21話 衛兵親子と話し込む話
※21話はネタ回ですが、下ネタ要素がやや多めです。苦手な方はご注意下さい
前略、ベクターとその親子が来た。
「と、いうわけでだ。お前さん、行くぞ」
ベクターは会うや否や俺の服の袖を掴み、ぐいと引っ張った。
突然のことに俺は抵抗できず、流れのままに吸い寄せられていく。
「ちょっと待て!少しはこっちの事情をだな…」
流石にまずいと思い、隙をついて俺も足を踏ん張る。
(他称)魔王と(元)衛兵隊隊長の引っ張り合いが勃発。
「...ベクターさん。日を改めていただけないでしょうか?私たちも昨日の騒動で疲れていますので…」
ナイスだメロウ!
これで今日一日ゆっくりする予定を再開…
「貴方、ひとまずこちらへ」
「お、おう」
フィリアナが不敵な笑顔で手招きし、それに気づいたベクターが俺の左手首を掴んでいた手を離した。
そして次はメロウに目を向ける。
「メロウちゃん…と言いましたね?貴女もこちらへ」
「え、は、はい…」
困惑したまま、メロウもフィリアナの傍へ。
そして三人で謎の内緒話が始まった。
フィリアナのすぐ近くにいるフィーネは興味ありげに耳を傾けているが、何の話をしているのか理解できないらしく、時折俺の方を向いて首を傾げる。
「~~~ので、~~~すれば~~~」
「ほう」
「!!」
…何の話をしているんだか。
日付合わせでもしているのだろうか。俺がいるとそもそも計画が中止になる危険があるから内緒話をしている可能性、あるよな。
やっと終わった。
おっさんがくるりと踵を返して俺の方へ来て、再び肩をポンと掴む。
…ん?
「では行くぞ。時間がもったいない」
「は?」
え、何? 強制決行?
さっきの話し合い何だったの?
「ちょ、メロウ!この若作りの三十代おっさんに何とか言ってやってくれよ」
だが、メロウはにこやかな笑顔のまま時が止まった。
深々とお辞儀をして、俺に告げる。
「...男性同士の方が話しやすいことって、ありますよね…。どうぞ、私抜きで存分に語り合って下さい」
…。
突然の手の平返し。原因は火を見るより明らか。
「...フィリアナさん。俺のメロウに何を吹き込みました?」
「...ふふ。ウブな坊やにはまだ早い、大人の女の話ですよ」
フィリアナは人差し指を口元に当て、小悪魔的な笑顔を向けてきた。
年齢を考えると結構ヤバいことをしているはずなのだが、おっさんもフィリアナさんもめっちゃ若々しい容姿をしているから、単なる悪戯っぽい仕草という形で済んでいるのが辛い。
「その大人の女の話とやらに貴女の旦那が絡んでいたのは、どうお考えで?」
「思春期のレイブン君はまだ知らなくていい話です♪」
「と、いうわけでだ。お前さんの通信機の新調にレッツゴー!」
「いや、俺の話はまだ終わってなああああああああ」
頼みの綱だったメロウはあっさり懐柔されてしまい、俺はおっさんにずりずりと引きずられながら家から離れていく。
「では、私とフィーネはお家にお邪魔しますね。メロウちゃん、今日はよろしくね♪」
「あ、はい!」
「お邪魔しまーす!」
なんでも、あっちは女性たち(一名は幼女)で女子会をするらしい。
恋バナとやらをやるのだろうか。...俺には縁のない話だ。
フィリアナさんに変なことを吹き込まれて、メロウがおかしくなっていなければいいのだが…。
本当は見張っていたいくらいなのだが、そんなことを考えている間にもどんどん俺とメロウの距離が大きくなっていく。抵抗はもう諦めた。
この夫妻、似た者同士だ。
「じゃあまずは通信機だが…赤でいいだろう。ほれ」
「適当すぎるだろ」
ここは以前来たことがある道具屋。
おっさんは入店してすぐに赤の通信機を見てうんうんと頷き、すぐにレジへと向かう。
「なんだ?他の色か?」
「そういう問題じゃなくて、俺に考える時間をだな…」
おっさんはため息を吐く。
やれやれといった様子で手を横に振った。
「私の目的はお前さんと飲み屋で話をすることだ。通信機の弁償なんぞオマケに過ぎんよ」
本音ぶっちゃけやがった。
いやわかってはいたけどさ、暗黙の了解みたいな形で行くんじゃなかったのか?
「…赤で」
「よしきた。すいませーん」
俺の回答を聞いた瞬間におっさんは踵を返し、店員を呼んだ。
すぐに話がまとまり、俺の手元にポンと新しい通信機が。
「…。」
「行くぞ」
「…。」
もう諦めた。再び肩をがっちり掴まれて歩いていく。
周りの憐れむような視線が辛い。めんどくさい叔父に絡まれた青年にでも見えているのだろうか。
時は流れ、とある飲み屋の前。
昼過ぎであるにも関わらず中は賑わい、オフの冒険者たちが酒を酌み交わしている。
「俺、ここきたことないな」
「ならちょうどいい。通の酒と飯を教えてやろう」
酒を飲むのは、あのリオンが仲間になったあの日以来か。
おっさんに飲まされて潰れると、何をされるかわからん。注意しないとな。
俺たちはのれんをくぐり、中へと足を踏み入れた。
「ご注文をどうぞ」
「とりあえずエール二杯。それから———」
若い男性店員に、おっさんが流暢に注文を連ねていく。
メニューを見てすらいない。どんだけ通い詰めたんだ。
店員が一礼して厨房へ戻る。
おっさんがニヤリと笑ってこちらの方へ顔を向けた。
「もちろん奢りだ。好きなだけ食べるがいい!」
「お、おう」
だが、こうして外食できるのもそれはそれで嬉しい話だ。
メロウの料理は美味いし何も文句はないが、たまにはこうして、俗に言う身体に悪いものを食べたくなる。
おもむろにベクターが立ち上がった。
「どうした?」
「お花摘みさ」
「…そういう言葉使っていいのは、メロウやフィーネくらいだろ…」
ハハハと笑い飛ばして、おっさんの姿が消えた。
めんどくさい親父だ。
フィーネにはぜひともあの父親とは違う路線を進んで、お淑やかなレディになってほしい。
だが、これでフィーネの笑顔を守って俺の命も脅かされなくなったのなら、この結末も悪いものではないのだろう。
これまで『魔王』だと言われ人を傷つけてばかりだった俺は、あの家族の平和とメロウを守りぬけたんだ。
まだ動きが若干鈍い右腕を見て、俺は少し笑った。
そんなことを考えていると、さっきの店員がでかいトレーに色々乗せてやってきた。
「注文のエールです。それから煉獄鶏のから揚げと、串刺しビーフと———」
おっさんが戻ってくるころには、テーブルの上は料理で一杯になっていた。
見覚えや聞き覚えのない料理もちらほら。
おっさんは満足そうに腰かけ、エールを片方手に取った。
「それじゃ、昨日のお前さんの勇姿に乾杯!」
「…乾杯」
勢いよくグラスを突き合わせた。
カランという響きの良い音が鳴る。
そのグラスを傾け、発泡した液体をぐいと押し込む。
のどごしのいいエールが喉の奥へと流れていく。
「ふぅ」
「…それじゃ、飯を食いながら男同士の会議を始めようじゃないか。」
こうして、俺からしたら地獄のような談義が始まった。
「先に真面目な話から始めよう。…お前さんは、スイランという人物を知っているかね?」
「!」
なぜその名を!?
スイランと接点があったのか?
「スイランは俺の仲間だ。一緒に冒険したこともある。」
「なるほど。だからお前さんが洞窟ではなく街に潜んでいたことを知っていたわけか。」
『知っていた』?
『街に潜む』?
どういうことだ?
「…実はな、彼女…いや、彼か。その彼が、私の元に来た。そして告げたのさ。『レイブンはここにはいない』とな」
「なん…だと…」
アイツがそんなことを?
俺を売った?…本当にそうか?
アイツはイタズラ好きで変な奴だが、あっさり仲間を裏切るような性格とは思えない。
実際、衛兵に絡まれたあの時、スイランは確実に味方だった。
何の目的が…?
ベクターは腕を組み、戸惑う俺に向かって口を開いた。
「あの目はお前さんを裏切って自分だけ助かろうとする狡猾なものではなかったが、強い意志が宿っていた。何か、大きな目的のために動いている。注意することだ。」
…確かに、スイランは未だに謎が多い。
ギルドハウスで偶然出会っただけだが、俺の力を何かに利用するつもりで…?
…まさかな。『僕が世界を変える』って言いまくってるダンケルじゃあるまいし。
「忠告はそれだけだ。…では、明るい話をしようじゃないか」
さっきまでの様子が一変、フランクなおっさんが戻ってきた。
鶏肉を頬張りながら、俺の方を凝視して尋ねる。
「…お前さんはあのメロウちゃんのこと、どう思っているんだ?」
「ごふっ、ごほごほ」
いきなりの不意打ちに、危うくエールを吹き出しそうになった。
「いきなり何だ?」
「まあ興味本位さ。あれだけお前さんを好いている子だ、想いが通じているのかどうか気になるじゃないか」
「…」
「何、嬢ちゃんはここにはいない。私とお前さんの秘密さ。」
…まさかこのおっさん、本当にそんなこと聞くために俺を引っ張り出したのか?
店を出たらぶん殴ってやる。
「…。……そりゃ、何も意識しない訳ないだろ。」
「ほう」
「メロウと俺は全く接点がなかったのに、初対面で俺の本質を見抜いて信頼してくれた…。優しくて料理が上手で、でもたまに抜けているところがあって…本当、俺にはもったいないくらいさ」
「…まあそんなところだろうな。」
めちゃくちゃ恥ずかしい。
顔が赤いのは酒のせいだ。そういうことにしよう。
「まあお前さんのそんな思いを聞いたところでだ。…もう抱いたのか?」
「ぶっ」
誤魔化すために飲んでいたエールが勢いよくグラスの中に逆流した。
そして俺は驚きすぎて咳込んだ。
「ごほっ、ごふお…いきなり何聞いてんだ!そんなわけねえだろ!」
おっさんは悪い笑顔を崩さないまま、ジャーキーと呼ばれる肉をむさぼっている。
「おや、まだなのかい?フィリアナの言ってた通り、初心な坊やだなあ」
駄目だ、完全におっさんの飯のネタにされている。
「アンタはどうだったんだ?俺くらいの年齢の時、どうだったんだよ?」
「妻を初めて抱いたのが十六の時だ」
「…」
エールを口に流し込みながら、淡々と告げた。
俺は卵焼きを取ろうと伸ばしたフォークを落とした。
ひと時の静寂。
「今でこそ私は元衛兵隊長だが、昔はフィリアナと遊ぶことしか頭になかった。妻を人質に取られた時は、国を滅ぼすことも考えたほどさ」
「衛兵とは思えない攻めた発言だ」
「衛兵だなんだと言われようと、私も一人の男さ。フィリアナのあの巨乳は、半分くらい私のお陰———」
「公共の場でそういう話はやめておけ、おっさん」
「おっと、すまない。…まあ、何だ。私は妻と娘を世界一愛している。お前さんも、それくらいの情熱を持ってやるのが男の誠意というやつだ」
なんかいい話風にもっていかれた。
俺はまだ納得していないが、無理やり結論づけられた。
…よく見ると、ベクターのおっさんも顔が割と赤みを増している。
さては弱いな?俺ほどではないにしても。
ちなみに、俺は結構まずい。ここまでで、互いにエールをジョッキ三杯飲んでいる。
こうして、メロウの話(+性欲の話)はひと段落。
言い方が大人としてヤバい気がするが、家族愛は本物なんだなと、しみじみと感じる。
俺にはもう家族はいないが、いつかメロウをそんな風に思うことが…。今は考えるのをやめよう。危ない妄想は罪だ。
「それじゃ、もっと飲むぞ青年よ!これまでの鬱憤を晴らすがいい!」
鬱憤か…上等だ。
幸か不幸か、ここにはおっさんと、あとは周りにも冒険者くらいしかいない。
たまにはがっつり飲んでやろうか。
「よし、今日くらいは飲むか」
「その意気だ。ノリのいい若者は好きだぞ」
…。
…。
気が付くと、俺はベッドの上にいた。
って、もう朝…俺は夕方から次の日の朝まで完全に眠っていたのか…。
いてて、頭が死ぬほど痛い。
確実に飲みすぎた。酒に超弱いことはわかりきっていたのに、調子に乗った男の末路…ん?
手が何かに当たった。ゴツゴツしていて、肌のような感触で…。
隣でベクターのおっさんが眠っていた。
なんでここに。
「なあおっさん。一体何があったんだ?」
身体を揺すってみるが、おっさんは起きない。
ぐーすか眠っている。…よく見ると、顔面に青い痣ができている。誰かに殴られた?しかも両手を身体の前でがっちり縛られている。
…俺が酔って眠ってから、一体何が…
「それは私の方から」
誰だ?
隣を見ると、フィリアナさんがベッドにゆったりと腰かけていた。
髪をかきあげる動作がとても秀麗で、なんとなく見入ってしまった。
「ふふ、旦那がごめんなさいね、レイブン君。」
俺に向かって手を合わせ、申し訳なさそうに苦笑いした。
ああ、そうだ。おっさんと意気投合して酒飲みまくって…。
「い、いえ。俺も自分から飲んだんで」
そう、半分くらいは俺のせいだ。
どうやって帰ったのか全くわからないが、もしかしてフィリアナさんが俺たちの介抱を…ああ、申し訳ねえ。
「レイブン君、私から二つだけヒントをあげますね」
「…何でしょう」
「お酒の飲みすぎには注意してください。昨日は大丈夫だったみたいだけど、一人だと悪い人に騙されてしまいますからね。レイブン君はかなり弱いみたいだし」
「…はい。面目ない」
「それから二つ目。メロウちゃんを放置しちゃダメですよ?あの子…実は寂しがりやですから」
え?…マジか。俺の知らない一面だ。
女子会ってやつで、メロウも俺には話せない心の内を語ったのかもしれん。
「ありがとうございます。だったら俺はメロウの元へ…」
「今はまだダメですよ」
起き上がろうとすると、フィリアナさんが扉の前に立ちふさがった。
…何のつもりだ?
「どうかしたんですか?」
「昨日のこと、覚えてないんですよね?…ひとまず元の姿に戻って、清潔感を保持した状態であの子にタッチすることを薦めるわ」
フィリアナはパチリとウインクした。
『タッチ』って言い方が若干いやらしいが…まあこの人のイタズラみたいなものだろう。
「えっと…わかりました」
俺は言われた通りに紋章をなぞり、普段着に着替えた。
☆
レイブン(ブレイン)とベクターが通信機の購入を終え、飲み屋に入った辺りのこと。
「…そろそろですね!」
フィリアナが得意の野菜と肉の料理を振る舞い、仲良く食事を済ませた後にて。
メロウ、フィリアナ、フィーネの三人はリビングにて、フィリアナの通信機を囲むように座っていた。
~出発の前~
「ねえメロウちゃん…レイブン君が貴女のことをどう思っているか、気にならない?」
「え!?えっとそれは…その…」
「気になりますよね?でも正直な気持ちなんて、本人の前じゃ教えてくれませんよ。…そこで、貴方」
「それはフィリアナの通信機…。なるほど。酒場に着いたら、隙をついてこっそり発信しよう」
「!!」
「男同士の会話なら彼もきっと本当の想いを話してくれるので、貴方が通話をオンにしたまま会話を誘導すれば、メロウちゃんは生で聞くことができますよ?」
「…!」
「「「(こくりと頷く)」」」
「ママたち、何をお話ししてるの?」
そして、その時は来た。
通信機が反応し、床の上で震えて移動を始めた。
「!」
メロウが即座に掴み、蓋をパカッと開く。
中の上蓋に、ベクターからの着信を示すルーンが刻まれている。
『…それじゃ、昨日のお前さんの勇姿に乾杯!』
『…乾杯』
「パパとお兄さんの声だ!」
「ふふっ、作戦は成功ですね」
フィリアナはメロウの方に目を向けて、ニッと笑った。
かなりのやり手だと、メロウは本能的に理解した。
「…」
フィーネは興味ありげに会話に耳を傾ける。
メロウとフィリアナも、(方向性が異なるが)通信機越しの二人の会話に傾聴していた。
『まずは真面目な話からだ。———スイランという人物———』
『アイツが何を~~~』
フィーネとフィリアナにはこの話が理解できなかったが、メロウは冷や汗をかいた。
スイランが裏でそんなことをしていたなんて話は、当事者しか知らない衝撃の事実。
実際、通信機の向こうのレイブンも焦っていた。
「スイラン君という子がいるのね。一度会ってみたいです」
「フィーネもー!」
「…次は、注意して会わないといけないですね」
スイランの話は比較的すぐに終了。
そして次の話題に移った。
『…お前さんはあのメロウちゃんのこと、どう思っているんだ?』
「!」
メロウとフィリアナの眉が動いた。
核心を突く質問がベクターから放たれる。
「あれ?ママとお姉さん、どうしたの?」
「フィーネ、ちょっと静かに。今から大事な話が始まるの」
「?」
フィーネは首を傾げた。
『…。……そりゃ、何も意識しない訳ないだろ。』
『メロウと俺は全く接点がなかったのに、初対面で俺の本質を見抜いて信頼してくれた…。優しくて料理が上手で、でもたまに抜けているところがあって…本当、俺にはもったいないくらいさ』
「「!!」」
メロウは顔が沸騰し、頭から白い煙が出てきた。
フィリアナは頬に左手を当てて達観視の構え。
「甘いですねえ。なんというか、昔を思い出します」
「お兄さんも、メロウお姉さんのこと好きなの?」
「そうよ、フィーネ。二人のこと、応援してあげようね」
「うん!」
「ああ…レイブンさん…わ、わたしも…」
メロウは部屋の隅で背を向け、一人で悶えていた。
フィーネはその様子を見て、ニコニコと笑っている。
「お姉さんどうしちゃったの?」
「フィーネもいつか、好きな男の子ができたらわかりますよ」
こうしてメロウが羞恥で苦しむ間に、男二人の話は更に進んだ。
『まあお前さんのそんな思いを聞いたところでだ。…もう抱いたのか?』
「あっ、これはまずいわね」
フィリアナは急いで通信機を手に取り、音量を下げた。
フィーネが疑問を感じ、母親の服の裾を掴んだ。
「ママ、どうしたの?」
「パパとお兄さんが、男の人しかしてはいけない話をしちゃったの。女の子は聞いちゃだめよ」
「うん!」
こうして通話の盗聴作戦は終了。
———かのように思えたが、
「も、もう少し話を聞かせて下さい。まだ通話切っていませんよね?」
顔は真っ赤なままメロウが立ち上がり、置いてあった通信機を手に取った。
そして音量を再度上げる。
「あ」
そして、会話が再び部屋に響く。
二人はもう酔っているらしく、陽気な笑い声が混じっていた。
『レイブン青年よ~、大志を抱いておるかあ~?』
『なあに言ってんだおっさんんー、当たり前だろうがおいいい』
『嬢ちゃんを抱く準備はできておるかあ?』
『メロウは何回もオカズにしてんだ、今日帰ったら即ベッドインだぜええ、待ってろメロウ~』
『ハハハハハ、盛んなこってえ。私も今日はフィリアナと特別な一夜だああ!』
しばしの静寂が訪れた。
フィーネは何の話をしているのかわからないらしく、笑顔のまま首を傾げた。
「あ、え、あ、…ちょっと、冷水を浴びてきます」
情報量の多さ、そして卑猥な発言で頭がショートしたメロウは、フラフラな足取りで浴室へと消えて行った。
フィリアナは崩さなかった笑顔が不気味に変わり、細い目で通信機越しの夫を睨みつけた。
「あの人、若い子相手だとすぐに羽目を外すから…!一度痛い目を見てもらわないと…」
「ママ、『おかず』ってどういうこと?レイブンお兄さんが、メロウお姉さんを食べちゃうの?フィーネそんなの嫌だよ!」
目に涙を浮かべるフィーネの頭を、フィリアナはそっと撫でた。
純情な生娘二人に囲まれて、大人のエルフは嘆息する。
「大丈夫よ。食べちゃいたいくらい大好きってことだから」
「ほんとに?」
「ええ」
よかったとフィーネは一息。
母親はそのまま疲れて眠ってしまった娘を膝枕してやり、そして通信機の通話を切断した。
夕暮れ頃、一旦落ち着いた三人はそれからカードゲームに興じた。
相変わらずフィーネが無双していたので、別の遊びを探していたところ、玄関のベルが鳴った。
「あっ…」
「どうやら帰ってきたみたいですね」
「あの、すみませんが、私は待っていていいですか…?」
メロウがもじもじしながらフィリアナに懇願した。
なんとなく察したフィリアナはほほ笑んで、フィーネと共に立ち上がった。
「お帰りなさ———」
「おう、妻よ!私が戻ってきたぞ」
扉の先で、ベクターは酔いつぶれて眠ってしまったブレインを右肩に抱えていた。
そのベクターもかなり酔っているらしく、上機嫌で足取りが安定していない。
「…レイブン君はどうしたんですか?」
「青年が飲みたいからってことで二軒目にな。魔王の名に恥じぬ飲みっぷりだったぞ!」
…嘘。
旦那は嘘をつくとき、下唇が右に動く癖がある。
今のこれも例に漏れず。
(大方この人の悪ノリに流されて、レイブン君は優しいから断り切れなかったのでしょう。)
「妻よ、折角戻ってきたのだから、私にお帰りのキスをぐへえっ!?」
顔を寄せてきたベクターには、キスの代わりに強烈な平手打ちが飛んできた。
隣で、奇異なものを見る目をしていたフィーネの目が見開く。
ベクターはそのまま安定を失い、レイブン共々倒れ伏した。
「…フィーネ。レイブン君をベッドまで連れて行ってあげて」
「…うん」
フィーネは母親の姿に少し怯えながらも、魔法でレイブンを浮かせて家の中に運んだ。
そして、残ったフィリアナは夫の右手を掴み、引きずって中へ入れた。
そして二人をベッドに寝かせ、戒めの意味を込めてベクターの腕を紐で縛ってからメロウの元へ向かった。
部屋に着いた時、メロウは自分のベッドルームで顔を抑えていた。
「ごめんね、メロウちゃん。旦那が無茶したみたいで」
「え、ええ。大丈夫です。レイブンさんの想いも知れたので。えっと、それで、レイブンさんは、私と…その…あんなことを…」
「大丈夫ですよ。レイブン君は優しいから、二人で同意した時に初めてそういうことをするんです。心を落ち着けて」
「…はい。ありがとうございます」
「どういたしまして。純情な子の相手は大変ね」
そう言い残してフィリアナは立ち上がり、フィーネの元へ向かった。
「あの人のせいで清純な子たちとフィーネが…。明日すぐに帰るとしても、その間は私がなんとかしないと…」
フィリアナは一人で頭を抱えた。




