3話 新たな生活の基盤を作る話
…。
もう朝か。
んぐ、身体が軽い気がするな。
ベッドで寝るなんて久しぶりだからかな。
魔法で岩に穴掘ってその中で寝る生活に慣れてたから、狭苦しくない寝床自体が久しぶりか…。
そんな生活を慣れるほどやってる辺り、やっぱり元の俺は冷遇されすぎだろ。
———まあ、今現在ここで寝ている俺はその冷遇されているレイブンなんだがな。
メロウが「こっちがいい」って言って聞かなかったせいで、家の中では元に戻らざるを得なかった。
あの後、家に入れてもらってからすぐレイブンに戻って、そのままシャワーを浴びてベッドで眠りについた。
…もちろんシャワーは別々だし、覗いてなんかないぞ?
勇気を出して家に上げてくれた少女に対し、そんな仕打ちで返すようなクソ野郎になった覚えはない。
ベッドも、メロウの父親が元々使ってたのを貸してもらっている。
それはそうとしてだ。
…もしかして、ブレインは嫌われてる?
イケメン高身長で、見た目は最高のはずなんだがなあ…
偽名考えてなかったせいで、適当にごまかして去ったからか?
だとすると困るな…。
俺としては、これからトレーニングを重ねて強くなっていって、最終的には『ブレイン・グルジオ』として生きていくつもりでいるんだが、メロウがなついているのがレイブンだけとなると、それが難しくなるな…。
どこかでブレインの方も認めてくれる機会を掴まないといけない。
まあそれは急がなくてもいいか。
最終的にそうなればいいんだし。
肝心の彼女は…もう起きてるのか。
朝早いな。…いや、俺が遅いのか?
ベッドから出て、居間に入った。
すぐにメロウの後ろ姿をキッチンに見つけた。
「ふんふふ~ん♪ あ、おはようございます!」
「…おはよう」
鼻歌を歌いながら朝食を作っていた。
白いエプロン姿も絵になるなぁ。見てるだけでも『ザ・良妻』って感じがする。
正直、この容姿と性格だったら男の方からいくらでも寄ってきそうなものだが、メロウのお眼鏡に適うのはいなかったのだろうか。
俺をあっさり家に通す辺り、俗にいう『交際相手』はいなさそうだし。
そんなことを考えていると、メロウが朝食を乗せたプレートを持って来た。俺の分もある。
「じゃ、朝ごはん食べましょう♪」
「俺もいいのか?」
「当たり前じゃないですか!」
いいんだ…。俺、完全に居候なのに。
折角用意してくれたことだし、ありがたく食べさせてもらおう。
「「いただきます(っ♪)」」
お皿の上には目玉焼きが乗った、ふわふわのトースト。
思わず大口を開けてかぶりついた。
ザクザクと音をたてる焦げ目のついた食パン。
食べて破れた皮からどろりとこぼれる卵の黄身。
そして、朝起きたばかりでカラカラも喉を潤す温かいミルク。
…至福の時間だな…
家の中で、落ち着いて、料理された朝食を食べる。
それが何年ぶりだって話だから皮肉なものだな。
俺が料理めんどくさがって、そのまま食えるか、あるいは焼くだけの食材ばっかり調達して食べてたせいでもあるか。
メロウが頬杖をついてニコニコ笑顔でこちらを見ているのにも気づかず、俺はトーストを猛スピードでたいらげた。
「うふふ、美味しかったですか?」
「…ああ、うまかったよ。」
「よかったです」
ほほ笑みかけてくれるメロウ。
俺はこの笑顔を守りたい。これが『恋』ってやつなのか?経験がなさすぎてわからん。
朝食もいただいて満足したことだし、表に出てブレインのトレーニングをするか。
元が死ぬほど弱いから、コツコツ鍛えないといけないし。
立ち上がって玄関の方へ向かった。
「どうしました?」
「ブレインのトレーニング。あっちはまだまだ弱いから」
「もう少しゆっくりして下さいよ。これまでずっと、戦いばかりだったんですよね?」
そう言われると言い返せない。実際、ほぼ毎日誰か(魔物含む)と戦闘してたからな。
…仕方ない。メロウがそう言うなら…。
「…」
一旦部屋に戻った。
すると、さっきまで朝食が置いてあったテーブルに新しめの本が何冊か乗っている。
「たまには、のんびり本でも読んで、ゆっくりして下さい。」
彼女はキッチンで後片付けをしている。
本当に優しいな。甘えてばかりだとダメ人間になりそうだが…。
まあいいや。どれどれ…?
『冒険者の流儀』
『探偵ホーマン』
『ジョンとジョンソン』
『うまい飯巡りinタグナス』
『夢喰いの怪物』
「多趣味だな、メロウ」
思わず本音が出た。
いや、これは俺悪くないだろ。
ジャンルがバラバラすぎねえか。
「…コホン。それよりも、どれか読んでみて下さいよ」
メロウは気恥ずかしそうに咳払いをした。気にしてるのか?
とりあえず『ジョンとジョンソン』を手に取った。適当と言われればそれまでだが、洒落の効いた題名に興味をそそられたからだ。
「それは少年ジョンソンと愛犬ジョンの感動物語ですね。 レイブンさんも、私みたいにぼろぼろ泣いていいんですよ?」
また小悪魔みたいに笑った。
だが、今回は状況が違うから俺は屈しない。
「自分で言うのもなんだが、俺は本で泣くような男じゃないぞ」
男が泣くのは格好悪いと信じて現実の苦しみに耐えてきたから、今更作り物の話なんか見たところでな…。
そんなことを考えながら、犬と少年が草原で走り回る絵の描かれた表紙をそっとめくった。
~しばらく後~
ジョン……なんでだよ。どうしてこんな結末しか…!ううおお…
どうして家の中に雨が降っていやがる。
俺の顔面がびしょ濡れでダセぇ。あと目が痛い。
「よしよし」
メロウがさっきから苦笑いで俺の目にハンカチを当てている。
こんなに泣くとは思っていなかった、と言わんばかりの表情だ。
これが『転生魔王』の日常のワンシーンか…。
ここに鏡はない上、見ているのはメロウ一人だが、それはそれは情けないんだろうな…。
感受性ってやつが戻ってきたのだろうか?
ガキの頃は本を読んで、笑って泣いていたような気がするな。
ってか、本濡らしちまった。
濡れた部分の文字が微妙ににじんでる。
「すまん。もう一冊買ってくる」
「大丈夫ですよ、別に。 …レアなレイブンさんを見れましたし」
「…そうか。」
…一旦落ち着くと、めちゃくちゃ恥ずかしいな。
女の子の目の前で号泣してる男ってダサいにも程があるだろ。
穴があったら入りたい。
俺は頭をかかえてうずくまった。
するとメロウは心配して俺の顔を下から覗こうとした。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
「でも…目が真っ赤ですけど…」
俺は、何年泣かずに過ごしてきたのだろうか。
最期に涙を流したのはあの未曾有の疫病の時か、それとも少しずつ疎外感を感じ始めてダンジョンで孤独に一夜を過ごしたあの時か、もはやわからない。
それにしてもペットか…。
今は無理でも、この生活が落ち着いたら一度飼ってみたいな。
犬か、猫か、はたまた別の生き物にも興味がある。
夢があっていいよな。
☆
さて、久々の読書も楽しんだことだし、今度こそブレインのトレーニングだな。
交、代ッ!
ブレインになった。
さて、表に出るとしよ――
「レイブンさん!」
…また?
「次はどうした?」
振り返ると、メロウもよそ行きの格好になっていた。
清楚な雰囲気を醸し出す紫のローブを羽織り、首に魔道器具っぽい銀のネックレスをかけている。
こういう大人っぽい服装もやっぱり可愛らしい。
なんか魔法使いみたいだな。
…え?
「どうですか? …似合ってますか?」
「ああ、似合ってる。 じゃなくてその格好はさ、どこにいくおつもりで?」
「どこって、ギルドハウスですよ? だって私…冒険者ですし」
メロウは冒険者の証である、ライセンスカードを俺に見せた。
右下の角にマスターの捺印もあるし、間違いなく本物。
…?
?????
頭が爆発しそうだ。
え、メロウが冒険者?
…は?
「…どうかしましたか?」
「衝撃の事実に動揺を隠せない」
「…」
メロウはムッと表情をしかめた。
「私、そんなにか弱い女に見えますか?」
…正直見える。
というか予想外すぎる。
メロウが魔物と戦う絵面が想像できない、というか個人的にしたくない。
「ん? じゃあ昨日の服は…」
「魔法の付加で身体能力を上げていました。可愛くて強いっていいですよね!」
「じゃあリビールの実を探していたのは」
「依頼があったんです。母親が怪我を負って、薬が欲しいという依頼が。」
「なぜ一人で行ったんだ?」
「あの洞窟はそこまで危険じゃないし、報酬もみんなで分けられるほど多いとは言えなかったので……一人でもいいかなって」
「あのミノタウロスは」
「初めて見ました。いることは知っていましたし遭遇しても逃げ切れると思っていたんですが、実際に見るととても怖かったです」
「oh…」
全部辻褄が合う。
ダメだ。これは認めるしかない。
「……はぁ」
溜息が漏れた。
…だが、さっきのカードを見る限りまだライセンスを取得したばかりだな。
ぜひとも、無惨で過酷な現実を知ってしまう前に退職してほしい。
純粋なままでいてほしい。
俺みたいに、孤立する運命は絶対に辿ってほしくない。
といってもメロウは優しいし、明るくてその上芯が強そうだから、そんなことにはならないだろうけど。
「…俺も行っていいか?」
「あら? 一緒に来てくれるんですか?」
「ブレインとしての冒険者登録をしておきたいからな。
あとメロウに汚れてほしくない」
「なるほ……えっ?」
メロウが何かに気づき、一瞬で顔が真っ赤になった。
「え、あの、それってわたしの初めては俺がいただくてきなあのごにょごにょ…」
「ん?どうした?」
オロオロしたままのメロウは、俺の話を全く聞いていない。なんか両手で顔を覆ったまま独り言をぶつぶつ呟いている。
…発言に語弊があったか?
「…とりあえず、行くか。」
「…はい。」
気まずい空気が流れ、こう切り出すしかなかった。
☆
道中で俺の正体がバレることはなく、メロウが口を滑らせることもなく、あっさりとギルドハウスの前に着いた。
しかし…全然変わってなかったな、街並みというかなんというか。
野菜売りのおっちゃんは相変わらず元気そうだった。
たかだか一年や二年程度じゃ変わらないってことか。
俺が街から離れてどれくらい経ったかなんて、もはやわかりはしないけれども。
「久しぶりだな、ここ」
特に怖気づいたりはしない。そっとドアに手を添えた。
「以前のことが、怖くなったりはしないんですか?」
「…この見た目で、レイブン・グルジオだとわかるのはメロウだけさ」
キザな感じでフッと笑ってみた。
「それもそうですね」
メロウもそれに合わせるように微笑んでくれた。
ギイイと軋む音がして、大きな赤い戸がゆっくりと開く。
…。やっぱりそうか。
ちょっと荒れていたりしないかと思ったが、相変わらず平和で賑やかだな。
入ってすぐ右には依頼が貼ってある掲示板、そしてそれを眺める冒険者たち。
前にはギルドに素材を提供してお金と交換するカウンター。
少し奥に入ると、共に歩む仲間を探したり、即席のパーティーを組んだりするための酒場。
本当に前と変わらない。
…でも、ここにいる奴らのほとんどは俺を知っていて、『魔王』なんて異名で畏怖の対象になっている。
悲しいことだ。
さっさとメロウの用事と、ブレインの冒険者登録を済ませよう。
「メロウは、何をしに来たんだ?」
彼女はローブのポケットから、機能俺が渡したリビールの実を三つとも取り出した。
「これを渡して、依頼の完了です。」
「なるほどな。」
そのまま受付嬢の方へと歩いて行った。
そういえば依頼と言っていたな。
依頼というのは、このようにギルドハウスを仲介するケースが多い。
ダンジョンは危険なことが多く、戦闘に慣れていない人が探索に行くのは自殺行為に近い。だから誰かに護衛を頼むか、仕事自体を任せるしかない。
そういった仕事を任せられる冒険者のツテがある人は別だが、そうでない人がほとんどだ。
そういう時はまずギルドホールで手続きを行い、ハウス内の掲示板に張り出してもらう。
そうして不特定多数の冒険者に確認してもらい、依頼をやろうと決めた誰かに目的を果たしてもらうというわけだ。
もちろん、ギルドハウスに中間マージンとして手数料を支払う必要があるため、相手への報酬を考えると少し高くつくが、便利だからと利用する人は多い。
メロウもそれで依頼を確認して受理、依頼内容であるリビールの実を回収してギルドの受付嬢に渡すことでメロウは報酬の金を得る。後日目的の品が依頼主に送られて解決という流れだ。
この手法は『ギルド』という組織が発足されてからずっと変わっていないらしい。
少なくとも、俺がここに来ていた頃は特にこれといった不満もなかった。
裏でなにか良からぬものが関わっている可能性は否定できないが、ここのマスターは『正義』の体現者みたいな人だから大丈夫だろう。
そんなことを考えていたら、メロウが戻ってきた。
あのドヤ顔を見る限り、滞りなくできたっぽいな。
あのアイテム一応俺のなんだが…まあカッコつけて「あげる」と言った手前文句を言う気は全くない。
じゃ、次は俺の用事だな。
「んじゃ、ちょっと暇かもしれんが…」
「はい♪私もご一緒しますね」
天使だ。
この笑顔を守るためなら身体張れるな…。
こんな所で突っ立っていても邪魔だし、早く行くか。
「…ねえねえ」
ん?
後ろから声をかけられた。
男とも女とも取れるような中性的な声。
後ろを向くと——
活発さを体現している水色のショートカット。
細くて華奢な四肢。雪のように白く透き通った肌。
一見男の子にも見えそうな、可愛さと凛々しさを兼ね備えた顔立ち。
あざとさを感じさせるような表情、そして春の新緑を連想させるような緑色の瞳。
また女の子だ。そしてやはり可愛い。
メロウとはまた違う系統の可愛さだが。
彼女はこっちに歩いてきて、メロウには目もくれず、俺の目の前で停止。
こちらを一度凝視して、ニヤリと笑った。
「キミ、これから冒険者登録をするんだよね? ボクも一緒にやっていいかな?」




