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44話 呪われし騎士を追い詰める話

 クソみたいな一日だ。


 俺は双剣を握り、肉体を切り伏せながら進んでいる。

 既に異形と化したものだが、元々は人間に相違ない存在だったもの。


「……。」


「ウアア!?」


 一人斬ってしまったら、五人斬っても十人斬っても何とも思わなくなった。

 0と一では大きな差があるが、それ以降は精神的な面では大差ないらしい。


「これで半分は仕留めたんだけど……」


 ダンケルが汗を垂らしながら苦しそうに呟く。

 目の前に広がる光景は、もはや地獄と形容することすら生ぬるいと思える感覚。


「アア、ドウシテ……」


「おいやめろ、正気にもどぐああっ!?


 ……ア。」


 これは『感染』と呼ぶのが正しいのだろうか。

 呪具に侵されたワーグナーの軍勢は、肉体から強烈な呪力を放っている。


 敵の一撃を受けて呪力をまともに食らった見方の衛兵は、身体が壊れて思考回路を失い、最終的にワーグナーの駒になる。

 中途半端に元の人間の名残があるせいで、同じ衛兵の仲間は殺すことを一度ためらう。その隙に攻撃され、また犠牲が増える。


 本当は俺も加勢して終わらせたいところなんだが……。


「チッ。」


「はっ、せい!」


 さっきからアイツが迫ってくるせいで無理に動けない。

 細いレイピアが鋭く俺の喉元を狙う。

 双剣を器用に滑り込ませ、数の利で全てを防ぎきる。


「魔王と対等に渡り合える……ふふははは、この場をもって、僕が最強となる!!」


 ワーグナー自体はどうにでもなる。

 そこらの衛兵と比べると確実に強いが、ベクターほどの強さはない。


 手数で攻めてくるタイプの典型で、一撃一撃に大した重さはない。

 メロウの補助も相まって対策は単純。


 問題は———、


「ウアア!」


「……。」


 四方八方から、呪具に侵された成れの果てが無差別に襲ってくる。

 深く斬られたら恐らく俺も危ない。だから百%ワーグナーに集中することができない。

 ダンケルやカインたちが敵の数を減らしてくれるまでは、俺はワーグナーの注意を引きつけて時間を稼ぐ。


「死んではいけませんよ?お前はマグエル様への捧げものなのですから。」


「マグエル?……ああ、最近帰ってきた王子か。俺とは全く接点がないはずだが、何のつもりだ?」


「僕やお前の知ることではありません。あの偉大な王の血を引くお方だ、崇高な目的があるのですよ。」


 ワーグナーが手を天に掲げて悦に浸る中、俺はまた兵の首を切り捨てた。

 もはやなんとも感じない。


「多少荒事になろうと、マグエル様が国民を説得してくださるのです。だから僕は、どんな手を使ってでも目的を果たさなければならない。」


「その結果がこれか。外道も外道だ。」


「何を言うかと思えば。外道なのは、この国に牙を向け王に逆らうお前たちの方ですよ。」


 話は全く通じない。

 黙らせるしかないようだ。


「……悪く思うなよ、隊長のためだ。」


「……すまない、ジグムント。」


 あっちでは、カインたちがやってくれている。

 俺への横槍も頻度が下がっていることが直感でわかる。


 そろそろ限界がくるはずだ。


「……勝ち目が薄いことはお前も察しているはずだ。諦めて呪具を破壊しろ。」


「……。」


 ワーグナーは一度引き下がり、顔を下に向けた。

 奴が『駒』と呼んでいた衛兵はほとんどが死滅し、残骸がそこら中に散らばり呪詛の残り香を放つ。

 あの男は、単体では俺に敵わないことはわかりきっている。


「……ふふ、ふふふふふ。」


「何がおかしい?」


「……ふ、まあ確かに、僕の駒はほとんど斬られてしまった。ここで真っ向から戦ったところで、僕一人では手に余ります。」


 下を向いたまま、ワーグナーは不敵に笑う。諦めた様子は見えない。


「……ですが、幸い僕の目的は戦闘の勝利ではない。時間さえ稼げば、達成されるのですよ……!」


「何を言っている?」


 俺たちは敵軍勢を一通り殲滅した。

 あの男の意気の根を止めるのにもそう時間はかからないだろう。


 そのことにワーグナーが気づいていないとはとても思えない。


 だからこそ、あの不気味な笑顔が理解ならない。


「へー、あれがレイブンか。新聞で見たことあるわ。」


 突然ワーグナーの後ろから、コツコツと靴音を立てて誰かが近づいてくる。

 俺たちは全員、剣を下ろしてその人間を見つめていた。


「おいでになりましたか、マグエル様……!」


「マグエル様、ご本人か……どうしてここに。」


 血みどろの殺し合いが勃発したこの墓所には似合わない、高貴な衣服。

 そして衣服に負けず劣らず高貴な出で立ちで、さらに整った顔立ち。短く揃えた金髪は、光沢のある金属をそのまま溶かしたかのように輝く。


「多分みんな知っているだろうけど、ひとまず名のるとしようか。俺の名はマグエル。タグナス国唯一の王子だ。」


 どうしてこんなところに、王子なんて大層な身分の人間が来た?

 場違いにもほどがある。


 もしあの王子が、ワーグナーの言う『あの方』だとするなら、アイツが俺に用があるってことになる訳だが……。


「マグエル様。この通り、転生魔王はここにおります。どのような処罰をご所望でしょうか。」


「ご苦労だな、ワーグナー。じゃ、くたばれ。」


 マグエルは表情一つ変えずに剣を抜き、ワーグナーの背中を貫いた。


「が、はっ……。」


 口から血を吐き、苦悶の表情と共に地に膝を着くワーグナー。

 背中から飛び散る鮮血が、マグエルの顔に飛び散った。


「なっ———」


 静寂の時が流れた。

 それを打ち破ったのは、他でもないマグエル。


「ぐ、うおおあ……。」


「いくらなんでもやりすぎだっての。……確かにやり方はお前に任せるって言ったけどさ、従属する衛兵みんな呪殺して傀儡にした挙句、市民に犠牲出しまくったんだろ?流石に俺も擁護できんわ。」


 マグエルは顔面についた血を気に留めることもなく、さながら殺人貴族のような立ち振る舞いで俺たちを見据える。


「それで、王子様が俺に何か用ですか?貴方との接点は何一つ心当たりがないのですが。」


「そりゃ当然だ。だって俺、お前に初めて会ったし。新聞だの本だので知ってはいたけど、実物はあんまり怖くない見た目だし、話が通じるくらいにはまともな人格らしいんだから、メディアの言うこともアテにならねえものだ。」


「マグエル様、どうしてこのようなことを……。」


 疲れて腰を落としたまま、ベクターが物悲しそうに尋ねた。


「悪いなベクター。……だが、先に断っておこう。俺は別にお前らに危害を加える気はない。ちょっとした計画を手伝ってほしいだけだ。」


「……なんだと?」


「まあ話は最後まで聞け、その二本の剣は下ろしてくれよ。この状況じゃ精神魔法なんかを使おうにも、俺一人じゃそこの魔法使いに打ち破られるし、あの短剣使いの攻撃を避けきるのは無理だ。俺が実は強いなんて話、聞いたことないだろ?」


 マグエルは表情を緩めて、おどけるように話し出した。

 あの様子だと、メロウやダンケルの戦いもどこかで見ていた可能性が高そうだ。


「とまあ自己弁護も終わった所で、本題に入ろうか。……お前らは、この国に不満があるか?」


 は?


「どういう意味だ?」


「どういうって、そのままさ。もっと単純に言ってやろうか?……レイブン・グルジオ、お前タグナスは嫌いか?」


 さっきからずっと、理解に苦しむ。

 いや、内容はいたってシンプルだ。だが、あの立場の人間の台詞とは到底思えない。


「……。」


「俺さ、この国に革命起こすつもりでいるんだよ。だからレイブン、お前の力を借りたくてな。」


「「「」」」


「なん……ですと……!?」


「現王、つまりは俺の親父だが———親父にもう政治力はない。無理な税で市民は苦しみ、保身のために暴力を躊躇なく使う。だが、力を失った後に国民が反乱する可能性を恐れる親父とその取り巻きは、ギリギリまで位にしがみつき、犠牲者は増える。」


 血みどろのままで、王子は得意げに演説を始めた。

 もうワーグナーの駒は一人残らず朽ち果て、誰も剣を構えない中、皮肉にも顔に血を被った男が平和を唱える。


「だからこその革命だ。親父には王の座を引いてもらって、俺が新たな王となる。そのためにワーグナーにお前を探させて、ついでに親父を妄信するコイツを始末する。ここまでで一段落さ。」


「……。」


「新しい国は平和にするさ。最終的には衛兵なんて制度すら必要なくなるくらいに、な。そしてお前たちは平和な国を作った功労者として、英雄の一角となる。悪くない話だと思うがな。」


 マグエルは誘うかのように、俺の方へと左手を伸ばす。


「ベクター、お前にも戻ってきて欲しいんだ。自分の子供人質に取って無理やり従わせる男なんて、信用ならないだろう?この俺との信頼のもと、また平和な国のために手を取ってくれないか。」


「……。」


 ベクターは黙ったまま、一人目を閉じた。

 承諾した、という訳ではなさそうだが。


「……ゆる……さない……。」


「ん?なんだ、まだ生きてたのか。」


 うつ伏せに倒れたまま、ワーグナーがその左手に力を籠めた。

 そしてゆっくりと腕を曲げ、首元の呪具を手に取った。


 妖しく光る紫色の魔法具。

 これまで侵された兵を操った元凶。


「僕は……王のために命尽きるまで戦う……たとえ……その御子息を敵に回すとしても……。」


 手に取った禍々しい物体へ向けて、ワーグナーが舌を伸ばす。

 そして、あんぐりと開けたその口の深淵にへと、呪力の塊を押し込んだ。


「変なことされると困るから、もう死んでくれ。今までご苦労だった。」


 ためらわず、マグエルは地に伏せるその身体に剣を突き立てた。

 ……だが、悲鳴も絶叫も聞こえない。その代わりに、不気味に笑う声だけが広がる。


「……ふ、ふふははは」


 マグエルに貫かれた傷口が、みるみるうちに塞がっていく。

 おおよそ、人間の所業とは思えない。


「何だ、何が起きている?」


「王子、多分離れた方がいい。……洒落にならん。」


「レイブン、今のはどういう———」


「アアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 瀕死だったはずの肉体が急激に力を取り戻し、雄叫びと共に立ち上がる。

 マグエルが突き立てた剣ははじき返され、持ち主ごと吹き飛ばす。


「うわっ!?がはあ。」


 唐突な出来事にマグエルは受け身も取れず、墓所の地面に勢いよく叩きつけられる。


「ハハ……最初からこうするべきでした。王子が反逆を企んでいると知っていれば、僕自ら息の根を止めたというのに。」


 ワーグナーの姿形は大きく変わっていない。

 だが、禍々しい呪力が全身からあふれ出し、騎士の衣服が自らの血で黒く染まるほど傷を負ったにも関わらず、顔色一つ変えず悠然と立ち尽くしている。


「……その革命とやらは、ここに存在する人間を抹殺すれば未然に防げるようですね。……では、手始めにお覚悟ください、マグエル様。」


「お、おい!この状態で俺を殺せば、親父が黙ってないだろ!まだ親父はこのことを知らないんだぜ?」


「……偉大なる王は、貴方を子としては愛しておらず、後継者として丁重に扱っているに過ぎない。それは、貴方もよく知っていることでしょう?」


「……。」



 ……俺は止められるかもしれない。

 だが、自らの命を賭けてまで救う価値のある男か?


 マグエルの話は信用に値するか?俺の力をどのように使うかの説明もなかった。

 メロウとダンケルは状況に混乱したかのように固まったまま。


 ベクターたちも動かない———いや、動けない。

 あのワーグナーと戦ってはいけない。俺の中の生存本能がそう囁く。

 勝つ負けるなんて次元の話ではない。あれに近寄ったら、俺の対魔力なぞ簡単に弾かれて、汚染した呪力に侵され廃人化する。


 俺もまた、ワーグナーの殺生を止められない。


「チッ、ここまでか……」


 半分覚悟を決めようとしていたマグエルの前に、一人の人物が立ちふさがる。


「そうはいきません。」


 青い髪を後ろに束ねた女。

 ワーグナーと似た騎士の服を身に纏い、剣を構えてワーグナーに対峙している。


「リヴェット!助かる!」


「……。」


 マグエルからの呼びかけに応じることもなく、凛とした佇まいでワーグナーとにらみ合う。

 リヴェットの様子を確認して、マグエルは後ろに引き下がった。


「邪魔をするな……!マグエル様は王を追放し、タグナスの規律を乱そうと目論んでおられる。規律違反は貴女も嫌いでしょう、リヴェットさん?」


 怒りのままに、ワーグナーが吠え掛かる。

 それにたじろぐことなく、リヴェットは淡々と口を開いた。


「ええ、私は規律が乱れるのが嫌いです。———だからワーグナーさん、貴方を見逃すという選択肢は取れません。外道呪具の使用、一番隊の壊滅、市民の殺害及び廃人化、そして過去に犯した数々の規律違反。その命を持って償って下さい。」


「僕は偉大なる王の命に従ったまで。それを規律違反呼ばわりとは嘆かわしい。」


「今回の一件は、マグエル様の戯言を真に受けた結果でしょう。責任転嫁も甚だしいですよ。貴方のような愚者を騎士にするとは、王も見る目がないようです。」


「!!!!!

 ……王の侮辱は許さない。即刻死ね。」


 頭のネジが外れたかのように、ワーグナーは剣を引き抜いた。

 その刀身は身体と同様に禍々しく光り、呪力をより広くまき散らす。


「力任せの攻撃じゃ私には———ッ!?」


 その一撃は、リヴェットの細い身体を軽々吹き飛ばした。

 確かにリヴェットは自らの剣筋を滑らせて、威力を相殺した。

 それでも、斬撃の余波で人の身体が飛んだ。


「遅い。」


 彼女が体勢を立て直す間もなく、一瞬で距離を詰めるワーグナー。

 リヴェットに抗う術はない。


「!!?」





「……。」


「はあ……はあ……。」


 リヴェットは間一髪斬撃を避け、こちらに避難した。

 いや、間一髪ではない。


「……貴女、私に肉体強化の魔法をかけましたね。」


 ワーグナーの様子をうかがいつつも、視線がメロウの方を向いた。

 彼女は戸惑いながらも、リヴェットの方を見つめる。


「どうしてです?私は騎士側の人間、切り捨てることもできたはずですが。」


「なんというか、その……助けたかったんです。」


 リヴェットは、その返答に目を丸くした。


「は……?」


 メロウは地獄に現れた天使のごとく、優しく微笑む。


「だって……奪われなくてもいい命じゃないですか。私には見捨てることはできません。」


「———。」


 俺は少し口元を緩めて、双剣を強く握りしめた。

 ちょっとは戦う勇気をもらえたのかもしれない。


「俺も同感だ。選択肢があるのなら、笑顔の多い未来を選ぶ。」


「……。」


「……リヴェットよ、これがレイブン・グルジオだ。今は規律など考えなくてよい、共にワーグナーを止めるぞ。」


 年季の入った盾を手に取り、変わり果てた元同僚へ男は刃を向けた。


「……はい。」


 女騎士は、剣を握り直した。

 規律を守るべく、自らの手で救える命を守るべく。


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