43話 元衛兵の意地の話
最近、投稿する時刻がぐちゃぐちゃになるのが悩みです。
心当たりといえば、執筆サボりまくって毎週月曜日に焦って書いていることくらいなのですが……。
レイブンたちが呪具に侵された衛兵と戦っていた時のこと。
そこから少し離れた、タグナス某所にて。
「ぐうっ……!」
角ばった鎧に包まれた筋肉質な肉体がいとも簡単に飛び、崩れかけの壁にぶち当たる。
「オオオ……。」
「コロス、オマエ……。」
さながらアンデッド族の魔物のように、二つの生命体がベクターのもとに歩み寄る。
顔はぐちゃぐちゃに潰れ、皮膚の奥に眠っていたはずの筋肉や骨が露出。剣を持つその手は無差別な市民の返り血に深紅に染まる。
そして、そんな二体の後ろで不敵に笑う別の男が一人。
「わかるでしょう?もう諦めてこちらの捕虜となってくださいよ。」
妖しげに揺れ動く紫の髪。
殺伐としたこの場には似つかわしくない高貴な鎧。
現在王城衛兵隊、一番隊隊長を務める男、名はワーグナー・ギルト。
「ここまでするとは、お前も堕ちたものだな。ここまで民間に被害を出しておいて、王が黙っていると思うか?」
「そんなこと言っている暇があったら、自分の身を心配した方がいいですよ。僕の駒たち、もう話し合いなんてできる状態じゃないので。」
元一番隊隊長のベクターが息を切らしながら問い詰める中、現隊長のワーグナーは余裕の表情で嘲笑する。
「放置すると呪力が街に広がり、市民を巻き込みながら進みます。かといって、貴方一人じゃもう僕の駒を崩せない。……諦めてください。そして共に魔王を倒し、平和な国を取り戻しましょう。」
ワーグナーが上の立ち位置から手を差し伸べる。
ベクターは一度確認すると、下を向いてフッと笑った。
「『平和な国』?フン、考えれば考えるほど皮肉な言葉だ。……呪具で衛兵を使いつぶし、市民を虐殺しながら罪なき冒険者の捕縛を図るこの状況が、か?」
「国を統べる王が不安なく生き、良識ある国民を導く統治。それこそ理想像ではありませんか。王の片腕とも呼べる僕たち衛兵に一度刃を向けた男など、捕らえられて当然の害悪。誰一人として国政に意義を唱えない世界を、僕が作り上げてみせる。」
「……その台詞、リヴェットが聞いたらどうなるだろうな。」
「彼女は規律を重んじるだけで、命に対する執着はない。どうとでも言いくるめられる。」
その笑顔はどこまでも邪悪で、底知れない狂気が眠っていた。
この男の本質を知っていたベクターは目を細め、相容れないと言わんばかりに睨みつける。
「僕としては、あの男をおびき寄せることさえできればいいのですが、貴方にも恨みがありますからねえ。崇高なる衛兵の誉を、低俗な冒険者や平民を引き入れるで汚した罪、どうしていただきましょうか……。」
「なんだ、殺すのか?私を殺せば、民衆が黙っていないと思うがね。前回のこともあるくらいだ。」
「民衆なんて弱きもの、武力で黙らせてやればいいんですよ。僕にはその力がある。」
「堕ちるところまで堕ちたか。……いや、お前はずっとこんな性分だったな。今回は過激な行動が伴っただけか。」
「これ以上の会話は無意味。最後に遺言でもあれば、聞いてあげますよ。」
その言葉を聞いたベクターは顔を上げ、血を垂らす口の端を釣り上げてニッと笑った。
「……どうやら、私はまだ死なせてもらえないらしい。」
背後から槍が飛んでくる。
槍はゆっくりと歩いていた兵の片方に直撃、大きく後ずさりした。
「……。」
ワーグナーが冷酷に見つめる中、ベクターの背後には多くの人影が登場した。
彼らは皆、元一番隊の隊員たち。
ベクターの元で戦い、国の安寧を守ってきたチームメイト。
「かー、あぶねえ!隊長がまだ無事で助かった!」
丸腰のカインがハハハと笑い飛ばす。
彼が先ほどぶん投げた槍は、前方の遠く向こう側、異形と化した二体の現衛兵の奥に落ちている。
「ちょっと気の毒だけど、もう元には戻れなくて人を殺し続けるわけだし、楽に終わらせてあげよう。」
前の方に立つ一人が、背中の剣を抜いて前に向ける。
「アア……。」
「ジャマ……スルナ……。」
のらりくらりと上体を揺らしながら、剣を構えて歩くその姿はもはや地獄からの使者。処刑執行人にしか見えない。
「体調は休んでいてください。一人二人くらいなら、オレたちだけでやれます。」
「カイン、槍のないお前が適当を言うな。……だが、その意気はよし。」
アルドが少し笑ってカインの肩をポンと叩いた。
その手に握っている大剣には、まだ新しい血液が滴っている。既に何かを斬った後。
「……またそれか。情だとか忠義だとか、そんなもので国を治めることなどできない。」
一連の会話を眺めていたワーグナーは露骨に不快な態度を示し、顔面にビキビキと青筋が立っていく。
「貴方たちみたいな団体がいるせいで、愚民が無駄に立ち上がり、国に疑問を呈し、抗議なんて過ちを繰り返す。本当に目障りだ。」
「それが正解だろうが。国のやることなすこと全てに頷く国民しかいない世界なんて、何が楽しいんだよ。」
「王や僕の理想が理解できない愚者のなんと多いことか。……もういい、駒を総動員してお前ら全滅させよう。」
ワーグナーがポケットから一つの呪具を取り出し、起動した。
自らの魔力を送り込み、呪いの覇道を拡散させる。
そして、
「アアア……。」
「ワー……グナーサマ……。」
ワーグナーの前に紫色の禍々しい魔法陣が形成され、グルグルと回り始める。
しばらくして、その中から衛兵だった物が次々と出てきて、あっという間に軍隊ができあがった。
「呪具の力で僕の駒は圧倒的にパワーアップしています。前回と違い、僕が勝つ番です。」
「「「……。」」」
ベクターを含む陣営は、皆一様に絶句した。
もはや人間の所業ではない。一番隊の衛兵は一人残らず、呪具の贄として変わり果てた姿になっていた。
見ればわかる、もう手遅れだと。あれを元の人間に戻すことは世界一の錬金術師でも不可能だろう。
そう思わせるくらいに、異質な姿で呪力をまき散らしている。
「……アンタの隊員、全員こうなったのか。」
「当然ですよ。衛兵は王の命令を執行するための強さが最優先。安値で仕入れた禁術レベルの呪具で強化し、潰れたら新しい兵を追加するだけです。スムーズに事を進めるために、もっと早いうちからこうするべきでした。」
「言いたいことはそれだけか、ワーグナー?」
少し息を整えてベクターが立ち上がる。
剣と盾を装備して、敵の軍勢に刃を向けた。
「どうやら私とお前は相容れないらしい。私は民意をくみ取り、お前を止めるしかないようだ。」
「愚民の納得など必要ありません。王が認めるならば、それでいいのです。」
「そんな一人よがりなものを政策とは呼ばん。いい加減に目を覚ませ。」
「……はあ、うぜえよジジイ。対等な立場でもない癖に、僕のやり方に口出しするな。ただの平民が騎士に指図をするな。」
「ごちゃごちゃうるせえな根暗野郎が。今からオレたちがその人形全部ぶっ壊して、アンタを引きずり降ろしてやるよ。武力で抑えつけてやればいいんだろ?」
槍を回収したカインがワーグナーの胸元へと突きつけんばかりに振り上げた。
「本当に愚かな。」
ワーグナーが右腕を振り上げた。
それと同時に、駒となった兵隊たちのリミッターが外れ、一心不乱に迫る。
「「「アアアアア……」」」
「「「おおおおおお!!!」」」
呪力の狂気と、男の意地が衝突した。
「くたばれ!!」
「ウアア!」
カインの槍が腹を貫くが、痛みを感じているようには見えなかった。
腹部に鋭い槍が突き刺さったまま、剣を振りかざして首を狩り取りに来る。
「ああクソが!!」
すぐに槍を手放し、バックステップで一薙ぎを避ける。
カインはすぐに体勢を立て直し、追撃に備えた。
「オオオオ……。」
腹に槍が刺さっても、左腕の肘から先がなくなっても、悲鳴一つ上げることなく悠然と歩いてくる。
感覚はもう残っておらず、理性はなく、ただ命令に従い死ぬまで暴力を続ける怪物になり果てていた。
「怯まないし痛がりもしねえ。文字通り、死ぬまで戦うってことかよ。」
カインは毒づきながら、隙をついて刺さっている槍を引き抜いた。
なんとか武器を回収。
「ひ、うわああああああああああ!!」
「おい、何が起きて———。」
向こうでまずいことが起きているようだ。
そう思いカインが振り返った先では……。
「………アア、ヤバイワコレ。マワリガゼンブテキニミエテ……。」
「もう限界だな……お前ら、躊躇せずにオレヲコロセ……。」
仲間の肉体が崩れていく。
皮膚が爛れ、関節がおかしな方向に曲がり、動きが歪になる。
そして、理性を失って味方を襲い始める。
「マナの薄い一般市民は、近づいただけで廃人化する強烈な呪力。強靭な冒険者だろうと、近接して受ければこうなるのは必然じゃないか。」
ワーグナーが薄ら笑いを浮かべている。
既に、仲間の四分の一くらいは呪いに侵された後か。
「このままじゃ、仲間を手にかける重さとか以前に押し切られてお陀仏か。」
カインは敵の脳天を槍で貫いて苦笑いした。
そこにいる誰もが、限界を感じていた。
傷口や頭部が呪力に浸食されれば、自分が敵になってしまう状況。
そもそも敵が強化され、一対一で倒すのも苦しい。
「いざという時は、全員逃げろ。……俺には、最後の切り札があるから。」
ぜえぜえと息を切らしながら、アルドがそう呟いた。
「最後の切り札って自爆だろうが。簡単に使わせねえよ馬鹿が。」
……だが、本当に自爆する覚悟が必要かもしれない。
正直、全員がそう思っていた。
「……そろそろだな。」
周りを見渡して、ベクターは不敵に口角を上げた。
「……隊長?」
「これ以上お前らに犠牲を出すわけにはいかんからな。」
盾を構えて、おもむろに乱戦へと侵入していく。
「何を考えているのですか?」
「全力で戦う。」
「「……。」」
「ウオオア……。」
一瞬だけ空気が止まった。
ベクターは顔色一つ変えずに進む。
「え、隊長?策があるんじゃ……。」
「ない。元に戻すのは私では不可能。そういうの詳しいカインが無理なら、もうお手上げなんだろう。ならば、元隊長の私が鎮めてやるのがせめてもの供養だ。これ以上犠牲を生まないためにもな。」
「貴方一人で何ができるのですか?この大量の駒を相手できるとお思いで?」
「一人なら、な。」
ベクターの後ろには、既に多くの兵が立っていた。
一度折れかけていた心も、また闘志に溢れている。
「そういえば、一番隊が結成された時からずっとそんな性格でしたね、貴方は。……だけど、困ったら真っ向勝負ってのはオレも嫌いじゃない。最後までついて行きますよ、隊長。」
「自爆させてはくれなかった……だが、命賭けて戦うのは変わらない。」
残りの数はややワーグナー側が多い。
「面倒なことだ……僕も戦わないといけないようだ。」
だが状況の変わる可能性を考え、ワーグナーが降りてきた。
「王の崇高なる意志が理解できない愚民は、僕がまとめて処分する。邪魔はさせな———!!!」
遠くの光景を見て、ワーグナーの目が見開き、口が止まった。
その瞬間魔力が途切れ、駒の動きも停止。
「何が起き———。」
「へっ、やっと助っ人のお出ましってわけだ。」
数人の部隊が高速でこちらに突っ込んでくる。
しっかりと目視することはできないが、その場にいる誰もが見知った顔。
「うわー、半分くらい手遅れかあ……まあ隊長含め、半分生き残っているだけ良しとしようか。」
一人は真っ赤な髪をなびかせ、暗い色のコートに身を隠し短刀を突き立てる斥候の男。
「これは……あまりにも惨い……。」
一人はローブを羽織り、目の前に広がる惨状に心を痛める乙女。
「……。」
もう一人は軽い金属性の鎧を身に着け、黒い髪に黒い瞳、双剣を持ち暗いオーラを纏った男。
「はは、お前の方から来てくれるとは好都合だ。あのお方の元に連れて行くのが命令ではあるのですが、ははは、恨みを晴らさせてもらいましょうかあ……!」
ワーグナーは半分ヒステリックを起こしながら、白目を剥いて笑う。
三人の新参者はこの状況に眉を潜め、だが戦闘への準備を整える。
「お前さん……。」
「フィーネとフィリアナさんに頼まれたから来た。俺の数少ない仲間だ、簡単にはなくさないようにしないとな。」
「調子いいなあ。どうせ頼まれなくても行っただろうに……僕もだけど。」
「あんな呪具の被害をこれ以上増やすわけにはいきません!ここで全て破壊しましょう!」
「どうして『転生魔王』などと仲良くするのです?それに関われば、貴方たちの評判に泥がつき、国からの処罰の対象となるのですよ?」
ワーグナーが突き刺すように会話を遮断した。
それを聞いた一同は彼の方を向き、嘲るように笑いかけた。
「私はレイブンさんの大切な仲間です。そのことで私を嫌いになるような人は、初めから仲間ではありませんよ。」
「国からの処罰の対象だって?あはは、あの一件でぐちゃぐちゃにされた今の国のどこに、僕たちを処罰する力があるとでも?」
「そういうことだ、ワーグナー。私は青年を支持する。それで敵を作ろうが知ったことじゃない。」
ワーグナーは更に表情を曇らせ、怒りに震える。
「御託はもういい。命令は魔王の確保だけだ。他の人間は僕の駒と共に朽ち果てるがいい。」
より強大なマナを注ぎ込み、異形と化した衛兵が再び動き出す。
アンデッド族のごとく不規則に動き、首を刈ろうと剣を振り回す。
「隊長は一人で大量のアレを相手にして手負いだ。絶対隊長が死なないよう、全部止めるぞ。」
「……任せろ。『転生魔王』の力、もう一度見せてやる。」




