14話 混血少女との一夜の話
今回も開幕~☆まで三人称視点です。
「勅命通り、広場にて討伐宣言を行って参りました。」
ベクターは王の眼前で跪き、報告した。
王は平然とした様子でその報告を聞いている。
「うむ。では予定通り翌日、迅速に『ワルダムケイブ』にて奴を発見するがよい。」
「…はい」
素っ気なく次の命令が出され、ベクターは部屋を出た。
(私は…)
洞窟へ向かう準備のため、兵の待機所に向かっている時のこと。
「おや?ベクターさんじゃありませんか」
後ろから声をかけられた。
二番隊隊長のワーグナーだ。
「…ワーグナーか。私に何か用か?」
「なんだとは、つれないですねぇ。僕は同じ隊長として友好的に話しかけてるだけですよ」
ワーグナーはにこりと笑う。
だがそれが本心からの笑顔ではないことはわかっている。
この男は野心の塊のような奴で、自分や三番隊を蹴落として唯一無二の王騎士になろうと目論んでいる。
そして、目的のためならば手段を選ばず、簡単に他人を切り捨てる。
「魔王討伐は順調ですか?ベクターさんが強いのは勿論のことですが、相手もかなりの手練れですよね?」
「どうだかな。そんなに興味があるのなら、お前がやるか?私が王に話を持ちかけてやってもいい」
「いえいえ。ベクターさんでも苦戦が予想される相手に、僕が立ち向かう勇気はありませんとも」
ワーグナーは苦笑いで手を振った。
勝算の薄い勝負はしない、か。
「ならば、私は自分の成すべきことをするだけだ。邪魔はしないでもらいたい」
強い語気で語った。
それを聞いたワーグナーは少したじろいで、
「それは失礼しました。では、ご武運を」
一礼して、そのまま早足で去っていった。
「───平民騎士とならず者の集まりが」
皮肉ったような捨て台詞を、ベクターはしっかりと聞いていた。
「...」
一人で歩くベクターの脳内に、ある日の出来事が想起される。
──嫁のいる旦那を手にかけたら寝覚めが悪い──
──その名前のせいで皆俺を恐れる──
あれから、疑念が晴れなかった。
本当に、レイブン・グルジオは『転生魔王』に値する暴虐な男なのだろうか。
孤独を意に介さず、己の道を武力で突き通すような者なのだろうか。
どうしても、世間から評価される人物像と、自分がこの目で見たそれが一致しない。
あの青年は殺されるべき存在なのか?
私がしようとしていることは正しいのか?
繰り返される自問自答。
答えは見つからないまま、ベクターは兵の待合室の扉を開いた。
「「「隊長、お疲れ様です!」」」
中にいる複数の兵士が立ち上がり、ベクターに敬礼。
ベクターは軽く手を振って対応した。
「隊長!明日の件ですが」
兵士の一人がベクターの方へと歩いてくる。
明るい橙色の髪で、鼻につけてあるピアスが軟派なイメージであるが、その服装と表情は立派な兵士のそれである。名はカインといった。
「やはり俺は、あのブレイン・グルジオなる男を捕らえ、居場所を吐かせるのがよいと思うのですが」
何度目かわからない、カインからの提案。
だが、ベクターの返答は変わらない。
「何度も言っているだろ。単なる人違いの可能性を排除できない以上は決行できない。無関係の市民を拷問したとなれば、一番隊は即解散だ」
「...はい。」
カインはベクターの諭すような声で冷静になり、頭を下げた。
(最近カインは何か様子が変だ。その人物こそ目的の魔王本人だと言わんばかりの口調。何かあったのかもしれん)
だが、衛兵であることに誇りを持ちプライドの高いカインは、過去に起きたダンジョン内での私闘を話さない。
事情のわからないベクターは、一人ため息をついた。
「諸君。明日からの捜索、準備はできているか?」
「「「オオオオオオ!!!」」」
隊長からの一喝に呼応し、その場にいた兵士が吼える。
(血の気の多い連中だ。私が見込んだ甲斐がある。 …すまないな、レイブン青年。私は、お前さんに拾われた命で刃を向けることになる)
心の奥底ではこの討伐任務に疑問を感じながらも、レイブン・グルジオとの接触までの時の歯車は少しずつ進んで行く。
☆
「もうっ、大人しくしてください!」
「あわあわ~」
現在、風呂場にて年頃の少女とあどけない混血の幼女がシャワーを浴びている。
そんな中、俺は一人リビングにて、これからすべきことを考えるため新聞を読んでいる。間違っても、あの絶対領域に乱入するわけにはいかない。別の原因で人生が終わる。
「メロウお姉さんは、レイブンお兄さんの恋人なの?」
「! …どうでしょうかね?」
時折姦しい声が聞こえてくるが、余計なことを考えてはいけない。
「恋人さんなら一緒にお風呂入らないの?」
「そ、それはちょっと…恥ずかしいです…」
…。
「きゃっ!?」
「なんで恥ずかしいの?フィーネが変身したお姉さんの方がおっぱい大きかったから?」
「…悪い子にはお仕置きですよ~」
「わー!」
『心ここにあらず』の状態になっていた俺は、うっかり手を滑らせて新聞を落とした。
すぐに拾ったのはいいが…
「…どこまで読んだのか、わからなくなった」
ダメだ、全く集中できない。
それもこれも全部ダンケルのせいだ。
~三十分ほど前~
「ねえねえ、お兄さんの家って大きい?」
リオンの姿をしたフィーネが不意に訪ねてきた。
「大きいかどうか別として…実際は俺の家じゃない。最初にフィーネを変身させた女の子の家だ。俺はそこに泊めてもらっている」
それを聞いたフィーネはニヤリと笑う。俺のすぐ近くまで寄ってきて小悪魔のような笑顔で問いかける。
「一緒に住んでるってこと? じゃあやっぱり恋人さんじゃん!」
それは話が飛躍しすぎだ。
一緒に住む=交際しているなんて法則は成立しない。
「それは違う。一緒に住んでいるだけにすぎない」
「えーほんとに?」
ぐいぐい攻めてくる。
それに加えて、見た目がリオンなのがまずい。
あまり近寄られると、微妙にはだけている胸元が気になる…。
あと本物のリオンと口調や態度が違いすぎて調子が狂う。
フィーネの質問をなんとか躱しながら歩き、家まで到着した。
落ち着いて呼び鈴を鳴らす。
チリンチリンという静かな音が響いた。
ドアの鍵ががちゃりという音と共に開錠され、ゆっくりと扉が開く。
そしてそのドアのすぐ後ろにメロウがいた。
「! …れ、レイブンさん!!」
俺の姿を見るや否や両手で口元を押さえ、目に涙を浮かべた。
…あの新聞で状況を理解して、本気で心配してくれていたんだな。
おもむろに近づき、そっと頭をなでてやった。
「ああ、俺は無事だ。 なんとかな」
「ぐすん…よかったです…」
甘酸っぱいような、切ないような。そんな静寂が訪れる。
そのまましばらく撫でていたのだが。
「むー。フィーネを一人にしないでっ」
退屈に耐えかねたフィーネが俺の脇腹をつつく。
「うぐ」
一旦落ち着いたメロウは俺を小突いた犯人の方を向き、その正体を見てきょとんとした。
「えっと…リオンさんですか?お客さんというのは」
「このお姉さん『リオン』って言うの?」
「…え?」
リオンの姿をしたフィーネの挙動に混乱するメロウ。
じらすのもかわいそうだし、ネタばらししたいところだが、ここはまだ外だからマズい。
「そのことは家の中で説明する。とりあえず入れてくれ」
そして三人で家の中に入り、リビングで座った。
指をパチンと鳴らすと、リオンの姿をした人物の輪郭が崩れ始める。
そして名状しがたい異形の姿を中継し、最後にその場に現れたのは、
「戻っちゃった。あのお姉さんカッコよくて好きだったのに」
リオンよりも一回りも二回りも小さく、あどけなさの残る幼女の姿がそこにあった。
「…」
メロウは絶句している。
状況が全く呑み込めていないようだ。
…まあ仕方ない。知り合いの竜が来たかと思ったら実は全くの別人で、しかも小さい女の子。動揺するのも無理はない。
「この子はフィーネ。人とエルフの混血だそうだ」
紹介されたフィーネは天真爛漫な笑顔でぺこりと頭を下げた。
「フィーネですっ、よろしくね!」
メロウはフィーネを一瞥してから俺の方に向き直り、冷たい視線を向けてきた。
なんか怖い。
「…レイブンさん? こんな小さい子供を連れてきて、何をするつもりですか?」
メロウの言い分は最もだ。
変装させてまで家に幼女を連れてきたという事実は覆らない以上、俺が良からぬ企てを立てていると予想してもおかしくはない。
だがちょっと話を聞いてほしい。
「…今からちゃんと説明するから、とりあえずその視線をやめてくれ…」
「…」
メロウの気迫に少し気圧されながら、俺は今日の出来事の説明を始めた。
「ギルドハウスに行ったら、スイランと一緒に前の喧嘩した二人がいて~~」
カインとアルドに疑われていること。広場にて俺を殺す宣言が出されたこと。
裏路地を通っていたらフィーネに出会い、衛兵から匿ったこと。
ダンケルの家での会話、その他諸事情。
俺の知る概要は全て話した。
「~~という訳だ。明日フィーネの母親を探しに行くために、今日は家に泊めさせて欲しい」
メロウは話の途中辺りから表情が緩み、今はいつもの優しい彼女だ。
「わかりました! レイブンさんの味方だったら、私がしっかりサポートします!」
「そうしてくれると助かる。ありがとう」
わかってくれた。
これで心配していた問題は解消。
ならば今日一日はフィーネを加えた三人で過ごすだけだ。
「それではシャワーにしましょう。 フィーネちゃんも私と一緒に入りましょうね」
「わかったー!」
こうしてメロウとフィーネは風呂場に向かい、二人一緒にシャワーを浴びに行った。
そして今に至る。
男として気にならないわけがない会話が聞こえてくる限り、俺は新聞に全く集中できない。
…余計なことを考えるな。
お前は誰だ? そう、レイブン・グルジオだ。
『転生魔王』と呼ばれ恐れられている戦闘狂———
「ねーねー」
「ん?何だ?」
肩をつんつんされて振り返ると、シャワーを浴び終えたフィーネが白い薄地のネグリジェ姿で俺の目の前にいた。
「どう?似合ってる?」
くるくると回転する姿は、美しい精霊の姿を想像させる。
「ああ、似合っているが…そんな服あったか?」
「私の幼少期の服を貸しました」
メロウも風呂場から出てきた。
長いブロンドの髪を丁寧に乾かしている。
「んー、折角可愛いのに、ここがちょっとキツいなあ」
フィーネはネグリジェの胸元をパタパタと揺らす。
その言葉と仕草が指す意味は俺たち二人にすぐに伝わり、
「…」
悪意なき(?)感想が、メロウを傷つけた。
「レイブンお兄さん、遊ぼー」
ゆさゆさと俺の肩をゆすってくる。
だが、はいそうですかと遊ぶ訳にはいかない。
明日はフィーネの母親を探しに行く予定だが、その後のことはまだ考えていない。
俺を殺す『魔王討伐』の計画を終わらせるために、今想定できるケースは可能な限り考えるべきだ。
だから遊んでいる時間は———
「遊ぼー」
…。
「レイブンさん…ちょっとくらいなら、大丈夫なんじゃないですか?」
おい。一応俺の命かかってるんだが。
ダンケルもそうだったんだが、俺が死ぬ可能性とか考えてないんだろうか。
俺の強さが信頼されているという話なのか?嬉しいけど虚しい。
「遊ぼー」
「…。」
夕食の時間まで、カードゲームで遊んだ。
フィーネはリオンのように、特殊な魔法で俺たちの心を読んでくるから基本的に勝ち目がなかった。あれ卑怯だろ。
「では、ご飯にしましょう」
「わーい」
夕食はきのこパスタだった。多種のきのこによって、美しく彩られている。
しっかりフィーネの分もある。
「ねえ、フィーネこれ全部は食べられないよ…」
フィーネの分のパスタが俺と同じくらい盛り付けてある。
九歳の女の子が食べる量としては多すぎる。
「それはごめんなさいね。子供が来ると思っていなくて…」
メロウが苦笑いで手を合わせた。
「俺が食う。食べ物を粗末にするのはご法度だからな」
フィーネのパスタを半分ほど俺の皿に移した。
俺の食べる量がすごいことになったが、まあエネルギー補給だと思うことにしよう。
パスタは好物だし。
「「いただきます」」
「あれ、えっと、いただきますっ!」
あわあわしながら手を合わせるフィーネの姿は、見ていて癒される。
和やかな空気の中、三人はパスタに手を伸ばした。
「フィーネ、口にソースついてるぞ」
「じゃあ拭いて~」
「仕方ないな」
一緒にいると面倒なことが多いが、正直ずっと緊迫していた俺にとっては必要な時間なのかもしれない。
現に、俺は今平静を取り戻せている。
そしてパスタを食べ終わり、疲れたのかフィーネはリビングで眠ってしまった。
「すぅすぅ…」
寝息をたてている様子はとても微笑ましい。
「寝ちゃいましたね」
「ここで寝ると風邪を引くから、ベッドに移動しないとな。とりあえず俺が借りているベッドに———」
「ダメです。私のベッドです」
話の途中で拒否された。
「なぜだ?」
「…レイブンさんとの添い寝は私が最初と決めています」
は?
そこ意地を張っているのはなぜだ?
『最初』ってそんなに大切か?
「だから———三人で寝るってわけには」
「絶対狭いだろ」
「私は気にしませんし、フィーネちゃんはもう寝ています。あとはレイブンさんだけですよね?」
「…」
メロウの目がキラキラしている。
俺のこと信用しすぎだろ。いきなり襲ったりしたらどうするつもりなんだ。
…いや、メロウは俺にそんな勇気がないことまで想定済みか。
「まあ、たまにはいいか」
「!」
笑みがおもわずこぼれていた。
承諾してしまった以上、あとは俺が気恥ずかしさに耐えられるかの勝負だ。
そして、これからの打開策は何一つ浮かばないままその時が来た。
俺が毎日寝ているベッドの上に、メロウとフィーネが横たわっている。
既にぐっすり眠っているフィーネを挟むように俺たちが両脇に寝転がる。
「ぐっすりですね」
「九歳の子供が衛兵から逃げていたんだ。そりゃ疲れるさ」
フィーネの愛らしい寝顔を覗き込んだ後、俺たちは目を合わせて笑った。
「ママ…パパ…フィーネを置いていっちゃやだ…!」
「「…」」
どんな夢を見ているのだろうか。
目尻に浮かべた涙を、俺はそっと拭ってやった。
やはり、フィーネには何かある。
彼女が混血のハーフエルフだとしても、それだけで両親と離れ離れにされるとは考えにくい。異能に目をつけられたと考えるのが自然。
『俺が助かるため』に利用する形になるのは否定しないが、この涙を見たからにはフィーネも報われて欲しい。
明日はフィーネの母親を探すことになる。
そこで国の黒い真実を掴むことができれば、俺の安寧を取り戻す日が近づくかもしれない。
「レイブンさん。無理に抱え込まないで、私のことも頼ってくださいね。力になりますから」
メロウが自分の胸に手を当てて、小声で囁いた。
「ああ。はっきり言って、かなりまずい事態だ。メロウも力を貸してくれ」
メロウの手を取り、目をしっかりと見て力強く答えた。
「えっと…はい!」
メロウも一瞬戸惑っていたが、そっと手を添えてくれた。
そう、俺はもう一人じゃない。
ダンケルに、スイランに、リオンに、フィーネに…
そしてメロウがいる。
どんな理不尽が襲って来ようと、俺たちが勝てばいいだけだ。
明るい未来を少しづつ見出しながら、俺たちは眠りについた。
…やっぱり狭くないか?
俺、常に身体のどこかがフィーネに触れているんだが。