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16話 撤退し、対策を練り直す話

今回も三人称視点の場面があります。ご了承下さい。

 突如の煙玉により、視界が完全に奪われる。

 しばらく経ってようやく煙が晴れた時、そこに捕獲対象のエルフとその取り巻き二人の姿はなかった。


「…」


 ワーグナーは、突然の出来事にただ立ち尽くすことしかできなかった。

 周りの衛兵たちが慌てだす。


「た、隊長…これは…」


 ドガンッ!!!


 ワーグナーの拳がレンガ造りの壁を激しく打ち付ける。

 レンガには大きくヒビが入り、割れた欠片がポロポロと崩れ落ちた。


「「「…」」」


 後ろの兵隊はその気迫に気圧され、ただ我らの隊長の動きを待つことしかできなかった。


「ははは…この僕をコケにするとは、やってくれますねえ…!」


 おもむろに、ワーグナーは後ろを向いた。

 衛兵たちの空気が一瞬でひりつく。


「…貴方たち」


「は、はっ!」


「命令です。彼らをまとめて確保しなさい。…といっても、誰か一人を捕まえれば残り二人は自らこちらに来るでしょう。そうですね、狙うべきは…」


 残忍な笑顔を浮かべながら、ワーグナーは衛兵たちに具体的な行動命令の説明を始めた。

 彼らは、上司の命令に否応なしに頷き、承諾するしか選択肢がなかった。


「わかりましたね?では早く行動に移しなさい」


「「「承知しましたっ!!」」」


 五人揃って、勢いよく前方へと走り出した。

 それを遠目に見ながら、隊長は一人嘆息する。


 …あの男は何者だ。

 さっきから、そのことが頭に引っかかっていた。


 イリューネスで変身していたが、偽装が解けた後の顔にも見覚えがなかった。

 なんでもないただの冒険者ならば、わざわざ魔力を消費して姿を偽る必要性がどこにもない。

 そもそも現在の自分の捕縛対象である脱獄囚と行動を共にし、隊長の身分相応の実力を持つ自分からこうもあっさり逃げ切れるような人間が常人のはずがない。

 彼は例の『転生魔王』と何かしら接点がある。あるいは———。


 何の根拠もなく、推測の域を抜け出さない結論だが、確かめる価値はある。


「…一番隊の誰かが言っていましたね。『魔王は変装して潜んでいる』と。…もしかしたら、ベクターさんの遠征は無駄骨かもしれませんねえ」


 ならば、自分が先に魔王を見つけて確保に成功すればどうなるか。

 その首を王に献上すればどうなるか。


 期待はどんどん膨らみ、ワーグナーの目に黒い野望が宿る。

 この一件で、自分がベクターを超えて国軍のナンバーワンになる悲願が叶うやもしれない。


「一番隊の帰還は明日の夜遅く。その反面僕は自由に動ける上、魔王をおびき寄せる餌を見つけた。ふふふ…全ては王の意思のままに」


 ☆


 俺は今、女の子を両脇に二人抱えたままマグノリア域を爆走している。

 いや、実際には逃亡している。


「はぁ、はぁ……さすがに撒けたか…」


 あまり人通りのない街の外れにて、二人を下ろした。


「…ありがとうございます」


「…」


 二人とも、出かける時とは打って変わって暗い様子になっている。


 …正直散々な現実と対面しているが、何より衛兵に見つかったのがまずい。

 これからは、俺やメロウも衛兵共のターゲットになる。

 だから外出するときは常に全員でイリューネスを貼らなければならない。


「とりあえず、今もう一度貼り直すか」


 呼吸を整えてイリューネスを詠唱。

 俺の姿をスイラン、メロウの姿を大リオン、フィーネの姿を小リオンに変えた。


「…レイブンさん、これは…」


「悪い。他に思いつかなかった」


「でも今はそんなこと言っている場合じゃありません。すぐに避難しましょう」


「ああ」


 うつむきがちなフィーネの手を取り、俺たちは歩き出した。

 とにかく、まずは安全な場所に避難だ。


 あんなことが起きた以上、幻影を貼っていても危険が付きまとう。

 ここからすぐに行ける安全な場所は———。






「『俺たちは夢追い人』」


「また?」


 もちろんダンケルの家(ここ)だ。

 マグノリア域から比較的近くて助かった。


 家の中でイリューネスを解除し、とりあえず座らせてもらった。

 前と同じく、フィーネの相手はリオンに任せる形になるが…。


「…」


「なあ二重人格よ。この娘に何があった?」


 ここに着いてからもフィーネは全く元気がなく、上の空状態が抜けない。

 リオンが気に掛けるのも当然だ。


「すまない、色々あったんだ。完全に立ち直るのは難しいかもしれないが、心のケアをしてくれると助かる」


「ほう。ならば我に任せるがいいわ」


 そう言うと、リオンは小竜から大人の女の姿になった。

 そっとフィーネの身体を倒して膝枕する形になり、そっと頭をなでている。


 リオンが癒してくれている間に、俺たちは今日の一件を話しておかなければならない。


「ダン。いいニュースと、悪いニュースその一と、悪いニュースその二がある。」


「…じゃあ、いいニュースから」


 神妙な面持ちでダンケルが答えた。


「国はほぼ確実にクロだ。フィーネを利用してよからぬことを企んでいやがる。俺を殺す計画はその際に起こりうる国民の反対を和らげる、イメージアップの一環だとよ」


「へえ。…いやあ、あのクソ共、そんなことでレイの命狙ってるのかあ。それは念入りに復讐しないとね?」


「そうですね。レイブンさんをこんな目に遭わせておいて、タダで終わらせるのは納得いきません」


 ダンケルの眉がひくひくと動いている。

 お前らも怒ってくれるのか。友達として嬉しい。


「悪いニュースその一。フィーネの母親は見つけたが、恐らく呪詛を受けていてこのままじゃフィーネと接触できない」


「…なるほど。フィーネちゃんの様子がおかしいのはそういうことか」


 チラリと横にいるフィーネを流し見た。

 リオンの膝の上ですうすうと眠っているが、どこか不安げな寝顔。安心して眠れている訳ではないようだ。


「基本的なものなら僕でも解呪できるけど、国が直々にかけたものだとそうもいかなさそうかな…そういうのに詳しい研究者の知り合いにかけあってみるよ」


「悪いな、ダン。そして悪いニュースその二。途中で衛兵に絡まれた上に、二番隊隊長なんてのとも接触した。衛兵はボコって隊長とは戦わずに逃げたが、間違いなく俺やメロウの顔も覚えられた。」


「それはまずいね。ますます行動がとりづらくなる。」


「ああ。…と、今日あったことはこんなところだ。俺たちはまあ注意して行動すればなんとかなるんだが、フィーネがな…」


「そうですね…このままじゃ、フィーネちゃんがかわいそうです…」


「やむを得ん。我も手を貸してやろう」


 気が付くと、リオンが傍にいた。

 フィーネはソファの片隅に、毛布を掛けられた状態で寝ている。


 リオンは俺の隣にドンと腰をかけ、腕を組んでふんぞり返った。


「フン、あんなに気落ちしていては我も気分が乗らん。たかだか現代人の組んだ呪詛くらい、我なら容易く消し去れる」


「なんだと!?それは本当か?」


「当然だ。我は高貴なるドラグリオンであるぞ」


 自慢げに鼻を鳴らす。

 正直思ってもいなかった救いの手だ。借りない手はない。


「…リオン、頼んでもいいのか?」


「しつこいぞ二重人格。我がすると言ったのだ。ありがたく享受するがよい」


 頑なに態度は崩さないが、どうやら手を貸したいようだ。

 …これは、前に物語で見た『ツンデレ』というやつだろうか。現実にもありえる情景だったのか。

 ——と、今はそんなことはどうでもいい。


「リオン、頼む。お前の力が必要だ。」


 そっと、リオンの手を取った。

 無機質なようにも感じたが、確かにその手には温もりがあった。


「我が加勢するのだ。敗北は許さぬ」


「やれやれ、面倒くさいことになりそうだなあ。だけどリオンがやるって言っているんだし、僕も頑張らないとね」


「ええ、絶対にレイブンさんを守ってみせます」


 …心強い仲間たち。

 一度絶望しそうになっても、またやり直せると実感できる。

 俺も、何度だって立ち向かってやる。


「方針は決まったみたいだね。なら、今日はリオンも連れてメロウちゃんの家に戻るのがいいんじゃない?」


 ダンケルがさっと提案した。

 確かにそれが良さそうか。ここに俺たちが長居しても得するわけではないし、ダンに悪い。


「では、そうしましょうか」


「娘の家か。この我を退屈させるでないぞ?」


 一々強者っぽい振る舞いをするその癖、なんとかならないのだろうか?

 正直途中から反応に困る。


「なら、俺とメロウとフィーネにイリューネスを———」


「そんなものいらぬ」


 呪文を詠唱する俺をリオンが制止した。

 そしてリオンが指をパチンと鳴らすと、俺たちの周りに微弱な紅い魔力が飛び交った。


「これは何ですか?」


「認識阻害の結界だ。これで他の奴らには姿がわからん」


 なんだそれは。

 そんな都合のいい結界なんて…


「あれ、レイ?メロウちゃん?リオン?声は聞こえるんだけど…」


 あったわ。

 ダンケルのやつ、結界を纏う前から全く動いていない俺たちの姿をキョロキョロと探している。


 リオンといいフィーネといい、なんでもありな奴多いな。

 最も二人とも人間ではないから、人間の常識が通用しないのはおかしい話ではないんだが。


「同じ結界を纏っている者同士でないと姿は見えん。ほらな」


 再びパチンと指を鳴らすと俺の周りの結界が消滅し、急にメロウとリオンの姿が見えなくなった。

 本当に見えなくなるのか。すごい魔法だな。


「おっ、レイそこにいたのか」


 少しして、リオンも現れた。

 あとはメロウか。どこだ?確かこの辺りに…


 むにゅ。


「きゃあ!?」


 左手になんか柔らかい感触と、メロウの悲鳴。


「何だ!?」


 悲鳴に驚いた俺は、咄嗟に手を離した。

 そして、


「れ、レイブンさん…」


 顔を真っ赤にしながら、メロウも姿を見せた。

 なぜか胸元を両手で覆っている。なんか呼吸も荒い。


「ああ…これは犯罪だね」


 ダンケルが冷静に、俺の肩をポンと叩いた。

 今何が起きたのかは大体想像がつくが、ちょっと弁解させてくれ。

 実際メロウの姿は見えなかったんだ。故意じゃない。


「ちょっと待て、俺の話を———」


「まあまあ、続きは地下牢の中で聞くから」


「実際ぶち込まれそうな人間にその冗談を言うんじゃねえ」


「くだらん茶番はいらぬ。さっさと家まで案内しろ」


 こうして、くだらない事件を起こしてからもう一度結界を貼り直し、俺がフィーネをおんぶする形でダンケルの家の扉を開けた。今はダンケルにも一時的に結界が貼られているため、姿は互いに見えている。


「リオンの魔力は人間のそれをはるかに凌駕する。上手く使えば絶望的な戦況もひっくりかえせるはずさ」


「わかった。…リオン。その力、ありがたく使わせてもらうぞ」


 リオンは腰に手を当てて胸を張った。


「二重人格ごときに、この我を使いこなせるかの?」


「お前、それはどういう立場からの発言なんだ?」


「…ではダンケルさん、また。」


「またねメロウちゃん」


「あっ。そういえばダン、悪いニュースその三を忘れていた」


 ダンケルはきょとんとした。

 あの話はまだ言っていなかった。


「何?」


「隊長が来る前に衛兵をぶっ飛ばしたって言っただろ?あの時イリューネス解除してなくてお前の姿のままだったから、ダンも巻き込んだくせえ。すまん」


 ダンケルは絶句した。


「それじゃ」


「ちょっと待てえええええええ!!!」


 ダンケルの怒号を背に、俺たちは家へと歩き出した。

 隣でメロウが後ろを向きながらぺこぺことダンケルに謝ってくれていた。


 ☆


 ワルダムケイブの第二階層にて。

 ベクター・モート率いる一番隊は標的の魔王レイブンを必死で捜索していた。


「どこだ?探せ!」


「こっちにはいなさそうだぞ」


「幻影魔法や抜け道の可能性もある、油断するな!!」


 隊員たちが各自連絡を取り合いながら、このワルダムケイブ内を一階層ずつしらみつぶしに捜索している。


 そんな中、ベクターは一階層と二階層を繋ぐ階段の前で待機し、通行人の見張り及び情報の整理を行っている。


『北西エリアにはいなさそうです。イリューネスやセルフポリモルフの痕跡もありません』


「わかった。引き続き捜査してくれ」


『はっ!』


 ここまででほぼ一日が経過。洞窟内では外の様子はわからないが、もうすっかり深夜である。

 率直に言って、成果はほぼ0に等しい。魔王本人は見つからない上、最近ここで生活していた痕跡も見つからない。

 もうここにはいない可能性が高いとみてもいいレベルだ。


(…明日までは継続するとしても、この分だと手掛かりすら掴めない気がする。思うように予定が進まないな…)


 捜索が難航し、これからの展望を想像し気難しい顔をしていた時のこと。


 階段の上から、コツコツと靴の音が聞こえる。

 誰かが降りてきたようだ。


「どうも!」


 威勢のいい返事と共に、その姿が現れた。

 水色のショートカット。ベクターとは違い、この街では少し風変りな騎士の格好。

 そして、ワーグナーのように中性的で整った顔立ちをしている。ベクターにはこの人物の性別を即答できる自信はなかった。


「…何か用かね?知っているとは思うが、私は今国からの任務の最中だ。邪魔はしないでもらいたい」


 隊長の威厳が籠った、威圧的な態度で接するも、この少女(?)は全く臆することなくニコニコ笑っている。


「その任務なんだけど…どれだけここを探し回っても、レイブンはいないよ」


「!」


 衝撃的なことを告げられ、ベクターの眉がぴくりと動く。


「ほう。私に向かって断言できるということは、それなりに根拠があっての発言だと考えていいんだな?」


「ボクはタグナスの街中で本物を見たことがある」


「なんだと!?」


「セルフポリモルフで別人の姿になっていたよ」


「…」


 ベクターは顎に手を置いて熟考を始めた。

 冷静に考えれば、突拍子もない話だ。こんな一人の冒険者が魔王の変装を見破り本物を見たことがあるなんて話、虫がよすぎる。

 だがここまで堂々とした態度で話されると、とても嘘とは思えない。


「んー、まだ納得できないかぁ。…『ブレイン・グルジオ』」


「その名前は…」


「この名前を語った人が、一番隊に二人いたんじゃない?」


 もはや不気味にすら見えるその笑顔。

 彼女には何を知っているのだろうか。

 ベクターは動揺し、小さく頷くことしかできなかった。


「ふふ、やっぱりそうだよね♪…彼ら、間違ったことは言ってないよ。ブレインは、君たちが探している魔王レイブンと接点がある。正体って訳ではないけどね」


 目の前の少女は淡々と語る。

 衝撃的な発言が連発され、空気が凍り付いたような感覚だった。


「———というわけで、今日の内に引き上げた方がいいと思うよ?ボクを信用してくれるのなら、街に戻って『ブレイン・グルジオ』を探すのが賢明でしょ?」


 満面の笑みで首を傾けた。

 何を考えているのか全くわからない笑顔を最後に、彼女は背を向けた。


「それじゃ、またね」


「…君は、一体何者なんだね?」


 階段を上ろうとする足を止め、顔だけくるりと回してもう一度目線を合わせた。


「ボクはスイラン・レスコン。男か女かで迷っているなら、正解は男だよ♪」


 そして彼は階段の上へと姿を消した。

 一人残されたベクターは低い声で唸った。


「ううむ…あの少年は…」


 彼の話は筋が通っていた。

 そしてその話の信憑性を裏付けるかのように、隊員のカインとアルドは『ブレイン・グルジオ』という人物の名前を口にしている。


 そして現状を整理。

 一階層と二階層を捜索してきたが、手応えは全くない。

 この分だと、三階層でいきなり発見できる可能性は正直低い。

 そして、四階層以降には不意打ちの代名詞、シャドーマが存在する。そんなところで寝泊まりをするような冒険者がいるとは到底思えない。たとえそれがでたらめな強さを誇る人間だとしてもだ。


「…」


 ベクターは通信機を起動した。

 そして、ある人物に通話を発信する。


『…はい。どうかしましたか、隊長?』


「カイン、少し話がある。ひとまず捜索を中断して、アルドと共に私の元まで来い。」




 ———その一方で、スイランは一階層にて帰路についていた。


(これで盤面が動く。ここまで話せば恐らくアイツらは予定より早く街に戻り、心眼なんかを使ってブレインを発見するだろう。そうすればあの無駄に堅気そうな隊長のことだ、十中八九小細工抜きのタイマンになって、二番隊とかの厄介な横槍を完全に遮断できる。きっとこれが最善なはず。…魔王の力、信じてるよ。)


 見慣れた道を迷わずに進んでいく。


「邪魔だなあ」


 途中で襲って来たコウモリをジオレイズで瞬時に凍死させた。

 すぐにまた、考え事を再開。


 それぞれの思惑が交錯しながら、夜は更けていく。


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