2話 或る少女に出会う話
変な研究所を見つけた俺は、謎の魔道人形を起動した結果新しい身体を獲得。
しかも超弱いから一からの鍛え直しが可能。
これは実質人生二週目といったところか。
…まあ今は元の強い方だけど。
あの人形本当に弱いから脱出する前に死にそうだし、仕方ないよな?
さっさと街に繰り出して、人生楽しませてもらおうか。
ここは洞窟の地下三階だから、そんなに長い道のりではないな。
なんでもこの洞窟は全十階層になっていて、最下層には金の塊が大量に埋まっているなんて噂があるが、誰も到達して金を持って帰ってきていないから所詮は噂。夢はあるけどな。
俺はトレジャーハンターじゃないから、宝を求めて罠に突っ込むほど強欲じゃない。
第一、俺には大金があっても使い道がない。店や宿に行っても、「レイブン」と名乗った、あるいは認識された瞬間に厄災みたいな扱いを受けるから、気まずくなって出て行かざるを得ない。
…奥の方から、コツコツと足音が聞こえる。
近くに誰かいるな。音から察するに魔物じゃなくて人だ。それも一人で探索している。
ちょうどいい。人形の身体なら怖がられることなく会話できるのか、試してみるいい機会だな。
変、身!
ポーズを決めて勢いよく紋章をなぞった。
一瞬で金髪長身の肉体と入れ替わる。
…ちっちゃい頃物語を読んで憧れた、変身して戦う英雄の真似をしてみたが、これ実際は弱くなっているんだったな。
…そう思うとダサいな…
まあいいや。誰も見てなかったし。
戦闘以外の会話をほぼしない日々が続いたから不安だが…まあなんとかしよう。
突き当りの角を左に曲がると足音の正体が見えた。
女の子。それもすごく可愛い。
スラっとした細身の体形。
ふんわりと波打っているブロンズのロングヘア。
女神の恩恵を一身に受けたかのような愛らしい顔立ち、無垢な青い瞳。
薄地の純白の衣服と、それに負けず劣らず真っ白い透き通った肌。
…どの角度から見ても可愛い。
そして、この場所に合ってなさすぎる。
この子の格好は確実に街娘だ、なんでこんな血なまぐさいダンジョンなんかに…。
「…君はどうしてこんな所に?」
とりあえず話しかけた。ウジウジしたままなのは違うと思ったからな。
彼女は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐににこりとほほ笑んだ。
「えっと…『リビール草』という草の果実をさがしています。地下三階にあるって聞いたので」
…危なすぎるだろ。ここ魔物が割と湧くし、リビール草は結構レアな代物だぞ。
非力な女の子が一人で探していいものじゃない。
ってかそれって、今日おっさんに食わせたアレだから俺持っているんだけど。
いざって時に備えて、こっちの身体に三つ携帯していたから取り出せるし。
俺はズボンの左ポケットから実を三つ全部取り出した。
「ならこれをあげる。さっさとこんな所、出た方がいい。」
彼女の手を取って、手の平の上に実を置いた。
「!? ど、どこでこれを…じゃない、これは受け取れません!貴重なものなのに!」
彼女はうろたえて、俺に実を返そうとした。
どうせなら久しぶりの善行ってやつをさせてほしい。
「…受け取ってくれ。君がこれ以上この洞窟をうろついて危険な目に遭うと、俺は嬉しくない」
「…で、では…ありがとうございます」
彼女はぺこりと頭を下げた。かすかに頬が赤くなっているように見えたが、俺の自意識過剰だろうか?
白い服のポケットに実を丁寧に入れてから、彼女は尋ねた。
「私はメロウといいます。…貴方の名前を教えてくれませんか?」
「…名乗るほどの者じゃないさ」
考 え て な か っ た 。
…ヤバい。全く考えてなかった。
なんで苦し紛れにカッコつけたんだ俺。
だが、間違っても『俺はレイブン・グルジオ』なんて名乗る訳にはいかん。
折角いい感じなのに全部台無しになる。
冷や汗が噴き出てきた。
戦闘でもなんでもない、ただの会話でピンチになる俺。
「…じゃあこれで。」
ボロが出る前にこの場を去ることにした。
「ありがとうございます。次お会いしたら、是非お礼させてくださいね」
メロウの声に反応して、俺は背を向けたまま左手を挙げた。
ある程度歩いて、完全にメロウの姿が見えなくなったところで、俺は腰を下ろした。
…こっちの身体の名前、考えないとな…
また、さっきみたいなミスが起きかねん。
レイブン…レブ…イレブ…
『ブレイン』にしよう。賢そうだし。
ファミリーネームは…『グルジオ』のままでいいや。
俺は『魔王レイブン』とか(勝手に)呼ばれているが、ファミリーネームの方は大して有名じゃないし。
この金髪男の名前は『ブレイン・グルジオ』。うん、いい響きだな。
これで次回以降の会話もスムーズにできるだろ。
じゃあ、ちょっと気まずいしメロウに会わないように俺も抜け出すか。
あっちの道を避ければ多分大丈夫。
「きゃあああああああああああ!!」
…なんだ?
急に聞こえてきた少女の悲鳴。
方向と声色的に、十中八九メロウだな。何かしらの魔物と遭遇したか。
多分助からないな。ここは他の冒険者とかあまりいないし、食べられて終わりか。
リビールの実は治癒に使うものだから、魔物に食われた場合は役に立たない。
俺が助けに…無理だな。距離を考えるとブレインの筋力と体力じゃ間に合わん。
…まあ、運がなかったということだな。
弱肉強食ってのがこの世の摂理、仕方のないことだ。
☆
気が付いたら、
蹴り飛ばしていた。
「…」
メロウは目の前の光景に腰を抜かしてポカンとしている。
それもそのはず、今しがた俺———レイブンがミノタウロスの涎が滴る顔面を蹴り飛ばしたのだから。
レイブンだったら助けに行くのが間に合う。そのことに気が付くのに時間はかからなかった。
だがそこまでして助けに行く義務は俺にはなかった。
俺は神なんて奴じゃない。全ての人間を魔物から救うことなんかできやしない。
これまで、目の前で仲間や他人が食われ、殺される光景なんて腐るほど見てきた。
「じゃあなぜお前はこの選択をした」と聞かれたら、正直なところ答えなんてわからん。
…お人好しだなぁ、俺は。
この子は俺からしたら、ちょっと話をしてリビールの実をあげただけ。
それでも、「死なせたくない」なんて思ってしまうんだからなあ!
「グモオオオオオオオオ!!」
ミノタウロスが斧を振り回しながら突進してきた。
「さっさと散れ」
振り回す斧が当たらない一瞬を狙って敵の喉元に飛び込み、右手の剣で首を刎ねた。
ミノタウロスは一度斧を振り回すと、疲れるまで突進をやめない。だから動きが読みやすい。
そんなことメロウが知っているはずもないけれど。
「グオオオオオオオオオオ…」
首を切り離されたミノタウロスは断末魔の叫びをあげて消えていった。
後にはメロウと、さっきの金髪イケメンとは違う俺、レイブンが残った。
「…」
メロウは絶句したままだ。
無理もない。いきなり魔物に襲われたかと思えば、『転生魔王』なんて呼ばれてる奴が目の前で魔物を狩ったんだからな。
俺は一瞬メロウの方を見た。目が合った。
「「…」」
わかる訳ないよな。見た目が違うし。
この状況で「俺はさっきの男だ、わかるだろ?」なんてのはただの自分勝手だ。
…ここで別れてまたメロウが魔物に襲われると癪に障るし、眠ってもらってから俺が外に運ぶとするか。
腰の袋から花を一輪取り出した。
この花の花粉には睡眠作用がある。街じゃ加工して、不眠の対策なんかに使われているらしい。
「悪いな。ちょっと眠ってもらう」
天敵を前にした小動物のように固まったままのメロウに花を近づけていく。
「…あ…あなたは…」
「?」
メロウが何か喋った?声が小さくてよく聞こえなかった。
「どうした?…やっぱり俺が怖いか」
俺は嘆息した。わかってはいても虚しいものだな。
これ以上悲しくなる前に、さっさと眠ってもらおう。
「…あなたは…さっきリビールの実をくれた…あの方なんじゃ…」
「は?なんだと?」
「ひっ…いやなんでもないです…」
気づいた?…まさかな。
「でもだって…そこに落ちているのは…」
メロウが震えたままの手で俺のすぐ左を指さした。
その方向を見ると、焦げ茶色の丸い塊――リビールの実が一つ落ちていた。
さっきの戦いの最中にポケットからこぼしたのか。
久々に本気で走って、その勢いのままアイツに蹴りを入れたからだな。
「…」
俺は無言で左手の赤い四角をなぞった。
全身が一度真っ白に光って、その場所に金髪の人間が登場。
メロウは驚きながらも、どこか納得したかのような表情をしている。
「なぜわかった?あの実だけじゃ、同一人物なんて発想にはならないだろ」
メロウは座ったまま女神のように優しく笑った。
「だって、同じ目をしていましたから。『君が危険な目に遭うと、俺は嬉しくない』って私を心配してくれた時と同じ、あの優しそうな目を」
「…」
…めっちゃ嬉しい。「優しそう」とか言ってもらえたの、何年ぶりだろうか。
「あの時は、『魔王』の姿で私を怖がらせないように、見た目を変えて私を助けに来てくれたんですよね?」
それは微妙に違う。違うんだが、満面の笑みで聞いてくるからとても否定する気にはなれない。
「あ、ああ…まあなんだ…そんな感じだな、うん」
というか、こんな非戦闘系の女の子にまで『魔王』の通り名と俺の顔バレてるのか。ダメな方向に知名度上がりすぎだろ。
…ダメだ。さっきからメロウの目がキラキラ輝いている。
俺をヒーローかなんかだと思っている目だ。いや嬉しいけど。
「俺が怖くはないのか?『魔王』なんて呼ばれているその人なんだが」
「レイブンさんは『魔王』ですよ?
とても優しくてカッコいい、『正義の魔王様』です!」
俺の手を取ってメロウはそう言い放った。
ドスッ
何かが俺の心臓をものすごい勢いで貫いた。
今まで感じたことのない気持ちがどっと込み上げてきた。
少なくともここ数年で今が一番幸せだと思う。
ブレイン様様だな。レイブンのままだと、初めにメロウに会った瞬間に逃げられて終わりだっただろうし。
「…じゃあ、一緒に脱出するか」
「はい!」
眠らせる必要はなくなったので、一緒に話しながら洞窟を歩いた。
その際、メロウは大丈夫だし、いざって場合も考えてレイブンの姿に戻した。
「メロウ、街のどっかにいい宿はないか?俺はもう半年は街に行ってないから、どうなってるのかわからん」
「! …だったら…私の家に来ませんか?
お礼もまだですし」
…マジか。その提案はありがたいな。
だが相手は女の子。色々問題がありそうなものだが…。
「…会ったばかりの男を、あっさり家に入れていいのか?」
「私の勘では、レイブンさんは信用できます。…これまでの話し方や挙動もそうですし、女の子に慣れていませんよね?夜に私を襲う勇気はないでしょ?」
メロウが悪戯っぽく笑った。
地味に傷つく発言だなあ…いや確かに襲う勇気ないけど。
「理由がちょっと釈然としないが…まあいいや。じゃあひとまず入れてもらうよ」
「はい!」
ん?メロウはいいとしても、家族がオッケーを出すのか?
そこまで警戒心皆無な人いるか?少なくともメロウはそうじゃないし。初見の俺にしっかりビビってたし。
「なあメロウ、親御さんはいいのか? 娘が危険なダンジョンから帰ってきたと思ったら、やべー男連れて帰ってきてるって状態だぞ、これ」
「あっ…。
…大丈夫です…一人暮らしなので…」
答える時、メロウの元気がフッと消えた。
俺…地雷踏んだ?
「悪いことを聞いたな」
「いえ…珍しいことでもないですし」
大体察してしまった。
まあメロウの言う通り、これくらいの年齢で既に親がいないというのはありふれた話だ。
俺もそう。六年くらい前だったかな。
原因は誰かの陰謀とかじゃなくて、流行していた感染症。誰にも恨み言は言えなかった。
メロウもそうなのだろうか。聞くつもりはないけど。
話をしていたら、あっという間に出口に着いた。
もう日は落ちていて、星々の輝きがまぶしい。
向こうには街の明かりが綺麗だった。いまも商店や酒場なんかは賑わっているのだろうか。
…久しぶりだな、この景色。ここしばらく、ダンジョンを巡ってばかりだったからな。
「もう危なくないな」
ブレインと交代した。
するとメロウはきょとんとして俺の方を見た。
「どうして、わざわざ別の身体になるんですか?」
「…レイブンはな、もはや弁解不可能なくらい『魔王』のイメージが定着していて、街で穏やかに一日暮らすのが不可能なのさ…」
…言ってて虚しくなるな、これ。
俺の哀愁が伝わったのか、メロウは同情の目線を向けている。
「かわいそうですね…本当はお人好しなくらい優しいのに」
「性格だとか、口下手だってのもあるさ。こっちの見た目は『ブレイン』って名前で通すつもりだから、レイブンとは呼ばないでくれ」
「むっ」
メロウはぷくっと頬を膨らませた。少し不満げな様子だ。
「どうした?」
「私だけ、『レイブンさん』って呼ぶわけにはいきませんか?」
「いやダメだろ。それじゃ普通にバレる」
「むー」
やっぱりメロウは不満そうだ。
…何だ?呼び方ってそんなに大切か?
「はぁ…家の中とか、二人しかいない時は『レイブン』でも構わん。とりあえず俺の正体を第三者に喋らないようにしてくれ」
「! …それって二人だけの秘密みたいな…。
…もう、仕方ないですね~♪それで我慢してあげます♪」
急に上機嫌になった。
女の子にとっては、人の呼び方ってのは大事なものなんだな。
「じゃ、家まで案内を頼む」
「はい、レイブンさん!」
早速か…。俺の方から提案しておいてアレだが、ちょっと不安だな。
いきなりメロウが口滑らせてアウトなんて未来はごめんだが…。
まあいいや。
第二の肉体を手に入れてはや一日。
早速女の子(しかも可愛い)を仲間にできて、幸先は上出来。
これまで煙たがられて一人寂しく生活してきた借り、返させてもらおうじゃないか…。
ブレイン・グルジオの、楽しい楽しい街暮らしの幕開けだ、




