表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/53

45話 現れた竜の話

 あれを、ワーグナーと呼んでいいのだろうか。


 いや、確かに姿形は本人と同じまま。

 時折聞こえる声もあの忌々しい音のまま。


 だが、あの物体から放たれる呪力。

 離れていてもわかる、絶望的なまでの禍々しい波動。


「やばいね、あれ。戦うとか以前に、触れちゃダメな気がするよ。」


 軽い口調で言ってはいるが、ダンケルは身震いしていた。


「ですが、街に放たれればそれだけで市民が壊滅します。私たちがここで食い止めなければ……!」


 リヴェットと呼ばれている女が握る剣には力が籠っていた。

 勝てるビジョンが見えないといったところか……正直俺もそうだ。


 戦うなんて次元の話ではない。

 近づいただけでも無事では済まない、ワーグナーを取り巻く瘴気がそう囁いている。


「はは……無敵の力というのはこういうことか……!」


 人智を歪めるような呪力の中心で、狂気に満ちた男は不敵に笑った。


「今の僕にはベクターも、あの男ですら手が出せない。まさに最強。





 王に従わない人間を全て殺せば、平和な世界になりますね。」




 ワーグナーが剣を握ったまま、のらりくらりとふらつきながら近づいてくる。

 その目は俺たちを見ておらず、どこか虚空を見つめていた。


「……私が浄化魔法をかけ続ければ、あの呪力に負けずに戦えると思います。」


「いや、恐らく無謀だ。メロウの魔法がいかに優れていても、同時にあれに対抗できるのは一人が限界。それも長くは持たない———呪力が渦巻いておかしくなっている。」


「その通り。貴方たちはせいぜい絶望しながら、無意味な大逆罪のためにあがいてくださ———おや?」


 まさしく悪魔のように笑うワーグナーを尻目に、俺たちの後方から羽音。

 いや、翼音と言った方が正しいか。


 心強いその気配は。


「……。」


「「リオン(さん)!」」


 巨大な白竜の姿をしたリオンが、悠然とこちらに飛翔してきた。

 その背中には、エルフが二人。


「パパ!!」


「助太刀します。」


 娘のフィーネは、リオンから降りるとすぐさま傷だらけの父親の元へ走った。


「なぜここへ来た!?」


「フィーネも手伝う!パパやお兄さんを助ける!」


 ベクターとフィーネはどちらも譲らずに衝突した。

 そこに———、


「だからぬるいドラマはいらないっていったでしょうが!!」


「そうはさせません!!」


 ベクターたちを貫こうと迫るワーグナーの剣は、二人を包むように現れた純白の光の柱に阻まれる。

 そこから連鎖するように、次から次へと現れる光がワーグナーを狙う。


「チッ。」


 いら立つように舌打ちしてから、ワーグナーはバックステップで引き下がる。

 フィリアナさんはすぐにフィーネを抱きかかえて、俺たちの近くに来た。


「私とメロウちゃんの浄化魔法をフィーネの力で増幅すれば、呪いに気圧されずに戦えます。ここは戦いましょう。」


 ベクターは下唇を噛んだ。

 そして、隣に立つアルドの方を一度見た。


「……アルド、お前は魔法使いたちの護衛だ。死んでも守れ。」


「……承知。」


 命令に従うようにして、アルドはメロウたちの前に立つ。

 三人は魔法の詠唱、準備を始めた。


「……呪具に支配された成れの果て……我は貴様を許さない……!」


 リオンが天に咆えた。

 その咆哮はひりつくような刺激を俺たちに与えた。


「その竜……エトラの森に放った生き残りですか。王の信仰度を高めるために討伐される予定だったはずのお前が、どうして生き延びたのですか?」


「!!!」


 リオンの紅く光る眼が険しくなり、敵を強烈に睨みつける。


「こうして邪魔となる可能性が想定できたのなら、他の竜と共に殺して毛皮と肉を採集するべきでした。」


「貴様は口を開くなあああああ!!!」


 白いブレスがワーグナーへと殺到する。

 奴は避けることもなく、魔力を集中させて障壁を展開。ブレスを防ぎ切った。


「呪力を相殺できるのならちょうどいい。お前たちが束になっても歯が立たないほどの、僕との実力差に絶望するというものです。」


 これが引き金となり、戦いが始まる。

 俺たち反逆者が、平和を目指す騎士から国を守るための戦い。皮肉なものだ。


 ☆


 我は元々竜の生息する山奥で、十体ほどの仲間と共に平和に過ごしていた。

 白竜は我を含めた二頭。そして残りはアッシュドラゴンと呼ばれる灰竜。率直に言えば、灰竜は竜の中では格が低い。

 我の仲間の白竜が一緒にいようと言うから従っているだけで、我は灰竜に興味などない。


『ほら、遊ぼうよ。』


『興味がない。我はお前たちとの遊びなどせん。』


『そんなこと言ってさ、目はこっちを見ているよ。』


 黙ってその場を離れた。


 竜の群れは互いに名前を付けるようなことはまずない。

 意志疎通はできるのだから、互いのことを判別さえできればそれでいい。


『遊んでこればいいじゃないか。見張りは私がやってやる。』


 こいつが例の、もう一頭の白竜。

 昔決闘をして、それから一緒に放浪している。


 白竜種は攻撃性の低い種と言われているが、こいつはその中でも特に友好的だ。

 なんというか、白竜としての誇りを持っていないようにすら感じる。


『貴様に借りを作るのは癪だ。我も残る。』


『そんなこと気にしなくていいのに。』


 笑っているかのように歯を見せてきた。

 どうも調子が狂う。


 飯を適当に分けてから、灰竜の傍に座った。


『どうしてさ、ぼくたちと一緒にいてくれるの?』


 一頭が不意に語りかけてきた。

 特になんということもない。あいつが一緒にいようと言っただけだ。


『あいつに聞くがいい。我は何とも思わん。』


『でもさ、ぼくたちを嫌がらないんだから、君もいい白竜だよね。』


 ……。


『ただの気まぐれに過ぎん。あいつに見捨てられる前に、さっさと寝るがいい。』


『『『はーい。』』』


 何でもない一日の終わり。


 我とあいつは、隠れ家の洞穴の浅い部分に居座る。

 白竜は守護の能力が高いから、夜分の見張りを兼ねる。


 眠っていても、魔獣の魔力くらいなら気づいて対応できる。


『それじゃ、また明日。』


『……フン。』




 そこに奴らが来た。




「どうしてドラゴン狩りなんか……。」


「仕方ねーだろ、ワーグナー隊長怖いし。あれ使えば俺たち戦わなくていいんだから、さっさと済ませようぜ。」


 ある日の深夜、我たちは洞穴の中で眠っていた。

 最低限の警戒心は残っていたが、魔術か何かで偽装した奴らの気配には気がつかなかった。


「一番近くにいるし、こいつでいいか。」


「早く済ませて下さい。起きると面倒です。」


「は、はい隊長っ!」


 何か音が聞こえたような気がしたが、眠っていた我は抵抗することもできず、首元に何かを置かれた。


「よし、一旦逃げるぞ。」


「ちゃんと暴走してくれればいいけど……。」


 あの時の我は、一体何をしていたのか。

 もし時を渡る魔術があるのなら、この時に戻ってアレを破壊しているだろう。


「……オオ?」


 変な心地がして、我は目が覚めた。

 心がもやもやする。


 これは呪いの残滓のような……頭が軽くなるような……。


『どうした?具合でも悪いか?』


 隣の仲間が声をかけてくれた。

 我の様子を見て心配してくれたようだ。


『あまり気分がよくない。さきほど声が聞こえたような……。』


『それ、どうした?』


 彼が我の首元を見た。

 その様子を見て初めて、我は自分に何が起きたのかを察した。


『これは……うぐ、う、あ。』


 頭がもう回らなくなったことを覚えている。

 自分の意志とは関係なく動いていたのに、記憶は鮮明に残っている。本当に忌々しい。


『まさか……呪具か!まずは落ち着———』


 我は目の前の仲間の首に噛みついた。

 そのまま肉を食いちぎり、噴き出すように飛びだす血液をすすった。


『あ、あ……』


『ぐ、う……私はもう持たないみたいだ……まだ自我が残っているのなら、仲間を頼む……』


 力を振り絞るようにか細く告げてから、ぱたりと倒れ力尽きた。

 彼の横たわる周りには、血だまりができている……我の口からも滴っている。


『どうして……こんなもののせいでええええええ!!』


「———。」


 人の声がした。近い。


 アイツらがやったのか?

 呪具に侵されつつある中、我は友を見捨てて音のする方へと飛んだ。

 一心不乱とはこういう状況を指すのだろう。


『貴様かあ!?我にこんなものを着け———』




「これで全部死んだか。」


「あの二頭以外が灰竜の群れであることは調査済みでしたから。あの白竜に牙を染めている血を見る限り、ジェイロスさんの呪具は正常に起動したようです。」




 知りたくなかった。




 人間がおよそ十人。

 指揮官と思われる紫髪の細い男。

 そして、統率のとれた白い隊服は皆紅色の模様を彩っている。


 奥には我の仲間……だったはずのもの。

 毛皮を切り裂かれ、内臓すら露出していた。

 血だまりなんて表すことも憚れるように、赤一色で染まり切った視界。


 灰竜という名前が間違っているようにすら感じさせる。


『———』


「悪く思わないでくださいよ。敬愛する王の威厳のため、竜狩りの実績がいるのです。」


「「「……。」」」


 周りの人間の顔が青ざめる中、紫髪の男だけは飄々と話を続ける。


「灰竜は力が弱く魔力にも長けていない。竜を仕留めたという箔を着けるのに最適なんですよ。しかし、その群れにはなぜか白竜が二頭いた。だからこうして無力化している間に仕事を済ませただけです。」


『……貴様の指示か。』


「ええ。僕の計画に否定的な兵は力づくで制しました。」


 ……本当。

 筒抜けになっている兵の心を読めばわかる。


 遠のいていく意識の中、一瞬だけ、我は冷静になれた気がした。


「あとはお前を斬れば終了です。白竜の癖に灰竜と群れを成すからこんなことに———」


「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 全てどうでもよくなった。

 とにかく、目の前のこいつを殺す。それで頭がいっぱいになった。


 呪具に意識を取られ、本能のままに暴れる竜の姿がそこにはあった。


「うわああああ!!!」


「穴が崩れるぞ、逃げろ!!」


「……静まれ。」


「オオオアアアアアアアッ!?」


 急激に身体が重くなった。

 身動きが取れなくなり、頭を垂れる形になる。


「ふう……あの呪具すごいですね。急に大人しくなった。」


「回復する前に早く首を刈りましょう、隊長。」


「いや、まだ判断は先です。白竜は竜種の中でもランクが高い。もし市民に害をなす竜を衛兵隊が討伐することができれば?……呪具の力で命を僕が握っている以上、生き残りをここで殺すのは惜しい。」




 許さない。

 転生して、真っ先にあの男を殺す。


 いや、殺すだけでは足りない。

 全てを奪われる苦痛を、痛みを、絶望を———。




 気が付くと、我はどこかもわからない草原に横たわっていた。

 どうやら、我は生きているらしい。


 そうか、あれは悪い夢だ。

 あいつや、灰竜たちはどこに———ガシャリ。


 首元に違和感があった。

 金属音が響いた。


 見下ろすと、そこには。


「……グ、ゴアアアアアアアアアアアアア!!」


 我は一人、声が枯れるまで咆えた。


 憤怒とも、号哭とも取れるような叫び。

 悪夢なら覚めてくれと、救いを求めるような叫び。


 だがそんなことは知ったことじゃないと、首元の金具は音を立てる。


 あの夜ほど思考が狂うことはないが、力が出ない。

 魔力が身体から抜けていく様を感じる。


 仲間の亡骸を探すことすら叶わないようだった。

 これまで生きていて初めて、自分の無力を実感してしまった。




 数日、抜け殻のように生きた。

 人間を何度か視認したが、あの男ではなかった。


 あの男以外の人間に興味はない。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


「うわあああなんでここにドラゴンがいるんだよ!?」


「逃げるぞ!ギルドに報告だ!」


 我が威嚇しようと咆えるだけで人間は全て退散した。


 虚しかった。


 我が一人だということを痛感する夜が続いた。

 鬱陶しいと感じていたあの会話が、我の心の支えだったと気づいた。




 人間が来ては確認し、追い返す日々を繰り返していたある日。

 二重人格たちに出会った。


 メガネが最初に呪具に気が付いていたように思う。

 そして茶娘と二重人格が協力して我を攻撃し、忌々しい首飾りを破壊した。


 あんな人間もいるのかと驚いた。


 竜を道具としか思っていない男がいる一方で、襲い掛かる竜を傷つけることすら躊躇する甘い男がいる。

 人間とは数奇な生物だ。




 だから、我はこやつらと共に戦おう。

 散って言った同胞のためにも。


 自らの夢のために我をも魅了した、ダンケルのためにも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ