15話 探し人の話
…ん。
小鳥のさえずりに耳が反応し、微睡みからの覚醒。
可愛い少女二人に囲まれた、清々しい目覚め───
───なはずもなく、体勢が微妙にキツいまま眠っていたため、疲れが残っている。
だが、隣にいるフィーネの天使のような寝顔を見て、やる気は出た。
今日すべきことは一つ。
母親エルフを見つけることだ。
仲良く朝食を食べたら、急いで支度。
「どう?フィーネ、ママに褒めてもらえるかな?」
フィーネは青っぽい藍色をした、踊り子のような衣服を着こなしている。
幼い見た目ながら、少し際どいラインの太腿や露出している肩が妖艶さを醸し出している。
「そうだな、可愛いかどうかと聞かれたら間違いなく可愛いんだが…母親に見せていい格好なのか…」
正直何とも言えない。
最も、この格好でフィーネを母親のエルフと会わせたとして、怒られるのは俺とメロウだろうが。
「ふふ、女の子は大切な人に会う時は、お洒落したいものなんですよ」
メロウはいつかの純白の洋服を着ている。
俺が密かに推しているやつだ。また着てくれてちょっと嬉しいが、表には出さない。
「へー、メロウお姉さんにも大切な人がいるの?」
フィーネがメロウの服の裾を引きながら尋ねた。
メロウは余裕の笑みで答える。
「そうですよ♪私だってその時はお化粧して、可愛いお洋服を着るんです」
「だってさ、レイブンお兄さん」
「ん?」
急に飛び火した。
なぜこの話が俺と関係して…いや、大体理解した。
振り向くと、メロウがフィーネの頬をむにーっとつねっていた。
恐らくメロウは怒りが入っているのだろうが、和やかな空気が流れているとしか言い様がない。
「フィーネちゃん、ふざけるのは程々にしておくんですよ?」
「わはっははははへへー(わかったからやめてー)」
…こんな空気で大丈夫だろうか。
不安は拭い切れないが、
「じゃ、衛兵に捕まらないために」
『イリューネス』を詠唱。
俺の姿をダンケル、フィーネの姿をリオンに変えた。
見た目だけなら完全に別人の状態だ。
「おー!また銀のお姉さんだー!」
はしゃぐフィーネを尻目に、メロウが心配しながらこちらに来た。
「レイブンさんも姿を変えてしまうんですか?ブレインさんならなんとかなるんじゃ…」
「それはそうなんだが、例の二人に関してはブレインすらも安全とは限らない」
メロウが悲しそうな目で頷いた。
用心するに越したことはない。だから今日一日はダンケルとして外出する。
ちなみにこの話は既に本人にしてある。飲み会の金の話をちらつかせたら、二つ返事で承諾してくれた。
こうして、(見た目)メロウ、ダンケル、リオンという歪なパーティーが出来上がり、メロウの家から出て来た。
──さて、まず向かうべき場所は、
「予定通り、マグノリア域へ行くぞ。エルフの居住者が一定数いるから、情報が得られるかもしれん」
「はい!」
「うん!」
マグノリア域はやや遠いが、そこまで時間がかかるわけでもない。
昼食は向こうで何か買って食べるくらいの感覚で問題なさそうだ。
三人で歩いている道の途中にて。
街の一角にて、張り紙を見つけた。
気になって見てみた。
そこには何かしらの文章と一人の人物画。
真っ黒で、男にしてはやや長い髪。愛想の悪そうな顔つきで、あえて悪人面に描かれている。
そして横に『転生魔王レイブン』と大きい文字。
…俺の張り紙だ。
差し詰め、指名手配といったところか。
胸糞の悪い話だ。完全に罪人扱いか。
「…」
「ストップだ。悪目立ちするわけにはいかない」
メロウが凍てつくような冷たい視線で貼り紙を破ろうとしていたので、流石に止めた。
「そういえば、なんでレイブンお兄さんは顔が二つむぐっ」
…そういえばまだ説明していなかったか。
今の状況で俺の名前が誰かに聞かれるとまずいので、とっさに口を塞いだ。
「安全な場所に着いたら話す。…あと、今の俺は『ブレイン』だ」
「むぐむぐ」
「見た目はダンケルさんなんですけどね…」
そうだった。ややこしいな。
あんなものを見せられて気分は良くないが、俺たちは貼り紙を無視して進んだ。
☆
木々の混じった住宅街。少しレトロな雰囲気の漂う街中。
そして、ヒト族の中にちらほらとエルフや獣人、亜人族の姿。
俺たちは、目的のマグノリア域に到着した。
「ここならわかる!フィーネの家、近いよ!」
フィーネ(姿はリオン)は見慣れた景色にはしゃいでいる。
まずは家に向かってみるか。
「フィーネ、案内を頼む」
「りょーかい!」
フィーネがビシッと敬礼をする。
本物のリオンもこれくらい純情ならよかったんだが…。まあ期待するだけ無駄か。
「ふふ、まだまだ元気そうですね」
そして、ここからはフィーネに連れられて、かつて住んでいた家へと向かった。
ある程度歩いてきた。
この辺りは景観がよく似ているため、初めて来た俺たちははぐれると迷子になりかねない。気をつけないとな。
「なあ、あの男ってさ…」
「そうだよな…例の」
道の脇にいるエルフ二人組がこちらを見て何か話している。
まさか、見破られているのか?
純血のエルフの特殊魔法はよくわからないが、エルフは常時『トゥルスディーク』を起動できるなんて話があってもおかしくはない。
「フィーネ。俺の正体は、エルフには簡単に見破られるのか?」
いきなり尋ねられたフィーネはきょとんとした。
首をかしげながらも答えてくれる。
「んー?知ろうと思ったら、魔法で見ることはできるよ?」
…質問の意味がきちんと通じていなかったか。
これは俺の伝え方が悪いから、責めるわけにはいかない。
だが、さっきの答え方を聞く限り、疑わない限りは見破られることはないと見ていいか。
だとしたら、あの二人には初めから疑われて…?
まあいいか。相手が絡んでこないのなら、変に接触するのは得策ではない。
特に何かアプローチをされることはなく、二人の隣を通り過ぎた。
「もうすぐお家だよー」
フィーネは上機嫌でスキップしながら速足でどんどん進む。
俺とメロウもそれにつられて、置いて行かれないように少し早歩きになる。
最後に突き当りの角を右に曲がって二軒目。
特に目立つような外観ではないが、深い青色の屋根で立派な一軒家。
目立つような汚れもないことから、そこまで古い物件ではなさそうだ。
「ここがお家だよー!」
フィーネがニコニコ笑顔で門の前に立った。
やっと到着した。ここに母親がいるのなら話が早いのだが、事情が複雑すぎる。果たして。
そっと、門の前にある呼び鈴を鳴らした。
チリンチリンと、綺麗な音色が響く。
「「…」」
「ママー?フィーネ帰ってきたよー」
ガチャリ。
鍵の開く音。そして、ギイと音を立てて大きな扉が開く。
その光景の先には。
「…」
「———ママ!!」
フィーネほどの年齢の子がいるとは思えないほど若々しい顔つき。
ショートカットで整った黄緑色の髪。
深海を宿したかのような深い青色の瞳。
身長はエルフの成人女性としてはやや低めだが、女性らしさを示す胸元の膨らみはだぼっとした衣服越しでもよくわかる。
表情はなぜかポーカーフェイスを崩さないが、その様子が逆に神秘的なものを感じさせる。
お世辞抜きで、とても美人だ。
メロウやフィーネとは違った美しさを持っている。
「ママ!フィーネ帰ってきたよ!!」
フィーネが自力でイリューネスを解いて元の姿に戻り、門を無理やり開けて母親の元にダッシュした。
だが———
「…ごめんね」
ふらりと横に動いて、飛び込んでくるフィーネを躱した。
フィーネの伸ばした手が虚しく空を切る。
「えっ? …ママ?」
大切な母親に拒絶されたことに気づき、フィーネが絶望しかけながら、乾いた笑顔で顔を上げた。
「…家には入れてあげられないわ」
「…どうして?どうしてなのママぁ…ぐす…」
現状を受け入れられないフィーネが、母親の裾を引っ張って泣きじゃくる。
母親は、傍にいるのに娘に触れてやることもなく、おもむろに俺とメロウの方を見た。
「娘を連れてきてくれて、ありがとうございます。…でも、私には何もできないし、話せません。どうか、フィーネを連れてお引き取りを」
「「…!」」
皆絶句した。この場には、小さな少女のすすり泣く声だけが木霊する。
…これが、フィーネの会いたがっていた母親の正体?
———そんな訳ない。
昨日のフィーネを見ていればわかる。
本気で会えるのを楽しみにしていたんだ。
元からこんな対応だったはずがない。
「私の名はフィリアナ。…愛らしい子を見捨てる、最低な母親の名です」
およそ生気の籠っていない目で、俺たちにそう告げた。
心からの本音ではないのは誰の目にも明らか。
そこまで聞いたところで、メロウが諭すように話し始めた。
「…これじゃ、フィーネちゃんがかわいそうですよ。何かあったんですか?」
「申し訳ありませんが、私からは何も話せません。…フィーネを連れてお引き取りを」
「…嫌だ!ママとお話ししたいことたくさんある!」
目に涙を浮かべながら、フィーネが魔法を起動し始めた。
何かわからないが、フィーネの周りに強大な魔力が渦巻いている。
「! 駄目!!」
それを見たフィリアナは急に焦りだし、急いで魔法を詠唱した。
するとフィーネの周りの魔力が急激に霧散し、魔法の起動が中断された。
「ママ…」
フィーネは完全に打ちひしがれ、とぼとぼと俺の元に戻ってきた。
「…フィーネちゃん…」
「お兄さん、お姉さん…」
メロウがよしよしと頭をなでている。
…。
妙だな。
さっきの焦り方、明らかに変だ。
まるで、フィーネが魔法を使うとまずい理由があるような…。
「…ごめんね、フィーネ」
だが、今は聞いたところで何も話してくれないようだ。
退くしかない。
「一旦戻るぞ」
俺たちはフィリアナさんに背を向け、来た道を引き返した。
フィーネはまだメロウの背中に顔をうずめている。
ショックが大きすぎるようだ。無理もない。
「ママ…」
「あの方、一体何があったんでしょうか…」
「多分、呪いの類だろう。『フィーネに接触したら呪殺』とか。そりゃ、なにもせずに帰す訳ないよな…」
「ひ、酷い…そんな真似を」
「なんとしてもフィーネを手放したくないんだろう。恐らく、逃げ先を減らす目的だ」
メロウの肩がわなわなと震える。
不意に、フィーネを抱きしめた。
「あなたも、フィリアナさんも、絶対に離れ離れにはさせませんよ」
「それは無理な話だぜ、お嬢さん?」
「「!」」
気が付くと、前に衛兵が五人並んで立っている。
リーダー格の人物はいないことから、見回り中の部隊といったところか。
一番前にいる兵が、あざ笑うように話しかける。
「オレたちが用があるのは…って、言わなくてもわかるよな?」
メロウの後ろに隠れているフィーネを指さして、
「そこの混血のガキを渡しな。そうすれば命だけは助けてやる」
高圧的な態度が止まらない。
国民に対して横柄な態度を取るようになるとは、衛兵も堕ちたものだ。
「この子をどうするつもりですか?」
「んなこたぁ知らねえよ。偉い人が何かに使うんだろ、混血ってのは特別な魔法が使えるらしいし」
「オレたちからしたら、そっちのお嬢さんの方が汚し甲斐があっていいと思うがなぁ!」
「ちょうどいいし、囚人を匿った罪でそこの女も連れて行くのはどうだ?」
「それ名案だな!」
衛兵共は御身分を盾に好き勝手言っている。
下種が。
「さっさとしろよ。そこの男殺しても給料増えねえんだし、ストレスかけさせないでくれ」
堕ちるところまで堕ちた、衛兵の皮を被ったゴミの姿がそこにあった。
これなら、やること事態には筋が通っていたカインやアルドの方がよっぽどマシだ。
「…もういいや、そいつ殺そうぜ」
一人が剣を抜いた。
一歩、二歩と近寄り、剣を振り上げた。
「んじゃ、とっとと死ね!」
男が威勢よく剣を振り下ろすが、バックステップで余裕を持って躱す。
…遅い。
今まで何と戦ってきたんだ。
どうせ、道場での剣術の訓練しかしなかったのだろう。
魔物との本気の殺し合い経験がない奴ならば、一対百だろうと負けはしない。
「チッ。…お前ら、コイツ殺るぞ」
声に他の四人が呼応し、俺を囲むように陣取って剣を抜く。
もはや大儀も何もない、ただの私闘だ。
ならば———性根の腐った兵をここで叩き潰す。
俺も剣を構えた。元の肉体はブレインだが、変に動き回ったりしなければ問題ない。
「おらぁ!」
一番屈強そうな男が切りつけてくるところを左に動いて躱す。
次の兵士が突きを放つ。それに合わせて、俺の剣を滑らせて軌道を逸らす。
そして、体勢が崩れたところに足払い。
「ぐあっ!?」
簡単に地に倒れた。その筋肉は飾りか?
間髪入れずに次の剣が来る。
左右から迫りくる刃。だが、
「…遅くて単調。こんな剣で誰を倒すんだ?」
「ああ?」
さっき倒れた奴を飛び越えるように跳躍。
俺のいた場所で二本の剣がぶつかり、鈍い金属音が響く。
そして振り返ると、四人の衛兵と、やっと起き上がった一人が視界に映る。
これで陣形は崩壊。一人ずつ相手にすれば負けるはずがない。
実力差を認識したのか、奴らの表情に焦りが見える。
「なぜだ!なぜこんな奴に!?」
「こうなったら———」
一人が後ろにいるメロウとフィーネの方に目を向けた。
ちょうど、俺とは反対方向。
ニヤリと笑ってその方向へと歩き出す。
残りの四人は俺の方にじりじりと寄ってくる。
…嗚呼、救いようがない。
———そんな浅はかな策で、本気で勝てると思っているのか?
「お前、二人の命が惜しければ大人しくぐはあ!?」
勝ちを確信して笑っていた男が、突然吹き飛んだ。
派手に地面を転がり、厚い面の皮が傷だらけになった。
「…油断しすぎですよ。これなら私でも勝てそうです」
メロウは念動系の魔術『テレキネス』を詠唱していた。
彼女は魔法に関してはかなり多才。肉体強化には及ばないが、念動系に医術、防護結界などは一流程度に使用できる。
完全に油断した状態で近寄ってくる男一人吹き飛ばすくらい、造作もないことだろう。
「なんなんだよお前ら…二番隊のオレらが負けるはずなんて…」
なんかわめいている男に、俺は素早く突っ込み、首元に刃を向けた。
一瞬反応が遅れて、後ずさって尻餅をついている。
「ひぃっ!?」
「どうしようもなく弱いな。こんなんでも衛兵になれる時代か」
もう五人とも戦意喪失しているようだ。
戦う前の高圧的な態度が嘘のように弱っている。
「お、お、お前!衛兵隊にこんなことしといて、タダで済むと思ってるのか?」
遠吠えまで備えているのか。
負け犬適が高いな。
だが、コイツらは腐っても衛兵隊の端くれ。
殺してしまうと後が面倒だ。
「そうはいきませんよ」
メロウがゆっくりと歩いてくる。
その右手には、深紅の魔術通信機が握られている。
「これには、通話とは別にこんな機能があること…ご存じですか?」
パカっと蓋を開いた。
雑音混じりに、通信機から声が聞こえてくる。
『そこの混血のガキを渡しな。そうすれば命だけは助けてやる』
『さっさとしろよ。そこの男殺しても給料増えねえんだし、ストレスかけさせないでくれ』
さっきの会話だ。
目の前で怯えている男たちが横柄な態度で喋っている。
「おい…それは…」
これを聞いて、更に顔面が蒼白になっていく。
もはや生きた心地はしていないだろう。
メロウがにこりと笑い、首をかたむけた。
「これをギルドマスターのガーディスさんに渡したら、どうなりますかね?ふふふ。 …では、質問に答えていただけますか?」
五人揃って、すぐに首を縦に振った。
メロウの圧、かなり怖いな…。
だが、折角作ってくれた好機だ。逃す訳にはいかない。
「一つ目だ。なぜ、衛兵隊は今になってお…転生魔王レイブンを殺そうとしている?」
「えっと、それは…隊長から聞いた話なんだが…、王家の印象を向上させるためらしい。…予定している政策に対しての国民の反発を退けるためだと…」
マジかよ。
そんなふざけた理由で俺は…。
剣を握る右手に力が籠る。
すぐにでも目の前の奴らを斬りたいが、ぐっとこらえる。
「二つ目。そのレイブン討伐に動いているのは、一番隊だけか?」
「は、はい。オレたち二番隊は別の任務があるし、三番隊は王子と共に外交に行っているから…」
それは朗報だ。
絶対に敵対するのが一番隊だけならば、まだなんとかなるかもしれない。
「三つ目。なぜお前らは、フィーネの確保にこだわる?異能持ちは珍しいが、探せば他にもいるだろ?」
「ほ、本当に知らねえよ。なんか、王や隊長しか知らない秘密がそのガキにはあるらしいが」
「…」
俺はそっと、言葉の嘘を見破る魔法を詠唱した。
眼が赤く光り、少し熱を帯びる。
…シロ。どうやら本当に知らないようだ。
だが、これで国には後ろめたい秘密があることがほぼ確定。
俺を狙った復讐、しっかりとさせてもらおうじゃねえか。
もう聞き出せることがなさそうだったので、脅しを入れて解放しようと考えていた時、
「一体これはどういうことですか?」
コツコツと足音を立てながら、一人の青年が歩いてきた。見た目は三十歳前後といったところか。
スラッとした細身で背が高く、騎士にふさわしい身なり。
紫の髪を伸ばし、中性的な雰囲気が漂う。
鎧のデザインも他の兵と比べて派手なことから、格上であることは容易に想像できる。
「どうもこんにちは。僕は王城衛兵隊二番隊隊長、ワーグナー・ギルトです」
不敵な笑みを浮かべ、ワーグナーが一歩ずつ歩み寄ってくる。
「それはどうも隊長さん。あなたの部下がいきなり襲ってきて大変だったんですが?」
それを聞いたワーグナーは横にいるへたり込んだ衛兵たちを一瞥し、嘆息する。
「はぁ…嘆かわしい限り。誇り高き衛兵隊にふさわしくない姿を晒した彼らは、本来なら厳罰を与えて追放するところなのですが…、貴方、ただ者ではありませんね?」
余裕そうな表情で俺の方を指さす。
一応部下の実力は信頼しているということか?実際はあの体たらくだったが。
「まずはその化けの皮、剥がして下さいよ」
「!」
「イリューネスを張りながら一対五を戦える貴方、何者ですか?」
…全てお見通しか。
一瞬で見破られるとは、流石隊長クラスといったところだ。
指をはじいてイリューネスを解除した。
姿が徐々にブレインに戻っていく。
完全に元に戻った俺を見て、ワーグナーは少し首をかしげた。
「見たことがない顔ですね…まあいいでしょう。マグノリア域の一角で争いが起きていると聞いて駆けつければ、このザマ。ですが、ここに張り込んでいたのは正解だったようです。———聡明な貴方なら、もうおわかりですね?」
「…隊長とはいえ、あんたも二番隊。そりゃ、目的が同じだとしてもおかしくはない」
ワーグナーは納得したかのように笑みを浮かべた。
さも当然かのように左手を出して口を開く。
「物分かりがいい人は好きですよ。では、それをこちらに」
「断ると言ったら?」
ワーグナーは腰に差している長剣を引き抜いた。
俺もそれに反応して剣を構える。
「僕は国から特権が認められています。所謂『切り捨て御免』というものです。それに対して、貴方が僕に危害を加えれば即反逆罪で処刑が決まるでしょう。つまり、死なない限り僕の勝ちが確定しています」
狡猾な野郎だ。
実力は間違いなくある癖に、安全に勝利するためには卑怯な真似も辞さない。
「…メロウ、合図したら逃げるぞ。ここは戦ってもどうにもならない」
隣のメロウにそっと耳打ちした。
彼女はこくこくと頷いている。そしてフィーネもメロウの裾を掴んだまま、傍にいる。
「さあ、どうします?くだらない博愛など捨てて、潔くささげるのが貴方たちのためだと思いますがねぇ」
一歩ずつ、ワーグナーが近づいてくる。
だが、その間に裏でこっそりメロウに肉体強化の魔法をかけてもらっている。
詠唱が完了し、俺の身体に力が漲る。準備万端だ。
俺はべろっと舌を出して挑発した。
「生憎、うさんくさいおっさんに幼女を預ける趣味はないんですよ」
その瞬間に、あらかじめ取り出しておいたダンケル特製の煙玉を地面に叩きつけた。
煙で視界が奪われ魔力回路も狂う中、俺はメロウとフィーネを抱きかかえて後方へ全力で走り出した。