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33話 狂気の男を救う話

『熟睡』という呪いにより、投稿が遅れたことをお詫びします。

それから、短編を一つ投稿したのでそちらもご一読いただけると幸いです(この作品との関連は全くありません)。

 ライネスが暴走した。


 赤と黒の棘が生えた痛ましいデザインの鎧を身に纏い、中心に禍々しい球体を装着した盾で自らの身を守り、その盾からはおぞましい熱線が飛び出し、地形ごと全てを焼き払う。


 落ち着いた雰囲気だった青い瞳は怒りの炎で赤く燃え上がり、肉体には紅のラインが浮かび上がっている。


「無駄無駄無駄無駄ァ!!いかに魔王の力といえど、この僕には傷一つつけられない!!」


 狂気に支配された目の前の男は、これまで聞いたこともないような高笑いをしながら、俺の剣技を一つずつ盾で受け止める。


 守りに完全に専念する相手というのは厄介で、攻撃を防ぐことしか意識していない以上、攻撃を通すのは難しい。


 …だが、今回に限って言えばそれはむしろ好都合だ。


 俺の勝利条件はライネスを正気に返らせることであり、殺すことじゃない。むしろ殺してはいけない。

 アイツがおかしくなった原因はほぼ間違いなくあの水晶。つまり、あれを破壊すれば終わるはずだ。


 幸いあの水晶は盾の中に埋まっている。だから盾に打撃を与え続ければ、いずれ耐えきれなくなると踏んでいる。


 ヒットアンドアウェイ。熱線を避けながら盾にダメージを与えることに徹する。それだけでいい。


「ああああああうぜえ!チマチマしててうぜえんだよ、おら!!」


 苛立ちに耐えかねたライネスが腰に手を伸ばし、何かを取り出した。

 …あれは召喚獣の入ったクリスタル。中身が何かはわからないが。


 手に取るや否や、床に向かって全力で叩きつけた。


 そのクリスタルは粉々に砕け散り、中から魔物が飛び出した。


「ミノタウロス…、そんな奴まで買っていたのか」


「僕自身は攻撃手段に乏しいので、仲間を呼ぶするのは普通でしょう?」


 狭い箱からようやく自由の身になった牛の怪物は、これまでの退屈を吹き飛ばすかのような雄叫びを上げた。


 ミノタウロスの後ろに隠れたライネスは邪悪な笑みを浮かべて、自分の背丈ほどもある巨大な盾を地面に突き立てた。

 熱線が来る。


「ブモオオオオオオオ!!」


 ミノタウロスが斧を構えたまま突進。それと同時に熱線が押し寄せる。


「うおっ、あぶねえ」


 横にひらりと動いて突進を避け、熱線を右に誘導して身を守る。


「ああ…だりい」


 気だるげに首を傾げてから、ライネスは俺の隣をちらりと流し見た。

 そこには彼と同じ境遇に晒され、ずっと一緒にいたはずの妹がガタガタと震えながら壁にもたれて座り込んでいる。


「…ミノタウロス」


 ライネスが、自分の魔力を召喚獣に送り込んだ。

 その信号を受け取ったミノタウロスは、おもむろに俺から視線を逸らした。


「あ……」


「フシュウウウウウ…」


 鼻息を荒げながら歩いた先には、怯え切って全く動けないイルミナがいた。

 そんな無害な少女に対して、怪物は容赦なく斧を振り上げる。


 ガキンッ!


「うぐぐ…」


 斧とイルミナの身体の間に双剣を滑り込ませて、なんとか受け流す。

 俺たちのすぐ横で、激突音と共に柱に斧が突き刺さった。


「そこだ」


 その隙を狙い撃ちするかのように、ライネスが赤い熱線を撃ち出す。

 イルミナ諸共焼き殺さんとばかりに。


「クソッタレが」


 あれを真っ向から受けるのは危険すぎる。

 かといって、俺だけ避けるとイルミナが危ない。


 俺はイルミナの脇の下に腕を伸ばし、抱えるようにして跳躍した。

 左足のすぐ下を紅蓮の一閃が駆け抜けてゆく。


「とうとう敵味方の区別さえつかなくなったか…!早く決着をつけないと元に戻れなくなるかもしれん…」


「それは心外ですねえ。妹と転生魔王の区別くらいつきますよ」


 左手をこめかみに当てて、煽るように笑った。

 その間にもミノタウロスは襲ってくるから、イルミナを抱えたまま俺は逃げ続けるしかない。


「じゃあなぜミノタウロスにイルミナを狙うよう命令したのか、ですよね?…これまでの様子で確信しましたよ。貴方、本当は他人を見捨てられないお人好しなんでしょう?いつまでお荷物を守りながら戦えますかねえ?」


「ここまで堕ちるとは、お前自身の意志の力ってのはクソ弱かったんだな。大切な妹を荷物呼ばわりとは、紛れもない外道じゃねえか」


「この戦いについてこれない冒険者なんて、荷物以外に何と形容するのです?魔王討伐の材料として、存分に利用してあげますよ!」


「兄さん…元の優しい兄さんに戻ってよ…!」


 ミノタウロスから逃げる俺たちを見て、勝利を確信したかのように不敵に笑うライネス。


 こんな狭い通路で戦うのは無理があるな。

 俺はイルミナを抱えたまま戦線を離脱し、背を向けて逃亡を決めた。


「逃げるのか?それでもお前魔王か?」


 檄を飛ばすかのように後ろから呼びつける声が聞こえたが、聞く耳は持っていない。


「…いけ」


 後ろから地響きを伴うようにして追ってくる。

 ミノタウロスだけだ。ライネスが乗っているというようなことはない。


 ライネスはあれだけ屈強な鎧を装備している以上、素早い動きができるとは思えない。

 その上ミノタウロスを使役して追撃に来ている。これは好都合。


「…どこへ向かうんですか?」


 建物内の通路を失踪する俺に抱きかかえられたまま、イルミナが恐る恐る訪ねてきた。

 俺の身体に絡ませる細腕に少し力が籠っていた。きっと恐怖に必死に耐えているのだろう。


「ステージだ。広い場所に出て、ミノタウロスを仕留めてからライネスを叩く。動きが鈍い上に攻撃手段が熱線しかないのなら、盾ごと水晶を潰して勝てる」


「あ…貴方は兄さんを…」


「俺は暴虐な魔王だ。魔王の恐怖を知らないまま狂気に堕ちてくたばるなど許さない」


「!!」


 目に涙をいっぱいに溜めながらも、その表情が少しだけ明るくなった。

 やはり、女の子に悲しみや絶望の涙なんて似合わない。笑っていた方がずっといい。


 左、右、左ぃ!


 皮肉なことに、ライブ前にライネスと共に避難路を確認したお陰でイベントホールの構造はしっかり覚えている。

 ここを抜ければ観客席。ステージ内なら広い空間を利用してアイツらを迎え撃てる。


 ミノタウロスが俺たちの後方を追ってきているのも確認済み。

 ライネスの魔力は感じない。


 最後の右折。これで広間へと———


「え、レイブン?」


 ステージのすぐ前の観客席付近に俺とイルミナが出てきた時、俺は前方にいるはずのない姿を見た。

 待ち部屋にいるはずの、アイドル三人娘。彼女たちが何かを話ながら、ドレッドアーケアに破壊されたステージを確認していた。


「お前ら、どうしてここに…」


「え、えっと、壊れた部屋を確認して、少しでも修理しようと思いまして…」


「れれれ、レイブン様!?それにイルミナまで…一体何が起きて———」


 アシュミーが何かを言いたそうに慌てふためいたその時、激しい騒音と共に出入口の一つが打ち砕かれ、砂煙と共に人ならざる者の姿が顕現する。


「シュウウ…、モオオオオオオオ!!」


「もう追いついてきやがった!」


 跳躍し、急いでステージ上に飛び乗って三人の近くに降りた。

 そしてイルミナを下ろし、メロウたちの元に預けた。


「説明している時間はない。アレを仕留める、手伝ってくれ」


 イルミナは顔を下に向けたまま、アシュミーの元に近寄った。


「アシュミー。イルミナを任せる…絶対に死なせるな」


「…」


 不安に震えるイルミナと俺の目を交互に見て、アシュミーは深刻な表情でこくりと首を縦に振った。

 三人は冒険者の装備を身に纏い、武器を手に取った。

 洞窟を突き進んだ、あの時を思い出すな。あの時も、ミノタウロスを討伐したよな。


「よくわからないけど、倒せばいいんだね?」


「サポートします!」


 メロウがすぐに強化魔法をかけてくれる。

 そういえば、この感覚も久しぶりだ。


 ミノタウロスがこちらを睨みつけ、斧を振り回して突っ込んでくる。

 一番近くにいた俺が目に入ったらしい。アシュミーとイルミナが無事なら十分。


「モオオオオオオ」


「よっと」


 スイランが姿勢を低くして前に走り、斧の下をくぐって足元を切りつけた。

 レイピアの細い切っ先が丸太のように太い脚を捉え、流れるように厚い皮膚を切り裂く。


「ブモ!?」


 脚を傷つけられてよろめいたところに、俺が登場。

 斧は止まり、頭部は下を向いた。隙だらけのカモだ。


「じゃ、くたばれ」


 上に跳び、重力を利用した斬撃で首を刎ねた。

 メロウの力添えもあって、屈強な肉体を誇るミノタウロスもあっさり両断できた。


 断末魔の叫びが一瞬響いてから、ミノタウロスは消滅した。


「ふぅ。助かった、スイラン」


「ま、いいってことさ。…それより、アイツは何なの?」


「魔王を殺すための道具ですよ。折角購入したのに、返り討ちに遭うとは情けない」


 全員の視線が、入口に立っている男に向いた。

 そこには、怒りに支配された哀れな兄が立っていた。


「えっ…も、もしかして、ライネス…?」


 アシュミーがその目を見開いて、変わり果てたその姿を焼き付ける。


「なぜかメロウさんとスイランさんはあの魔王の味方らしいですが、僕にはこの力がある!さあイルミナ、アシュミー。全てを滅ぼして英雄になろうじゃないか!ハハハハハハハハハハハ」


 さながら本物の魔王のような格好、立ち振る舞いで高笑いを始めた。

 どっちが悪者かわからない。


「兄さん…」


 イルミナは兄の狂気に満ちた姿に怯え、アシュミーの手をずっと握っていた。


「んー。やばいのは想像つくんだけど、どうすればいいの?」


 スイランは俺とライネスを交互に見て、冷や汗混じりに尋ねた。

 戦意はまだ残っているようで一安心。


「アイツがおかしくなった原因は、恐らく盾の中心にくっついている水晶だ。あれ、ぶっ壊すぞ」


「助けてあげましょう!」


 三人で頷き、ライネスに対峙した。

 そんな俺たちの様子が心外だと言わんばかりに、ライネスはため息を吐いた。


「はあ…本当にくだらない。その二人まで手にかけたくはないのですが、魔王に加担した罰です」


 腰に手を伸ばし、先ほどとは別のクリスタルを地面に叩きつけた。

 地面が赤紫に光り、その下から魔物が姿を現す。


「これが最後の一体…隠し玉です」


 人型を模してはいるが、皮も肉も全くついていない骸骨の頭部。

 深緑色のローブを羽織ることで自らの有り様を表現し、骨しか残っていない身を守っている。

 カクカクと機械的に動くその左手には魔導書が握られ、死霊魔術を巧みに操る上位種。


「スケルプリーストか。まためんどくせえ奴を…」


「さっさと本体を叩かないとまずいね」


 アイツの得意技は人魂を自在に操り、敵の魔力や生命力を吸い取る魔術。

 一体だけなら大したことはないが、他の魔物と共謀することが多い上に吸い取った力を仲間に分け与えるため、軍団戦なら真っ先に仕留めるべき魔物だ。

 あの人魂は倒しても無限に湧く以上、本体を物理攻撃で仕留めるしかない。遠距離からの魔法はあのローブで弾かれる。


「やはり知っていましたか。…これで長期戦は僕らに有利。だから、さっさと死ね」


 スケルプリーストが黒い人魂を五つ呼び出し、それと共にライネスの水晶に魔力が蓄積されていく。


「盾から熱線が飛んでくる。跳んで避けろ」


 言い終わるとほぼ同時に、橙色の熱線が一直線にこちらに迫る。


「わっ!」


「きゃっ!?」


 初見ではあったが、二人も左右に回避。

 俺たちのいた場所に黒く焦げたラインが走り、煙が発生する。


「そこだ!」


 ライネスの呼びかけに応じるように、人魂が俺たちに向かってくる。

 これがくっつくとまずい。


 来たところを迎え撃つように剣を振り、両断することで消滅させる。


 俺はそれで対処できるが、メロウとスイランは…。


「問題ないよ」


「私も平気です」


 スイランは俺と同じくレイピアで切り裂くことで回避。

 メロウは…なるほど、浄化の魔法か。あれで近づいてくる人魂を全て昇天させられる。


「今回はメロウがキーだ。守りながら戦うぞ」


 俺たちの勝利条件は、ライネスを狂わせた水晶の破壊。

 俺の剣であの球体を貫くか、メロウの浄化魔法を間近でぶつければよさそうだ。


 どちらにせよ、メロウの魔法が重要になる。


 スケルプリーストはすぐに魔導書を使用し、消滅した人魂を補充する。

 だが、そこには既に俺が接近している。


「お前は邪魔だ」


「それは僕の台詞だ!」


 魔物を斬ろうと振り下ろした刃は、棘だらけの盾に阻まれる。

 危険を察知していたライネスに一瞬で割り込まれ、スケルプリーストに届かない。


「この状態じゃ避けられないだろ!」


 激しく競り合った状態のまま、ライネスが熱線を準備した。


 まずいな。

 俺は一度魔物を諦め、引き下がった。


 そこに熱線が殺到。大きく体勢を崩しながら距離を取った。

 危ない。なんとか躱して———


「レイブンさん!!」


 一体何が———


 一瞬で俺が淡い光に包まれ、周りの人魂を浄化していく。

 さっきの隙を狙っていたのか。魔力を吸われるとまずかった。


「助かった、メロウ」


「人魂はボクとメロウがなんとかするから、レイブンはアイツ仕留めて」


「…任せた」


 そこからはキツイ戦いが続いた。

 俺はライネスの盾と魔物を狙って攻撃するが、素早い防御のせいで全て受け止められる。

 水晶を潰そうにも、位置をずらされて命中せず、二撃目を加える前に相手の迎撃が来る。


 迫りくる人魂はスイランが斬り、メロウが浄化してくれるが、熱線とスケルプリーストの遠距離攻撃を避けながらの攻撃で体力と魔力を消耗していく。


 そして、ある時急にメロウが膝を着いた。


「あっ…!」


 人魂が憑いてはいないが、ぜえぜえと息を切らしていた。俺や彼女自身の浄化をやりすぎてもう魔力の限界が近い。

 これは急がないと劣勢になりかねない。


「ふう。メロウさんの防御が弱まったところで、仕上げにかかりましょう」


 ライネスは突如俺たちから視線を逸らし、離れた場所でじっと止まっていた二人に目を向ける。

 そして、ニヤリと笑って魔物を使役した。五つの人魂が、アシュミーとイルミナの元へゆっくりと動き始める。


「あの二人の魔力を吸い尽くして、僕に与えるのです。最大火力の魔法で、この建物ごと全てを焼き尽くしましょう。」


「そんなことさせないよ———」


「おっと、邪魔はさせません」


 二人を守ろうと動くスイランに対し、ライネスが大きく跳躍して巨大な盾で華奢なスイランの身体を吹き飛ばしそうとした。


「わあああっ!?」


 当たる直前にレイピアで衝撃を受け流し、なんとか地面に着地。

 ライネスが俺たちとアシュミーたちの間に立ちふさがり、邪悪な笑いを浮かべる。


「メロウさんがダウンした以上、あの距離の人魂を倒す術がない。チェックメイトですね」


 ライネスの後ろに移動したスケルプリーストの骸骨が、心なしか笑っているように見えた。それも邪悪に。


「レイブンさっ…ごほっ」


 メロウが口の端から血を垂らした。

 完全に限界を迎えてしまった。これ以上は命に関わる。


「もう魔法を使うな、メロウ。こうなったら、盾を潰す」


「もう魔力もないのに、そんなことがお前にできるとでも?言ったでしょう、チェックメイトだって———」


「…何がチェックメイトよ」


 その瞬間、人魂が全て一定の方向に引き寄せられ、吸い込まれて消滅していく。

 そこには、身の丈ほどもある大きな剣を手に持った少女が立っていた。


「アシュミー…?」


「何してるのよ…このおバカ!」


 空気が変わった。

 スケルプリーストが次々に人魂を召喚するが、対魔力を付与したアシュミーの大剣を前に歯が立たず、全て一様に吸い込まれて姿を消していく。


 立ち上がったアシュミーはイルミナをその場に残し、一歩ずつこちらに歩いてくる。

 その目には怒りのような、悲しみのような、複雑な感情が入り混じっていた。


 焦ったように魔物が炎の弾丸を放つが、対魔力が乗ったアシュミーの剣の前に全て両断されてしまう。

 そして、剣の切っ先がその骨格に届く範囲内まで来た。


「な———そうはいかな」


「背中ががら空きだ」


「くっ」


 アシュミーを止めに入ろうとライネスが後ろを向いた瞬間を狙って、剣を振るう。

 やむを得ず盾で受け止めにきた。


 やっちまえ、アシュミー。


「はあああああああああ!!」


 骸骨を上から真っ二つに切り裂いた。

 左右に分かれた魔物は金切り声を上げ、残った人魂と共に消滅していく。


「アシュミいいいいいいいいい!!」


 怒りを露わにして睨みつけるライネス。

 その姿に物怖じすることなく、アシュミーは彼と対峙する。


「レイブン!早く助けないと———」


 スイランが焦って前に飛び出した。

 俺も慌てて二人の間に割り込んだが、アシュミーは首を横に振り、自ら前に出てきた。


「イルミナから聞いたわ。復讐のためにイルミナをアイドルに引き入れ、自分はマネージャーになることにしたんだってね」


「ああ、そうさ。だから、僕の邪魔をするのなら誰だろうと容赦しない。」


 ライネスが盾の棘をアシュミーに向け、今にも突き刺さんとばかりに構える。

 何を考えているんだアシュミーは!


「…」


「…」


 二人は目の前で停止し、しばらく固まったままだった。

 そこに遅れてイルミナが近づいてくる。

 戦闘が中断され、アシュミーとライネスは会話を始めた。


「ライネス。何に対してそんなに怒っているの?」


「レッド家を滅ぼすためさ。僕が魔王殺しの勇者になれば、その発言権は高まり、あんな三流貴族くらい潰せるだろ」


「そのせいで、イルミナを泣かせる程暴力を振るうの?そんなの最低よ」


「やっと、僕は大切な復讐心を思い出せたんだ。僕の家族を虐げたアイツらを許さない、その一心だけで僕は———ッ!?」


 ライネスの表情が急激に変化した。

 彼の目の前に依然として立っているアシュミー。その目は泣いていた。


「ねえライネス…。どうして、貴方は全部一人で抱え込むの…?貴方に酷いことをした相手に仕返しがしたいのなら、あたしも協力するのに、イルミナと二人で頑張るのに…!」


「そうだよ兄さん。わたしだって頑張るから、もっと頼ってよ…!」


 俺たちはそこに割り込むことはできなかった。

 アシュミーと、ライネスと、イルミナ。その三人しか、その場にいてはいけないように感じた。


「うるさいっ!!だったら、そこをどいて魔王を殺すのを手伝うんだ…!」


「ううん、貴方にはできない。殺すことしか頭にない貴方に、殺さないことを誓うレイブン様は倒せない」


「何が言いたいかわからねえなあああああああああ!!」


 ライネスが熱線を起動した。

 水晶にエネルギーが集結し、橙色に妖しく光る。


「…そこをどけ、アシュミー」


 熱線はいつまでたっても発射されない。

 アシュミーは、それが初めからわかっていたかのように動かない。


「嫌よ。あたしは、貴方に人殺しになって欲しくない。復讐だって、もっと違うやり方があるでしょ?」


「兄さん!」


「何なんだ、何なんだお前らはああああああああ」


 混乱したライネスは、熱線を発射した。

 おぞましい熱が目の前のアシュミーに襲い掛かる。


 だが、


「やっと戻ってきてくれたのね」


 アシュミーは大剣に強力氷魔法を宿し、熱線を冷やすことで防ぎ切った。


 いや、それだけではない。

 アシュミーとイルミナの必死の呼びかけが通じたんだ。少しずつ、ライネスの自我が帰ってきている。


「アシュミー…?僕は復讐を成し遂げ…二人の頑張りを応援…」


「ずっと、あたしたちを助けてきてくれたんだもの。




 次は、あたしが助けてあげる」


 涙ながらにニコリと笑い、氷が付与された剣を目の前の盾に突き立てた。

 ガシャリと音を立てて、赤紫の水晶が割れる。


「ぐ、う、あ、うああああああああああああああああああああああ」


 水晶に貯めこまれていた魔力が吹き出し、光があふれ出す。


 ライネスは盾を手放し、頭を押さえて膝を着いた。

 少しずつ身体に入った赤いラインが消えていき、鎧の棘も引いていく。


 そして、元のライネスに戻った。

 鎧も盾も純白の真っすぐなものになり、荒々しさは微塵も感じさせない。


 目の前に散らばる硝子の破片には、もう魔力の残滓は存在しないようだ。

 …ようやく終わったのか。


「う、ううう…」


 なんとか目を覚ました彼は、ふらつきながらも立ち上がった。


「ライネス!」


「兄さん!!」


 イルミナが一瞬で飛びつき、固く抱きしめた。

 その痛みにライネスが顔を軽く歪める程に、力強い抱擁だった。


「ちょっと痛いぞイルミナ…」


「兄さん…いつもの優しい兄さんだ…うええ…」


 ずっと付きまとっていた不安と恐怖から解放された少女は感涙に咽び、ライネスの衣服が濡れた。


「…アシュミー…様ごはっ!?」


 申し訳なさそうな顔をするライネスに対し、容赦ない平手打ちがアシュミーから放たれた。

 その光景に、俺たちも絶句するほかない。


「誰がアシュミー様よ、バカ」


 そのままアシュミーは横を向いてしまった。

 僅かに顔を赤らめてから、つづけた。


「別にアンタの心配なんてしてないけど、困ったことがあるなら相談しなさいよね!た、助けてあげなくもないん…だから…」


「…ならそうさせてもらうよ、アシュミー?」


 安心したようなライネスの笑顔を見て、アシュミーも表情が緩んだ。


「そう。よかっ…た…」


 気が抜けたようにアシュミーは目を閉じ、ばたりと倒れてしまった。


「アシュミー!?」


 慌てて俺たちが近寄って、様子を確認した。

 もし気絶しているようなら、メロウに俺の魔力を分けて治療を…。


「すう…すぅ…」


 …心配はいらなさそうだ。

 あの安らかな表情なら、すぐに目を覚ますだろう。


「何があったのかは知らないけど、アシュミーやイルミナが君の暴走を必死に止めてくれたんだ。感謝して大切にするんだぞ、ライネス?」


 スイランが悪戯っぽく笑った。


「そうですよ…!一時的ではありますが、レイブンさんと互角に戦えるような力、人を傷つけるために使ったら駄目ですよ。…イルミナさんとアシュミーさんのためにも!!」


 メロウがゆっくりと歩き、子供を叱る母親のようにライネスを指さして指摘する。


 対応の仕方は、三者三様といったところか。

 そもそも、本当に許されざる者はあの魔獣商だ。


「本当に申し訳ない。僕はあの水晶に支配されて皆を傷つけようとしたというのに、本気で止めてくれた貴方たちに惚れてしまいそうですよ」


「…」


 気が付くと、イルミナがライネスにべったりとくっついたまま顔をひょこっと出し、メロウとスイランを細目で見つめている。


「どうした、イルミナ?」


「…別に」


 イルミナは細腕に力を込めて更に密着し、兄妹の絆を見せつけるかのようにこちらを見てきた。


 あ。

 なんとなくではあるが、察してしまった。


「そういえば、コンビ解散後のライネスさんの仕事は、基本的にアシュミーさんに付きっきりだったそうですね…」


「もしかして、イルミナがアシュミーに敵対心を持っていた理由って、仲違いだけが理由じゃなくて…」


「?」


「~♪」


 大切な妹に抱きつかれたまま、ライネスは首を傾げた。


 お前、恋愛小説の主人公の素質があるよ。


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