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17話 白竜と共にもう一度挑む話

 嗚呼。この世に神なんて存在があったならば、俺みたいな異端な人間をどうしたのだろうか。

 矯正する?排除する?あるいは容認する?


 その答えはまさしく、神のみぞ知る話。

 そしてこの現実に神なんて偶像的なものは存在せず、『魔王』と呼ばれた俺が人間の世界で生きる話。


 ———某日。


「そういうことさ、レイブン青年。私とお前さんがこうして再会できたのも、一種の神の導きというやつだ」


 ベクターは余裕の笑みで剣と盾を構える。

 これが彼の本気の戦闘スタイル、重戦士だ。


「魔王たる俺としては、そんな神は呪い殺してやりたいくらいだがな…!」


 それに応えるように俺も両手に剣を装備。

 双剣の構え。森で呪われたリオンと戦ったあの時以来か。


 互いに大切なものを賭けた一戦。

 タグナス王城内二階奥、決闘用の大部屋にて、男と男の意地が激突する。


 ☆


 激動の一日から一夜が明けた。

 まだ朝早い時間帯だが、悠長なことをしている余裕はない。


「リオン、頼む」


「うむ!任せるがいい」


 早速、リオンが俺たち四人に例の結界を張り巡らせた。

 これが持続する限り、誰からも認知されない。


「助かる。…じゃ、行くぞ」


「はい!」


「うむ!」


「…うん」


 結局、フィーネをこれまでの明るい表情に戻すことは叶わなかった。

 それだけ、彼女にとって母親の存在は大きいらしい。


 俺たちは家の戸を開けた。


 まずは周りの様子を確認。

 奇襲攻撃はなし。そして近くに衛兵の姿はない。

 居場所を完全に把握されているという最悪の事態は免れたようだ。


「よし、もう一度マグノリア域に急ぐぞ」


 俺が先導し、速足で道を急いだ。


「…本当に気づかれないんですね」


 ある程度進んだ頃、メロウが小声で呟いた。

 メロウの言う通り、ここまで何人かの通行人とすれ違ったが誰もこちらに気づく様子がない。もはや、そこには何もないものとされているかのようだ。


「当然だ。我を何だと思っておる」


 そしてリオンがドヤ顔でこちらを見た。

 結界の心強さを実感して多少心の余裕ができたのだろう。


「そうだな。だが油断するなよ」


「フン、我の結界は人間の魔術ごときでは破れぬ。安心せい」


 リオンの増長が止まらない。

 ふんぞり返って鼻を鳴らしている。


「はあ…お前は調子に乗りやす…ッ!」


 前から見覚えのある集団が歩いてきた。

 昨日ぶっ飛ばした二番隊の衛兵たちだ。ご丁寧に五人揃い踏み。


 何かを話しながら横に並んで歩いている。

 相変わらず横柄な様子だ。国民に対しての礼儀の欠片もない。


 俺は三人の方を向き、人差し指を立てた。

『静かにしてやり過ごす』の合図だ。折角結界があるのだから、接敵せずに済むのならここは戦いたくない。


 メロウとフィーネは真面目な表情でこくりと頷いた。

 それに対し、リオンはあの五人の方を見てほくそ笑んでいる。


 俺たちが完全に息を殺して潜む中、衛兵共が近づいてくる。

 こちらに気づいているような素ぶりもなく、話の内容が俺たちの耳に入ってくる。


「っていうかよお、そんな簡単にアイツらが見つかったら苦労しねえっての。隊長も無茶言うよなあ」


「気長に探せばいいじゃねえか。それに狙うのはあのクソ男や混血じゃなくて、横にいた女だ。変な魔法だけ注意すれば楽勝だぜ」


「捕縛に成功すれば、奴らが来るまで好きにしていいらしいぜ。そんなもん、オレたちのやることは決まってるよなあ!」


「当然!あのウゼえ一番隊を出し抜いて、楽しんでしかも褒美までもらえるとか得すぎるよなあ」


「「「ハハハハハ!」」」


 そのまま通り過ぎて行った。


 聞けば聞くほど胸糞の悪い会話だった。

『衛兵』ってのは横暴が許される特権階級じゃない。本来は一般兵が意味もなく国民を斬ろうものなら即処刑だ。

 だがあの態度が黙認されているのは、恐らく一つはあのいけ好かない二番隊隊長にある。

 あの様子から察するに王とかなり密接に関わっていて、二番隊を優遇する措置を与えていると予想される。


 そしてもう一つの理由が———俺だ。

 衛兵隊(実際は一番隊だけなのでアイツらは関係ないが)は俺を殺すために動いている。だから国民全体が『魔王を倒すためだから仕方ない』と感じている。

 そこに付け込んで好き勝手しているといったところか。


 …気に入らねえ。

 この騒動が終わったら叩き潰してやる。


「他愛もない。我にかかればこんなものよ」


 軽蔑した目で、リオンはあの五人が明後日の方へ消えていくのをじっと見ていた。

 思うところはあるようだ。


「腹が立つのはわかるが、アイツらを殴るよりも重要なことがある。そっちが優先だ。」


「…ふう。仕方がない、今日は二重人格に従ってやる」


 …それよりも、さっきの会話で気になったことが一つ。


 ———狙うのは横にいた女———


 あれはメロウのことだと考えてまず間違いない。

 つまり、奴らはさほど脅威がないと思われるメロウを捕まえてからフィーネをおびき出すつもりなのだろう。狡猾な計略だ。


 だがあの愚者の集まりが不注意にもその情報を漏らした。

 ならば対策するまでだ。


「恐らくメロウが狙われている。…俺の傍から離れるな」


「…はい。」


 メロウが真剣なまなざしでこちらを見つめる。

 自分が衛兵の標的にされていると発覚してもうろたえていない。

 いつ見ても、肝の据わった少女だ。




 そしてマグノリア域に到着。

 昨日から特に変わった様子もなく、のどかな空気が漂っている。


 俺は昨日の記憶を頼りに進んだ。

 どこに立っていても景色が似ているから注意しなければならず、また通行人と接触するのもまずいから、常に気を張っていないといけない。


 その途中で、衛兵隊の奴らと接敵した例の場所を通った。


「…なんだこれは」


 壁のレンガが一か所砕けて崩れている。誰もいない場所で建造物が破損しているその様子は、さながら小競り合いの跡地のようだった。

 俺は壊した覚えがない。あの虚勢野郎共にこんなことができるはずがない。

 となると…。


「まさか…な」


 あの挑発と逃亡で、相手を本気にさせたってことか。

 …だが、俺たちのやることは変わらん。


 長居しても仕方がないし、さっさとフィーネの家まで急ごう。


「さてと、また来たな」


「ママ…」


 嫌な記憶が蘇る。

 昨日はあの呪具に抗えず、どうすることもなく追い返されたが、今回は違う。


 隣で背の高い女性に化けた竜が笑みを浮かべている。

 自信過剰なところがあるが、文字通り人間離れした実力は本物。


 結界はまだ解除せずに、俺は家の呼び鈴を揺らした。

 チリンチリンと、透き通った音色が響く。


 そして、静まり返った数刻の末に、ドアが開いた。


「…」


 再びフィリアナさんが姿を現した。

 何度見ても、やはり美人だ。そして全く動かないその表情がミステリアスに感じられる。

 その姿を確認して、リオンに結界を解除してもらった。

 いきなり登場して俺たちを見ても、彼女は顔色一つ変えない。


「ママ…」


 だが、フィーネは昨日のように一目散に走っていかない。

 それどころか、俺の服の裾を掴んで震えている。


 …怖いのか、また拒絶されるのが。

 俺はそっとフィーネの頭の上に手を置いて、くしゃりと撫でた。


「大丈夫だ。ドラゴンのお姉さんを信じろ」


「…うん」


 フィリアナさんは、ただ立ち尽くしているだけで何も話さない。

 そっと門を開けて、メロウとリオンがフィリアナさんの傍まで近寄った。


「ほう。この女が呪具に侵されているのか」


「そうですね。失礼します。」


 一例してから、メロウがフィリアナさんの身体をごそごそと漁った。

 彼女は特に抵抗することもなく、流れに身を任せている。

 これで呪具を発見し、リオンが解呪すれば全て終了。あとは国の闇を暴いて世論を煽れば、何かしら事態が好転するはず。


「…あれ、どうして…」


 メロウが急に焦りだし、顔に汗の雫が垂れる。


「何があった?」


「それが…どこにもないんですよ、呪具が」


「何だと!?」


 リオンが不満げな表情で俺の方を見る。


「二重人格よ。これはどういうことだ?」


 それは俺が聞きたいくらいだ。

 なぜだ?前提が間違っているのか?

 いや、だが、そんなはずは…。フィーネの様子から察するに、確実にフィリアナさんは歪な状態にされている。


「我を騙したのか?お前らに手を貸してやろうとその気にさせておいてか?」


 リオンの苛立ちが増し、俺とメロウが焦りだす中、フィリアナさんがクスリと笑った。


「ふふふ、騙したのは彼らではなくて————






 ———僕ですよ」


 その直後、一瞬にしてフィリアナは右手でメロウを引き寄せ、そのまま高く跳躍して家の屋根に上った。


 メロウの首元に腕を添え、拘束した形のフィリアナが俺たちを見下ろしている。


「な———」


「ふふ。思ったより上手くいきましたねえ」


「う…く…」


 フィリアナさん…だった人の姿が歪みだす。

 その場の光がぐにゃりと曲がり、視界がねじ曲がり、それが元に戻ると…、


「ワーグナー…!」


 紫の髪が風になびく。

 そして白い騎士の風貌が憎い。


「貴方たち、本当にお人好しですねえ。」


 その笑顔は邪悪だった。

 気に入らないことは、すぐにでも血で汚そうとしそうな顔だ。


 俺はすぐに剣を装備した。

 それを見たワーグナーは間髪入れずに長剣を引き抜き、脅しと言わんばかりにメロウの首筋に当てる。


「おっと、抵抗は賢明じゃないですよ?」


「…」


 剣を収めた。

 悔しいが何もできない。メロウの命が最優先だ。


「なあリオン、お前ならなんとか———」


 前を見て、およそありえない光景を見た。


 自信過剰で、だが実力は折り紙付きな竜。

 だが、その恐怖なんて感情を知らないであろう竜は、目の前の騎士に怯えていた。

 身体は震え、顔が引きつり、完全に硬直している。


「あ…」


「おい、何があった?」


 リオンの元に行き、肩を揺すった。

 だが何も反応が返ってこない。そこだけ時が止まったみたいだ。


「…」


「ママ?ママはどこ?」


 フィーネがワーグナーに向けて問いかける。

 俺の裾を持つその手は、更に震えていた。


「ああ、貴方の母親なら家の中で安静にしていますよ。———もちろん呪詛が残ったままなので、親子で感動の再開というわけにはいきませんが」


 興味なさげに吐き捨てた。

 どこまでフィーネを追い詰めれば気が済むんだ。


「それよりも、僕の目的は貴方ですよ。ブレイン・グルジオさん?」


 俺の方を見て、そう言った。


「どうして俺の名前を…いや、俺が目的ってどういうことだ?」


 ワーグナーは不敵に笑う。

 勝ち誇った様子で口を開いた。


「一番隊の方々が探している『転生魔王』、もちろんご存じですね?彼らは闇雲にずっと探しているようですが…貴方、奴と何か繋がりがありますね?」


 なぜこの男がそれを…。

 一番隊ですらないこの男が、そこにまで達しているのはなぜだ。


「…何のことだか」


「ダウト」


「!」


 ワーグナーの左目が赤い炎を纏っている。

『ティーライ』の行使。嘘をあっさり見抜かれたようだ。


 自分の予想が正しいことを確認したワーグナーは、余裕の笑みで俺に伝言を残す。


「では、本物の魔王サマに伝えて下さい。『この少女の命が惜しければ、そこの混血を連れて今日の未の刻に王城まで来なさい。』と。…では」


「私は大丈夫です…だから、無理をなさらないでください…」


 メロウがひきつった笑顔でそう言うのを最後に、会話は終焉を迎えた。


 ワーグナーはメロウを抱えたまま一礼して、転移の術式を起動。

 四角の赤い結界に二人が覆われ、弾けるとその瞬間にはもう二人の姿はなかった。


 …完全にワーグナーの術中に嵌められた。

 何も抵抗できず、メロウを連れていかれた。


 俺は無力だった。


「お姉さん…」


 フィーネの顔が悲痛に歪む。

 この子もまた、打ちひしがれている一人だ。

 それよりも、


「おいリオン。お前どうしたんだ?」


「…あいつはダメだ…あいつは、我に呪具を押し付けて呪詛を送り込んだ…ああ…もういやだ…」


 片言で悲痛な囁きが俺の耳に届く。

 断片としての情報しか入ってこないが、この様子。つまり…


「お前が森で暴れていた原因は…」


 リオンは怯え切った表情で、こくりと頷いた。

 もう確定だ。


「どれだけの人の想いを踏みにじってんだあの野郎は…!」


 あの白騎士だけは放置してはいけない。また心を壊される被害者が出る。

 メロウが危ない。すぐに命を取ることはないだろうが、何をされるかわからない。


 後ろで黙っている少女の手を握った。

 目的はメロウの救出。この子にはその義務はなく、わざわざ囚われていた牢獄に自分から行く理由などありはしない。


「…フィーネ。どうする?」


 ずっと怯えていた少女。だから無理強いはしない。

 俺は魔王だ。欲しいものは強奪する。そこに口約束もへったくれもない。


「…フィーネも行く!お姉さんを助ける!」


 フィーネは俺の手を力強く握り返す。

 その目は、さっきまでの怯えた少女ではなく強い意志が宿っていた。


「…」


 リオンは…だめだな。もう何も考えられなくなっている。

 普段の強気な態度が嘘のように弱気になってしまった。


「お前は急いでダンケルの家まで戻れ。すべきことはあの男との戦闘だけではないからな」


「…すまない…レイブン…」


 リオンは振り返り、重い足取りで去っていった。

 そして、この場には俺とフィーネが残された。


「とりあえず、これを持っておけ。いざってときに逃げるためだ」


 俺はダンケルの煙玉を一つ取り出し、フィーネの小さな手に握らせた。

 フィーネならば、これと手持ちの異能があれば誰と対面しても逃げ切れるだろう。たとえあの男だとしても。


「じゃあフィーネも…はいっ」


 それに対抗するかのように、フィーネは紫色に発光する謎の石を俺に手渡した。


「綺麗でしょ?」


 …ふっ。

 思わず表情筋が緩んだ。

 決戦の時が刻一刻と近づいてはいるが、多少はリラックスも必要かもしれない。


「そうだな。ありがとう」


「フィーネの魔力を入れてあるから、困ったときはその石で呼んでね」


 なんだそれ。

 面白い魔法だな、本当。


 ピロリロリン。

 …。通信機を取り出した。

 スイランからだ。こんな時に何の用だ。


「もしもし」


『やっほー、ブレイン。調べていたら面白い情報が———』


「今それどころじゃねえ!!」


『わっ!?びっくりしたぁ…』


「メロウが攫われた。俺は即王城へ突っ込む」


『え?一体何が起きたの?』


「悪いが話している時間はない。」


『ボクにも今から手伝えないかな?』


「ワーグナーは俺に用があるらしい。部外者を連れて行ってメロウに危害を加えられるとまずい」


『そうか…』


 スイランが来ても仕方ないし、特に何かやることも…。


「…なあスイラン」


『ん?』


「一つ、頼みを聞いてくれないか」




 そして、俺とフィーネは急いで王城へ向かった。

 とにかく素早くメロウを救出しなければならない。躊躇なく紋章をなぞりレイブン・グルジオ当人として、フィーネを抱えて走る。


「おい!アイツまさか!」


「本物か!?すぐに衛兵呼ぶぞ!」


 周りがなんかうるさいが、知ったことではない。

 建造物の屋根を跳びながら移動し、あの西にそびえ立つ王城へと一直線に進む。


「…ここか」


 やっと到着した。

 見上げるほど高い鉄の塊。

 初めてその姿を見る者全てを委縮させるであろう高貴な存在。


 俺もここまで間近で見るのは初めてだ。

 隣のフィーネは難しい表情をしている。囚われていた牢獄に自ら戻ってきたのだ、無理もない。


 巨大な入り口の扉へと歩いていく。

 門番と思われる一人の兵が俺たちに剣を向けた。


「本当に来たのか、隊長の読みは恐ろしい…。では、その混血を俺に預けてから通ってもらおう」


「断ると言ったら?力づくで決着を着けるか?」


 強気に出てみたが、門番は顔色一つ変えずに淡々と話す。


「例の人質の娘———彼女を助けに来たのだろ?魔王といえど、分別のつかない愚者ではないと存じているが」


「チッ」


 それを引き合いに出されるとどうしようもない。

 フィーネ…。


「フィーネは大丈夫だよ。それよりも、お兄さんも死んじゃだめだよ?」


 ああ、こんな小さな子供に気を遣わせることになるとはな。

 とはいうものの、国がフィーネをすぐに始末するとは思えない。全てをぶち壊してから俺が二人とも救出してやる。


「…また後でな」


「うん!」


 フィーネは俺から離れ、門番の男のもとへとことこと歩く。

 そして門番は持っていた手枷をフィーネの左手首に装着させた。


「…二階の一番奥の部屋へ行け。そこで決闘をすることだ。…先に人質を助けようとしても無駄だ、それだけは言っておく。」


 当然その行動が予想できないはずがないから、何かしら対策はされているのだろう。

 ここは素直に言うことを聞くのが賢明。


「お前らの腐った性根、叩き直してやるよ」


「魔王如きでは、気高き衛兵に傷一つつけられないさ」


「…」


 俺は二人の脇を通り過ぎて王城の内部へと侵入した。

 中には兵や使用人が行き交っており、皆俺の姿に戦慄し凝視する。


 この視線、そういえば久しぶりだな。

 ここ数日が特別だっただけだということを痛感する。


 そして特に騒動が起きることもなく、門番の言っていた奥の部屋に到着。

 巨大な蒼い鉄の扉が目の前にある。何なんだこの部屋は。


 手をそっと押し当て、力を込めて扉を開いた。

 ギイと鈍い音を立てて、重い扉が少しづつ動く。


 そしてその奥には…


「また会ったな、レイブン青年」


「なぜだ、なぜアンタがここにいるんだよ!」


 既に三十歳に達しているとは思えない若々しい肉体。

 閑散とした部屋でなびく茶髪。

 いつかのときに見た、巨大な大剣。


 一番隊隊長のベクター・モート、その人に違いなかった。


「では両者、準備を」


「はあ、どうしてこんなことに」


 そして部屋の最奥には、赤い玉座に座ってふんぞり返る国王の姿が。

 国王にふさわしい荘厳な王の服装。そして傍に騎士を仕えさせている。その騎士こそ今回の諸悪、ワーグナー・ギルトだった。


「ベクター隊長!そんな奴やっちまえ!!」


「魔王を討伐して衛兵の意地を見せつけて下さい!」


 よく見ると上に観戦用のスペースがあり、主に一番隊と思われる衛兵が大量に立っている。そこには写像魔術を起動してる奴もいた。

 もはや見世物扱いか。俺を仕留めたところを写真に収め、広報させてイメージアップということか。下種な奴らの考えそうなことだ。


「どうしてここにいるんだ?俺を探しにワルダムケイブにいるはずじゃ…」


 ベクターは俺を見ても特に取り乱すことはなく、平然と俺に話しかけてくる。


「まあなんだ…色々あったのさ」


「…。」


 俺はおもむろに上を見た。

 衛兵たちの中に…、いた。

 橙の髪の槍使いと金髪のモヒカンの二人を見つけた。

 あの二人が何かを話して、その案を隊長が聞き入れたか。


 まあいい。俺が勝てばくそったれた計画も全て頓挫だ。

 とはいっても、前回はなんとか勝利してといってもあの時のベクターは盾がなく、剣一本で戦う剣士だった。今回の盾ありの本気の彼は前回よりも強いだろう。


「お前さんがあの少女を助けに来たことは知っている。その気持ちは痛いほど伝わってくるが、私にも背負っているものがある。」


「だから俺を殺すってか」


「…小細工は抜きだ。戦乱の時代に生まれた男同士、大切なものを賭けた決闘をしようじゃないか」


 ベクターが剣を抜いた。

 巨大な刀身が部屋の明かりを反射して眩しい。

 呼応するように、俺も双剣を手に取った。


「それではこれより、このタグナス王の我輩の許可の元に決闘を行う。どちらか一方の戦闘不能を持って決着とする」


 王が高らかに宣言し、周りの緊張感が高まる。

 今にも戦闘が始まる、そんな空気が始まった。


「あの時殺すべきだったとまでは言わねえが、まさかこんな未来が待っているとはな。それこそ神なんて代物しか知らない訳だ」


「そういうことさ、レイブン青年。私とお前さんがこうして再会できたのも、一種の神の導きというやつだ」


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