28話 少女たちが歌い、舞う話
本日、イベント会場の中にて、アイドルたちのライブが開催される。
そして、なぜかメロウとスイランがそれに参加する。アイドルとして、可愛らしいドレスを着て。
まあそこまではいいとして、だ。
「ははは!いよいよだ、嬢ちゃんの晴れ舞台を見届けるぞお前ら!」
「「「オオオオオオ!!」」」
「ここのお姉さんたち、みんなキラキラしてた!フィーネ楽しい!」
「なんだか、昔の血が騒ぎますね…!」
「…お客様、大声による会話はお控え下さい」
「まあ固いことを言うな青年!ほら、お前さんもここで美少女たちの舞いを見守ろうじゃないか!」
「イケメンだけが可愛い子を独占する風潮、俺は抵抗するぜ?」
「…」
どうしてこうなった。
まだアシュミーたちは登場しておらず、舞台は暗転したまま。
恐らく準備時間なのだろう。今も彼女たちやライネスが頑張っているはずだ。
俺はその間に観客席に移動し、見回りに当たることにした。
役割は『客同士での暴動の鎮圧』。ライブを邪魔されないための対策という訳だ。
腕力くらいしか目立つ長所がない俺には適材適所。メロウやスイランに存分に輝いてもらうためにも、俺が全て吹き飛ばそう。
そう思い、レイブンとして戦う可能性も想定して即席の仮面を用意した。
眠気もなんとか収まり、万全の状態で迎え撃とうとして見回りを初めて数秒後のこと。
ベクターのおっさんを筆頭としたモート家族と、元一番隊の衛兵たち(王城でのあの戦いの時に全員いたと仮定すると、七割くらい見かけられた)に接触。
今に至る。
「まあ身構えることはないぞ。私もこいつらも、お前さんとやりあう気はない。あの嬢ちゃんを見に来ただけだからな」
おっさんはラフな私服姿で、サングラスと呼ばれる黒い眼鏡をかけてリラックスしている。
以前に決闘した時とは打って変わり、休日の父親感が溢れる雰囲気…というか実際父親だったな。
他の面々も皆リラックスした格好をしており、近所の兄ちゃんや家族のように見える。
観客席の左後方の一角を占める団体。これ全員メロウを見に来たのかよ。スイランを知っているのはおっさんとカイン、それからアルドくらいだし。
「アシュミーちゃんとあの子の共演…俺は感激している…!」
「アルド、落ち着けよ。昨日全く眠れなかったってマジか?」
「あんな連絡があったら、眠る方が失礼というものだ。一晩瞑想に費やした程度で足りるかどうか…」
「ガチ勢こええ」
アルド…なんかいつもと雰囲気が違わないか?
冷静に周りを見て、状況に応じて器用な立ち回りをしていたお前が、アイドル一つで一晩瞑想していたのか?
周りの仲間若干引いてるし。本気のファンというやつなのだろうか。
アイツだけ、変な白い棒を片手に一本ずつ持っている。魔力を込めると何か起きるのか?俺には知識がなさすぎて想像もつかない。
「こんなアルドは珍しい。あれほど嬉しそうにしていると、連絡を回した甲斐があるというものだ」
ベクターがうんうんと頷きながら呟いた。
この結果はアンタの仕業か。
「『連絡を回した」ってのは?そもそも、どうやって今日のことの情報を得た?」
おっさんは意味がわからないとばかりに首を傾げた。
どういうことだ。
「なんだ、知らないのか?昨夜、メロウちゃん本人から通話が来たんだぞ、『よければ来てください』ってな」
…マジかよ。
俺、全く知らなかったんだが。
勝ち誇るようなドヤ顔が鬱陶しい。
メロウもメロウで、なぜ呼んだんだか。
俺の仕事、増える予感しかしねえ…。
そうこうしていると、おもむろに明かりが全て消灯した。
次のグループの準備が完了した合図だ。
「おお…!」
アルドの目が見開き、興奮で身体がうずうずしている。
いかついモヒカン男の容姿からは想像もできない挙動。
俺はこの場を離れることにした。
あの団体は色々と癖が強いが、良識はしっかり備えている人間が集まっている。ずっと留まって、目的を見失ってはいけない。
今のところ、何も異常はなさそう。
「「「オオオオオオオオオオ!!!」」」
突如湧き上がる歓声。
さっきまでと一変する空気。
ちょうど後方を向いていて見ていなかったが、今何が起きたのか、俺にもはっきりとわかった。
「みんなー!元気ですか――――!」
アシュミーの声が響き渡る。
観客に向かって満面の笑顔を振りまき、歓声に応えるかのように手を振る。
仕事のスイッチという奴が入っているようだ。
ここからアシュミーまではかなり距離が空いているが、それでも彼女の輝きがありありと伝わってくる。カリスマ性の塊のような存在だった。
そして、その後ろには。
「今日はねー、新人アイドルを二人連れてきましたーー!!」
元気よく宣言しながら、後ろの二人が目立つように身振り手振り。
雰囲気に飲み込まれるように、メロウとスイランが前に出てきた。
「え、えっと…その…」
マイク越しに聞こえてくるのは、メロウのくぐもったぎこちない声。
遠くから見ているだけでも、緊張がありありと伝わってくる。
静寂のひと時。
不安だな。別に俺が何かできる訳でもないが、近づいて様子を見守ろう。
「…」
彼女の可愛らしい顔立ちがしっかりと確認できる距離まで俺は移動したが、それまでの間メロウは一言も言葉を発することはなかった。
見かねたアシュミーが何か耳打ちを始めた。
こういう時に使える台詞でも教えているのだろうか。
少しして、アシュミーがメロウから離れた。
意を決したような表情でメロウは目を開け、マイクをしっかりと握り、口元まで持って来た。
「…め、メロウちゃんだよっ♪」
左手を顔の前で横向きにピース。そして首を少し横向きに傾けてあざとくウインク。
謎の決めポーズと共に、メロウの元気良い自己紹介がホール内に木霊する。
「…もうだめですスイランさんお願いしますうううぅぅぅ」
みるみるうちに顔が赤くそまり、後ろを向いてしまう。
そして押し付けるかのようにマイクをスイランに手渡した。
…ちょっとまずい気がする。
そりゃ、どちらかと言えば恥ずかしがりやなメロウからすれば仕方ないのだが、アイドルとしてあの反応はまずいかもしれな———
「「「恥じらい乙女キターーーーーーーー!!」」」
後方から男たちの盛大な歓声が飛び込んできた。
そして、触発されるように観客が一体化し、いつのまにかメロウコールが始まった。
「もー、メロウ早速人気じゃーん。次のことも考えてよねえ。」
少しずつ静まってきた状況を見て、マイクを受け取ったスイランが喋り始めた。
こなれたような話し方、挙動。人前には慣れているタイプか。何をしていたんだか。
「と、いうわけでー?ボクは可愛い可愛いスイランちゃんだよ!今日はこの『スイちゃん』をずっと見ていてよねっ」
「オオオオオ!ボクっ子だあああああげほっ」
なんか大声で叫んでから勢いでむせている奴がいる。
普段は大声に慣れていないタイプだな。そんな知り合い、俺にもいたような気がする。
「スイちゃーーーーーーん」
「メロウちゃんすこおおおおおおおお」
「アシュミー様あああああ!!」
「三人ともレベル高いじゃねえか!!」
成人男性と思われる人物たちから、次々に野次が飛び交う。
なるほど、アイドルのライブというのはこういった雰囲気を助長するような場所なのか。
確かに、一歩踏み外せば客同士で暴動が起きてもおかしくない。
その時は俺が魔王の名の元に一瞬で鎮圧させる予定ではあるが…、できればメロウたちのライブ、のんびり見ていたい。
最後にアシュミーがマイクを受け取り、前の観客たちを指さした。
「今日はこの三人で最高のパフォーマンスを見せてあげる!!べ、別にアンタたちの心配なんてしてあげないんだからっ、ついてきなさいよね!」
少し横を向いて流し目で周りを見渡し、決め台詞のようなものを唱えた。
ライネス曰く、あれはアシュミーのキャラクター性の『ツンデレ』というものらしい。
なんか小説でそんな性格の人物を見たことがあるような気がするが、現実にいるなんてな。
…スイランのことを考えれば、もはや何が現れても意外じゃないか。
「それじゃ、いっくよー!」
最後のアシュミーの台詞と共に、三人はさっきの会話用とは別の、足元に落ちてあるマイクを握り、曲の始まりに備えて後ろを向いた。
さて、ここからが本番。
前座は上手く盛り上げることに成功したようだが、客たちはここからの歌を見に来ている。
練習では二人とも上出来だったが、この衆目の中でも緊張せずにできるだろうか。特にメロウは恥ずかしがりやだし…いやそこが可愛いんだけど。
…音楽が流れた。ライネス、上手くいったようだな。
何度聞いたかわからない曲の冒頭だが、この雰囲気も相まって新鮮味を増して聞こえる。
「「「いくよっ♪」」」
合図のように三人そろって振り向き投げキッス。
この一体感に、再びフロアが沸き上がる。
そして歌詞が始まった。
アシュミーが歌い出し、三人が代わる代わる歌唱を披露していく。
メロウもスイランも上手いな。
流石に、しっかり練習していただけのことはある。この曲に関して言えば、人前で歌っても恥ずかしくないクオリティだ、素人の俺にもわかる。
あれだけ緊張していたメロウも、いざ歌う時になると凛とした表情に変わり、可愛らしく歌いながら不意に見せる笑顔で皆を釘付けにする。
このギャップが俺にはまたたまらない。ずっと見ていたくなる。これが『推す』という感情なのかもしれない。
スイランは元気を全面に出している。
ステップは激しく大きな動きで、可愛いながらもかっこいい雰囲気も出している。
普段は男として生活しているスイランだが、初めから華憐な少女として生きてきたと言われても違和感がない。男の娘ではあるはずだが、可愛いと心の底から感じてしまう自分が少し歯がゆい。
アシュミーに至っては、もはや貫禄のようなものが見える。
二人に比べて、アイドルとしての場数が違う。どこで観客を魅了するのか、どこで格好良さを見せつけるのか、どうやって自分を可愛く見せるのか、全てが頭の中に叩き込まれている。
多くのファンを獲得してきたのは、間違いなく彼女の魅力、そして努力の賜物だ。
そしてそんな三人が混ざり合ったあのユニット。生半可な精度なはずがない。
見る者全てを虜にする天使たちの舞い踊り、歌唱。
俺に限らず、観客全てが彼女たちに夢中だ。皆食い入るように反応し、声援を放つ。
「「「オオオオオオオオオ、ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」」」
後ろで何かが始まった。
そっと振り向くと、例の元衛兵たちの内十人ほどが立ち上がり、アイドル三人娘とは違う謎の踊りを舞っている。…ベクターのおっさんもサングラス姿のまま一緒に踊ってね?
映像で見たあの光る棒を両手に一本ずつ持ち、ブンブン振り回している。
妙に一体感があるのがまたシュール。あいつらはあいつらで結構練習してきたようだ。
というか、もしかしてあの成人男性の集まりは、あれをやりたくて後ろの席を陣取ったのか?
後ろの観客を邪魔しないために、自らが最後尾に居座ることで。
あの熱意は一体何だ。恐らくアルドが筆頭なのだろうが、全力で『推し』なるものへの愛を表現する行動力と、そのために全量で強力する周りの仲間との一体感。
今時ここまで連携できる団体早々ないぞ。
少し面白い光景ではあったが、メロウたちの姿を少しでも長く眺めていたい。
俺は前に向き直った。
☆
「ありがとー!」
「ありがとうございました!」
「明日も来なさいよね。あ、あたしは別に待ってなんてないけどっ」
惜しまれながら曲が終わりを告げ、額に汗を垂らしたアイドルたちが手を振っている。
…これで終わり、か。
思えば、あっという間の出来事だった。このひと時のために、俺たちの昨日の一晩は犠牲となった。
最も、今の感情の高まり、この興奮を覚えてしまった今、何も後悔はしていない。
彼女たちは演技をやり切り、俺やライネスはサポートを遂行した。そしてできあがったこの『ライブ』という一つの作品。
盛大な拍手で、このホール内が満たされる。
「うおおおおおおおおお俺は感動したああああああああ」
例のモヒカン男の咆哮が聞こえた。
あの集団は、良くも悪くも目立つことへの恐れが全くないらしい。
俺は全力で他人のフリをすることに決めた。
そして声援に惜しまれながら、アシュミー・アルトのライブは終演。
三人は最後まで観客たちに手を振りながら、舞台の裏へとその華憐な姿を消した。
…さて、俺はメロウたちの元へ行くとするか。
特に暴動なんかも発生しなかったし、俺は今日一日何もしていないが、まあトラブルがないに越したことはない。
ちなみに、次は誰なのだろう。
この後にライブするの、苦痛だろうなあ。
「次はイルミナちゃんね」
「AIコンビの仲間が最高のライブをしてくれたし、次も期待だねパパ!」
隣の親子の会話が少し聞こえた。
次はイルミナ…ライブ前に会ったあの子か。
メロウやスイランと話し合って少ししたら、見に行くか。
このアイドルという世界、意外と楽しいものだ。
合間の休憩時間で、ホール全体が明るくなっている間に俺は移動することにした。
今なら他の観客の視界を妨げようが、他人とぶつかろうが関係ない。
このタイミングで暴動が起きるとは思えないし、このまま舞台裏まで直行して…、
なんだアイツ。
目の前に不審な影。
中年で小太りの男が、一人で座っている。
商人のような服装で、この場にはあまり似つかわしくない風貌。
さらに怪しいことに、こんな場所で何か魔法を起動している。
まだ何も起きていないが、何の魔法かわからないのが少し不気味だ。だが、今の時点では何も起きていないし、悪しき企てがあったとしても、その証拠が何もない以上俺は手を出せない。
イルミナのライブ、何も起きないといいが…。
アシュミーの仲間ということもある。少し早めに戻って、戦闘態勢は整えておくとするか。
少し後ろ髪を引かれる思いはあったが、向こうで待っている少女たちに合流するために俺は小走りで舞台裏へと急いだ。
「最高だったぜ、嬢ちゃん」
「お姉さんかっこよかった!!フィーネもやりたい!」
「えへへ、ありがとうございま…あ、ブレインさん!」
舞台裏にてメロウたちと合流した俺は、予想だにしない光景を見た。
なぜか、さっきのモート親子と元衛兵たちがいた。
しかもご機嫌でアイドルの姿をした三人と話している。
「まさかあたしも、こんなところでベクター兵長をお目にかけることになるとは思わなかったわ…」
アシュミーは冷や汗をかいて固まっている。
まあ無理のない反応だ。
厳格な印象の強い元一番隊隊長がこんな所に、しかも超リラックスした格好で存在するなんて普通は想像できない。
…おっさんの素の姿を知らなければ、の話だが。
「そこの嬢ちゃんたち、それから、今きたブレイン青年とは知り合いなのでな。私はあまり詳しくないのだが、素晴らしいライブだった。」
「あ、ありがとうございます…」
ベクターに面と向かって褒められ、照れ気味にうつむいてしまった。
こういうところは年相応の女の子らしくて、可愛いと感じる。
「…ブレインさん。貴方何者です?」
ずっとここにいたライネスが、俺の横からそっと耳打ちしてきた。
彼もまた、この光景に疑心暗鬼になっているようだ。
「遠い知り合いだ。調子に乗りやすい性格だが、隊長だけあって良識はあるから心配いらん」
「はあ…」
「まあこれも、ボクたちの美しさと才能がなせる技ってやつだよねえ!」
「お、俺は…この生涯に悔いなし」
「お前、俺には『散らせないぞカイン』とか言っておいて、何自分はあっさり死のうとしてんだ馬鹿」
スイランは相変わらず得意げに、控えめな胸を張っている。
例のアイドルガチ勢のモヒカンもしっかりといた。
ガタガタと震える自分の両手を険しい表情で見つめ、脚は結界魔法でガチガチに固定されたかのように微動だにしない。
憧れの人物に会うと、人はこうなるのか。
俺には今のところ、本気で会いたいと願うような、そんな存在はいない。
ダンケルもガーディスもメロウも皆、会おうと思えば手が届く。
普段は見られない一面というのは、客観的に見ると面白い。
そして、それはアイドルなんて場所に足を踏み入れたメロウにも言えるわけで、
「…私、輝いてましたか?」
「ああ。メロウが一端のアイドルとしてここにいたことは、俺が保障する。…可愛かったぞ」
歯の浮くような台詞。
言ったこちら側が恥ずかしくなってきた。
「…あ、ありがとうございます…。私も頑張った甲斐が…」
再び顔を赤く染めながらも、はにかんだ笑顔。
その姿だけでも、俺は協力した甲斐があった。本気でそう思う。
「ふふふ、熱いですねえ。でも、アイドルは恋愛事情を適当にしていたら、後で痛い目を見ますよ?」
フィリアナさんが、茶化すように口を挟む。
痛い目というのはよくわからないが、落ち着いて今の会話を思い出すと、かなり恥ずかしい。
「ずるいなあ。ボクも褒めてよ、ねえブレイン!」
何か羨ましそうに、スイランが顔をぐいと寄せてきた。
上目遣いに妙な色気があって困る。なぜか照れそうになる。
こいつは男こいつは男こいつは男こい(以下略)
「ああ、綺麗だったぞ」
なんとなく、スイランの頭を撫でた。
嬉しそうに表情をほころばせる様子は、さながら小動物のような可愛さで、なぜか庇護欲をそそる。
「むっ。…。」
メロウが少し頬を膨らませ、彼女もまたこちらに寄ってきた。
何か物欲しげな表情。
「ん?」
「…私も…」
何か、言いたいことがあるのだろうか?
「もーブレイン、察しが悪いなあ。」
スイランはいつもの悪い笑みを浮かべて俺のフリーな左手を取り、そっとメロウの頭の上に置いた。
「「!」」
…メロウが急な出来事に驚き、顔を下に向ける。
そして、この一連の流れで俺は大体察した。
二人の頭をしばらく撫で、平和に和む光景が続いた。
「ブレイン君、モテモテですねえ」
「あの決闘で殺さなかった俺が間違いだった」
「…俺は、彼女たちが幸せなら何でもいい。衛兵の力、金、命全てを捧げよう」
三者三様。
カインから殺気のようなものを向けられているが、こちらがその気になったらどうするつもりなのだろうか。
「フッ。青年も、ようやく女心が理解できるようになったかね」
「あ、ちょっとおじ様!あたしにもっと教えてくださいよ、レイブン様の偉業とその強さとカッコよさを全て!!」
「ん?」
今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?
おっさん、変なことを話していないだろうな?
おっさんは俺と目が合うと、顎をくっと動かし『私に任せろ』と言わんばかりに得意げ。
何を企んでいるんだか。
「じゃあもっと教えてやろう。私と決闘した彼の勇姿、私の娘を守るために要らぬ無茶をした慈愛、そして世にも稀な『お人好し魔王』としての実体をな」
「お兄さんはとっても素敵な人だよ!フィーネも好きー」
「キャーーーーー!!羨ましい、あたしも会いたいですおじ様あああ!!」
なぜか俺のファンを自称する女の子と、共に酒を飲んだこともあるおっさん。
その二人が、俺の話を本気で語り合っている。しかも本人の目の前で。
羞恥で俺を殺す気か。
流石に耐えられない、やめさせよう。
「ブレインさ~ん」
「やめちゃやだよー。」
二人は俺が手をどけようとすると、上目遣いでアピールしてくる。
その懇願するような瞳には勝てず、すぐに両手は彼女たちの頭の上に戻る。
結局俺についての地獄のような談義は大体聞こえ、カインからの怨念も耳に入り、フィリアナさんから煽られまくった。なんとか持ってくれ俺の精神。
そして嵐のように現れたあの団体はようやく解散し、俺たちも解散した。
…『明日もよろしく』という遺言と共に。
メロウもスイランもすっかり乗り気らしい。
まあ、スイランに関しては明日の夕刻付近で性別変換魔法の効き目が切れる予定だから、今日明日で楽しむのが得策か。
あの空気はきっとこの場でしか味わうことは叶わない。
俺もしっかり協力しよう。
…そういえば、イルミナのライブを見ることはできなかった。
暴動なんかの話は聞かなかったから、しっかりと成功したのだろう。とりあえず一安心だ。
☆
全ての演目が終わり、暗くなったホール内。
昼間の熱狂が嘘のように静まり返った場に、レイブンが確認した中年男が一人。
魔法を起動し、着々と計画の準備を進めていた。
そこにコツコツと足音が響き、誰かが近づいてくる。
「準備はどう?」
「ええ、ばっちりですとも。明日のライブにて、一泡吹かせてあげますよ」
「そう、よかったわ。高いお金を払ったんだから、しっかり頼むよ」
ショートカットの銀髪。
私服に着替えてはいるが、その姿は知ってるものが見れば間違えることはない。
その少女———イルミナは、暗がりの中、商人と話を続けた。
「…これで準備は整いました。あとは時間に合わせて魔獣を送り込むのみですが、時刻は…」
「ここよここ。ちょうど、アシュミーがライブしている最中。そこに魔獣を放り込んで破壊するの」
「承知いたしました。あやつは比較的戦闘力が高めです。我々は転送後については責任を負いませんので、くれぐれもお気をつけ下さい」
「心配いらない、好きなだけ暴れてもらうだけだから。アシュミーを窮地に立たせるだけでいいの」
「そうですか。…AIコンビ、私は好きだったのですが」
「…過去の話はおしまい。未来を変えるために、わたしはこうするしかないの」
「コンビの再来、私は密かに待っておりますよ」
「…」
「では。ご武運を祈ります」
そう言い残して、商人はその場を離れた。
イルミナは何もない空間を眺めて察知の魔法を起動、召喚獣の魔法陣をそこに見出した。
流石魔獣を専門にしている商人だ。そこにあると予想して魔法を使用しない限り、まず気づかれることはないだろう。
これで彼女のライブ中に魔獣が急に登場。好き勝手に暴れ出し、ホール内は大惨事に陥る。
あとは自分が…。
明日の様子を想像し、一人ほくそえんだ。
「アシュミー…。わたしは———」
踵を返し、最後の一人として、イルミナは出口を目指す。
そしてイベントホールの出口にて、彼女を待っていた人物が一人。
「明日は頑張ろうね。…兄さん」
「…そうだな」




