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39話 少女と交友する話

 メロウが幼女化した騒動から、もうしばらく経つ。


 俺も一旦落ち着き、メロウと普段通り会話できている。

 そもそも彼女はあの時俺が起きていたことを知らない訳だから、俺が隠し通せば悶着が起きることもない。


 ……正直、あの時のメロウの声は今でも鮮明に記憶に残っている。

 普段なら絶対言わないようなことを、平然と俺の横で……。


 あれは、『私は襲われても通報しません』ってサインか?

 そうだとしたら……結局俺には何もできないな。


 何度もこういう場面に遭遇しておきながら何もしなかった、正真正銘のヘタレだったわ、俺。

 魔物に刃物向けるのとは、必要な勇気のベクトルが大きく違うから、仕方ない。うん。


 俺がそんなことを考えているとはいざ知らず、俺の隣に座る彼女は今日ものんびりと読書に興じる。




 ……と思っていたら、急に立ち上がった。

 おもむろにこちらを向いて、


「さ、今日こそデートしましょ、レイブンさん♪」


 ……忘れていた。

 何日か経過していたし、完全に俺の記憶の彼方に消えて行っていたわ。


「……さては、忘れていましたね?私との約束。」


 少し目を細めて、怪訝そうな視線を俺に向けてくる。


「もちろん覚えていたぞ?俺がメロウとの約束を忘れる訳が———」


「顔にしっかりと書いてありますが。」


「……。」


「ずっと思っていたんですが……レイブンさんって、嘘が下手くそですよね。」


 目が死んでいる。

 どうやら、俺はわかりやすいタイプらしい。


 ダンケルもそう言っていたな。『レイはわかりやすい』って。

 あの頃と、俺は何も変わっていないか……。


「悪い。……で、どこ行く?」


「ふふふ、もう決めてあるんですよねえ。」


 悪い笑みを浮かべている。

 以前に二人で通信機とかの買い物には出たことがあるが、今回は……。


 ☆


「ははは!メロウ、ここは天国だな!!」


「ブレインさんばっかり気持ちよくなってずるいです!私も入れてください!!」




 ……別に、生々しい話をしている訳ではない。

 いかがわしい店の中でもない。


「もふもふ……。」


「キャウンキャウン!」


 ふさふさの毛皮に包まれた、小さな命。

 子犬というやつだ。温かくて、人懐っこい。もうなんか、言葉では形容できないくらい可愛い。


 ここは、『ふれあい広場』と呼ばれる場所だ。

 小さな獣や、比較的おとなしくて無害な魔物が集められ、人の手によって可愛らしい姿、性格へと変貌を遂げている。


 彼らが広い一室に放たれ、俺たちがお金を払うことで、自由に触れ合うことができるという施設。


 つまり、俺の楽園(エデン)

 折角連れてきてくれたことだし、とことん楽しもう。


「ゥワンッ!」


「いて」


 撫でられすぎて嫌気がさしたのか、指をかぷりとやられた。

 そして俺が指に意識を向けた一瞬の隙をついて、腕の中から脱出して距離を取られる。


「やるじゃねえか……!俺を傷つけたのは、あの時のライネス以来だぜ……。」


「何を言っているんですか……?」


 声のする方を向くと、メロウが若干引いていた。

 今の俺、そんなに見てくれに問題があったか?


 周りには他の客人も何人かいる。

 皆、思い思いにリラックスして動物と戯れている。


 この場では、戦乱の地に生きる狂戦士だろうと剣を収め、その魅力へと誘われ戦意を喪失するだろう。


 そして、この俺も例外ではない。


「ここにずっといたら、剣の振り方忘れそう……。」


 周りに溢れる小動物、ペティドッグなんかをモフモフし続けよう。

 ああ、ペティドッグが一匹こっちに……ダンジョンでたまに遭遇するけど、倒すの心が痛むんだよなあ……。あのふわふわな毛皮は、雷魔法を体内で増幅させて襲うための武器でしかなく、逃げてもしつこく追ってくるから仕留めるしかない。


 それが今は、何の敵意もなくこちらにすり寄ってきて、雷魔法の存在すらも知らないかのような無垢な瞳でふわふわな毛を寄せてきて……ああ、ヘブン。


「むう……。」


 頬を膨らませたメロウが、俺の肩を掴んで揺らした。

 ……俺は完全にスルーして、膝の上のペティドッグをもふもふ。


「ブレインさん、ずっと動物だけ構っています!私だって柔らかいのに……。」


 ……ん?

 ふわふわな毛並みに夢中でちゃんと聞き取れなかったが、かなり攻めた発言をしていなかったか?


「あの男、殴っていいか?」


「超可愛い上に甘えてくれる彼女連れておきながら、完全に無視して動物の相手とは、いい御身分じゃねえか……!」


 周りの人々(主に年齢層が近いと思われる男)からの敵意を感じた。

 誰にも実害は与えていないんだが、やはり可愛い女の子の力は偉大なようだ。


「ここに来て言うのもあれですが、私とも遊んでくださいぃ~。」


「わかったわかった。……あ、お金払うんで、ペティドッグ用のおやつください。」


「も~!!」




 結論から言うと、俺とメロウは追い出された。


 店を経営していた女性曰く、

 ・俺たちの挙動で、他のお客様のストレスが溜まる。

 ・俺が無闇にじゃれつくせいで、動物たちもストレスが溜まる。

 とのこと。


 長い時間という訳ではなかったが、最高に落ち着いた空気で楽しい時間を過ごすことができた。


「今回はこうなったが、最高に楽しかったぞ。また行こう」


「私はしばらく行きたくないです。ワンちゃんたちにブレインさんが持っていかれるので。」


 メロウがぷくっと頬を膨らませながら、隣をてくてくと歩く。

 どうやら納得していないらしい。


「折角二人きりのデートなのに……。」


「悪い悪い。目の前のもふもふには逆らえなくてな。」


 苦笑いして見せるが、彼女の表情は晴れない。

 次の場所を探して、本をめくっている。


「……なんか騒がしいな。」


「そういえば、王子と護衛の三番隊の帰還、今日でしたね。」


 それか、なんか周りの人がざわついている原因。

 王子がどうとか、国策が何だとか政治的な話をちょくちょく耳にする。


 俺は政治なんてものに大して興味はない。この国には別の国のような『選挙』なんて制度は存在せず、基本的に王の座は世代踏襲だし。

 アイツらに関しては、『文句があるならかかってこい』の精神の要素が強い。文句があるなら、革命でも起こすしかない。


 王子がどんな人柄なのかはよく知らんが、俺がこの国で生きていけることを願おう。

 あのクソ親父みたいに、イメージアップの一環で俺を殺そうとするイカレ野郎じゃなければ幸い。


「確か、隣国との外交かなんかだったか?」


「そうだったと思います。一緒に帰ってきた三番隊の女性たち、怖いんですよね……。」


 メロウが若干遠い目をしている。

 俺は馴染みがないな。最近できた部隊だろうか。


「三番隊ってのは何だ?おっさんの一番隊と、クソ野郎の二番隊ともう一つあるのか?」


「三番隊は、女騎士だけが集められた部隊です。リヴェットさんという凛々しい方が仕切っているのですが、あの人がとても厳格なもので……。」


 なるほど、女性の衛兵隊か。

 女性冒険者の中でも、そこらの男より強い人なんていくらでもいるから、そんな人たちが徒党を組んだのかもしれない。


 敵対しないことを切に願う。


「王子が帰ってくるということは、今日は衛兵総出で警護ってところか。」


「もはや三番隊しか残っていませんけどね。」


 俺たちは吐き捨てるように言い、顔を見合わせて笑った。

 過去の一件で、おっさん率いる一番隊は解雇された。その際に二番隊は大破し、隊長のワーグナーは精神をごっそり削られた。


 あれから持ち直したのかは知らないが、現在の国力では圧政を無理やり執行することはできないだろう。


「王子と三番隊とやらが、向こうで何を学んだのかが問題か。」


「恐らくリヴェットさんは、ベクターさんほど強くはありません。だから、いざとなったらやっちゃいましょう。」


「……たまにさ、メロウは突然物騒なこと言うよな。」


「そうですか?」


「いつもめちゃくちゃ優しいだけに、印象に残るのさ。」


「……世の中、優しいだけだと絞り取られるんです。私みたいに強くない人はより一層、身を守るために戦う覚悟が必要なんですよ」


 ……なるほど。

 なんとなく感じていた、彼女の強さの源はそれかもな。

 必要に迫られたら、遠慮なく人を傷つけることができる。それも一種の才能だ。


「ほらほら、そんな話はもう終わりですよ!次はカフェで一服しましょ。」


 袖を引かれて、俺たちは通りを駆けていく。

 あの笑顔を見ていると、全てが気にならなくなる。


 平和な一日はまだ終わらない。


 ☆


「帰ったか、我が息子マグエルよ。」


「不肖マグエル、ただいま戻りました。」


 タグナス城内の王の間にて、半年ぶりに親子が対面する。

 周りを三番隊の女兵が取り囲み、周囲を警戒している。


「……隣国アルバンとの交易、どうなったのか聞かせてもらおう。」


 王子がその短く切りそろえた金髪を下ろして王の面前で跪き、厳格な雰囲気のまま報告を始めた。


「はっ。……交渉は無事成立し、食物の取入れに成功しました。こちらからは、金と共に武器を用意することで合意しております。」


 王は満足そうに嘆息した。


「あちらの長はどうしていた?」


「元気そうでありました。私に対しての不満などは特に見受けられなかったように思われました。」


「ならよい。儂からはそれだけだ。足労であった、しばらく自由にするがよい。」


「ありがたきお言葉。」


 もう一度敬礼してから、マグエルは踵を返してドアの向こうへと消えていく。

 それに追随して三番隊の衛兵たちが、リヴェットを先頭に列をなして進む。


 王と大臣ノーブルの二人がその場に残った。


「王子殿が元気そうで何よりですね、王。」


「あの目……行く前とは違う色をしていた。」


 妖しい笑みを浮かべるノーブルに対し、王は表情一つ変えず、先ほどまで王子のいた場所を見つめていた。


「我輩の手から離れた間、あやつは何を見た?……急に我輩にたてつき、反旗を翻す可能性、排除できるものだろうか。」


「であれば、三番隊に圧力を入れましょうか。まさか自分の父親に刃を向けることはないと思いますが、保険として。」


 王は、重い首を縦に振った。

 それを見て、ノーブルは更に不敵に笑う。




「ふー疲れた。父さん、いつも厳しくて大変なんだよな。」


 自室に戻った王子は衣服を緩め、脚を崩してどかっとソファに腰かける。

 先ほどまでの雰囲気が嘘のように、表情も砕け手で顔を仰ぐ。


「しっかりしていただきたい。貴方はこの国の象徴なのですから。」


 後ろから、淡々と凛々しい声が木霊する。

 マグエルが後ろを向くと、凛々しい顔立ちの女性が立っていた。


 流れる水のような真っ青な髪を一本にまとめ、後ろに流している。

 その声と同様に凛々しく、美しい顔立ちで白い肌。

 白い鎧にその身を包み、ほどよい大きさの胸部装甲が外から見てもわかる。


 彼女はリヴェット・ウェーブル。

 王城衛兵隊、三番隊の隊長であり、女騎士たちを束ねる騎士。

 そして、今回の一件で隣国へ向かう王子の護衛を務めていた。


 彼女は見た目通り厳格な性格をしており、規律を守らない人間を許さない。

 オフは比較的リラックスを求める王子とはあまり馬が合わない。


「まあまあ、リヴェットも休んでよ。」


「まだ王子の護衛は終わっていません。途中で放棄しようものなら、衛兵の恥です。」


「相変わらず固いんだよなあ……。」


 苦笑いするマグエルに対し、表情筋が全く動かないリヴェット。


「まあいいや。……なあリヴェット。」


「いかがされましたか?」


「父さん、普段より険しい表情していたけど、あの事件のせいかな。」


 リヴェットは顔をしかめた。

 マグエルはその表情を見て眉をひそめる。


「あーあ。俺、ベクターのこと結構好きだったんだけどなあ。父さんがあんなことしてたってなれば、そりゃやめちまうよ。」


「マグエル様は知らなかったのですか?」


「ああ。……知りたくもなかったさ。あの事実をそのまま告げたら俺は反対するだろうってこと、わかっていたんだろ。」


 マグエルは細目で虚空を見つめる。

 リヴェットは凛とした佇まいではあるものの、少し悲しそうに目を背けた。


「生憎、俺はもうガキじゃないから、自分で考える力がついてしまった。父さんがどんな手を使って俺を自分の思い通りに教育しようとしても……親父の方が間違っている可能性を疑ってしまう。」


「……。」


「なあリヴェット。もし俺が、この国を自由にするために親父を捉える計画を立てるって言ったら、お前はついてきてくれるか?」


 マグエルはおもむろに立ち上がり、すぐ後ろに立っている騎士に向かって左手を伸ばす。


 彼女がその手を取ることはなかった。

 代わりに、険しい顔つきで王子を睨みつける。


「タグナスの現状に問題らしい問題はありません。不用意に民を扇動するのであれば……私は、貴方であろうと剣を向けます。」


「『問題はない』? はっ、よく言うよ。俺の交渉が失敗していたら、食料が確実に足りなくなっていたってのに。」


「その問題はたった今、貴方が解決したじゃありませんか。」


「その時点でおかしいだろ。食糧不足なんて深刻な問題を、こんなギリギリまで放置した挙句、とりあえず隣国と交渉してその場をしのぐだけ。こんなの国策なんて言わねえよ。」


 嘲るように笑い、吐き捨てた。


「多分、親父は死ぬまで王の座にしがみつく。子供が俺しかいないから、丁重に教育するとでも銘打ってな。」


「邪推しすぎです。もう少し王を信用していただけないと———」


「へっ、王子なんて立場で十八年生きてんだ。人間の闇なんて見飽きるほど見てきたさ。親父に裏の顔がないなんて言われて、信じる方がどうかしてる。」


「はあ……まあどちらにせよ、私は反逆には加担いたしません。そして、ワーグナーさんは王に忠誠を誓っており、ベクターさんはここにはいません。無理ですよ。」


 リヴェットはため息を吐き、ついて行けないと言わんばかりに、外へと出て行った。


 閑散とした部屋にマグエルが一人残された。

 顎に手の甲を当て、熟考に入る。


(今俺が声を上げたとして、ついてくる国民はどれくらいいる?

 国に不満がある人間……税金を大量に課されている武器商、何も救済を与えられない貧民層、そしてベクターの一件で怒りを上げた市民、冒険者ってところか。)


 一度立ち上がり、机の前に動いた。

 椅子に腰かけ、業務をするがごとくペンを執る。


(これだけじゃ、二番隊と三番隊を潰すには足りねえ。もっと強大な勢力が必要だ。それこそ魔王のような……ん?)


 ペンを走らせる手がぴたりと止まった。


(そうだ、いるじゃねえか。どう考えてもタグナスに不満タラタラの人間、しかも紛れもない強者が。……確か、あの事件が三十日くらい前のことだったから、まあこの付近のダンジョンにはいるとみていい。)


 ペンとくるくると回転させて、王子は一人ほくそ笑んだ。

 反逆への悪だくみが始まる。


(現実味を帯びてきたじゃねえか。この世界のことを本気で勉強した俺の方が、タグナスを絶対によくできる。親父……アンタにとっちゃまだ早いと思うかもしれないが、世代交代させてもらおう。)


 マグエルはペンを投げ捨てるように放置して、すぐに部屋から出て行った。

 城内の廊下を悠然と通過し、とある人物を見つけ声をかける。


「ちょっといいか?」


「これはマグエル様じゃありませんか。私めに何か御用でしょうか?」


「お前、あの事件で『転生魔王』のことを恨んでいるよな?

 ———ワーグナー。」


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