40話 事態が少しずつ動き出す話
「何のつもりだ、ワーグナー?」
ある日の昼前。タグナスの外れの通りにて。
冒険者としての稼業のためギルドハウスへと向かうベクターの前に、元仕事仲間が立っていた。
「……転生魔王。奴の居場所、知っているんでしょ?吐いていただきたい。」
不気味な雰囲気を放つ紫の髪。
どこか虚空を見つめているかのような瞳。
「私は知らん。それに、もう彼と戦う理由も正当性もなかろうに。」
ベクターはワーグナーを細目で睨みつけ、横を素通りしようと歩みを進める。
「元衛兵隊長が大逆者を匿ったという事実、新聞社に持っていけばどうなると思いますか?」
「!!」
「どうせ知っているんでしょう?正直、貴方が魔王と繋がりを持っている可能性すら疑っています。」
「……。」
隣で立ち尽くす元一番隊隊長に対し、薄ら笑いを浮かべながら現一番隊隊長は口を開く。
「今貴方が処罰されたなら、奥さんと娘さんはどうやって生きていけばいいのでしょう?……手伝ってください、魔王の捕縛を。」
「断る。」
「……は?」
予想だにしない返答を受けたワーグナーは、唖然として言葉に詰まった。
ベクターは彼の方を向くこともなく、一人ため息を吐く。
「お前が考える以上に、私たちはレイブン青年と親しくなった後だ。お前なぞに引き渡すくらいなら、タグナスに背いて彼らと一緒に城に刃を向けよう。」
「れ、レイブン青年……だとお!?王の面前で僕に恥をかかせた犯罪者の名を呼ぶなああああああああああああああああああ」
冷静に拒否するベクターの目の前で、ワーグナーは一人激昂して叫びを上げる。
その叫びに呼応するように、路地の裏から数人の人影が近寄ってくる。
元二番隊で、現一番隊。白き鎧にその身を包んだ男たちが、ベクターの前に立ちふさがる。
「まさか、私とやる気なのか?」
「邪魔をするのなら、大人しくしていただきたいので。」
「あ、あああ……」
明らかに兵士たちの様子がおかしい。
歩き方が不安定で、立ち止まってからもフラフラと上半身が揺れている。
「ワーグナー。お前、彼らに何をした?」
「ちょっとした呪具です。衛兵一人一人が転生魔王に匹敵するほどに戦闘力を増大させるもの———まだ試作品らしいですが。」
「解呪の方法は?」
「そんなものありませんよ。一度呪詛を受けたら最後、力尽きるまで本能のままに増強された力を振り回すだけです。」
「外道も外道だな……!」
「文字通り、敬愛する王へその身を捧げ忠誠を誓う騎士団です。王の覇道を妨げる外道は、むしろ貴方たちの方ですよ。」
ワーグナーは剣を抜き、ベクターの方へと向けた。
勝ち誇るような黒い笑みを浮かべている。
「ああ……あああ……」
「そこまで親しいのなら、むしろ好都合です。貴方をここで捕らえて、奴をおびき出す餌にしましょう。」
「呪いなんぞで私に刃向かおうとは片腹痛い。衛兵のなんたるかを、もう一度叩き直してやろう。」
ベクターは背中の剣を抜き、盾を構えた。
自我を失った兵士たちが剣を出鱈目に振り回して迫る中、ベクターは冷静に剣を構える。
街の外れにて、騎士たちの戦いが勃発した。
☆
「ふああ……最近戦闘することが少ないな。筋力はなんとかなるが、勘が鈍っていないか不安だ。」
「それなら、軽くダンジョンで腕慣らししますか?」
「よし、そうしよう。」
という訳で、ワルダムケイブに来ました。
———メロウと二人で。
「初めて会った、あの時以来じゃないですか?二人きりでダンジョンを歩くのは。」
メロウはニコニコと笑いながら、俺の隣で魔法をかけてくれる。
これがあるから、ブレインとしての俺もレイブンと相違ない身体能力が発揮できる。
「…あの時は、まさかこんなことになるとは思わなかった。ずっとダンジョン内でフラフラと生きるものだと、な。」
わらわらと現れるコウモリを一匹ずつ斬りながら、ちょっとした会話が続く。
ここは三階層でシャドーマがいないから、目に見える魔物だけ注意すれば問題なくて助かる。
「会う前はずっと、怖い人だと思っていました。『転生魔王』の名に違わない、暴虐な人だとばかり。」
「……。」
「変な話ですよね。実際のレイブンさんは無闇に力を振るうことは決してなくて、どれだけ劣勢でも人の命を見捨てられないお人好しなんですから。」
「無理もない。強いだけで愛想の欠片もないから、不気味に感じる人間が多かったというだけだ。」
メロウはむっとして、俺の脇腹をか細い指先でつついた。
くすぐったいからやめてくれ。
「そうやってすぐに自分を卑下するの、悪い癖ですよ。もっと前向きになってください。」
「悪い。俺も変わっていかないとな。」
なんというか、メロウと一緒にいるといい意味で気が緩む。
基本的にほんわかしていて底抜けに優しいのだが、芯がかなりしっかりしていて、奥深くの強さを感じる。
「っと、あそこにいるのは……。」
なんとなく気配を感じてそちらを向くと、とある数人の人影を見つけた。
それも見覚えがある。
「んあ?お前らは!」
目が合った。
彼らは、俺たちを見つけるとこちらに近づいてきた。
「アルドさんにカインさん……でしたっけ?」
「元一番隊の衛兵たちか。」
「よー、久しぶりだな。そこのお嬢さんのライブの時以来か。」
カインが気さくに挨拶してきた。
簡易的な鉄の鎧に身を包み、巨大な槍を肩に背負っている。
「あれは最高のひと時だった。思い出すだけで……尊死できる。」
金髪モヒカンのアルドも前に出てきた。
なぜか、メロウに向かって手を合わせて何かを拝んでいる。
状況が理解できない。
「様子を見る限り、探索中か。衛兵としてしばらく生きていたお前たちにとって、冒険者の生活はどうなんだ?」
なんとなく浮かんだ疑問。
ずっと冒険者の俺にはわからないから。
「あー?意外と悪いもんでもないな。ちゃんと高頻度でダンジョンに潜って採取していれば、金回りもそこそこ。」
「気が乗らなかったらサボれるってのもいい。緊急クエストなんて最近は全くないし。」
適当にダンジョン内を歩きながら、元衛兵たちとの会話に花を咲かせた。
かつては命を削りあった仲だとしても、一度慣れてしまうと、平然と会話ができる。
時間の流れというのは凄いものだ。
「……にしても、見た目こそ違えどお前は紛れもないレイブンなんだな。なんというか、実際のキャラが予想と違いすぎるだろ全く。」
槍で小型の魔物を貫いたカインが皮肉そうに呟いた。
「そんなこと言われても、俺の性格はずっとこうだが。」
「実際に接してその性格に驚いたのは、私も否定しません。」
「どっちにしろ、ベクター隊長の仲間って時点で俺たちの仲間だ。よろしく頼むぜ、相棒!」
「「「うんうん。」」」
カインに肩をバシバシと叩かれ、横で残りの衛兵たちが首を縦に振る。
このノリ、ついて行くのが大変だな。ベクターのおっさんの影響か……。
「……ま、女の子に囲まれてキャッキャウフフしていることは許さないがな。」
「ごはっ。」
ノーガードの腹をやや強めに殴られた。
悪ノリには違いないのだろうが、目が若干本気に見えるような……。
「何するんですか!」
「ぐへえっ!?」
メロウが念動系の魔法でカインを吹っ飛ばした。
やべえ、メロウも目がマジだ。ダンジョン内でしょうもない喧嘩が始まる……ん?
「全く。油断したところを突いて、レイブンさんに手を出すなんて外道です!男の風上にも置けな……あれ?」
「はあ、はあ……可愛い女の子に冷たい視線を向けられて、言いなれていない罵倒を受けるってのも悪くない……!包容力があって優しい子だってわかっているからこそ、なんか興奮してきた……。」
カインの目の色が、なんというか気持ち悪い。
息をはあはあと荒げて、身体を揺らして興奮しているようだ。
やべえ、罵倒されて喜ぶとか完全に変態じゃねえか。
「ちょっとわかるぞ、カイン。」
おい話に参加するなアルド。
メロウめちゃくちゃ困惑しているじゃねえか。
「アイドルの握手会なんかで、相手に何かしらをリクエストできる時間が少しだけあるんだが、罵倒をチョイスする人も時折いる。」
クソ真面目な表情でやべー内容を発するな。
どうしてアイドルが絡むとコイツは急激に思考回路が狂うんだ。
「え、えっと……。」
「なあお前ら……この魔王(仮)を集団リンチすれば、リア充への恨みを晴らせる上に、可愛い女の子からの冷たい視線も手に入る。……やらないか?」
「お前真顔でとんでもないこと言っているの、わかっているか?」
メロウはもうドン引きして俺の後ろに隠れてしまったし。
カインの奴は目がもう呪具使用者の末期症状みたいなことになっているし。
なんか周りの衛兵共がカインの元に集結しつつあるし。
「まあ実際さ、ぼくたちもレイブンさんにはちょっと思うところがあったんだよね。ずっと人目を避ける生活をしてきたはずなのに、新しい見た目になった瞬間可愛い女の子のハーレムを作ったんだろう?」
「しかもアイドルと接点を作った上、アシュミーちゃんを虜にしていたな。うらやま……じゃない、許さない……!」
「さて、覚悟は決まったか色男野郎。」
じりじりと距離を詰めてくる。
後ろのメロウが震えている。俺の服を掴む手に力が籠っている。
この男たち、怖すぎるだろ。
———衛兵としてではなく、変態として。
よし、かくなる上は。
「おい、ベクターのおっさん!ちょうどいい、こいつらなんとかしてくれ!!」
「何ッ!?」
五人仲良く、俺が向いている方向に習って後ろを振り向いた。
……そこには誰もいない。
「おい、隊長なんていないじゃない……か。」
俺たちは逃走を選択。
大急ぎでダンジョンから脱出した。
こんな形で探索を終えるとは思っていなかったが、元々目的があった訳じゃないから、まあいいか。
メロウは虚無感に溢れるような眼をして、『しばらくあの人たちに会いたくないです』と呟いていた。
「レイブンさんは、私の酷い言葉で喜んだりしないですよね?」
「当たり前だ。俺は変態じゃない。」
「そうですよね。よかった……変態じゃなさすぎるのも心配だけど。」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も。」
〜日々のトレーニング記録 その九〜
・洞窟探索
コウモリ、ネズミなどを結構討伐
・ランニング
備考
・筋力は少しずつ強まっている。戦闘分野も悪くない。ブレインもある程度は戦えるようになったんじゃなかろうか。
・あの変態共、どうすればいいんだ?おっさんに言えばなんとかなるか?
☆
次の日。
……昨日はあのクソみたいな一件の後、とりあえず獲得した素材はギルドハウスで換金してから帰宅した。
かなりマシにはなっているものの、メロウの目が若干虚ろなのが気になって仕方がない。
カインが『マゾヒスト』とか呼ばれるタイプの変態だってのは、俺ぶっちゃけも知りたくなかった。
「お昼ご飯にしましょう♪」
「そうだな。」
という訳で、食事の始まり始まり。
今日のメニューは……なんか身体に良さそうなサラダと豆メインの料理。
普段のメロウは作らない料理のような気がするが、挑戦というやつだろうか。
「東の国には、『精進料理』というものがありまして、煩悩や破壊衝動の鎮静化に役立つそうです。」
「……なぜ今その話を?」
「深い意味はありません。」
不意に目を逸らして、ずずずとお茶をすすった。
そういえば今日は飲み物も普段と違う。
煩悩……まあそういうことだよな。
うん。美味しいんだけど、なんか素朴な味がする。
なんか、聖職者がこれに近い味の料理を食べていた気がする。
プルルル、プルルル。
「おっと、通話だ。これは……ベクターのおっさん。」
「なんでしょうかね?まさか、昨日のあれを知ってかけてきたんじゃ……。」
ああ、なるほど。
おっさんなら今も衛兵たちとコンタクトを取っているだろうし、それで昨日の事故を知ってアイツらに罰を与えたって報告か。
「出てくる。今日のご飯は冷めるようなものじゃないから大丈夫だよな?」
「はい!行ってきてください!」
メロウのにこやかな笑顔に押されて、俺は別の部屋に移動して通信機を取り出した。
おっさんのルーンをなぞって、耳に当てて声を……。
「どうかしたのか、おっさん?」
『青年、また事態が悪くなっている。』
深刻そうな声色だった。
最近のフランクで陽気な男性の声ではない。多くの責任を負って責務を全うしてきた、強い男の声だ。
「……冗談って訳じゃなさそうだな。どういう意味だ?」
『ワーグナーがお前さんを狙っている。それも秘密裏に。』
「なんだよそれ。あの件で国は信頼が下がっている。もう俺を捉える建前がないだろ。」
『だから秘密裏ということだ。なんでも、最近帰ってきた王子がお前さんを求めているそうだ。目的はワーグナーも知らないようだったが。』
「王子は知らんが、あの野郎は俺を恨んでいても仕方ないか。またぶちのめせばいいのか?」
『そうすればいいんだが、一つ問題がある。
所属する衛兵に呪具を装着させ、傀儡兵として戦ってくる。』
は?
『お前さんには心が痛むだろうが、本当に人を斬る覚悟がいるかもしれん。用心しておけ。』
少しの静寂の後に、通話が終わった。
どうやら、また国を相手にしないといけないらしい。
「レイブンさーん。私は先に片付けちゃいますねー。」
無邪気なメロウの声がこちらまで聞こえてきた。
俺の心情には気づく由もない。




