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30話 陰謀の予兆の話

 昨日のライブはとても楽しかった。

 明日も楽しみにしようと、そう言いながら俺たちは練習を続けた。


 そして瞬く間に時は流れ、日は昇る。


「さーて、今日も頑張ろう!」


「おー!」


「…」


 この光景も二回目だ。

 昨晩もまた、俺はほとんど眠れなかった。


 戦いでも何でもないのに、頭がちゃんと回っていない気がする。


 そんなことはいざ知らず、俺たち三人は昨日と同じイベントホール前でアシュミーを見つけ、彼女に連れられて舞台裏の待機部屋へと向かった。


 部屋の中で四人、自分たちの出番まで時間があったので、のんびり喋っていた。


「今日のライブは、最後に魔法を準備するわよ!観客席へ花を咲かせるの!」


「おおお、それは凄いですね!」


「その魔法、誰がやるの?」


「あたしとライネスで準備しておくわ。だから、ライブ途中で何か起きても驚いちゃ駄目よ?」


「わかりました!」


「了解~」


 アシュミーが何か企画しているらしい。

 観客を楽しませるためにちょっとしたエンターテイメントを企画するというのは、アイドルの才能なのだろうか。


「…ライネスはどこだ?」


 さっきからいない。

 まさか来ていないなんてことはないと思うが…。


「ライネスなら、アンタたちが来る前にどっか行っちゃったわ。イルミナの部屋かしら?」


 二人と話すついでのような感覚で、アシュミーが情報をくれた。

 いつもハラハラしながらアシュミーの傍にいるようなイメージが強いが、アイツの方から離れることもあるんだな。


 俺の裏方としての仕事が何かわからない以上、一度アイツに聞いておきたい。

 昨日と同じだとは思うが、アイドルの世界に慣れていない以上過信は禁物。


「ちょっと探してくる」


「はーい。あたしたちは女の子同士でのんびりしてるから、ライネスもゆっくりしてねって言っといて~」


 不憫だなライネス…。

 生返事とばかりに背を向けたまま左手を上げ、俺は部屋を出た。


 えっと、イルミナの部屋は…これか?

 アシュミーの部屋から三つ右。『イルミナ・レッド』と書いた札がドアの横に貼ってあるから、恐らく間違いないだろう。


 俺はコンコンとノックしてから、ゆっくりとドアを開いた。


「…どちら様?」


「…」


 その部屋の中には、イルミナしかいなかった。

 アシュミーとは違って落ち着いたたたずまいをしている。混じりけのない銀髪は、黒を基調としたパンクな衣装によって更に格好良さを醸し出す。


 アシュミーとは毛色の違うアイドルという訳か。正直二人が元々コンビだったことさえ疑わしく感じてしまう。


「邪魔して悪い。ライネスがどこにいるか知らないか?」


「…兄さんなら、スタッフさんと話し込んでるんじゃない?少なくとも、ここにはいない」


 イルミナは不機嫌そうに荷物を探っている。

 バッグの中は、杖に盾に戦闘を補助する道具に…。


 この子も冒険者か。アイドルと冒険者を両立している人は一定数いるのだろうか。


 だとしたら、ライネスが妹のイルミナのことを大して気にかけず、仕事仲間にすぎないはずのアシュミーのことばかり心配している理由が気になるところだが…。


「わかった。助かる」


 情報を得たところで、俺は部屋の入口から外へ出ようとした。

 すると、なぜかイルミナに呼び止められる。


「ちょっと待ちなさい」


「何だ?」


「昨日アシュミーと一緒にいた二人…貴方の仲間でしょ。冒険者から転向したって聞いたけど、アシュミーより強いの?」


 その質問には、何か意図があるのだろうか。

 まあ、聞かれたことには答えよう。といっても、完全に手の内を晒したりはしないが。


「直接対決をした時にどうなるかは知らんが、メロウは補助魔法、スイランは器用な攻撃に長けている。アシュミーとはいいパーティーになれると思うがな。」


「…そう。ならいいわ」


 あからさまに興味をなくし、イルミナはまた荷物の整理に没頭した。

 もう話すことはないらしい。俺もない。


 部屋を出て、ステージの裏側へと向かった。

 ライネスがいるとしたらここか。


 キョロキョロと顔を動かして姿を探す。


 …いた。

 運営のスタッフと思われる人物二人と、何やら話し込んでいる。


「ライネス」


「ええ、というわけで…あ、ブレインさん」


 俺の呼びかけに気づき、こちらを向いた。

 さっきまで会話していた二人に軽く会釈してから、俺の元に来た。


「どうかしましたか?」


「急に割り込んですまない。今日の俺の役割に変化があるかどうか聞きたかっただけだ」


 するとライネスは、合点がいったように頷いた。


「そうでしたか!それならライブの途中で…」


 話す途中で、何かに気づいたように表情を変え、ぴたりと発言を止めてしまうライネス。

 明らかに不自然な挙動だが、何かまずいことでも起きたか?


「どうした?」


「いや、なんでもないですよ?僕の個人的な都合です。裏方の役割は昨日と同じなので、お客様の安全を優先してください」


 にこやかな笑顔でそう言った。

 よくわからないが、まあ問題ないか。


「了解だ。俺からはそれだけだから、もし話し込んでる内容があったなら再開してくれ」


「いえ、ちょうど終わったところです。アシュミー様たちの元に戻る前に、一度寄るべき場所を思い出したので失礼します」


 一礼して、ライネスはこの場を去った。

 忙しい奴だ。マネージャーというのは大変そうに見える。基本的に自分のケアすら適当な俺には向かない業種だな。


「なんか今日のライネス君、妙じゃなかったか?」


「…確かにそうですね」


 背中から無視できない小話が聞こえてきた。

 さっきライネスと何か話していたスタッフの二人だ。


「ライネスがどうかしたんですか?」


 俺が話しかけると、二人の男性はにこやかに応じてくれた。


「ん?ああ、普段から彼は心配性なんだが、今日は特に案じているなと思ってさ」


「今日のタイムテーブルを何度も打ち合わせするし、非常時の避難経路なんてものも確認させられたよ。嫌な予感がするからってさ」


「そうですか。ありがとうございます」


「何、いいってことよ。それじゃ、オレからも一つ、質問していいか?」


 二人の内、先輩と見受けられる男が口の端をニッと釣り上げて俺の方へ詰め寄った。

 何か悪いことを考えている顔だ。…主に軽い方面で。


「何でしょう?」


「お前が連れている二人の新人…超イケてるな」


「…そう言っていただけると、仲間の俺も光栄です。」


「あれは光る原石だ、オレにはわかる。…そこでだ。あの二人みたいなカワイ子ちゃんを口説く秘技、オレに伝授してくれ」


「…」


 最近俺の元に来る話、こんな質問ばかりだな。

 正直なところ、モテたいと意識してやってきたことなんか何一つない。

 俺の生き様が偶然メロウの憧れと重なり、スイランと意気投合しただけ。


 だから目の前のこの兄ちゃんに教える内容なんてないんだが…適当にごまかそう。


「一度、冒険者をやってみたらどうです?強い男が嫌いって女の子はほとんどいません。件の魔王くらい強くなったら、向こうから寄ってくるんじゃないですか?」


「? …ハハハハハ!そりゃ無理な話だな!今からじゃオレたちは、いい歳になるまでに銅級に届くかどうかも怪しいぜ!」


「それに強けりゃいいってもんでもないよ?例の『転生魔王』が女を連れているなんて話、聞いたことあるかい?ハハハ」


 二人そろって、綺麗に笑い飛ばされた。

 …話を聞いたことがなくとも、ここにその実例があるんだが。


 ずっと笑いっぱなしの二人を放置して、俺はメロウたちの元へと足を動かした。




 部屋に戻ると、まだライネスはいなかった。


 中では、女性三人が『恋バナ』とやらを楽しんでいた。

 メロウとスイラン、うっかり俺の実名なんかを口に出していないだろうな…?


 流石に混ざる訳にもいかないので、俺は部屋の隅で読書することにした。


「ブレインさん、わざわざ一人にならなくても、私たちと何か話でも———」


「いや、女同士でしか話せないこともあるだろ?ライネスが戻るまでは楽しんでくれ」


「あのさ…その『女同士でしか話せない話』、ブレインが部屋の中にいたらどうせできないよ?そこまで広い部屋でもないし」


「…確かに」


 スイランの言い分に納得した俺は、本を持ったまま部屋の外に出た。

 メロウが申し訳なさから引き留めようとしてくれたが、『ここで言葉に甘えるのも優しさだよ』というスイランの助言により認めてくれた。


 今日のスイラン、なぜか頭が冴えてるような気がする。


 俺は部屋の前で立ち、そのまま読書を続けた。

『夢喰いの怪物』、そろそろクライマックスなんだよな。


 レブンたちがついに怪物と対峙し、深夜の街中で真っ向から衝突する。

 夢を取り戻すために戦う少年たちと、謎の目的のために暴れてきた怪物との駆け引き、そして戦闘が楽しくて、つい読みたくなる。


「あ、ブレインさん」


 ライネスの声。やっと戻ってきたみたいだ。

 …今いいところだったんだが。


「おう」


「どうして部屋の外に?また着替え中とかですか?」


「いや、俺が勝手に出ただけだ。なんか『恋バナ』ってので盛り上がってたみたいだから、邪魔するのも忍びなくてな」


「そうでしたか。…でも、そろそろ準備しないといけませんね」


 タイムテーブルが書かれた紙を確認して、ライネスがそう告げた。

 ならばライネスも帰ってきたことだし、準備を始めないとな。


 俺は本を閉じ、目の前のドアを遠慮なく開いた。


「そろそろライブだから話は終わり———」


「「「あ」」」


 その瞬間、ここにいた五人の時が止まった。


 部屋の中の三人はちょうど本番のために、衣装をチェンジする最中だった。

 少女たちの白い肌は露わになり、絶対領域とも呼べるようなすらりと細い両脚、か細いしなやかな腕、スタイルのいいくびれが全て晒された。


 そして瞬間的に目に入ってくる白、紫、ピンクの布切れ。

 女性の最も恥ずかしい部位を必死に覆っているが、それがまた男には刺激的に映る。




 要は、めちゃくちゃマズい。


「…」


 俺は反射的にドアを前方に投げつけた。

 バンという強い音を立てて、青い鉄の板が繋がっていた視界を再び閉ざした。


 そして固まったままでいると、程なくして、


「きゃああああああああ!!」


「何してんのよばかああああああああ!!」


 ドアで遮断された向こうから、メロウとアシュミーの絶叫が聞こえた。

 いや、勝手に開けた俺も勿論悪いんだが、着替えるなら言ってくれ…。


「…ブレインさん。多分、この後僕らはアシュミーにぶん殴られますのでご了承を」


「…まあこれくらいは受け入れるか。恥ずかしがるメロウを眺めて心を癒せば相殺できる」


「薄々気づいてはいましたが、ブレインさんは奥手すぎませんか?進展がなさすぎでは?」


「だからといって、俺がいきなり攻めたりして嫌われると困る」


「メロウさんの性格を考えると、どう考えてもブレインさんがエスコートして最後までやるべきだと思いますが…」


「…それ、絶対にメロウに言うなよ。顔真っ赤にしてライブどころじゃなくなるから」


「二人そろって純情すぎません?スイランさん大変だろうなあ…」


 この後ドア越しに着替えの終わりを確認してから、俺たちは部屋に入った。

 そしてライネスの予言は見事的中。銅ライセンスの少女から、魔王(仮の姿)の顔面に強烈な打撃が一発。こんな状況でもなければまずありえない事態だ。


 ☆


 ひと悶着あったが準備は無事完了。

 昨日と同じドレスを身に纏った三人のアイドルが、俺の隣を歩いている。


「じゃ、今日もブレインを虜にしちゃうよ♪」


 スイランが左手を自分の眉間の位置まで持ってきて、横向きにピース。

 決めポーズのようなものらしい。


「…観客席から、楽しく見させてもらう」


「ふふ、私も骨抜きにしちゃいますよ♪」


 メロウがニコニコと笑顔を振りまきながら手を振った。

 こんな姿を見られるだけでも、裏方の仕事をする甲斐があると切に思う。


「それじゃ」


 舞台と観客席の分かれ道だ。

 俺だけ別の道を行くことになる。


「三人は僕が守りますので、ご安心ください。」


 ライネスが少し口元を緩めた。

 心配性だとか言われていたが、この様子なら大丈夫そうだ。


 俺は一人、右の通路を進んだ。


 そして歩けばそこは観客席の一番前。

 多くのファンたちで賑わっていた。


 俺の役目はファン同士での喧嘩、暴動の鎮圧。

 昨日は結局何もなかったし問題ないとは思うが、警戒はするに越したことはない。


 さて、あの馬鹿ジジイと元衛兵集団は来ているのかどうか…。

 二十人くらいの集団だったし、見過ごすことはないはずだが。


「おっ、二重人格ではないか」


「今日はお前か、リオン」


「『今日は』とはなんだ。この我をオマケのように扱うでない」


 大人の女の姿をしたリオンが観客の一席に腰かけていた。

 腕を組んで批評するかのようなたたずまいをしている。


「『あいどる』とやらを見るのは初めてだが、意外にも面白いではないか」


 コイツも興味を持ったのか。

 今日一日はいると見ていいな。


「娘と娘男の番はまだか?」


「あともう一人だな」


「そうか。あの照れ屋娘が人前で歌うと聞いたから楽しみだ」


 まあ、普段のメロウを知っていたらそうなるよな。

 …それよりも、


「ダンは来ていないのか?メロウのドレス姿とか見に来そうなものだが」


「それなら問題な———」


 何かをいいかけて、リオンは止まった。

 今日、こんな展開多いな。俺という存在は何かに気づく引き金なのかもしれない。


「…問題ない。我には見た光景を紙に映し出す魔術が使えるのでな」


「もう何でもありかよ」


 ドラグリオンのマナ回路どうなってんだ。

 人智とかそういう次元を超越してるだろ。


「んじゃ、俺は行く」


「ふん。裏方とやらも大変だな」


「ま、タダでメロウたちの姿を見られる代償さ」


 俺はその場を離れた。

 リオンは俺と話していた最中に登場したイルミナを凝視していた。


 そして見回りを再開。

 といっても、しばらく動き回っているが、特に怪しい人物なんてのは———


 前列に昨日も見かけたおっさん。

 もうすぐイルミナの曲が始まるというのに彼女のことは眼中にはなく、なぜか虚空を見上げて魔法を行使。


 もうクロだな。少なくとも、普通にライブを楽しむために来た客とは思えない。


 速足で歩いてすぐ隣に立ち、前を向いたままそっと話しかけた。


「あのアイドル、可愛いですよね」


「…ええ。コンビ解散が残念ですが、このステージで彼女は輝いてます」


「これからのライブも楽しみですね。…ところでアンタ、何の魔法使ってんだ?それも何もない空間に向かって」


「!!」


 先ほどまで穏やかに話していた男の顔がこわばり、焦ったようにこちらを向いた。

 この反応は完全にアウト。もう誤魔化しは効かない。


「何を企んでるのかは知らないが、ライブの邪魔はやめてもらおうか」


「…」


 しばらく下を向いて黙っていたが、一瞬の隙をついて男は立ち上がり、その場から逃走した。

 見た目より俊敏、運動能力も一般人にしちゃ高い。


「待てよ!」


 ここは追いかけるしかない。

 暴動とは違う形だが、まさかこんなことになるとはな。


 面倒を起こされる前に確保してやる。


 そして観客席を抜け、誰もいない通路まで出てきた。

 閑散として道の中、俺と男の靴音だけが鳴り響く。


 しばらく追っていると、急に男は足を止めた。

 息を切らした様子で、俺の方を向いた。逃げ切るのは諦めたといったところか。


「やりますね…!私、逃げ足にはそこそこ自信があったのですが」


「生憎、俺は現役の戦士だ。その体形じゃ逃げ切れねえよ」


 …正直、俺も体力が減っていた。

 この肉体、元の身体能力が低すぎんだよ…!


 俺は剣を取り出して右手に握り、男へ刃を向けた。

 このブラフで、潔く降参してくれれば話が早いんだが。


「ですが、私には役目がありますので」


 男は懐から青いクリスタルを取り出し、床に向けて叩きつけた。

 その青い塊は硝子のように砕け散り、粉々になった。


 そして、その中から魔獣が現れる。


「…グルルル、アオオオオ!!」


 黒い姿に赤い瞳が特徴的な、犬型の魔獣。俺と大差ないくらいの大きさをしている大型犬だ。

 グリードとか呼ばれている魔獣、コイツ召喚士だったのか。


「私自身は大したことありませんが、この子はしっかり調教してますよ。逃げるなら今の内です」


「ウウウウウ…!」


 グリードの背中に隠れた男は、余裕の笑みを浮かべる。


 それもそのはず、この魔獣は平凡な冒険者が一人で倒すのは難しい。

 動きが俊敏で、爪と牙で獰猛に襲い掛かってくる。外皮は脆く、耐久力は低いため剣で一撃入れれば仕留められるが…調教されている個体は賢いのが厄介だ。


 さて、ここが俺の腕の見せ所か。


 この手の魔物は遠距離攻撃を持っていない。つまり、俺を攻撃するためには近づくしかない。

 ならば、体力の低いこちらは無理に動かず相手の挙動に迎撃するのが賢明。


「私がその戦闘スタイルを想定できないとお思いですか?」


 グリードは唸ったままその場をうろうろするだけで、俺に襲い掛かるつもりはないらしい。

『敵が待ち構えているのなら、自分からは仕掛けない』と刷り込まれているようだ。悪賢い犬だ。


 このままでは埒が明かない…か。

 急がないとメロウたちのライブが始まってしまう。


 少し危険ではあるが、早期決着といこう。


 剣を構えたまま、俺は一歩ずつグリードに近づいていく。

 敵はより一層軽快を強め、今にも俺の喉笛に噛みつこうと睨みつける。


 そして、剣を振り下ろせば届きそうな直前。


「グアオッ!!」


 先にしびれを切らしたのはグリード。

 勢いよく跳躍し、俺の頭上を飛び越える。この土壇場でフェイントまで仕掛けてきた。


 そして俺の背後に降り立ったグリードは一瞬で反転し、俺の無防備な背中へととびかかる。

 …ここまでは予想できた。


 俺は頭上を跳んだ瞬間に左手を剣から外し、自由に動くようにしていた。

 敵が後ろから来るのなら、狙いは俺の背中一点。


 それがわかっていたら、わざわざ後ろを向くのに時間を割く必要はない。

 左手を右肩の上に置き、掌を後ろに向けて魔法を詠唱。


 これなら相手が俺の背中に食らいつく前に魔法が起動できる。

 獣相手ならば、詠唱する魔法は———。


「!? ギャウウウン」


「なに!?」


 突然の魔法にグリードが対応できるはずもなく、その黒い肉体は紅に染まる炎の塊に飲み込まれた。


 俺が行使したのは炎熱系魔法の一つ『ブレイザー』。規模は五段階中下から二つ目。

 グリードなどの中型程度の魔物なら十分通用する炎。


 俺はゆっくりと後ろを向き、熱にもがき苦しむ犬の胴体に剣を突き立てた。


「グアウッ」


 そのままグリードは息絶え、その肉体が薄黒く濁った水晶に吸い込まれる。

 そして、濁ったクリスタルが元居た場所に取り残され、炎が消えた。


 先ほどまでの戦闘が嘘のように静まり返り、魔法の熱の余波が伝わる中、後ろからまばらな拍手が聞こえる。


「見事。あの子はそこそこ自信作だったのですが、こうもあっさりと倒れるとは。貴方、冒険者に専念した方が成功するのではないでしょうか」


「…さては、さっきの魔法は召喚陣だな?お前の目的は何だ?」


「おっと、これ以上は守秘義務です。」


 両手を上げて首を横に振る。

 話す意志はないと見ていいだろう。


「どうせお前は捕まるんだ、後で吐くことになるさ」


「それは残念ですが、私はあっさり捕まる訳にはいかないんですよ。なにせ他にも依頼を抱えていましてね」


 そう言うと、男は懐に手を伸ばし、さっきと同じクリスタルを二つ取り出した。

 見たところ、さっきのグリードが入っていたものより禍々しい瘴気を感じる。

 キメラ並の魔物が入っている可能性がある。


 コイツ、かなりの実力者で違法魔獣商か。

 暗殺や愛玩、奴隷用なんかに使う魔獣を調教する犯罪者。


「何を出そうと無駄だ。全部殺してお前を捕まえる」


 いざとなれば俺は紋章をなぞり、魔王として魔獣軍団を滅ぼす。最悪コイツは殺してしまえばいい。元々大罪人なのだから、死ぬタイミングが変わるだけの話。


「…いいのですか?ずっと私なんかを相手にしていて」


「どういう意味かわからねえ———」


 ドカアアアアアン!!


「うわああああああ!!」


「助けてええええええ!!」


 謎の爆発音と、沸き上がる男女の悲鳴。

 この方向は間違いなく、ステージからだ。


「おい、何をしやがった!?」


「では私はここで。もし、アイドルや観客たちを見捨ててまで私を追うようなら、ミノタウロスを召喚して足止めしますのでご了承を」


 恭しく一礼すると、男は悠然とした足取りで出口へと歩いて行った。


「…チイッ!」


 俺は激しく舌打ちした。

 本気になればアイツを日の元に連れ出して裁きを与えられるが、今向こうでは何が起きているかわからない。


 しかもあのタイムテーブル通りなら、今はメロウたちのライブの最中。彼女たちは冒険者としての装備を袋ごと部屋に置きっぱなし。


 キメラなんて登場しようものなら全滅しかねない。


 俺は何も考えずステージへ直行した。


「うわあああああ!!」


「何考えてんだ!?お前も逃げろ!」


 パニックになり、逃げ惑う観客の波に飲み込まれそうになったが、無理やりかき分けて中へと侵入した。


 そこで俺が見た光景は———




「…ドレッドアーケア、最悪だな」


 俺の視線の奥には古代めいた赤黒い翼、強烈な眼光を放つ深紅の目玉。獰猛に雄叫びを上げる嘴、ギザギザに生えそろった牙。

 ステージを覆い隠すように陣取り、その場に静止しているだけでも突風を引き起こすような巨体。


 魔獣タイプの中では最恐クラスと言われる暗黒鳥が、ステージ前でアシュミー達を睨みつけている。


 俺は———


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