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42話 悲劇の序章の話

 因縁の相手である黒騎士が俺を秘密裏に捕らえようと画策していることを、仲間の元騎士から聞いた。

 俺は籠城作戦を取るため、友人に掛け合って食料や日用品を運んでもらうことにした。


 だが、冒険者であり詩人でもある友人に、籠城を続けても埒が明かないと諭された。

 ならば仕方あるまい。俺は友や仲間と共に、アイツを倒す。


 俺を虐げる世界を変える。




「……んー、まあ書き出しとしては及第点かな。」


 とある親友と通話した後のこと。

 僕———ダンケルは自室に籠り、なんとなく筆を執っていた。


 その親友に降りかかる出来事を主体とした、半分ノンフィクションの物語。

 まだほとんど書いていないし、何が起きるか正確に予測することは僕にもできない。


 だけど、きっとこれは面白い作品になるよ。

 なにせその友達はタグナスでも有名な実力者、そして無実の罪で命すら狙われた嫌われ者。


 小説のネタとして最高の逸材だよね。


「そしていつだって、傍にいるヒロインがいい味を出してくれるんだよ。この手の話には必須なくらいだ。」


 下がってきたメガネをくいっと押し上げ、続きを書き込んでいく。

 ……今書いている内容は、まだ現実とはリンクしていない。


 言ってしまえば、この小説は未来日記。

 現実的な内容であることを前提として、作者である僕が望む未来を描いた夢物語。



 ———つまりは、これから僕が実現させたい未来予想図。


 成し遂げたい未来のためなら、苦労は惜しんでいられない。

 想像することのできない未来を自分で作り上げることなんて、本物の天才でもないとできるはずない。


 ラストシーンまでのストーリーの構想を大体メモしたところで、一旦ペンを置いた。

 温かい紅茶を飲んで一息。


「こんな妄想じみた本、多分売れないな。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね。」


 薄暗い部屋で一人、僕はほくそ笑んだ。

 この風景だけを切り取ったら、僕が悪役みたいに見えるかもね。


「メガネ、そろそろ飯にするぞ。戦いの準備をせねばならぬ。」


 ドアの向こう側から、大人の女性を模した声が。

 どうやら空腹らしい。


「はいはい、じゃあ料理するよ。その後で研究用の魔力分けてね」


 一度ゆっくりと背伸びをしてから、椅子から立ち上がり歩き出す。


 この世界は小説みたいに上手くいくとは限らない。

 だからこそ、現実を打ち破る快感は何物にも代えがたい。


 今の状況は完全なイレギュラー。

 僕は偶然関わっただけの立場だけど、それすらも利用してやる。


「リオン、メロウちゃん、そしてレイ。

 僕と一緒に世界を変えよう。」


 期待と共に、僕は部屋から飛び出した。


 ☆


 翌日。


「へっ、二番隊の根暗共の弱点は知り尽くしてんだ。俺に任せとけ。」


「国に反逆するなんて、ゾクゾクしてきたよ。衛兵の頃とは全く違う感覚だ。」


「油断はするな。隊長が苦戦するほどの呪いだ、注意を払わねば。」


 元一番隊の衛兵の面々が、冒険者の装束に身を固めて談笑している。

 ———メロウの家の中で。


「この家がこんなに賑やかになること、珍しいんじゃない?レイもメロウちゃんもお喋りじゃないし。」


 俺の隣に座っているダンケルが笑いながら俺の肩を揺する。


「あはは……確かにそうですね。皆さん、今お茶を用意しますねー。」


「サンキューなメロウちゃん!」


「アイドルをしていた美少女が俺に茶を……!我が生涯に一片の悔いなし。」


「お前決戦の前に死ぬんじゃねえよ。だー、アルドは普段超しっかり者の癖に、アイドルが絡んだ瞬間ポンコツになるのどうなってんだか。」


 まあさっきからこんな調子だ。

 ベクターのおっさんがまだ来ていないから、ストッパーがいない。


「……。」


 メロウが男たちにもてはやされる様子を、一人……いや一匹か、静観している女がいた。


「会話には入ってこないのか、リオン?」


「低俗な痴話話に興味はない。我はあの男を殺す、それだけだ。」


 冷めた目つきでどこか遠くを見つめているように思えた。

 リオンとワーグナーにどんな因縁があるのかは知らないが、そんな目をするくらいには恨んでいるんだな。


「レイ、あまり触れない方がいい。レイにだって一つくらい、友達の僕にも話したくないような秘密があるだろ?」


 ……。


「悪い。戦いに集中する。」


「それでいい、二重人格。我も力を貸そう。」


 少し重い空気になってしまったが、あっちの様子を見ればすぐに気分は戻った。


「……にしても、スイランの奴は何してるんだか。」


「スイラン君がどうかしたの?」


「昨日三回くらい通話をかけたんだが、全く出なかった。アイツにも力になってほしかったんだが。」


「へえ。ちゃんと信頼してるんだ。」


 ダンケルが興味ありげにこちらを見ている。

 ダンとスイランにはほとんど接点がなかった気がするが、何か俺の知らない事実があるのだろうか。


「ダメもとでもう一回かけるか。」


 おもむろに通信機を取り出した。

 戦闘に参加しろ言うきはないが、以前みたいに裏方で力になってくれるかもしれない。


「僕ちょっとトイレ。借りてくね。」


 床に腰かけていたダンケルはさっと立ち上がり、トイレの方へと向かった。

 途中衛兵たちにもみくちゃにされていた。話によると、ダンの小説のファンが一人いるらしい。


 まあいいか。

 とりあえずスイランに通話をかけ———。


「あれ、おっさんからだ。」


 ちょうど通信機が反応した。

『遅れてすまん』とでも言いに来たのか?


 そのまま開いて、耳に当てた。


「遅いぞおっさ———」


『今どこにいる青年!!!』


「「「!」」」


 耳鳴りが痛い。

 周りにいた誰もがこちらを振り向くくらいの叫びが、小さな機械越しに響く。


 俺はすぐに通信機をテーブルの上に置いた。


「お、おい……何が起きたんだ?」


 カインが目を見開いて、か細い声で尋ねた。

 全ての人間の目線が、不気味に立ち尽くす機械の方を向いている。


『ふう……その様子なら、まだ無事なようだな。』


「何があった?」


 部屋は一瞬にして静寂に包まれた。


『ワーグナーが私の元を襲撃した。現在逃走中だ。』


「!!」


『廃人と化した兵士を指揮して使い捨てている。もう人間の沙汰ではない、外道だ。』


「……。」


『今、フィリアナがフィーネを連れて逃げている。私が時間を稼ぐ間に、二人を保護してくれ。』


「おいおっさん、今どこにいる!?すぐに向かう———」


『悪いが教える訳にはいかない。』


「はあ!?」


『私は既に罪なき市民を三人斬った。』


「!?」


『強烈な呪具の余波に巻き込まれた市民が廃人化し、狂気のままに殺しあう。……未来ある若者にこんな汚れた光景は似合わん。私が呪い共々朽ち果てた後に、ワーグナー本体を叩け。』


 絶句する他なかった。

 周りも皆、苦痛に顔を歪める。


『人気のない地域までおびき寄せたから、市民を巻き込む危険はなくなったが、呪具に侵された兵が思いの外手強い。呪具のストックを削り切るまでが私の役目だ。だからお前さんたちは私の家族を守ってがはっ————』


 ベクターの悲痛な叫びと共に、通信機からツーツーと無機質な音が鳴った。

 強制終了の合図。ベクターの通信機に何か起きたようだ。


 このままだとベクターが危ない。

 なんとかしねえと……だが場所がわからないんじゃどうすれば———。


「見つけた!!」


 衛兵の一人が、おもむろに叫んだ。


 その目には朱色の炎が。

 あれは『レングスコープ』、遠見の魔術だ。


「あっちだ。住宅街の外れにある墓地。」


 壁を指さした。

 あの方向にベクターが……!


「よし、突っ込むぞ。」


 一足早く、カインが装備をそろえて立ち上がった。

 先ほどまでの陽気な男とは違い、決意に満ちた視線を感じた。


「レイブン、お前らはフィリアナさんの元へ行け。絶対守れ。」


「フィリアナさんたちはあっちだよ!噴水の方面を走って……明らかにおかしくなった衛兵が一人後ろにいる。」


 あっちもピンチかよ。

 考えている暇はない、か。


「……ダン、メロウ、リオン。行こう。」


「ああ。」


「はい!」


「……。」


「俺たちも行くぞ。隊長は絶対死なせねえ。」


「「「応!!!」」」


 カインが先導して、衛兵たちが勢いよく飛び出していった。

 団結力の高さには目を見張るものがある。


 そんなこと言っている場合じゃない。


「あっちだったよな、フィリアナさんが逃げた先。」


「そのはずです。」


 俺たちも後を追うように飛び出した。

 この時、焦る余り俺はレイブン・グルジオの姿のまま街を走っていたが、誰一人としてそれに気がつかなかった。




 右、直進、三つ目の交差点を左。

 噴水までもう少しだ。


 最後の角を右に曲がって———。


「うわああああああ!!」


「オオオオオオ……。」


 そこはまさしく地獄だった。

 広場の中心に、元々二番隊の隊員だったと思われる物体が一体。


 もはや人間としての原型を半分失っていて、頬は爛れ胸元が腐りかけて心臓が露出している。

 本能のままに動き、剣を振るうだけの異形になり果ててしまっている。


 そして、その周りは更に絶望が広がっていた。


 強烈な呪力に蝕まれ、正常な思考回路を失った市民。それを介護しようと泣き喚く市民。狂気のままに力を振るい殺しあう市民。


「「「———。」」」


 言葉も出なかった。

 ただ立ち尽くすことしかできない。


「レイブン君!?」


 フィーネを抱きかかえたまま、フィリアナさんがこちらへ走ってきた。

 どうやら無事らしい。


「フィリアナさん!!無事ですか!!」


「でも、パパが!!!」


 フィーネが目元に涙をいっぱいに溜めていた。

 あの通話の内容と照らし合わせれば、何が起きたのか想像に難くない。


「どうしていきなり暴挙に出たんだか……。」


「レイ、考えるのは後だ。このままだと周りの命を狩りつくすまで止まらなさそうだよ、アレは。」


「一見するだけでわかる……あれはもう解呪できん。命尽きるまで周りを破壊するだけの廃人だ。」


 リオンが目を細めて呟いた。


 呪詛は大して詳しくない俺でも、本能的に察した。もう手遅れだと。

 人間の姿に戻すことができるとはとても思えない。


 本当に殺すしかないようだ。


「こいつらは我が守護してやる。貴様ら三人があれをやれ。」


 目を見合わせ、こくりと頷く。


「私も力を貸します。」


 フィリアナさんが目を閉じ、両手を俺たちの方へ向けて詠唱。

 温かい白い光が俺たち三人を包む。


「うおっと。流石エルフだね。」


 力が湧いてくる。

 呪いに対する抵抗もできているようだ。


「すぐに片づけて、おっさんの方へ行かないとな。」


「やりましょう。」


 一歩ずつ歩き、呪いの主と対峙する。


「オオオ……アアアアア!!」


 敵意を察した兵は、剣を滅茶苦茶に振り回しながら迫ってくる。

 まき散らした呪力がまた被害を拡大させる。


「すぐに楽にしてやるよ。」


 双剣を抜いて、切り裂く準備。

 出鱈目に振り回す剣を合間を縫って、首元へ一太刀———。


「ヤメロ!!」


「!!」


 一瞬俺の剣が止まった。

 その隙に拳を突き出され、やむなく俺は引き下がる。


 何だ、今のは。


「チッ、そういうことかよ。」


 ダンケルが歯ぎしりした。

 露骨に不愉快な横顔。


「微かに自我が残っている。」


「ヤメロ……オレハマダ、シヌワケニハイカナインダ」


 狂気に歪むあの顔が、苦痛に悶えるようにも見えた。

 また呪力を周りにばらまく。


「悪いが、死んでもらうしかないな。」


 もう一度接近。

 一撃が重いが、受け流せば簡単に首を獲れ———。


「ヤメロ、オレヲコロスナ!!!」


「うるせえ!!」


 だが、奴の喉元を切り裂く直前でまた俺の腕は止まった。


 完全に間合いの中。この距離、この位置ならどれだけ強大な魔物でも首を狩り取れる。

 そのはずだったが……。


「オレニハコイビトガ、ヤマイデアシガウゴカナイアノコガ———」


「さよなら。」


 後ろから、ダンケル短刀が脳天を貫いた。

 不安定な頭部に直撃し、頭蓋骨を突き破る一撃。


 ぼとりと剣を落とし、びくりと一度痙攣してからその場に倒れ伏した。

 首元に装着されていた呪具が、生体反応の停止と同時に硝子のように砕けた。

 呪力は霧散し、空気と混ざりあって消えていく。


 ダンケルの目は、どこまでも冷酷に見えた。

 感情を殺して、光を失った目のままにナイフを握っていた。


「これで、終わったんでしょうか……。」


 周りには、未だに犠牲者に溢れていた。

 呪具が壊れても、被害が全て帳消しにはならない。


「……!!」


 いきなりダンケルの形相が変わり、勢いよく壁に拳を打ち付けた。


「被害者の意識が残っていたのは、紛れもなくあの呪具の仕様だ。」


「どういうことだ?この手の呪具は、完全に精神を乗っ取るのが一般的な理論じゃないのか?」


「そう。暴力のために作られた呪具なら、自我を残す調整なんて普通はしない。無差別に大量虐殺をして何も思わない人なんてまずいないから、抵抗して自力で解呪される可能性を考慮しないはずがない。つまりは———」


 ダンケルは拳を強く握った。

 珍しく、怒りを強く表していた。


「多分あの呪具、未完成の代物だ。そのせいで不具合が生じてあんなことになっていた。」


「ダンケルさん、それって……。」


「この騒動、人の命を盛大に散らして呪具の効力を測る実験だ。こんな研究、胸糞が悪くて仕方ない。」




 嗚呼、全てを悟った。

 平和な世界なんて、根拠なき幻想。


 一方的な暴力に罪なき人が虐げられた。イカれた人間の興味本位で人が死んだ。

 立場が上の人間の指示で呪具に身体を奪われ、自我が残ったまま破壊を繰り返し朽ち果てた一人の兵士がいた。


 これまで人を斬ったことは一度もない俺だが、一人だけ見つけた。斬っても確実に心が痛まない人間。


「ワーグナー・ギルト……!!!」


 俺たちは惨状を後にして、リオンたちと合流。

 フィーネとフィリアナさんをリオンに任せて、ベクターの元へと急いだ。


「レイ……わかっただろ。間違っているのはレイや僕たちじゃない、国の方だ。あれはもう手遅れの病に侵された成れの果て、全て殺すしかないんだよ。」


「……。」


「仲間を守るために人を殺す———そんな選択がレイにも必要な時がきっと来る。だから、さっきみたいな躊躇はやめた方がいい。きっと後悔するから。」


「レイブンさん……。」


 ダンケルは隣で残酷な真実を淡々と告げ、メロウは心配そうにこちらを見ている。


 俺は無言で走り続けた。

 冒険者の闇にはある程度触れてきたつもりだったが、これは常軌を逸している。


 胸糞が悪い。


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