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12話 不穏が伝播する話

今回は物語の都合上、開幕~☆までの間は三人称視点です。ご了承下さい。

 レイブンたちが買い物に興じていた時のこと。

 場所は離れ、この街タグナスの長が住む居城、タグナス城の王広間にて。


「何?ドラグリオンが姿を消しただと?」


 玉座に座ったまま、王は苛立ち気味に口を開いた。

 整えられた白い髭は威厳を示し、冷酷な表情を浮かべている。


「そのようでございます。」


 答えたのは、王城衛兵隊 二番隊隊長、ワーグナー・ギルト。

 スラッとした細身で背が高く、騎士にふさわしい身なり。

 紫の髪を伸ばし、中性的でありながらも陰険な雰囲気がある。


「討伐隊はどうなった?」


「本来は三日後に遠征予定でしたが、こうなった以上中止にせざるを得ません。対象が存在しないのならば、遠征は浪費でしかありません故」


「放置してから討伐まで時間を取りすぎたか。もう少し騒ぎになるのを待ちたかったが」


 全ては計画通りに進むはずだった。

 まず、呪具を着けて動きを制限したドラグリオンをダンジョンに置き去りにし、暴れる姿を冒険者に目撃させることで騒ぎをおこす。そして頃合いを見計らい、衛兵隊を遠征に行かせ、弱った竜を安全に討伐する。


 こうすることで、民衆の衛兵隊や国政に対する信頼度を高め、不満を抑える予定だった。

 だが───


「目星は着いているのか?我輩の計画を妨害した不届き者は」


「いえ、わかっておりません。討伐者が名乗り出ない上に目撃者がいない以上、確定に至るには難航するかと」


 続いて、一番隊隊長のベクター・モートが進言した。

 ワーグナーと同年代で、三十代前半ほどの見た目。

 軽量化した鎧を身にまとい、茶髪を短く切ってある。その肉体と顔立ちは、荒々しい強さを今も失っていない。


「...もうよい。あの竜の話は終わりだ。だが我輩の次なる政策を遂行するには、国民の反対を抑える方が都合が良い。何か案はないのか」


 興味なさげに、王が呟いた。

 だがベクターもワーグナーも、これに代わる妙案など用意していなかった。


 少しして、王の傍らにいる男が王に耳打ちした。


「王、実は街中にてこのような噂が…」


 この男の名はノーブル・ダクト。

 カイゼル髭を生やした小太りの中年男。

 貧しい平民育ちだが、頭が切れて有能である点と王の幼少期の親友という接点だけで大臣の座に上り詰めた曲者だ。


「───」


「ふむ。では、そうしよう」


 ノーブルの話を聞き終えた王は、ベクターの方を見下ろした。


「ベクター。貴殿は、一対一の戦闘においてはこの場にいる誰よりも強いな?」


 ベクターは、左手を心臓に当てた。


「はっ!私は一番隊 隊長、戦闘では引けを取りませぬ!」


 隣のワーグナーは、面白くなさそうにベクターの方を向いた。

 だが、実際にベクターと対決したら恐らく負けるということはわかっていたので、歯痒い思いをするしかなかった。


「では貴殿に勅命だ。この一件が済めば褒美をやろう」


「ありがたき幸せに御座います」


「貴殿への指令———『魔王討伐』だ。」




「————、概要は以上だ。計画遂行のため、さっさと赴くがよい」


「…はっ」


 どこか納得がいかない話ではあったがベクターは頷き、敬礼して立ち去った。

 その姿が完全に見えなくなってから、王は再び口を開いた。


「…ワーグナー、例の脱獄者の件、現在の状態はどうなっている?」


 それを聞いたワーグナーは先ほどまでの表情とは打って変わり、不敵な笑みを浮かべた。


「現在我が二番隊が総力を挙げて捜索中でございます。逃亡先も想像は容易。捕縛は時間の問題かと」


「…ならよい。一刻も早く確保せんと国の威信に関わる。」


「私にお任せ下さい。」


 ワーグナーは恭しく敬礼した。

 王はそれを見て少し表情が緩んだ。


「全ての国民が貴殿のように我輩に従順ならば、どれほど良い国だと思えただろうか」


 ☆


 一日が経ち、二日酔いは醒めた。

 俺もメロウもすっかり元気だ。

 だが特に冒険の予定もなく、誰かと会う約束もしていないので、二人でのんびり読書をしている。


 メロウは昨日買った大量の本をどんどん読破し、既に三冊目に手を付けている。すごく楽しそうに読んでいるから、見ているとなんだか微笑ましい。

 俺は『夢喰いの怪物』をのんびり読み進めている。なんだかんだ言っても友達が書いた本だ。ちゃんと読もうという気にはなる。



 ある程度物語が進んできた。


 怪物は夜な夜な動き出し、今日も誰かの望みを喰らって廃人に変貌させる。

 そんな絶望を打ち砕くべく、正体不明の怪物に立ち向かう五人の少年少女。


 チームの創設者でありリーダー、類まれなる強さを持つ剣士レブン。

 多才な斥候職。器用な立ち回りはお手の物、ダント。

 その美しさで男女問わず虜にする麗しき聖騎士セイレン。


 …、どこかで聞いたことがあるような奴らだな。心なしか名前も似ている気がする。

 まさか残り二人もか?


 男勝りの斧使い。頼れる姉御肌コレット。

 慈愛の天使。医療魔法のスペシャリスト、フランジーヌ。


 流石に違うか。

 まあレブンとダントはモチーフがあるとしても、セイレンはたまたま似ているだけといったところか。アイツは『男の娘』って人種らしいから麗しき聖騎士ってのはなんか違う気がするし。


 変な邪推はやめておこう。物語の続きに集中。


 五人はまず相手の全貌を知るために、怪物の被害者やその近辺の調査を始める。

 依然として怪物には謎が多く、情報も少ない中、メンバーは必死に考える。

 そして数日が経過したある日、怪物に襲われた人物の共通点を見つけた。

 その共通点とは———


 ピロリン。

 メロウの通信機から音が鳴った。

 誰かから連絡が来たということか。


 音に気づいたメロウは一度本を置いて通信機を手に取った。

 蓋を開き、浮かび上がっているルーンをなぞって応答する。


「はい、メロウ・アブリオです——」


『メロウ!!そこにブレインいる?』


 着信の主はスイランだった。声しか情報がないが、かなり慌てていることがわかる。

 周りの雑音が少し混ざって聞こえてくる。人の多い場所にいるのか。


「レイブンさんならここにいますよ」


「スイラン、どうした?」


『ブレインいた!よかった…。 ボク今ギルドハウスにいるんだけど、前にブレインがぶっ飛ばした二人と出くわしちゃって、「あの男呼べ」ってまとわりつかれているんだ…ブレインとして、ギルドハウスに来て!!お願い!!』


 めんどくさい事態になっているようだ。

 本気で懇願している様子からも、かなり困っていると見て取れる。


「…仕方ない。ちょっと待ってろ」


『!! ありがとう!待ってるから、絶対来てね☆』


 ここで通話は終わった。

 …。


 支度を始めた。

 やむを得ん。ここで放っておくのは流石にスイランがかわいそうだ。


「私も行きましょうか?」


「いや、俺だけで十分だ。アイツらの目的は俺だけだろうし、メロウは折角買った本、読みたいだろ?」


 メロウは積まれた本の山をチラリと見た。

 目が彼女の気持ちをわかりやすく語っている。


「...すみません。」


「別に構わん。アイツらの近くにメロウを連れていって、またちょっかい出されても面倒だしな」


「やっぱり優しいですね、レイブンさんは」


「どうだかな」


 俺は家を出て、早足でギルドハウスに向かった。



 そしてギルドハウス内に到着。

 スイランは…いた。そしてその傍に男が二人。前に喧嘩売ってきた鼻ピアスと、変に律儀だったモヒカン野郎だ。


「だからボクは、───!!ブレイン!!」


 スイランが俺に気づき、手を振って合図した。

 俺は三人の元へ歩いて近寄った。


「ああ!?お前だお前!忘れもしねえイカレ野郎!!」


 鼻ピアスがガンを飛ばしてきた。

 三日前のことだからそりゃ忘れる訳ないだろと思ったが、後が面倒だったので黙ることにした。


「それで、わざわざ僕を呼び出して何の用ですか?」


「その余裕そうな顔、ますますムカつくな…!」


 もはや何を言っても怒るようだ。

 だが相手も冒険者である以上、ここで殴り合いがおきるとは思えない。


 すると、モヒカンもスイランを放置してこちらに来た。


「...カイン 、一々激昂しても仕方ない。目的を見失うな」


「あ、ああ…悪いなアルド。」


 鼻ピアス…カインは一旦落ち着いてから、俺の方を指差して言った。


「あの光景を忘れたとは言わせねえ。




 ──お前、『転生魔王』レイブンだろ?」


 その名を聞いて、周りの冒険者たちが騒然とする。

 この場にいるほとんどの冒険者の目が、俺たち四人に集まった。


「!!」


 スイランの眉がピクリと動いた。


 かなりまずい状況だが、変に動揺するのは得策じゃない。

 証拠がない以上、相手は必ず掴みにくる。

 ならば、


「...はぁ。何言ってるんですか?僕が『転生魔王』??そんな訳ないじゃないですか」


 首をかしげて返答した。

 モヒカン…アルドが落ち着いて、だが強い語気で話す。


「俺の目は確かに『魔王』を見た。無関係とは思えん」


 カインも口を出してきた。


「当然だ!そうでもなきゃ、この俺が負けるはずがねえ!!」


 チッ、こいつら俺がレイブン・グルジオと何か関係があることを確信している。

 完全にねじ伏せにいくしかない。


 俺は両手を大きく左右に広げて挑発した。


「なら、気が済むまでいくらでも調べて下さい。『イリューネス』も『セルフポリモルフ』も、貴方たちなら簡単に看破できるでしょう?」


『イリューネス』は相手に幻覚を見せるタイプの幻影魔法の通称。『セルフポリモルフ』は己の肉体を作り替える魔法だ。

 これらの魔法は、ある程度の魔力で『トゥルスディーク』という心眼の魔法を使うとあっさり見破られる。

 なので、幻影魔法などの使い手は、心眼を使わせない立ち回りが肝とされている。


「はっ、つまらねえハッタリは通じねえよバーカ!」


 カインの左目が青い炎を纏った。『トゥルスディーク』を行使する合図だ。

 すぐにアルドも魔法を起動した。

 二人は魔法を使用した痕跡を探ろうと、俺の全身を凝視している。



 だがそんなもの見つかる訳がない。

 なにせブレイン・グルジオは、それ自体が一人の人間の肉体として成立している。

 同じ人格が宿っているというだけで、二つの身体には何の因果もない。

 よって———


「はぁはぁ…クソがぁ!!なぜ見つからない!!」


「………」


 二人の目の炎が消えた。

 心眼の効き目が切れたようだ。


 隣に来ていたスイランが小声で俺に囁いた。


「すごいね。心眼じゃたどり着けないんだ」


「正直賭けではあったが、俺の勝ちのようだ」


 俺とスイランは余裕の笑み。対してあちらの二人(特にカイン)は汗をだらだらと流して焦っている。

 周りの目からすればどちらが信頼できるかは一目瞭然。


 苛立ちに耐えかねたカインはドスドスと足音を立てながら近づいてきた。


「こうなったら試すしかねえ!!あの時は一発殴ってからおかしくなったんだ、だからもう一回ぶん殴ってその面の皮剥がして――」


「やめろ」


 アルドが羽交い絞めにしてカインを止めた。


「アルド!何で止めんだ!」


「ここをどこだと思っている。短気を起こすな」


「……悪い」


 落ち着いたカインは、鋭い眼差しで俺を睨みつけた。


「今日の所は引き下がってやる。これ以上は一番隊の威厳に関わる」


「一番隊…お前ら、衛兵隊か」


「そうさ、俺たちは衛兵隊。街の平和を乱す『転生魔王』は討伐する義務がある」


 カインは俺に向かって中指を立て、そして背を向けた。

 それに応じてアルドも振り返り、二人はギルドハウスの出口へと歩いていく。


「あばよイケメンクソ野郎。次はぶちのめしてやるから魔王サマでも呼んできな」


「…そろそろ時間だ。戻るぞ。」


「チッ、絶対アイツだと思ったんだが…」


 二人の姿はそのまま街の奥へと消えた。


「「…」」


 周りの冒険者は一連の流れで俺がレイブンではないと考え、また個々の仕事を再開した。

 二次災害が起きずに済んだのは、とりあえず一安心ではあるが。


 俺はしばらくその場に立ち尽くし、舌打ちした。


 結局これだ。

 俺は周りから恐れられ、あいつらの勝手で排除される。


 そう、メロウやスイランが特別なだけで、これが普通。

 久々に身をもって体感した、悲痛な現実。新たな身体を手に入れても、避けて通れない苦痛がそこにあった。


「…ブレイン。」


 スイランが心配そうな顔で話しかけてきた。

 普段はこんな風に優しくしてくれないだけに、少し調子が狂う。


「スイラン、通信機、持ってるか?」


 スイランは俺の発言にきょとんとした。

 袋から真っ白い通信機を取り出した。


「えっと…、あるけど…」


 俺は今できる目いっぱいの笑顔を創った。


「ルーン交換、しようぜ」


「…うん」


 俺はスイランと共にギルドハウスを出た。

 そして二人でくつろげそうな公園へ向かう。




「ねえ、ブレイン。本当に大丈夫?」


 ルーン交換をした後、不意にスイランが呟いた。

 なんというか、ずっとこのままでは虚しくなりそうだ。

 だから———、


「大丈夫だ。だからお前も、『ボクの見込んだ男だから大丈夫さ』って笑っていてくれ」


 俺は決め台詞を言ったつもりだが、なぜかスイランはこらえきれずに笑い出した。


「ふふ…ボク、そんなキャラじゃないし…というかカッコつけ方がダサいあはははははは!!」


「…」


 嗚呼、いつものスイランに戻った。

 だが———さっきの心配してくれる、優しいスイランの方が良かったかもしれない。


 腹を抱えて笑い続ける男の娘を見て、俺はため息を吐いた。


 その後、何の意味もないような会話を続け、そろそろ帰ろうかと思っていた時。


 ガシャガシャと鎧のこすれる音が聞こえる。それも多数の鎧。

 何かの集団がこちらに来ている。


 音のする方に目を向けると———


 屈強な男の集団が列をなして行進している。

 衛兵隊の行進だ。昔からあった。

 衛兵にはそれぞれ一番隊、二番隊、三番隊がいて、グループ毎に隊長が統率している。

 番号による明確な戦力差がある訳ではないが、世間では一番隊が格上とされている。

 あれが何番隊かは今はわからない。鎧は皆同じだし。


 先頭にいるのが隊長だ。

 見た目は三十代前半で茶髪。巨大な長剣を肩からかけていて……。


 …。


 …見覚えがある。

 俺に決闘挑んできたおっさんだ。


 ブレインの人形を見つけたあの日の朝に戦ったおっさんだ。間違いない。

 嘘だろ。そんな立場高い人だったのかよ…。


 あの時はフランクな言動で柔和な様子だったが、今は厳格な顔つきをしている。

 本物の強者の姿を垣間見た気がした。


 衛兵隊の行進はそのまま続き、公園のシンボルである噴水の前で停止した。

 おっさんが前に出てきて、周りの市民に向かって演説を始めた。


「私はタグナス国、国防衛兵隊一番隊隊長、ベクター・モートと申します。敬愛する王の命に従い、我々は———」


 そこまで言うと、兵士の一人が何かの紙をベクターに差し出した。

 ベクターはそれを受け取り、皆に見えるように広げた。

 そこには人物の顔が描かれており————正真正銘、レイブン・グルジオの顔だった。


 その紙を宙に放り投げ、肩の大剣を引き抜き構えた。

 そして前方に突風が起きるような強烈な一太刀。


 その切っ先は風に舞う俺の顔を左右に二等分した。

 そのまま流されてどこかに消えていく俺の顔の断片。


「『転生魔王』レイブン・グルジオを討伐することをここに誓います」


 その瞬間、周りの市民から歓声が起きた。


「やっちまえ救世主!!」


「衛兵隊最強の底力!!」


「魔王の恐怖から私たちをお救い下さい!」





「なん……だと!?」


次回、13話は8/3(月)に投稿予定です。

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