 父親は涙を拭い、強大な敵の前に対峙した。

 これは特攻ではない。全員の生存を目的とした、戦略的戦闘。


 ベクターの目の輝きが変わった。




 その間、俺たちは打開策を探す。

 無敵の力なんて存在するはずがない。『魔王』なんて呼ばれる俺自身でさえ、過去に敗北を経験しているのがなによりの証拠。


 ……あれ、攻撃してこない。

 こんな家族愛だとか友情だとか、ワーグナーならすぐ激昂して殺しに来そうなものだが。


「……レイ、いいこと思いついたよ。」


「はぁ、はぁ……言ってみろ。」


「ずっと魔術鑑定をして、やっとわかった。あの呪具には、対象の相手の魔力を効率よく呪力に変換し、発散させることで力として昇華する機能しかない。そして、体内の魔力と呪力の比率が限界を超えると肉体が崩れ、廃人化する。」


 そこまで聞いて、リオンは何かに気づいたらしい。

 現在の疲労と精神状態では、俺はダンケルの真意を読み取ることはできない。


「つまり、奴は現在魔力の回復待ちだ。我の結界を一撃で破壊する呪力が生半可なはずがない、必ず一定の魔力を消費している。」


「追い詰める度に回復してくる敵がいたら、限界まで攻撃を続けて回復できなくなったところを仕留めるなんて展開、よくある話だろう?」


「!!」


 どうやら、まだ希望を捨てるには早いみたいだ。


 ☆


「ああ!!」


「オアアアアアアア!!」


「くたばれ外道!!」


 大人数で畳みかける。


 俺、ダンケル、ベクターが直接攻撃し、リオンは防護魔法やブレスで援護。他の仲間はメロウたちに魔力を供給。

 戦い続けても敵が回復するだけならば、短期決戦狙いだ。


「はあ……わかるでしょう?何をしても無意味だと。早く諦めてくださいよ。」


 構わず攻撃を続ける。


 そういえばワーグナーは、俺たちが攻撃を仕掛けると仕切りに『諦めろ』と言っていた。

 あれは『お前たちに勝ち目はない』と言いたかっただけではない。


『この力は永続的に続かないから、切れる前に終わりにしてくれ』


 なるほど。そういう意味もあった訳だ。

 尚更やめることはできない。


「はあああああ!!」


「ぬぐおおおおお!!」


「ちいっ!?愚か者どもめがあ!!」


 初めて、ワーグナーの表情から余裕がなくなった。

 歯ぎしりをしながら、俺たちを切り裂こうと剣を振り回す。


「ふう……。」


 少し距離を置いた。


 互いに息切れしながら様子をうかがっているが、確実にこちらが優勢だ。


 リオンの魔法で、多少アイツの剣が掠めるくらいなら何ともない。

 メロウたちの力で、魔力を温存していても呪具の余波は怖くない。


「ぜえ、ぜえ……どうして無駄とわかっていて抵抗する……?こんな疲労くらい、僕はすぐに回復するというのに……。」


 ワーグナーが低い声で呟く。

 その目は焦点が合っていなかった。奴自身も呪具に侵され始めている。


「なんでって、無駄じゃないからさ。本当に無敵なら、お前の魔力反応が弱まっているのはなぜだ?」


 ダンケルが舌を出して、嘲るように口を開いた。

 なぜか、ダンケルの表情にも一種の狂気が見えた。


「お前さえ消してしまえば、もうあのクソったれた王を守る壁がなくなる。この世界が変わるのさ。」


 その言葉で、ワーグナーの頭のネジが一本外れた。


「……は、はは……………………










 殺す。」


 呪具が禍々しい色を放ち始め、それと共に奴を取り巻く呪力の流れが変わった。

 先ほどまで俺たちを攻撃しようと外に放出されていたものが、全てワーグナーの内部へと吸い寄せられるように集結していく。


「何が……起きている?」


 ワーグナーの髪よりも強烈な紫が全身を包み、ついに姿が見えなくなった。


「王の侮辱は……許さない……僕の命に代えてでも……ぜッたイにユるサなイいイいイいイい!!!」


 ビキビキと音を立てながら、全身の筋肉が巨大に肥大していくのが見えた。

 そして呪具の放つ光が消滅した時、そこにはワーグナーだった生物の成れの果てが立っていた。


「アイツも廃人化しちまったか……。」


「それもこれまでの駒とは力が違う。放っておくと僕らどころか、世界丸ごと滅ぼすまで止まらないよ、あれは多分。」


 全身の筋肉が巨大化し、身長は俺たちの二倍くらいに膨れ上がっている。

 剣もそれに合わせて肥大し、刃は呪具の影響で紫の刃が妖しく光りを放つ。

 そして、顔面は皮膚が焼け爛れ、筋肉が露出した上に呪力でどす黒い穴がいくつも空いている。


「ワーグナー……。」


 あれは紛れもなく怪物だった。

 生物の本能が囁く、『あれは敵だ』と。


「アア、オウヨ……ウアアッ!!」


 俺たち三人へ向けて、剣を振り下ろす。

 さっきと比べて動作はかなり遅いが、威力は圧倒的に上がっている。


「うおっと!?」


「きゃあっ!?」


 打ちおろした先の地面は豆腐のようにあっさりと亀裂が入り、衝撃の余波が振動となって後衛を襲った。


「なあダン……あれも、呪力切れを狙えば勝てそうか?」


 ダンケルの顔は半分青ざめていた。

 それがどういう答えを指すかは、言葉を聞くまでもなかった。


「さっきの変身で、周りの魔力呪力を全部取り込んだ。つまりもう補給する魔力がここ一帯には残っていない。だから体内の魔力を全部吐き出させることができれば、動きが止まって僕らの勝ちだ。」


「その一見完璧な作戦に穴があるとすれば———その魔力切れには途方もない時間がかかり、彼女らがそれまで持つか怪しいということか。」


 ベクターが後ろをチラリと確認した。

 メロウ、フィーネ、フィリアナさん、そしてカインたち……息が切れ始めている。


 フィーネの化け物じみた異能も、無限ではないってことか。


「メロウたちに、攻撃の余波すら届かないように戦い続けろってことかよ……いくら俺でも限界が……。」


「だが、やらなければ私たちは全滅。そしてこの国も終わる。」


 嗚呼、最低な一日だ。

 今から俺たちは呪具でイカれた元騎士を相手に、援護してくれる味方を守りながら戦う。


 しかも、こちらの攻撃はろくに通らないから、敵が魔力切れで自滅するまで粘り続けるしか突破法がない。


 地獄かよ。

 本物の魔王の仕事だろ、こんなの。


「国に関わるとこんなことばかり、吐き気がするよ。」


 ダンケルが悪態をつきながら短剣を握り直し、その切っ先をワーグナーの右目があった場所へと向けた。そこにはどこまでも黒い洞窟がぽっかりと空いている。


「全て殺して片づけよう。」


 ダンケルは一瞬でワーグナーの足元に接近し、短剣で踵を切りつける。


「彼は、レイブン青年の親友だったか。」


「ああ。」


「あの様子だと、彼は……いや、話す前に戦おう。」


「……。」


 ただ立っているだけのワーグナーは、ほとんど魔力を放出しない。

 だから攻撃してダメージを与えるか、奴に何かしらアクションを誘ってエネルギーを消費させる。


 ベクターはタンクの役割。

 ワーグナーにはまだ微かに自我が残っているらしく、クソみたいな理由でベクターを恨んでいることからしっかり注意を引きつけている。


「おらあ!!」


「死ね国の犬が!!」


 動きの鈍ったワーグナーは格好の的だ。

 リオンの時と同様、呪具を破壊すれば容易く終わるのだろうが、もう肉体と一体化していてそれは叶わない。


 背中や首元めがけて刃を振り下ろすことをやめない。

 手応えはほとんどないが、少しずつ呪詛の壁が剥がれつつある。


 これをあと何百回繰り返せばいい?


「アアアアアアア!!」


 身体を大きく回転させ、俺たちを叩き落とそうと手を振り回す。

 あの手が想像以上にでかい、ダンケルがまずい!


『はあっ!!』


 リオンがとっさに障壁を作り、手を弾いた。

 ダンケルは一瞬で距離を取る。


「ふ~……ありがとうリオン。」


 危ない。

 一撃でも食らえば命の保証はない。


「おい、しっかりしろフィーネ!!」


 後ろが騒がしい。


「フィーネ!!!」


 異変を見つけたベクターがすぐに駆け寄る。

 フィーネが疲労の限界でぐったりしていた。


「なあダン、本格的にまずいんじゃないか……?」


「フィーネちゃんの力がなくなったら、戦う以前に呪具の波動に押し切られる可能性が高い……。」


 ダンケルが悔しそうに歯噛みした。

 ワーグナーは意に介せず、こちらをじっと見つめる。


 正直、ほぼ詰んだ。

 メロウたちの力がないと、俺たちは奴に近寄ることすらできない。


 ここで倒せなければ、ワーグナーは恐らく俺たちを皆殺しにするまで止まらず、その勢いでこの国を殲滅しかねない。

 そして最後には呪具の反動で死滅するのだろうか。


 後ろではフィーネを抱きかかえるベクター、盾にならんとばかりに親子の前に出る衛兵たち。怒りに震えるリオン。

 隣には、唇を噛んで敵の正面を見つめるダンケル。


 絶望まであと一歩。

 そんな中、一人の人間が俺たちの横に並んだ。


「……俺の切り札、ここで使うしかないな。」


「は?」


 その男———カインはおもむろに鎧の中に手を入れ、鎖に繋がれた一つの首飾りを取り出した。

 ある一つの呪具。妖しく光る宝石が仕込まれた一品。


「呪具に対抗するために、こちらも呪具に頼る。皮肉な話だと思わないか?」


※現在作者が大学の試験期間のため、次回更新は隔週の4/5(月)の予定です。申し訳ありません。

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