36話 メロリちゃんの話
某日、メロウの家にて事件は起きた。
俺はこの結果の前になすすべがなく、ただ時が過ぎゆくのを見届ける他ない。
被害者は俺の膝の上で今も横たわり、それはそれは安らかに眠っている。
犯人は俺たちの届かない遠くでせせら笑い、あろうことかこの現場へ近づいてくると言い放った。
アイツ自らここに現れるというのなら、奴が来るまで留まり迎え撃つ。
この負の連鎖を止め、あの男の野望を打ち砕くためにこの俺が———
「……そんな雰囲気じゃないか。」
一種の臨場感を感じられるような回想をしたが、実際の所はこの室内、かなりほのぼのしている。
「zzz……」
メロウは今、絶賛俺の膝の上でお昼寝中。
どうやら、体力や筋力も一時的に幼女のそれになっているらしい。
無理やり起こすのも気が引けるということで、俺はずっと読書。
もともと読書は好きなタイプだから、暇を持て余すようなことはなかった。
この一件の主犯の人間が執筆した、ファンタジーと呼ばれる小説をのんびりと読み進める。
作中のレブンたちは、とうとう夢喰いの怪物を見つけ出し、直接対決を始める。
彼らはそれぞれの特技を生かし、正体不明の怪物と街全体を巻き込んだ戦闘を繰り広げる。
そして長い長い一夜が明け、そこには力尽きて倒れる黒い異形。
謎めいた事件は終了し、この物語も終幕へと向かい———
「……ん」
あ。
女神の寵愛を一身に受け、魔王のひざ元で安心して眠る姫が目覚めた。
ぐぐっと可愛らしく上体を伸ばし、呑気に欠伸をした。
「ふああ……レイブンさん、おはようございます……」
ぶかぶかでサイズの合っていない衣服に身を包み、ミステリアスな雰囲気を醸し出すその幼女は、愛らしい表情で眠い目をこすっている。
「よく眠れたか?」
「お陰様で♪えへへ」
体力はすっかり回復したらしい。
少し気恥ずかしそうに、俺の太ももから降りた。
小さい子供特有の温もりがなくなったのは少し寂しいが、意識を取り戻したメロウとずっとくっついたままだと俺のメンタルがもたないから仕方ない。
「あ、そうだメロウ。そろそろダンケルが家に来る。」
「ダンケルさんですか?どうして……もしかして、薬の検査ですか?」
「そうらしい。メロウが飲んだあの薬、一応アイツの研究成果だから、所見をまとめる必要があるんだとさ」
……『メロリちゃん』とかいう、考えたくもない単語については黙っておこう。
汚れを知らぬこの女の子は、俺が守る。
知らぬ間にロリコンへ目覚めつつあるのかもしれない変態の友と、メロウを二人きりには絶対にしない。
「メロウ、気をつけろ。もしダンが変態のように付きまとってきたらすぐ俺が———」
「うふふ。レイブンさんもダンケルさんも、私を傷つけたりしないって知っていますから、大丈夫ですよ。」
……天使だ。
天使の微笑みだ。
メロウを守るためなら、俺は本物の魔王としてこの国を滅ぼすこともできるかもしれない。
いじらしい小動物を眺めるようにメロウの姿を見ていると、不意にベルが鳴った。
どうやら、奴が来たようだ。
「ダンケルさんですかね?」
「恐らくそうだろう。……俺が行く」
俺は立ち上がり、先ほど音の鳴った方向へと歩き出す。
少し重い足取りながらも、すぐにドアまでたどり着き、開いた先に奴がいた。
「やっほー!……あれ、今は元の姿のままなんだ。僕だって確信してた?」
「他に当てがなかったからな。」
「親友として嬉しい限りだよ。じゃ、早速上がらせてもらおうかな。」
「研究の一環らしいからメロウとの接触を認めるが、薬の効果を確認したらさっさと帰れ。」
「つれないなあ。……それで、メロリちゃんはいずこに———」
「本人の前でその呼び方をしたら、リビールの実でも修復不可能になるくらいぶん殴る。」
「うへえ……レイ、目がマジじゃん……。冗談だから、じょーだん。」
俺の機嫌を取ろうと、肩をばしばしと叩いてくる。
相変わらず陽気な奴だ。こっちはメロウが急に小さくなってかなり慌てたというのに。
「メロウちゃんどこかなー?ダンケルお兄ちゃんが遊びに来たよ~♪」
軽快なステップで家の中へと侵入するダンケル。
その後ろ姿には、放置していたら何かしでかすかもしれないという要素しか感じられない。
「……」
「~~♪」
「ダンケルさん!いらっしゃいませ!」
「おおおメロr……メロウちゃん!ちゃんと薬は効いたようだね。」
リビングで和やかに出迎えるメロウに対し、一瞬で骨抜きにされたかのように表情が緩むダンケル。
メロウが準備してくれたお茶菓子を、ニコニコしながら頬張っている。
「家の中はやっぱりいい香りがするねー。女の子の部屋って感じだ。」
「発言がキモいからやめろ。」
「あはは……私は大丈夫ですよ。」
苦笑いする彼女を尻目にダンケルは紙とペンを取り出した。
紙にはそれぞれ四角い枠があり、何か書き込む項目があるようだ。
「じゃあいきなりだけど、レポートを書くのに協力してほしいんだ。」
「はい。……私は何をすればいいんでしょうか?」
メロウの質問に対し、ダンケルは応える代わりに魔法の詠唱を始めた。
掌から青い光が淡く拡散し、それをメロウの方へ向けた。
あれは生命活動の状態や、物体内の魔力量なんかを測る魔法だ。
「基本的に僕が一人で調べて進めていくんだけど、途中で筋力なんかも見たいから、ちょっとだけ手伝ってほしい。」
「わかりました!」
ダンケルは目を閉じて精神を集中させ、魔法を通じて流れてくる情報をブツブツと唱えながら、時々目を開いて紙に書き連ねていく。
「心拍数正常、ヘマトクリット値正常、間接ビリルビン濃度正常……」
具体的に何を言っているのかはよくわからないが、どうやらメロウの身体に異常はないという話のようだ。
メロウはただそこに落ち着いて座っているだけ。ダンケルは慣れた手つきで次々に空欄を埋めていく。
「……よし。じゃあ次は、二人にも協力してもらおうかな」
ん?俺もか?
「レイはこっちで、メロウちゃんはこのへんに。」
ダンケルが一度紙を置き、俺とメロウを部屋の真ん中辺りに誘導する。
そして、かなり近い距離で二人が対面した。
「おい、これから何を———」
「ほいっと。」
俺が後ろを向くと同時に、背中を押された。
予想外の力がかかり、よろめいてしまう。
まずい、メロウにぶつかる!
とりあえず傷つけないように———。
がしっ。
「メロウ、大丈夫か?」
「あ、え、は、はい…あああ」
他に対策を思いつかなかった俺は、抱え込むようにメロウの小さな背中に両腕を絡めることで衝撃を和らげた。
結果、魔王と幼女はゼロ距離で密着。
俺は慌てて手を放した。
メロウは顔を真っ赤にして固まっている。
「おいダン。何してやが———」
ダンケルは、再びさっきの魔法を起動し、メロウの体内を調べていた。
「心拍数上昇。体温微上昇。……ふむふむ、レイと抱き合った結果、しっかり照れているね。」
レポート紙に何かを書き込み、満悦そうに頷くダンケル。
俺とメロウを辱めておいて……!
「レイブンさんの鼓動を、間近で感じられた……!」
メロウ、若干興奮気味なような……。
普段だったら、恥ずかしさで逃げ出すような出来事だった気がするが。
「幼くなったメロウちゃんは、少し積極的になるみたいだね。今のうちに、口づけくらいしておいたら?」
ニヤリと笑いながら耳打ちしてくるな。
この姿のメロウと俺がキスしようものなら、絵面が完全に犯罪じゃねえか。
「お前、あと何の検査が残ってるんだ?」
「んー、メロウちゃんが了承するなら、エッチな本を見せた時の反応とか、レイに裸を見られた時の羞恥心とか———」
「命散らす覚悟は決まったか?」
「———は、男性に薬を試す時に実験すればいいかなあ!女の子にそんなことさせたら男として失格だよねえ!!」
俺の剣幕に気圧されたらしく、ダンケルは弱気に震えた。
下手をすれば、本当に無事では済まないことを悟ったようだ。
「じゃ、これくらいで十分。ありがとう!」
ダンケルは俺とメロウに一礼した。
ほとんどの空欄が埋まった紙を確認してから、満足そうに仕舞った。
「どういたしまして!」
メロウも天使の笑顔で頷いた。
この笑顔が見られただけでも、今日一日の幸福度が満たされる。
「お前がここにいると何するかわからねえから、研究が終わったらさっさと帰れ———」
「じゃあ、ここからは楽しんでいこうか!」
開き直ったようにダンケルは腰の袋を漁り、色々と変なものを取り出し始める。
普段は見ないようなものが大量に出てきた。
大きな花の髪飾り。天使をモチーフにしたような純白の衣服。魔法少女とやらを模したピンク色の刺激的な衣装。他にも色々。
「……?」
「これは何ですか?」
頭の中が『?』でいっぱいになる俺たちを放置して、ダンケルは悪だくみを自慢げに説明し始めた。
「何って、メロウちゃんの着せ替えセットだけど?時間があまりなかったけど、準備張り切っちゃったよ!」
「「……」」
「実験結果の記録って名目で来たけどさ、そんな訳ないじゃん?効果の検証とかいつでもできるし、正直メロウちゃんの所見はイレギュラーが多いせいであまり参考にならない。」
「はあ?じゃあお前何しに来たんだよ。」
「そんなの決まってるだろ?」
ダンケルはやれやれと首を横に振り、固まっているメロウを指さした。
無駄にカッコつけて得意げに言い放つ。
「メロリちゃんを愛でるためさ!!」
「死ね。」
俺は間髪入れずに拳を突き出した。
だが、読んでいたとばかりにサイドステップで躱される。
「なんとなく予想はしていたけど、今の姿———メロリちゃんはスーパー美少女だ。そんな女の子がこれらを着て天使や魔女なんかに扮する姿……見たいに決まってるだろ、男として。」
「メロウを汚すんじゃねえ変態。さっさと帰れ。」
「あはは……これを……。」
メロウは苦笑いしながら、ダンケルが適当に置いた衣装の数々を一つずつ確認した。
その中にはまるで下着かのように露出が激しいものも混ざっている訳で。
「!!?」
よし、コイツぶん殴ろう。
「メロウに危害を加えるのなら、たとえ唯一の親友であろうと、力づくで出て行ってもらおう。」
「お?ほ、ほ、うおっと。やるのなら仕方ないね。」
喧嘩をするには狭い室内。
俺とダンケルが殴り合いをスタート。
「メロウは俺が守る。元の姿に戻るまで、お前みたいな変態には指一本触れさせない。」
速攻で右ストレート。
頬を掠めた俺の腕はダンケルに掴まれ、肘で応戦してくる。
「別にいいじゃんか。減るもんじゃないし、レイだって本当は見たいだろ?」
「……。」
返答の代わりに足払い。
咄嗟の回避で体勢を崩したダンの顔面を狙ってもう一度右ストレート。
これは避けられないだろ———。
「喧嘩はダメですっ!!お二人とも手を止めて下さいっ!!」
「「!!」」
メロウの一声で、飛び交う拳は一瞬で停止した。
振り向くと、頬を膨らませて俺たち二人を見ている。
「親友同士で暴力はめっ!ですよ?」
両手の人差し指を交差させて『×』のサイン。
やはり可愛らしい。苛立ちが頭の上から抜けていくのを感じる。
「そうだよー、レイ?暴力は何も解決しないんだぞ?」
同じく人差し指を交差させて諭しにかかるダンケル。
勝ち誇るようなドヤ顔が憎くてしかたない。
「……はあ、仕方ない。だが、俺は認めんぞ、無理やりそんな服をメロウに着させるなんてのは。」
「ふふ、『無理やり』じゃなければいいんだろ?」
ダンケルの目が妖しく光る。
いつもと同じく、よからぬことを考えている証だ。
「ダン。お前、何をするつもりだ?」
ダンケルはおもむろに俺の横を通り過ぎ、メロウの傍へ近寄る。
コイツがメロウを傷つけることはまずないと思うが、もし手を出すようなら俺は容赦しない。
「ねえメロウちゃん。別に絶対着て欲しいとか言う気はないんだけど、そんなに恥ずかしがる必要はないんだよ?」
「はい?」
「確かに、僕が用意した衣装には過激なやつも混ざっている。それは否定しない。……だけどさ、ちょっと考えてみて欲しいんだよ。今のメロウちゃん、どんな姿になっている?」
メロウは自分の両手や胸元を確認して、首を傾げた。
「どんな姿って、ダンケルさんのお薬で身体が幼くなって……あっ。」
俺抜きで勝手に会話が進んでいく。
そして、ダンの思惑もなんとなく察した。
こうなることは想定していて、メロウを上手く丸め込む気なんだろう。
今から俺が横入りして止めることもできるっちゃできるんだが……。
俺は横に積まれた布の山をちらりと見た。
一昨日と昨日の、アイドル姿のメロウをなんとなく思い出した。
贔屓目なしに見ても、あれは可愛かった。多くの人から人気が出るのも頷けるくらいに。
……。
もし、メロウが納得してあれを着てくれるのなら……。
俺は流れに身を任せることにした。
「今のメロウちゃんは十年くらい若返っている。そして、この薬は眠ったら次の日には効き目が切れる。……ねえメロウちゃん。正直さ、『衣装を着た姿を僕やレイに見られても、どうせ明日には別の見た目になってるし』ってならないかい?」
「……」
あ、少しずつ揺れ動いてる。
恐らく、ダンは予めメロウを丸め込む方法を考えてきたのだろう。
「そしてね、親友の僕から言わせてもらうと、レイはこれとか好きなはずさ。いい男の皮を被っていても、結局はレイも男であり変態さ。あられもない姿の女の子に反応しない訳がない。」
「おい、俺を巻き込むな。」
「……そ、そうなんですか?レイブンさん?」
少し頬を赤らめ、長い袖で顔を覆いながら上目遣いで尋ねられた。
そのつぶらな瞳には、人に真実の白状を強要させる魔力があるらしい。
「……否定はしない。」
「僕も次の作品への創作意欲が上がるんだよ!どうか恋人の友達を助けると思って!」
手を合わせて頭を下げるダンケル。
幼女に向かって懇願する親友の図は、見ていて中々に痛々しかった。
「……」
こくりと小さく首を縦に振った。
ダンケルの力により、あっさり懐柔されてしまったメロウ。やっぱり押しに弱いよな。
「よっしゃああああああああああああああ!!!メロリちゃん最高うううううううううう!!!」
まるで世界を征服したかのように歓喜に浸るダンケル。
……ダン、俺といたあの頃にこんなに喜んだこと、あったか?
そして、観客二人のコスプレ会が始まった。
別の部屋でメロウが着替え、ダンケルが要望するポーズや動作をしてから次の衣服へと移ることの繰り返し。
正直なところ、俺も楽しかった。
途中、メロウの羞恥心が爆発しそうになったが、それはそれで可愛いということでダンケルと同意。
俺も変態への道をしっかり歩みつつあるようだ。
「……にゃあ」
猫耳のカチューシャをつけ、手首を丸めて甘えるような声。
小動物的な可愛さが満面に現れている。
思わず甘やかしたくなりそうだという、ダンケルの変態チックな思考回路が理解できてしまった。
「わ、私の魔法で元気になあれ……だめ恥ずかしいです……!」
魔法使いらしさ満点の、フリルのついたピンクの衣装。
なんでも、『大きなお友達が好きな代物』とかダンが言っていた。
俺にはその言葉の意味がよくわからない。
その次には、メイドのような白黒のロングスカート。
現在のメロウの幼い姿と、やや大人びた雰囲気が合わさった。
「おかえりなさいませ、ご主人様……で、いいんですか?」
「僕がご主人様です。だからメロリちゃんをこのまま持ち帰りぐはあああ!」
「何がご主人様だ。メロウは仲間だろうが。」
鼻血を流しながらも、ダンケルはなぜか幸せそうに親指を立てた。
……流石にこれは引くだろ。メロウは心配して駆け寄っていたが。
他にも色々試着してくれたが、その度にダンケルが興奮していた。
どうして、コイツはメロウたちのアイドルライブで姿を現さなかったのだろうか。
それとも、俺が見つけられなかっただけか?
☆
こうしてメロリファッションショー(ダンケル命名・最低すぎるネーミング)は幕を閉じた。
全部の衣装を身に纏ったメロウの姿を堪能したダンケルは、嵐のように通りすぎ、自分家へと消えていった。
「うおおおおお!次の小説はロリハーレム学園物だあああああああ!!」
ダンケルがいなくなり、室内は静まり返った。もう外は暗い。
あとは入浴、食事をしたら適当に時間を潰して寝るだけ。
......この姿のメロウを見られるのは今日だけだと思うと少し寂しい気もする。
「あの、レイブンさん。」
くいと袖を引かれた。
振り返ると、いつものパジャマとタオルを胸に抱えるメロウの姿が。
「どうした?いつも通り、先に入るんじゃないのか?」
「それがですね......」
少しうつむきながら、ほんのり顔を赤くする。
少しして覚悟を決めたらしく、俺の方をはっきりと見た。
「今の私は背が低いし力もないので、シャワーやシャンプーの扱いが難しいと思うんです。」
「確かに。」
「だから、レイブンさん......今日は一緒に入ってくれませんか!?」
「は!?」
選択を間違えれば即衛兵に逮捕される、絶望へと続くステージが幕を開けた。
なあダン、教えてくれ。
俺はどうすればいいんだ?
いや、リア充がどうとかじゃなくて本気で困ってるんだが、ダン。




