25話 本当に女になった男の娘の話
俺とメロウは、ウォルターの発明品によって女体化し、元に戻れなくなったスイランを連れて帰宅した。
「ここがメロウの家かー。なんかいい匂いがするなー」
物珍しものを見るように、家の中を見回している。
「何か面白いものないかなー?メロウの秘密部屋とかない?」
「そんなものありませんっ」
いきなり何を言い出すかと思えば。
大豪邸ではない訳だし、家の広さを考えてもそんな部屋ないだろ。どこかに地下室への階段でもあれば話は別だが、メロウはそんなものを作りたがるわんぱく少年のような気概は持ち合わせていない。
そのままリビングまで通された。
まだ夕方だし空腹ではない。何かする時間はありそうだ。
トレーニングだな。
昨日は飲み潰れて何もしていないから、今日取り返しておかないと引きずりかねない。
俺は荷物を置いて、動きやすい服装に着替えた。
「それじゃ、走ってくる」
「わかりました!私はお風呂とご飯の準備をしてますね」
「そうしてくれると助かる」
俺は外に出ようと歩き始めた。
...前に進めない。
誰かに服を掴まれているようだ。
後ろを振り向くと、
「遊ぼー」
「駄目だ。俺は毎日トレーニングをして強くなる義務が───」
「別にいいじゃん一日くらいさー。こんな美少女二人を放って一人で訓練なんてどうかしてるよ」
…。
俺はスイランをずりずりと引きずりながら表に出た。
スイランはスイランで、しっかり俺の服を掴んで離れない。
力づくでなんとかなりそうではあるが…。
この見た目では迂闊に手を出せない。
「というかさ…ブレイン」
身体全体が斜めになって、俺にもたれかかった状態のままスイランが俺に尋ねかけた。
「運動して大丈夫なの?」
「は?」
どういう意味だよ、それ。
おっさんと斬りあった傷は流石にある程度回復した。
それを心配してくれているのだとしたら、いらぬ心配だ。
だから何も問題ない。
だから俺はこれからトレーニングをして———
あ。
そういえば、俺リビールの実食ったわ。
実験という名目でダンにボコボコにされたあの時。
リビールの実を食べた以上、今日一日は戦闘、トレーニングを含む激しい運動はご法度。
禁忌に触れるとガチで命に関わる。こればっかりは驚異的な治癒効果の代償のようなものであり、避けるのは不可能だと言われている。わざわざ命の危機に踏み込みたくはない。
「…スイラン、今回はお前の遊びたい欲に助けられた。」
「ふふーん♪」
上機嫌そうなスイランを引きずったまま、俺は家の中へと引き返した。
…お前、俺に引っ張ってもらうのを楽しんでるだろ。子供の電車ごっこか。
「あら?どうされたんですか?」
メロウが帰ってきた俺に尋ねる。
彼女はすでに料理を始めていた。肉のいい匂いがしている。
「それがだな…。俺、今日リビールの実食ったからトレーニングできない」
カラン。
メロウが持っていたお玉を落とした。
カランカランと転がり、近くに置いてあった棚にぶつかって停止。
そして、メロウは驚愕の表情を浮かべたまま、俺の目をじっと見つめていた。
「れ、レイブンさん…。どうしてですか?どうしてリビールの実を…それも私の知らない間に…」
手ががくがくと震えていた。
そして心ここにあらず。火を調節しないと焦げるぞ。
「あー、それが…まあ色々あってな」
やってしまった。
だが、流石に言えない。俺のこの肉体における実験をしていたとはいえ、怒り狂うダンケルに一方的に殴られていたなんて。
リビールの実を食べざるを得ないレベルでボコボコにされたと知れば、メロウの心情は穏やかでなくなるのはほぼ確実。
なんとか隠さなければ。
「なぜ使ったのかも気になるのですが!それよりも!
どうして…どうして私の魔法を頼ってくれないんですか…?」
「いや、それは…ん?」
メロウがわなわなと震え、目尻に涙を浮かべ、消え入るような声で呟いた。
…いや、俺だって初めはメロウに治癒魔法を使ってもらう予定だってんだ。
それが、ダンケルの『リア充爆破』計画によって無理やり食わされた訳で…言えないけど。
「あー泣かせたー」
ずっと俺の後ろにいたスイランは、めんどくさい年頃の女子みたいなノリで俺を小突く。
脇腹をつつくな。この状況で笑いでもしたらメロウが壊れるかもしれない。
メロウがまるで無理やり蘇生させられた亡霊のように、力なく一歩づつ俺の元へと近づいてくる。
「私は信用されてない…木の実一つに負ける…敗北者…」
「なあ、スイラン…どうすればいいんだ…?」
チラリと後ろを振り返り、青い美少女に助けを求めることにした。
例の彼女は長い髪を揺らしながら、やれやれといった様子で首を横に振っている。
「そうだねー、今からボクがブレインを殴って、その傷をメロウに癒してもらうとか?」
「駄目です。戦いでもないのに、レイブンさんに傷ついてほしくないです…」
こういう優しさはしっかり残っていた。
それは嬉しいのだが…。
「だったらさ。最悪の場合、ブレインに全部…吐いてもらうしかない…?」
「そうですね…!」
悪ノリでメロウ側に着いたスイラン。
美少女姿の小悪魔が約二名、俺の方へとにじり寄ってくる。
「一旦落ち着け、メロウ。ご飯を食べれば落ち着くはずだ」
「だんまりを決め込むおつもりですか?だったら、レイブンさんの今日の夕食はリビールの実の詰め合わせですね!」
笑顔でとんでもないことをのたまう少女。
ちなみに、リビールの実の服用は一日に一つが大前提。一気に三つ食べようものなら、肉体が溶け出して崩壊する。
「どうする?」
「…。」
俺は折れた。
ことの顛末を聞いたメロウはニコニコと笑いながらお玉を握りつぶし、「ダンケルさんにも、同じ目に遭ってもらわないと…」と呟きながら、料理を再開した。
なんだかんだ言っても、結局メロウは優しかった。
レイブン・グルジオに戻ることで機嫌を直し、俺の分の夕食もちゃんとくれた。
いい匂いがしていた肉の炒めものだ。若干焦げ気味だったが、完全に俺が悪いからなあ…。
その後は特に複雑なこともなく一日は平和に終わりを迎えた。
いや、平和ではないかもしれない。
賑やかには違いなかった。
スイランが持ってきた謎のボードゲームに参加させられ、『スゴロク』なるものを遊んだ。
まず起動すると俺たち全員が小さくなる魔法を受け、盤面に立たされる。そして目の前にあるルーレットで出た数字の数だけ自分が進み、止まった地点によって様々なイベントが発生するというものだ。最後まで進めば身体は元に戻ったが、無駄に長かった。
しかもそのゲームが恐ろしいのは、そのイベントは現実で俺たちが実際に経験するという点だ。一度始まったら成し遂げるまで次のルーレットが回せない鬼畜仕様。
お陰で俺は謎の川で水害に巻き込まれたり、苦手なグラップフルーツの大食いをさせられたり散々だ。
メロウは謎の減量指令を受け、必死に身体を動かしていた。元からスラっとしていて綺麗な体形だったのに、無理やり運動したせいでやせこけたみたいになっていて少し哀れだった。まあスゴロクの魔法によってすぐに元の体形に戻ったのだが、メロウはなぜか残念そうだった。
スイランはただただ歌唱。初めは慣れない女声に苦戦するも、最終的には素人目からしても上手かった。コイツも多才か。俺の周りの人間たちを考えても、俺だけ戦闘狂なのが辛い。
とまあ色々あって、メロウ、スイラン、俺の順番でゴール。
最後になった俺は二人の設けた罰ゲームでセルフポリモルフによる女装。しかもセクシーなポージングを要求された。
二人は楽しそうに見ていたが、俺は地獄でしかない。
誰だよ『レイミ・グルジオ』って。俺にそんな名前の親戚いねーよ。
あと俺ばっかり辛い目に遭っていた気がするが、本当に運だけなのか?
こんなゲーム考えたのは誰だ。
「ああ…俺は何をしてるんだ…」
「えー可愛かったのにい。このままアイドルデビューしない?」
「お前がすればいいんじゃないか?実際今は女だろ」
そんな話をしていたら、時間は過ぎて行った。
普段は俺もメロウもそこまでお喋りな方ではないから、来客のある日は普段とかなり違う感じがする。
「そろそろお風呂の時間ですね。レイブンさんお先に入りますか?」
「そうだな…スイランはどうする?」
「ボクは最後に一人で入るよ。なんというかさ…状況が複雑だから、メロウともレイブンとも入れないし…」
スイランは両手の人差し指を合わせ、苦笑いしている。
ああ、そうか。見た目からは想像もできんが、男なんだったな。
そして現在の肉体は疑うべくもなく女性。まあ複雑極まりない。
「なんか悪いな、スイラン」
「いいよいいよ♪」
「あはは…」
そんなこんなで、俺→メロウ→スイランの順で入浴した。
スイランは入浴後に水の滴るバスローブ姿のまま俺を誘惑しにかかってきたから、そこでまたひと悶着。二人ともいい匂いがして、なんとなく流されそうになったがギリギリ持ちこたえた。
ダンケルやカインがこの様子を見たら殴りに来るのだろうか?
まあいいや。
~日々のトレーニング記録 その五~
・おっさんとの決闘(ギリ勝利)
備考
色々ありすぎて最近書いていなかったが、ようやく安穏を取り戻せたので再開。
久しぶりに苦戦、右腕を持っていかれた。メロウたちのサポートに頼りがちだったのかもしれない。
☆
「ボク、可愛い?」
スイランが俺の周りをぐるぐると歩きながら尋ねる。
「メロウよりも可愛い?どう、どう?」
長い髪を揺らしながら、優雅に歩き回る彼女。
「ねえー、答えてよー」
俺の目の前に座り、聞こえていますかと言わんばかりに手を振ってアピール。
「レイブンさーん?」
「ああ、答えてやるよ。…その前に一つ」
「どうしたの?」
「お前さ…
また俺の夢に侵入しただろ」
「…何のことだか」
そう。俺とスイランがいるのはいつかの花園。
昨日はベッドでぐっすり眠った俺は、現実でこんな場所にいる訳がない。
ならば、あの時と同じ。『夢想の羽』で俺の夢に侵入してきた可能性しか残らない。
いつ俺は羽に触れたんだ。メロウも巻き添えなのだろうか。
目を覚ますしかないな。
あれ、どうやって起きるんだ?
前回はどうしたんだったか。
「スイラン。質問の答えは起きてから言ってやる。俺を現実に戻せ」
「別にいいけど…約束守らなかったら、何してくれる?」
「…何か欲しいものでもあるのか?」
「うーん…その『強さ』が欲しい」
「…」
強さ…か。
正直なところ、唇とかふざけたことを言われると思っていたから、この反応は意外だった。
「お前…何を企んでいる?ベクターに俺の居場所を吐いたのも、何か考えがあってか?」
スイランはきょとんとするが、すぐにニヤリと笑った。
端麗な花々が咲き誇る中、立ち上がり俺を見据えた。
「そんなの簡単さ。 レイブンは強いんだ、変な横槍が入る前にさっさとあの男を叩き潰して計画を破綻させるのが速いし確実だと思ったからね」
「…」
おっさんの話、やはり本当だったのか。
聞いてみれば単純な理屈だし、実際最後は上手く終わった。
聞いてみないとわからないものだ。
「お前は何をするつもりで———」
「それじゃ、目覚めまで三、二、一、ばいばーい!」
最後まで俺の話聞けよ。
スイランが手を振ると、辺りの花園が白い光を放ち始めた。
やわらかい明かりが俺たちを包み込み、スイランの姿も見えなくなる。
そして、全てが真っ白になると俺の夢の中の意識は薄れていき———。
「…前回はこんな心地の良い目覚めじゃなかった気がする」
☆
大きな事件の始まりを辿ると、実は何気ない一つ発言だったというのはよくある話。
この日からスイランが元に戻るまでの二.五日の間、俺は本来踏み込むはずのない世界にへと足を進めていた。
「ギルドハウスに行こう!」
現在、俺たちはギルドハウスにいる。
最近は出費が激しかった上、国の衛兵とばかり戦っていたせいで収入がなかった。ここらで依頼を達成してお金を稼がないといけない。
あとスイランが『女になったボクでも、ちゃんと戦えるのか試したい』と言っていた。まあちょうどいい機会だ。俺も右腕が復活しているのかどうか不安だしな。
ダンジョンに出かけることになるとは思うが、一つくらい俺の手持ちの素材で即終了の依頼はないかな…。
「あった、魔鉄鋼五つの依頼。俺の袋から吐き出して即達成だ。やってくる」
「じゃあボクらは別の依頼探すね!」
スイランとメロウは再び掲示板を眺めている。
じゃあ俺はあの依頼の紙を回収して...。
「「あ」」
誰かと手が触れた。
柔らかくて小さな手だった。
そちらの方を向くと、
「それ、あたしが先に触ったんだけど?」
メロウと同年代くらいの少女がいた。めっちゃ俺を睨んでる。
身長はメロウよりやや高く、スイランと同じくらい。
まっ黒な髪をショートカットにしており、少年のような青いキャップ。やや長い前髪で綺麗な目元は隠れ気味になっている。
そして、なんというか、俺には縁のない世界だが、巷では『ロック』と呼ばれるような黒を基調とした鎖付きの衣服を身に纏っている。
顔立ちはかなり美人なように見受けられるが、髪のまとめ方や服装によって、格好いい系統に傾いているような風貌をしている。だが...
これ、素顔じゃないな。
微妙に魔法で違う見た目になっていると見て良さそうだ。
恐らく細い左腕の手首に装着しているあのリングが魔力を発している。
それも単純な心眼だけでは見破れない高度な代物。
素顔はどこかの分野での有名人なのだろうか。
完全に一人で、取り巻きの人物のようなものが見当たらないのが気になるが。
「聞いてる?」
あまり虫の居所の良くなさそうな声で、腕を組んだままじっと俺を見つめている。
まあ面倒なことになるのも嫌だし、譲って終わりにしよう。
「ああ、悪い。どうぞ」
俺はさっと問題の依頼が書かれた紙を破り、彼女に差し出した。
「...え?」
彼女はきょとんとしたまま、流れのままに紙を受け取った。
そのまま二人とも固まっていると、俺たちに気づいたメロウとスイランがこちらに来た。
「どうしたんですか、ブレインさん?」
「あの依頼が欲しい子がいたから、渡していた所だ。まあ魔鉄鋼を欲しがる所は多いし、別の時に稼げばいいだろ?」
「それもそうだね。じゃあ今日ダンジョンに潜る時の依頼探そっか!」
例の少女を完全に放置して、俺たちは喋りながら別の依頼を探し始めた。
しばらくすると横からぐいと服を引っ張られ、体勢が崩れた。
「何よ、強者の余裕ってやつなの?気に入らないわね、アンタたち何者?」
ムスッとしたまま低い声で脅すように話しかけてきた。
あっさり渡したのが気に入らないのだろうか。
「はぁ...俺はブレイン・グルジオ。ただの駆け出し冒険者だ」
ため息交じりに俺は答えた。
それを聞いた瞬間に彼女は目を見開き、いきなり怒り出した。
「はあ!?なんであの方と同じ名前を...」
わなわなと震えており、その震えは掴まれている服を通じて俺にも伝わってくる。
ここまでキレることか?これも女心ってやつだろうか...。
「...ブレインさんに触れないでもらえますか?」
メロウが少女の肩を掴み、冷たい視線を向ける。
やべえ。俺の軽率な行動のせいで無駄な争いが起きようとしている。
少女は一度手を離して距離を取り、俺を鋭く指差した。
「...もう我慢できない。そこの貴方、あたしと決闘よ!」
決闘って...断ると後が面倒だし、軽く捻って終わらせるか。ブレインのいい練習機会だ。
こうして俺たちは、謎の少女に連れられてギルドハウス地下の決闘用スペースまで連行された。地下特有のなんともいえない空気が漂っている。
なぜこうなった...。
「ブレインさん、負けないで下さいね! 」
「まあ大丈夫だよね」
二人が離れた場所で見ている中、彼女は敵意むき出しで俺に剣を向ける。
「あたしが勝ったら、貴方、ブレイン・ヒンジャクに改名しなさい」
「は?」
なぜ?
依頼とか金とかじゃなくて名前??
「どうして俺の名前にこだわる?空気を壊すようで悪いが、決闘するほどのことか?」
「アンタみたいな女連れで軟派な男が、あたしの憧れの人と同じ名前をしてるなんて許せないからよ...!」
憧れの人か。
まあ気持ちはわからなくもないが...。
「それで?その人は有名なのか?」
彼女は熱の籠った目で強く語った。
その心は本気なのだろう。
「そう、あの方はとても強くて凛々しくて、あたしやアンタじゃ足元にも及ばない。だから、あたしはもっと強くなって...
レイブン・グルジオ様に近づくの!!!」
「は?」
「はい?」
「うん?」




