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38話 魔王の周辺の話

次回からシリアス編に入ると思います。

私は個人的に、ネタ回の方が気楽に書けるので好きだったりします()。

 薬で幼女化したメロリちゃんの家にお邪魔してから、十日くらい経ったある日の出来事。


「メガネ、次は何をするのだ?」


 気だるげにぼやくリオン。

 その細い右腕には、僕———ダンケル・ノクサーが作った魔力を制御する魔道具が、白い金属光沢を放つ。


「そうだね……、じゃあこれを着けたまま、結界の展開を。」


「うむ。ぐぬぬ……。」


 右腕を前に伸ばし、精神を集中させて結界を展開しようと試みるリオン。

 だが、結界は上手く形を作ることができず、ガラスの破片のように崩れ、虹色の光をまき散らしながら消えていく。


「無理だ。

 この感覚、我を拘束したあの不遜なる呪具に相違ない……!」


 手を小刻みに揺らし、過去の怒りが少しずつ蘇ってきたらしい。


 僕が作ったこれは、呪いで魔力を制限するものではない。

 ただ単に、装備した生体のマナの流れに呼応して、逆向きの波動を起こすことで魔法を打ち消すというシンプルな術式を施した腕輪。


 僕はウォルターと違って天才肌じゃない。

 基礎をとにかく学んで、土台を構成してきた。


「きっとウォルターはこんな発明、『つまらない』って一蹴するだろうけど、僕が研究を続けるモチベーションは自分の趣向じゃない。この世界を変える、それだけだ。」


「メガネ、御託はいい。

 もういいだろ。忌々しい感覚が残るのは不快だ。」


「ごめんごめん。今外すよ。」


 白衣の左ポケットから、銀色の鍵を一つ。

 これを腕輪の穴に差し込んで左にひねればすぐに開き、するりとリオンの腕をすり抜ける。


 この腕輪は対魔力を高めているから、魔法を当てて壊すことはできないし、これが腕に嵌っている間は筋力上昇の魔法は使用できない。だから、この鍵で物理的に外すしかない。


 罪人の拘束なんかにちょうどいいだろう。メロウちゃんみたいに完全に魔法使い気質の冒険者は、これ一つで無力化する。


 ———着実に、僕の計画は進んでいる。


「それにしても、お前の執念深さには目を見張るものがあるな。どうしても革命を欲するほど、今の世界が不満か?」


「ああ、不満さ。努力だけじゃ報われないこの現実が、ね。」


 それを聞いて、リオンは少し嘲るような視線を向けた。

 何か思うことがあったらしい。


「……お前は今の状況が、まだ報われていないと感じるか。中々に傲慢なことだ。」


「僕はレイみたいな絶対的な強さがない。ウォルターみたいに人間離れした頭の回転ができない。メロウちゃんみたいに、レイの強さを上手に引き出すこともできなかった。そして、ただの人間の僕に、リオンの結界は使えない。


 ———友達に追いつけない。」


「……」


「自分が一番よくわかっているんだよ、器用貧乏だって。どの分野にいっても、僕は超一流にはなれない。———だから、これまで集めた一流程度の知識を総動員して、世界を変えるんだ。努力が報われて、才能が財力や暴力に淘汰されない世界を。」


 リオンが肩の力を抜き、息を吐いて表情を緩めた。

 僕もなんとなく口元を釣り上げる。


「友に追いつくため、その友を騙すとは皮肉な話だな。そうは思わんか?」


「本当にね。」


 ずっと手に持っていた腕輪を机の上に置いて、ぐぐっと背伸びをした。

 ひとまず、今日の朝はここまでかな。


「じゃ、ご飯にしよっか。」


「うむ!もう腹ぺこだ!」


 地下の研究室から出て、一階の空気を目いっぱい吸う。

 なんとなくスッキリした気分。


「……お前と二重人格の心中は我にはわからぬが。」


「ん?」


「我は、あの騎士に仇討できればそれでよい。その時は、お前も力を貸せ。」


 話し方に少し怒気を感じた。この話が出ると、リオンは毎回こうなる。もう癖のようなものなのだろう。

 ……あんな過去があったし、無理もないか。


「復讐に駆られて暴走した人間の末路を見届けたばかりだろ?怒りだけじゃ解決しないことも多いよ。」


「我は眠っていたと言っただろう。見ていないものから学ぶことなど何もない。」


 またそれか。


 僕はキッチンに向かった。

 今日は何を作ろうかな。たまには昼間から酒飲んで騒ごうか。




 ———レイが世界最強の男になるんだったら、僕は誰もがレイみたいに強くなれる世界を作って見せるよ!レイが退屈しないようにね!———




 いつかの日の約束を思い出した。

 レイが達成しちゃったから、僕もなんとかしないとなあ。


 ☆


 場所は変わり、タグナスの北地区にて。


「貴方~、フィーネ~、ご飯ですよ~♪」


 私———ベクター・モートは冒険者としての仕事を昨日までに大方済ませ、愛する妻と娘とのひと時を過ごしている。

 フィーネと最近流行りのカードゲームで遊んでいたところ、妻の声が向こうから聞こえた。


「わーい!」


 フィーネは私の傍をぱっと離れ、長い髪を揺らしながら声のする方へと消えていく。


 ……フィーネにとって、私より食事の方が上、か。

 悲しくなんてないぞ。子供は食べ盛りだし。


 さっきまで遊んでいたカードが散らばる中、私一人がその場に取り残される。

 ———これ、全部私が片づけるのか……。


 心は痛むが、しつけというものが必要になるのかもしれない。




「「「いただきます(!)。」」」


 山のように盛り付けられた野菜。そして肉料理。

 エルフ特有のヘルシー志向な食事がずらりと並ぶ。


 ボリュームに欠けるようにも見えるが、私は十分満足できる。


「おいしい!!」


「ほらフィーネ、口にドレッシングついていますよ。」


「ん、んー。」


 家族三人で過ごす、何気ない日常。

 だが、これは平然と与えられたものではなく、私と妻と———そして彼らの死闘による戦利品だというのが感慨深い話だ。


「そういえば、貴方。」


「どうした?」


「最近、レイブン君たちと連絡は取っていますか?何かあったようですけど……。」


「……ああ。」


 私は、しばらく前にレイブン青年と通話した内容を話した。

 衛兵隊の仲間と共に参加した翌日に魔物の襲撃に遭ったこと。とある青年が呪具で闇堕ちしたから正気に返らせたこと。そして新聞社の捏造によってまた冤罪にかかったこと。


「それは……。」


「ん、なに?レイブンお兄さん、また誰かのために頑張っているの?」


 きょとんとして私とフィリアナの顔を交互に見るフィーネ。

 物事の重大さを、あまり理解していないようだ。


「……ああ。お兄さんは、優しい人だからな。」


「うん!また会いたいなあ!」


 無邪気な笑顔が食卓を癒す。


 だが、フィーネの言う通り、私も青年と一度顔を合わせたいと思っていた。

 彼はまだ十九歳。社会の荒波にすぐに適応するのは厳しいだろう。


 恩義に報いる時は、今かもしれない。


「ふふ。貴方、私とフィーネを守ると誓った、あの時の顔をしていますよ。」


 結婚した時と変わらぬ笑顔で、フィリアナが私を見つめる。


「ふん。……結局のところ、お前たちを守ったのはレイブン青年だ。その彼のピンチに、私がかけつけなければ男が廃る。」


「おお!男のゆーじょーだ!」


 フィーネの目が急に輝いた。

 その年で男の友情なんてものに憧れるとは、この子は彼と一緒にいた時に何を見たんだ。


 あの嬢ちゃんにも全く手を出さない奥手なレイブン青年のことだから、危ない知識を教えたなんてことはなさそうだが。


「次は、あの子たちをウチにお招きしましょう!悩める乙女のメロウちゃんに、大人の料理の手ほどきをしたいと思っていたんです!」


 手を合わせてフィリアナが笑った。

 ……レイブン青年と嬢ちゃんの仲、大人の私が上手く取り持ってやるか。


「それなら、一番隊の野郎も呼んでパーティでもやるか!カインと青年の一騎打ちでもやってもらうぞ!アイツやりたいって言ってたし。」


「楽しそう!お姉さんたちにまた踊ってほしい!フィーネもあのキラキラしたお洋服着たい!!」


 よし、フィーネは食いついた。


「それはいいのですが……貴方、守れますか?」


 フィリアナは少し低い声で疑問を呈する。


『守れますか?』

 ……フィリアナとフィーネ、そして彼らの安全のことか。


 それなら、私一人で事足りるだろう。

 レイブン青年以外が相手なら、私の力で抑えることができる。


 青年はあの性格を見る限り、無闇に人を傷つけることは絶対にない。たとえアルコールが入ったとしても。

 いざというときは、カインが持っている呪具で無理やり寝てもらえば問題ないはず。


「ああ、私に任せろ。暴力沙汰は、お前たちに被害が及ぶ前に鎮圧してみせるさ。」


「いえ、そうではなくて。」


「?」


「はあ……禁酒ですよ。き・ん・しゅ。」


 ……。

 フィリアナはおよそ感情のこもっていない目で、淡々と話を続ける。


「あの日のこと、忘れたとは言いませんよね?貴方は記憶が残るタイプですし。」


「……ハイ。」


「大人たちがお酒を飲み、支離滅裂なことをする様子を見たら、フィーネはどうなりますか?お酒を飲んだ貴方は止めるどころか、むしろ騒動を助長する側じゃないですか!」


「そ、それはだな……フィーネが寝静まってから、若者たちと遠慮のないつながりを……。」


「フィーネはお兄さんお姉さんと一緒に寝る!!それまで頑張って起きるもん!!」


「フィーネ?子供は寝ないと育たないぞ?」


「ママだって小さいころは夜更かししてたんでしょ?それでもこんなに大きくなったんだから、フィーネも大丈夫!」


「……てへ。」


 隣を見ると、妻が気恥ずかしそうに舌を出す。

 普段ならとてつもない魅惑を感じる双丘だが、今だけはその魅力を感じることなく、愛妻の胸元を見つめた。


「酒……レイブン青年と飲んだあの時から、嗜み程度にしか飲んでいない……。」


「彼らを呼ぶ時は、私はしっかりもてなします。……ですが、ウチのお酒は貴方が絶対に見つけられない場所に隠しておきますので。」


 にこやかな笑顔で言い放つ。

 この笑顔には逆らえず、頷くしかない。




 よし。次働くときに、こっそり酒を買い込んでおこう。

 そこから、若者たちにフィーネと遊んでもらって、その間にフィリアナと酒を飲もう。


 妻は私より強いが、多少なりとも効くはず。

 そこで無理やり口説いて、若者たちと酒を———


「パパ、なんか悪い顔してるね♪」


「ん?どうしたフィーネ?お菓子でも食べるか?」


「まだ昼ご飯を食べたばかりですが。それより……あ・な・た?」


「……。」


「何か、悪いことを考えていましたね?」


 妻の左目が青く光っている。

 これは文字通り、『私に隠し事は通用しない』という合図。


「……。」


「レイブン君たちは私が守りますよ?」


 妻は強い。

 たとえ、それが異種族間であったとしても、多くの家庭で当てはまる事実らしい。


 ☆


 ここはイルミナとライネスが生活している家。

 部外者ではあるが、あたし———アシュミー・アルトはよくここに来て、ライブの打ち合わせや何気ない雑談をよくする。


 今日は、AIコンビでもう一度ライブをしないか、ということを話すためにここまで来た。


「次のライブはどうするの、イルミナ?あんなことがあったばかりだけど。」


 兄妹仲良くソファに座ってくつろいでいるイルミナとライネスは、揃って首を傾げた。


「んー、わたしはひとまず休憩かな。色々ありすぎて、しんどくなっちゃって。」


「僕も疲れたよ。また何か起きてもいいように、鍛え直さないといけないかなあ。」


 ぐぐっと背伸びをしてから、またイルミナは兄に寄り掛かる。

 ホント、ブラコンな妹だこと。


「……フン。あの事件、やっぱり記事になっていたけど、ろくなものじゃなかったわね。一緒に戦っていたレイブン様が黒幕なんて、妄想も度が過ぎるわよ。」


「……ああ。」


 ライネスは何か思うことがあるのか、口ごもって下を向いた。

 イルミナも同様に、少し寂しげな表情。


「どうしたの?」


「いや、僕に関してはわかるだろ?僕がおかしくなったアレは、あの場にいた人しか知らないということで取り上げられていないけど、みんなが止めてくれなかったら、何もかも破壊していたのかな……。」


「兄さん……。」


「そうよそう、レイブン様に感謝しなさいよ!!」


 ビシッと指さす。

 二人は何とも言えない表情になった。


「ねえアンタたち……真犯人を探さない?あたちたちをあんな目に遭わせた癖に、罪をレイブン様に被せた不届きものはどうしてやろうかしら……!」


「「……。」」


 二人は急に押し黙り、互いに顔を見合わせた。

 さっきから様子が変ね。


「どうかしたの?

 ……!もしかして、何か心当たりが!」


「……いや、ない。色々思い返したんだけど、嫌な事件だったよ。」


 なんというか、重苦しい空気になってしまった。


「話、変えよっか。アシュミー、最近レイブンさんと何かあったりしたのかい?あの一件から、かなり距離が縮まったみたいだけど。」


「それがねえ……何もないのよ!あたしレイブン様のルーンなんて知らないし、あたしから何もできることがないのよ!!」


 辛い。あたし辛い。


「あれ……アシュミー?」


 イルミナが心配そうに立ち上がり、一気に表情が曇ったあたしの傍に寄ってきた。


「大丈夫?ほら、あの人、わたしたちとは別の方面に特別な人だから……。」


 慰めるような、イルミナ本人も辛そうな……。


「だったら、僕らは更にいいライブをするしかなさそうだなあ。次は、戦いの助っ人ではなく、観客として来てもらわないとね。」


「!

 そういえば、あの時レイブン様は『俺が魔王ではなく、ただのレイブンとなったらまた来る』って……!」


 ……元気百倍。

 また来てもらえるくらい、あたしが有名なアイドルになってやる。


「ねえ兄さん……。」


「いや、駄目だイルミナ。」


 二人でヒソヒソ何か語っているみたい。

 兄妹だけの秘密ってやつ?本当に仲良しね、羨ましいくらいよ。


「あんまりレイブンさんのことを話していると、活動に響くぞ?アイドルはそういうところ、注意しておかないと目を光らせている連中が多いから。」


「知られて嫌われたとしても、あたしは別に気にしないわよ。憧れに嘘はつきたくないし。」


「アシュミーらしいや。」


 ライネスはフッと息を吐いて笑った。

 あたしの良き理解者ってやつ?


「イルミナはどうなのよ?あたしと同い年なんだし、気になる男の一人くらいいないの?」


「え、わたし?」


 イルミナは一度きょとんとしてから、すぐに目の前の男の手を取った。


「わたしは、兄さんがいたらそれでいいもん!他の男の人に恋愛的な興味なんてないよ。」


 ……ライネスはまんざらでもなさそう。

 心底嬉しそうに、兄の手の温もりを感じ取っているみたい。


「相変わらずね……。確かに、その様子を新聞に載せられたとしても、『微笑ましい』ってだけで片付きそうだわ。」


「あの日からずっとこうさ。予定の調節なんかもできなくて、僕も大変だよ。」


「そのたるんだ顔と緊張感の欠片もない雰囲気が、『困ってない』ってわかりやすく語っているんだけど?」


「わたしだって、兄さんが大好きなことを隠すつもりなんてないもん。」


 友達の前で遠慮なくいちゃつく兄妹を前に、あたしはジト目で眺めることしかできなかった。


「ねえ兄さん。実はわたしたちは本当の兄妹じゃない、みたいな事実ってないのかな?」


「流石にそれはないかな。」


 何気にやばい話をしていない?


「あたしの前で生々しい話はやめてくれないかしら?」


「おっと、ごめんなさいね。」


 パッと二人の手が離れた。

 少し気恥ずかしそうではあるが、互いに顔を見合わせて笑っている。


 仲がいいのはいいことだけれども!


「……AIコンビの件、今日だけで結論は出せないかな。僕としては、折角こうして昔みたいに戻れたことだから、ぜひやりたいんだけどね。」


 ライネスは苦笑いしている。

 まあ、話が話だから仕方ないわね。


「兄さん、アシュミー。ご飯にしない?」


「そういえばもう夜ね。あたしもいいの?」


 ライネスは返答の代わりに、ニッと歯を出して笑う。

 なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。


「それじゃ、二人で先にお風呂入ってきなよ。女同士の方が話しやすいこともあるだろう?」


「えー。三人一緒に入ろうよー。」


 え!?


「え、ちょ、イルミナ!?アンタ何言ってるのよ!!」


 イルミナは頭の上から疑問符が出ているかのように、不思議そうにこちらを見ている。


「そんなに驚くことじゃないよ?わたし、毎日兄さんと一緒にお風呂入ってるし。兄さん、背中洗うの上手なんだよ?」


「ちょっとストップイルミナ。」


「全部聞こえたんだけど……ライネス?」


 ライネスは食材を取り出す手が完全に止まり、冷や汗を流している。

 時が止まった。


 イルミナの悪意ない発言から、一気にライネスの印象がおかしくなっていく。


「いや、あの……イルミナが入りたいって言ってくれるから、兄としては……ね。」


 この人たち、一体自分が何歳だと思っているんだろう。

 そんな小さい子供の微笑ましい思い出で済む状況じゃないのよ?


 イルミナ、貴女自分の胸元見えてる?その大きな二つのフルーツ。

 数多の男を誘惑できる女の武器よ?実の兄だって、全く反応しない訳ないじゃない。


「わたし、兄さんとだったら、そういう関係になっても……。」


「……しばらくこの家で寝泊まりしてもいいかしら?アンタたち二人をここに残すと、間違いが起きる気しかしないわ。」




 ダメって言われました。

 イルミナが、『アシュミーと一緒だと、兄さんが取られるかもしれない』って。

『兄さん大好き』が行き過ぎないことを、あたしは切に願います。


 AIコンビよりあの兄妹の関係の方が心配だわ、ホント。


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