34話 騒動を終わらせる話
「おっと。」
とある休日の夕方頃、ここはタグナスの辺境。光すら届かない闇の世界。
とある森林の内部、暗い堅牢な建造物内にて、ある男が魔力の途絶えを確認した。
「グギャアアアアアア」
「クアオオオオン」
周りにはさながら監獄のように鉄格子が張り巡らされ、乱雑に置かれた魔物たちが昼夜問わず暴れてガシャリガシャリと檻が揺れる。
人を一撃で食い殺すであろう化け物が鉄格子一つ挟んだ向こう側で牙を向き出しにしているにもかかわらず、その男は外から流れてくる魔力の感知に精神を集中していた。
(途中からあれのマナの流れが乱れ、ついに途絶えた…。彼の奥底に眠る復讐は一度目覚めたが、誰かに止められてしまったか。…次は、暴走した負の感情が死ぬまで揺らがなくなるほど、強力なマナを込めたものが必要ですね)
彼は魔力経路を辿って流れてきた結果を考察し、デスクの上の紙にメモを残した。次なる実験への糧として。
自らの研究のためならば魔物であろうと人であろうと餓死するまで実験に利用し、生物実験の失敗作として出来上がった怪物を暗殺用、護身用などの目的で顧客に売却する魔獣商として生計を立てる外道魔術研究者。名をジェイロス・タブランといった。
(憎しみを増大させるマナ…更に密度を濃く、呪いを織り交ぜて使用すれば、喧嘩を知らない穏やかな青年を、この世の全てを破壊するまで止まらない獣へと変貌させることも不可能じゃない。そんな代物をもし件の『転生魔王』が装備したとしたら?ふふ、智への渇望は留まることを知らない…!)
これから見ることになるであろう新しい景色を次々に妄想し、ジェイロスは一人ほくそ笑む。
(…ですが、限界までその能力を高めた改造魔力を込めた呪具は、魔法を日常で行使しない人間ですらマナを察知してしまう。果たして、生物の本能が拒絶するレベルの呪いを装備してくれる実験台が現れるかどうか…ん?)
直面する課題の解決策を一人模索していると、突然デスクの上に置いたままの通信機がピピピと鳴り始める。
ジェイロスは片手を伸ばしてそれを手に取り、発信相手を確認してから応答した。
「はい、ジェイロス・タブランです。」
『お久しぶりです。…いきなりですが、また呪具を売っていただきたい。それも強力なやつを』
「…ほう。強力というのは、具体的にどれくらいですかな?」
『以前に竜に装着させるために購入した例の呪具、ありましたよね?
…僕はあれを超える強力なものが欲しいのですよ。それこそ、国軍の一般兵がかの転生魔王に打ち勝てるようになる強烈な呪いが!!』
「! …現在製作しているものが、一つあります。人が人でなくなるほどの呪い、本当に求めますか?」
『ええ。僕には力がいるんですよ…愚かにも王を疑い、我らに刃を向ける民衆を、有無を言わせず従わせる力が。僕の部隊の人間を実験台にしてもいい、絶対に完成させて譲っていただきたい』
渡りに船とばかりに来た誘いに、ジェイロスは興奮が収まらない。
すぐにその依頼を承諾した。
「お任せ下さい。この私に不可能などありはしません。至高の研究成果をお届けいたしましょう———ワーグナー・ギルト様。」
『…期待しています』
それを機に通話は終了し、通信機からは何も音が出なくなった。
ジェイロスはその機械をデスクの端に投げるように乱雑に置いて、次なる目的を進めるべくペンを走らせた。
☆
二度の戦闘で激しく損傷し、殺伐とした空気が広がるライブ会場のステージ。
俺たちは過去の怒りで暴走を始めたライネスを、アシュミーたちの力を借りてなんとか鎮めることに成功した。
「助かる、メロウ」
「いえいえ」
んぐー、生き返った。
メロウの回復魔法が身に染みる。
あのドレッドアーケアはともかく、ライネスの攻撃はかなり効いた。恐らくタンク系統の戦闘スタイルのライネスを、あそこまで暴力的に変えてしまう水晶…考えただけでもおぞましい代物だ。少なくとも二流の魔術師程度にはできない———能力の面でも、狂気においても。
「あーボクもボクもー」
横からスイランがメロウの袖を引っ張り、癒しを求めている。
既にウォルターの発明品は時間切れで男に戻っているのだが、どうしても俗に言う百合のような景色に見えてしまう。
これはこれで眼福なのかもしれな…
「ん?」
俺の通信機が反応した。
誰かからの着信らしい。俺とルーン交換した人間で、ここにいない人物と考えると…ダンケルっぽいな。
ライブに来ていないから恨み言でも言いに来たのだろうか。
「悪い。着信が来たから出てくる」
「はい!」
「おっ、浮気かなー?」
うるせえスイラン。
俺は裏の舞台袖に移動し、ポケットから通信機を取り出した。
「はい」
『私だ。…応答できるということは、ひとまず落ち着いているようだな』
相手はベクターのおっさんだった。
正直予想外だったが…ちょうどいい、昨日の恨みを———
『何をしたのかわからないが、お前さん、大変なことになっているぞ』
真面目な声色で、そう告げられた。
どうやら本気らしい。
「どういうことだ?」
『あのライブ会場にて、突然魔物が発生したそうじゃないか。私はその場にいなかったが、壁や床を破壊しながら暴れていたと』
「ああ。…どこでその情報を仕入れた?」
『その時の様子、使い魔を通じてとある広報社が見ていたらしい。———お前さん、魔王の姿で登場したそうじゃないか』
…そういえば、戦いの後に使い魔を一匹握り潰した。
なんとなく予想はしていたが、あれは新聞野郎の回し者か。
「それで、大変なことってのはなんだ?急に連絡してくれる辺り、かなりの緊急事態か?」
『速報がもう街にばらまかれた。相変わらず出鱈目な憶測の記事だが、今回は特にタチが悪い。…その内容が、———』
「…マジかよ」
『私も納得はいかん。だが、記事にインパクトを持たせて売上を上昇させたい奴らからしたら、この報道を撤回はしないだろう。』
ベクターのやや怒気の混ざった声が機械越しに聞こえてくる。
最近はあまり新聞を読まなかったが、相変わらずということか。売上のために情報を誇張し、捏造するのは変わらない。
『お前さんが本気で怒るのならば、私も力を貸そう。あの広報社は特に悪意を持った記事が過ぎる。一度、粛清せねばならぬと思っていた。』
おっさんも、何かしら被害にあった身なのだろうか。
元は衛兵隊の隊長で人当りもいい人物。…粗探し大好きなアイツらからすれば絶好の的か。
「悪いなおっさん、今は別件がある。次また何かしでかしたら、その時に俺たちで潰そうぜ。」
『…お前さんも相変わらずだな。どこのどいつが『転生魔王』なんて二つ名をつけたんだか。』
気の抜けたようなため息を漏らし、少し落ち着いた声が聞こえた。
腹が立つことは否定しないが、今更何かしたところでレイブン・グルジオのイメージは変わりやしない。
「じゃ、またな。」
『ああ。』
この挨拶を最後に通話を終え、俺は表舞台へと戻った。
だが、そこにメロウや眠っていたアシュミーの姿はなかった。
「どうも」
「…」
今回の黒幕だった兄と妹が二人、俺を待っていたらしい。
「メロウたちはどうした?」
「お二人には、アシュミーを控室まで連れて行ってもらいました。」
神妙な面持ち。
そこに、これまでのように俺を恐れる様子は見えなかった。
「えっと…その、お礼が言いたくて…。」
口ごもりながらも、ライネスの後ろから出てきたイルミナが、そう言った。
「お礼?」
今日の二回の戦闘のことか。
あのドレッドアーケアは弱く調教されていたし、ライネスの暴走は半分俺のせいだから何ともいえないが…まあ黙っておこう。
「魔物との戦闘も、僕と戦った時も、貴方は『誰も傷つかないこと』を優先した。昔の復讐なんてちっぽけな目的のために、家族さえ攻撃しようとした僕とは、次元の違う強さだったんですよ。」
完全敗北を喫したかのような表情のまま、ライネスは少し顔を下に向けた。
「わたしを見殺しにして兄さんを止めることもできたのに、貴方はそうしなかった。レイブンさんは、誰も死なせないためにわたしを抱えて逃げ、兄さんを呪いから助けてくれた…。」
「俺だけじゃない。メロウと、スイランと、リオンと…そしてアシュミーの協力のお陰だ。彼女たちに感謝しな。特にライネス、必死に呼びかけてお前を連れ戻してくれたアシュミーに。」
「はい。…それでも、こうして僕たちを救ってくれた貴方に感謝と、そしてお詫びをしたかったんです。
僕はこれから出頭しますから」
「!?」
隣のイルミナが目を見開いた。
どうやら彼女は知らなかったらしい。
「いずれ、全てが発覚します。その時、イルミナやアシュミーにまで白い目が向けられてはいけない。だから、先に僕の単独犯として世間に公表するんですよ。そうすれば、二人はこの事件とは無関係の、いわば悲劇のヒロイン。…僕は牢で全てを償い、また二人の元へ戻ります。レイブンさんのお陰で、僕は殺人の罪に問われないようですし。はは」
穴だらけの広いホール内に、渇いた笑いが響いた。
イルミナは目に涙を浮かべ、慌てて兄の肩を揺する。
「兄さん!?やめてよ、わたしは兄さんがいないと———」
ライネスは、黙って首を横に振る。
溢れてくる悲しみに、イルミナの表情が歪んだ。
「これは僕のやったこと。後始末は自分でつけないといけない、それが大人の流儀だ」
ああ、この二人はあのことを知らないのか。
といっても、俺もおっさんから聞いて初めて知ったことだし、外部と繋がっていない人間は知る訳ない、か。
「…いいことを教えてやる。
今、新聞社の速報が街に出回っている。———『レイブンが黒幕』と書かれた記事がな」
「え———」
「な———」
突然の事実に、二人が硬直した。
そう、おっさんから通話で聞かされたのはその話だ。
・謎の魔物召喚事件
・現場に俺がいた
使い魔から得たこの二つの事象だけで、記者共は俺が犯人だという記事を書いた。
魔物と俺が写った写像もあるらしい。
「そんなのは駄目だ!!すぐに否定しに———」
「無駄だ。あの新聞社は自らの発表を後から撤回などしない。お前が自白したところで、『君が犯人なはずがない』と笑われて終わりだ」
「そ、そんな———」
ライネスは八方ふさがりとばかりに歯ぎしりをし、苦悶の表情を浮かべる。
俺の罪を否定してくれるのはありがたいが、あれを屈服させるには俺自ら根城に乗り込んで皆殺しにするくらいの意気が必要だろう。
「だからライネス。この一件は俺が犯人として片が付く。そして俺は身を隠すから、事件の全貌は迷宮入りして風化。いつものパターンだ」
何度これを繰り返したかわからない。一回目こそ憤慨したものだが、もはや今となってはどうでもいい。
俺がもし衛兵にあっさり捕まって裁判にかけられようものなら、過去の冤罪が掘り返され、少なくとも半分はそのまま有罪となって即死刑だろう。
「どうして、どうしてそんなに平気でいられるの?何もしていないのに…多くの罪を被せられて…。」
イルミナが掠れた声で俺に尋ねる。
二人からしたら、ここまでひねくれた俺の在り方なんて理解できないかもしれない。
そんなものだ。もはや街で暮らせなくなり、社会という団体から孤立してしまったら、罪なんてものはどうでもよくなる。
もう関わらないであろう連中に、負い目など感じはしない。
どうせ一生償わない冤罪なら、被ったところで何とも思わない。
———そして俺には、レイブン・グルジオがどれだけ惨めな思いをしようと、問題ない理由がある。
「お前らが俺の立場になれば、わかるかもしれない。ただ強いだけで役に立たない人間の立場というものを実感すれば、な。」
「「…」」
寂しそうな、申し訳なさそうな顔をする二人を同時に見比べた。
この二人の行いは許される行為ではない。
結果として、ライブホールを破壊して観客たちを混乱させた。
被害額は馬鹿にならないだろうし、怪我人も恐らくいるだろう。
だが、妹と大切な友達を思う気持ちは本物であり、これは行き過ぎた愛情表現の結果に過ぎない。
イルミナの方も、結局は大切な友達と仲直りしたかっただけ。そこに迷いや曇りはなかった。
ライネスが水晶で狂気に満ちたことに関しては、あの魔獣商が渡した呪具のせい。
恐らく、何かの目的で騙されて装備させられたのだろう。ライネスはむしろ被害者だ。
…はあ。
睦まじい友愛が生んだ負の遺産は、俺が請け負ってやろう。
でも、ライネスとイルミナは多分納得しない。だから。
「ライネス。」
「…はい」
「一発殴らせろ。」
「はい。
…え?どういうことぐはああっ!?」
渾身の右ストレート。
頬骨に直撃したその拳は、やや痩せ気味の男を軽く吹き飛ばした。
「うぐ、ごほ、がはっ。」
地面へと落ちてきた男は声を漏らしながらステージ上を転がり、数回転してから停止した。
イルミナが慌てて兄の元へ駆け寄る。
鼻血を流し、その整った顔面には大きな青痣ができていた。
魔力の付加などはなかったとはいえ、今出せる全力で殴ったから、かなり効いたはずだ。
———そうでないと困る。
「妹を傷つけた罪、親友を泣かせた罪、メロウたちに手を出した罪。そして、この俺の手を煩わせた罪。...これで手打ちにしてやる。」
パンパンと手を払い、二人を見下すように視線を向ける。
「…ッ!」
少し恨めしそうに、イルミナが俺を睨みつけた。
ライネスは苦しそうにしながらも、何かを悟ったように俺を見た。
「本当、何から何まで完敗です。」
イルミナが付け焼刃の治療魔法をライネスに施し、ある程度顔が原型通りに戻った。
もう話すこともなくなったので終わりにしようかと思っていた時、
「…あの」
イルミナに後ろから呼びかけられた。
様子を見るに、何か疑問があるらしい。
「何だ?」
「あの、どうしてメロウさんやスイランさんと仲良くしていたんですか?普段は身を隠していて、突然ここに来たはずなのに…」
「…」
ライネスが「確かに」という表情をしている。
そこに気づいてしまったか。
「…」
気になって仕方ないらしい。
俺を恐れていないことが裏目に出た。
もういいか。
この二人は信用できそうだし。
「…こういうことさ」
俺は左手を空に向け、右手の人差し指を当てた。
あとはいつも通り。
「「———」」
白い光が収まった瞬間、二人の時が止まった。
まさか転生魔王がすぐ傍にいたなんて、夢にも思わなかっただろう。
それも金髪高身長で少女を二人はべらせている男の姿をして、だ。
「これを手に入れてしまったから、レイブン・グルジオは戦う時しか使わん。だから気兼ねなく罪を被せるといい」
「「…」」
「アシュミーはこのことを知らない。そして、お前らが黒幕だということも知らない。
彼女の幸せを願うなら、黙っていることだ」
二人は無言で頷いた。
☆
「あ、おかえりなさい!」
三人揃って部屋に入ると、メロウが温かく出迎えてくれた。
ブレインとして帰ってきた俺を見て、訝し気になっているが。
「ブレイン!今までどこ行ってたのよ!!」
その後アシュミーが詰め寄り、俺を睨んだ。
ムッとした顔も、近くで見ると可愛らしい。
「変な鳥が現れたり、ライネスがおかしくなったりして大変だったのよ!!そんなあたしのピンチに、レイブン様は颯爽と登場して王子様のように守ってくれて…!
それなのにアンタは出てくることすらなく!後から何事もなかったかのように!」
間近で叫ばれると、キンキンと耳鳴りがしそうだ。
...姿を隠して生きる正義のヒーローというのは、こういう気持ちなんだな。
真実を知っている他のメンバー(ぐうぐう眠っているリオンを除く)が何とも言えない表情をしている。
「悪いな。俺はずっと避難する客の誘導をしていた。」
「ぐ、いや、それも大事だけど!あたしなんかよりずっと強い冒険者なんだか戦ってよ!!」
服を両手で掴まれ、前後に激しく揺さぶられる。
おおお地味に辛いいいい。
これが恩人への仕打ちかアシュミー?
俺はお前を助けるために体張って...言えないけど。
「アシュミーさん?それ以上はダメですよ」
メロウが俺たちの間に割り込み、手を引き剥がしてくれた。
ようやく揺れが収まった...。
「フンだ。...それにしても、レイブン様はどこへ行ってしまったのかしら...。」
ここ。
「また、あたしに強い魔物が襲いかかってきたら、助けてくれるかな」
...ライネス、やめろ。
こっちを見るな。『アシュミーのために、もう一回やります?』みたいな表情やめろ。絶対やらねえ。
「アシュミーのそういう発言、ずっと理解できなかったんだけど、今ならちょっとわかるかも...」
イルミナがわずかに頬を染めた。
メロウとライネスが急激に反応する。
「イルミナ!?まだ兄離れはさせない───」
「兄さんの次くらいには格好いいかも...」
「イルミナああああああ」
自分たちだけの世界にどっぷりと浸かり、抱き合い頬擦りを始める兄妹。
...熱いねえ。
というか、これだけ騒いでも全く起きないリオンは何者なんだ。
まさか、俺たちがライネスを落ち着かせている間もずっと寝てたのか?
こうして、激動の三日間は終わった。
謎のツンデレ少女に決闘を仕掛けられたことから始まり、仲間の女の子たちのライブを経験し、久しぶりに本気の戦闘もした。
元の俺のままなら絶対になかったであろう経験。正直な話、とても楽しかった。
ついでにライネスとアシュミーの連絡先も獲得したから、これからも楽しくなりそうだ。
...これは後から聞いた話だが、全ての元凶であるウォルターの発明品について。
本人曰く、あれは一定以上のマナを内在する生物に使用するとバグが発生し、元の性別に戻れなくなる不良品だったらしい。ダンケルがそう言っていた。
「オレの才能はこんな程度じゃなあああああああああい」と、真っ二つに折って亜空間に投げ捨てたとか。
メロウが男にならなくて本当に良かった。
男の娘メロウとか想像もしたくない。スイランだけで十分だ。




