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35話 少女の反抗の話

「レイブンさん?」


「……。」


 首を横に傾けて俺の前に立つメロウ。

 もはや固まることしかできない俺。


 アイドル騒動がひと段落し、一夜明けた後のメロウ家にて。

 俺は別の修羅場を迎えていた。


 ☆


 朝、俺は新聞を眺めていた。

 相変わらず俺を悪役に仕立て上げる記事内容。もはや見飽きたレベルだ。


 といっても、全ての新聞が俺の敵という訳でもない。


 一番知名度が高く発行部数の多い組織の記事が俺のアンチというやつらしい。

 そのせいで、基本的に俺は何をしても犯罪者にされる。


『様子を確認する限り、自らの手で魔物を会場に用意し、被害者の目の前で退治する自作自演を見せつけることで印象操作を企てたと考えられる。』


 こじつけが酷いな。

 事実というものが何なのか疑いたくなる。


 人は自らの望む真実を知りたがるとはよく言ったものだ。


 ……とまあ、社会に嫌われた男の皮肉はこれくらいにしよう。


 いざとなったら、ベクターのおっさんが助けてくれるらしい。あの人、なんだかんだで人気者だからなあ。

 だが、俺はこの事実をどうこう言う気はないし、真実を証明したいということもない。


 ブレイン・グルジオという人間として俺が生活を続ける限り、レイブンが冤罪を被ったとしても問題ない。


「レイブンさ~ん、読み終わりました?」


 隣で料理本を読んでいたメロウが、ぐいっと顔を寄せてきた。

 女の子特有の甘い香りがして、なんというか、反応しそうになる。


 こうしてもう一度見ると、やはり可愛いなと実感するものだ。一時的なものとはいえ、アイドルとして立派に成功したことも納得できる。


「もう少しだ。この後メロウが読むのか?」


「いえ燃やします。」


「そうか燃やすのか。だったら俺は早く読んで……ん?」


 新聞に目を向けたままなんとなく会話していたが、看過できない一言が耳に入った。

 覗き込むようにしてメロウの顔を見ると、おおよそ本心には見えないどす黒い笑顔だった。


 左拳を強く握り、新聞の下の角を握りつぶしている。


「……メロウ?今『燃やす』って言ったか?」


「はい、そう言いましたよ?」


 にこやかな笑顔をしているように見えるが、全くといっていいほど目が笑っていない。

 ある程度一緒にいたからわかる。これは心の奥底にかなり怒りが貯まっているパターンだ。


「いやあ……情報の取捨選択は大事だと聞かされてきたんですよ、私。でも、そんな問題じゃないですよね、これは……もう燃やして絶版処分するしか」


 右手に魔力が宿り始め、少しずつ熱を帯びている。

 今にも焼却せんという圧力をひしひしと感じるが、まだ燃やされるわけにはいかない。

 なにせ、俺が毎回楽しみにしている『今日のラッキーウェポン』のコーナーがあああああああああ!


「うふふ。」


 俺の目の前で轟々と燃えていく紙束の横で、先ほどまでとは打って変わった清々しい表情で少女が微笑む。


 嗚呼……今日のラッキーウェポン、何だったのかな。

 少なくとも剣ではないか。




「ではレイブンさん、そろそろ行きましょうか!」


 捏造された文章が跡形もなく燃え尽きた後で、メロウがいそいそと外出の支度を始めた。

 ん?そろそろ行くって、どこへだ?


「……何のことだ?」


「……もしかして、約束忘れちゃってます?」


 約束?

 記憶にない俺は、首を傾げる他なかった。


「昨日約束したはずなんですけどね……『明日元の姿でデートしてください』って」


 昨日、昨日昨日……あ。

 思い出した。


 そういえば、ドレッドアーケア仕留めた後に待機部屋でそんな話をしたような……。

 でも、それは覚えていなくても仕方なくないか?その後にライネスが呪われて大変なことになったわけで。


 だが、目の前のお姫様は納得がいかないらしい。

 頬を膨らませて眉をしかめている。正直全く怖くはない。可愛い。


「やっぱりそうですか……私よりアシュミーさんの方がいいですか……許せない」


「お、おい……忘れてたことは謝る。だから機嫌を直してくれ———」


 メロウは不機嫌なまま、衣服の懐に手を伸ばした。

 少しして、何かを取り出した。


 三角の硝子容器の中には、見るからに怪しい緑色の液体。

 ウォルターが持っていそうな品だが、どうしてメロウが……。


「これ、ダンケルさんに貰ったんですよ。料理手伝ってくれたお礼にって。」


「つまり、それはダンの発明品か。……また夢心地な代物な気がするが」


 ニヤリと悪だくみをするメロウ。

 目的はさっぱりわからないが、何か策があるらしい。


「……最近、レイブンさんは全然私に構ってくれませんでした。アイドルの仕事だからとスイランさんやアシュミーさんに付き添い、何を企んでいたのかわかりませんがイルミナさんをお姫様抱っこして……!」


 少しずつ顔が赤くなり、若干涙目になっている。

 要は、やきもちというやつだろうか。


「こんな時のために、ダンケルさんがこれをくれたんです!『レイが浮気したら、これを使うといいよ!絶対にメロウちゃんを放置できなくなるから!』と」


「まあダンケルとの経緯はわかった。……それ、飲まないよな?ダンケルの発明品はイタズラに使うようなものばかりだし、内容をちゃんと説明されていない薬なんて、な?」


「……」


 ジト目でこちらを睨みつけてくる。

 そして、そのフラスコの口を少しずつ彼女の柔らかい唇へと寄せて行った。


「ちょっと思いとどまらないか?」


「……どんな方法であれ、レイブンさんが私に構ってくれるのなら……!」


 勢いそのままにぐいと容器を斜めに傾けて、一滴残らず飲み干してしまった。


「んくう!思ったより甘いですね」


 予想外の味に、舌なめずりをする。

 さて、これから何が起きるのか……。


「んんっ!?」


 急にメロウが胸を押さえて苦しみ始めた。

 何事かと駆け寄り、倒れこみそうになる彼女を支えた。


「か、身体が熱い……!」


「おい、大丈夫か!?」


 確かに、身体全体に熱を感じる。

 額に汗をかき、はあはあと息を漏らして苦しそうにしている。


「あ、レイブンさん……なんか、不思議な感覚です……」


 彼女の四肢、体幹、頭からぷしゅーと煙が発生した。

 もう熱で限界が近づいてきているんじゃ……。


 俺は急いでフリードで冷却の準備を始めた。

 手遅れになりかねない。ダンケルの野郎、何を考えて———


 だが、煙はすぐに消滅し、彼女の身体に目に見えて異変が生じ始める。

 そして、異変が収まったその時には、


「……レイブンさん?」


 袖がくたくたに折れ曲がり、ぶかぶかの洋服。

 あどけなさに溢れ、庇護欲をそそる声色。

 元々小さかった顔はさらに小さく、丸みを帯びている。


「……」


 簡潔にまとめると、メロウが幼女になった。




「容器の注意書きによると、今日一日はこのままらしいです」


「よし、アイツは一回殺そう」


 ぶかぶかの服のまま、推定八歳くらいの身体になったメロウがちょこんと俺の隣に座っている。

 腕を動かしたり、小さくなった顔をぺたぺたと触って感触を確かめていた。


「今の私に合うサイズの服……ないんですよね」


 そりゃそうだ。

 むしろ、子供服なんてあったら『なんでここにそんなものが』事件だろ。


「……メロウ。今日、どうするんだ?この身体じゃ、ダンジョンどころじゃないだろ。」


「レイブンさんが常に私を守りながら戦ってくれるなら、できないことも———」


「俺の力を過信しすぎだ。……それに、優しさの塊みたいなメロウは、罪悪感が邪魔してそんなことできないよな?」


 メロウは気恥ずかしそうにぺろっと舌を出した。

 その見た目でいたずらっ子のような仕草をされると、心にぐさりと突き刺さるものがある。


「仕方ありませんね。……でも、この身体だからこそできることもあるんですよ!」


 俺の方を見て、平らな胸をぴんと張った。


「とりあえず、ご飯にしましょう!よいしょ」


 食事を作るべく、メロウが立ち上がった。

 そしてキッチンへ向かおうと一歩目を踏み出した時、彼女の服の隙間から何か落ちた。


「ん?何か落としたぞ……」


 俺はメロウの落としたそれを、そっと拾い上げた。

 白い布で、ほんのり温かくて、左右に二つの膨らみがあり……。


 あ、下着だ。要はメロウのブラジャー。

 小さくなったせいでサイズが合わなくなって、ずり落ちたといったところか。


「……」


「~~~!!!???」


 こちらを振り返っていたメロウは、下着を掴んでいる俺の方を見て顔を真っ赤にしている。

 目に見えて動揺し、震える手でその白い布を指さしている。


 俺は無言でそれを手渡した。

 彼女はそれを受け取り、そっと自分のポケットにしまい込んだ。


 そして壊れた人形のようにぎこちない足取りで、奥の部屋へと消えていく。

 俺はただその様子を眺めていた。



 ……思ったよりあったな。

 リオンとかフィリアナさんとか、周りの女性がビッグすぎるだけで、そこまで気にする必要はない気がする。俺はむしろ普段のメロウくらいの方が……これ以上の妄想は本気で嫌われかねないからパス。




「さて、やりますよー!」


「あっ、ナイフも野菜も大きくて……きゃっ!?」


「んぐぐ……鍋が重い……」


「今日は俺がやる。作り方を教えてくれ。」


 流石にこれを任せる訳にはいかない。

 当然っちゃ当然だが、今のメロウは魔力こそどうなっているかわからないものの、筋力は確実に八歳の幼女相当のものしかない。


 その筋力のまま、普段通り料理をしようとしたら、何が起きるかわからない。


 つまり、俺がするしかない。


「えへへ、じゃあお願いします。」


 俺の後ろで、無邪気に笑った。

 ああ、何というか、癒される。

 俺はロリコンでもなんでもないが、確かに小さい女の子がこうして笑顔になっている様はいいな。


 それでは、メロウのアドバイスを元に俺が料理をしていこう。

 こう見えても、小手先の器用さにはそこそこ自信がある。


「まずはこの肉をいい感じに切ってください。」


「次は水をこんな感じで———。」


「スパイスをぱぱぱっと振りかけて———。」


 ……。


 なんとか完成した。

 まさか、メロウがここまで感覚重視の料理をしているとは思わなかった。


 若干味が違うような気もしたが、まあうまかった。

 メロウの方は『辛いです……』と少し苦戦していた。舌も幼くなっていることを想定できなかったらしい。


 あとついでに、彼女の要求により俺がスプーンを持ってメロウに食べさせることにもなった。

 ニコニコ笑顔で料理を俺の手から頬張る姿はとても微笑ましいが、元が十七歳の少女ということを加味するとかなりキツイ光景だが……。


「この身体じゃないと、レイブンさんは私にご飯を食べさせてくれたりしませんからね」


 ダンケルのクソ薬による結果とはいえ、『俺は絶対にメロウから目を離せない』という状況をしっかり利用された。


 しっかりしてるよ、ホント。




「ずっとメロウに任せるのも悪いし、これからもたまに俺が飯を作ろうか」


「うふふ。また私にあーんしてくれますか?」


「恥ずかしさに耐えられないだろ、お互い。」


 慣れてきたのか、無邪気に小さくなった身体を楽しんでいる。

 俺は同年代の仲間と過ごすことが多くて、こんな風に小さな子供を相手にすることはなかったから、ある意味新鮮だ。……まあこの子の中身はいつものメロウなんだが。


「んん~~っ、少し眠たくなってきました……」


 ぐぐっと背伸びをし、こちらも眠気を誘われるような可愛らしい欠伸をした。

 どうやら睡眠の時間らしい。


「少し眠るといい。そのデートとやらは、元に戻ってからでいいだろ。」


「ふああ……そうですね。」


 可愛らしく欠伸をしてから、メロウは俺の座っているソファーによじ登る。

 そしてばたりと倒れるように、俺の太腿にその柔らかい頭を乗せて、


「......メロウ?」


「まあまあ、今日くらいいいじゃないですか......すうすう」


「お、おい!何もここじゃなくても......まあいいか」


 汚れを知らないかのようにサラサラと波打っている髪を、そっとすくった。


 よい子は昼寝の時間。

 俺はメロウを起こさないように注意して、テーブルの上の本を手に取った。


 純真無垢なその寝顔を見ていると、思わずつつきたくなる。


 ......ほっぺた柔らかいな。

 あまり触っていると目覚めるかもしれないが、この誘惑には抗いがたい。


 ある程度堪能させてもらったから、そろそろゆっくり寝させてあげよう。

 俺はのんびり読書。


 さて、ダンケルの『夢喰いの怪物』の続きを.....。


 ダンケル?


 ダンケル.....。


 俺は目の前にあるファンタジー小説と、膝の上ですやすやと眠る女の子を交互に見た。

 そして、床に転がっている空っぽの硝子容器を確認。


 状況を冷静に見つめ直した俺には、ふつふつと怒りが沸き上がってくる。


 ちょうどメロウは寝ているし、今の間にあの野郎をぶん殴って元に戻す方法を吐かせて───


「......こんなに安心して眠っているメロウを、一人残す訳にはいかないか」


 立ち上がるのは諦め、通信機を取り出した。

 もちろん、その通話先は。


『はい』


「ダンケル、よくもやってくれたな」


『え?え?どういうこと?』


「メロウが小さくなった。お前が渡した薬を飲んだせいでな。......お前、具体的な効果を説明しなかったそうじゃねえか?」


『あははは、メロウちゃんあれ飲んじゃったかー!』


 通信機越しに、ゲラゲラと笑う声が聞こえてくる。

 こっちの苦労も知らずに......左拳に力が籠る。


『でもさー、その結果はレイにも責任があるんだぜ?』


「は?」


『僕は『レイが浮気したらこれを使うといいよ』って伝えたんだ。つまり、メロウちゃんが飲んだってことは......心当たり、あるんじゃない?』


「......」


 まあ、なくはないんだが。

 メロウがそこまで思い詰める程だったとは......。


『昨日はなんか色々あったらしいけどさ、リオンが笑いながら言ってたよ?やれ二重人格はカッコつけて登場したとか、天の邪鬼女を(たぶら)かしたとか、銀髪娘を抱いて飛び回ったとか。』


「......」


 少しずつ胸に何かが突き刺さる。

 俺の行動がそう捉えられてもおかしくない内容である以上、何も言い返せない。


『自分にとって大切な人が、他の女の子にも色目使っていたら面白くないのは当然さ。それにメロウちゃんは友好関係の広い子ではないみたいだし、例の疫病で両親をなくしてる。つまり、レイは彼女にとって心の拠り所。身体が小さくなって我が儘が言える今くらい、たまには甘えさせてあげるのがいいと僕は思うけどなあ。』


「なんか釈然としねえが、お前の言うとおりだ。世界に嫌われた魔王だとしても、俺を街に引っ張りだしてくれた女の子の笑顔くらい、守ってやらねえとな。」


『ま、そういうこと。

 ......ところで、そのメロリちゃんは今どこにいるの?』


「誰がメロリだ馬鹿野郎。......メロウは、今俺の膝の上でお昼寝だ。」


『あー聞こえない聞こえない。』


「ならもう一回言ってやる。メロウは───」


『そういう意味じゃない、察しろよ鈍感主人公』


 急に態度がそっけなくなった。

 メロウの昼寝が気に入らないのか?アイツ。


『はぁ~リア充は滅びればいいのに。......薬の効能とか副作用を記録しないといけないし、僕もメロリちゃんとお話したいから、後でそっち向かうわ』


「場所、わかるか?」


『前にリオンたちと飲み会した時、酔い潰れたレイを家まで送り届けたのは誰だっけ?』


「なら問題ないか。」


『それじゃ、また後で。

 ......メロリちゃん泣かせたら、レイの身の安全は保障しないよ』


 それを最後に通話は終了した。

 誰だよメロリって。アイツの思考回路完全に変態じゃねえか。


「.....レイブンさん......ずっと、わたしの、傍に......」


「......当然。」


 魔王と呼ばれる男に守られて、安心して眠る幼女の頭をそっとなでてやる。

 そして、挟まっている栞をめくって本を開いた。






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