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1話 謎の人形を見つけた話

「これで終わりだ。」


 俺の剣の切っ先が目の前の大男の腹に突き刺さる。

 赤黒い血が刀身と辺りの地面を染めた。

 男は膝から崩れ落ち、口の端から血を出しながらニッと笑った。


「ここまでか…。 …もし私の嫁に会うことがあったら、この洞窟で一人戦死したと言ってはくれないかね」


「…」


 俺は無言でポケットから一つの木の実を取り出し、男の口にねじ込んだ。

 この木の実の治癒効果は即効性。見る見るうちに男の傷口が塞がり、顔色も戻っていく。


「嫁のいる旦那を手にかけたら寝覚めが悪い。これに懲りたらもう俺には挑んでこないことだ。」


 男はきょとんとして、それからまた豪快に笑った。


「ハハハ、お前さん、実は平和主義なのかい?巷じゃ『転生魔王』なんて呼ばれているのにさァ。」


「俺が名乗った訳じゃない。その名前のせいで皆怖がる。いい迷惑だ」


「お前さん見るからに口下手だしなぁ。その上謎めいた強さを持っている、仕方ないさ。」


 そう言って、男は立ち上がった。


「折角拾った命だ。楽しませてもらうとするよ。お前さんも、洞窟に籠るより街に出て恋愛なり遊戯なりしてみたらどうかね?見た目はちょうどそういう年頃みたいだしな」


「…興味ない。」


「そりゃ残念だ」


 それだけ言い残して、男は背を向けて去っていった。

 なんともフランクなおっさんだ。

 …名前くらい聞いておけばよかったかな。


 ☆


 結局街に繰り出す勇気なんてあるはずもなく、今日も俺は洞窟の奥深くで一人。

 慣れてしまえば、一人で洞窟暮らしも悪くない。…寂しいと感じることがない訳じゃないが。


 俺の名はレイブン・グルジオ。自称『最強の男』、そして他称『転生魔王』だ。

 自分で言うのもなんだが、かなり強い。強くなるしか生きる道がないと思い込んでいたからな。

 幸いにも才能があり、血反吐を吐くような鍛錬を重ね、本や軍師から学んで知識も得た。

 ただの『戦い』に関していえば、タイマンだろうと軍団戦だろうと俺は強い。

 自他共に認められ、『魔王』なんて二つ名が付くようになった。


 そして人間の限界に到達する勢いで強くなった先に、何があったと思う?







 何もなかったよ。







 何一つ、俺の満足するようなものは得られなかった。


 街の奴らは俺の姿を見ただけで恐怖する。「あっち行け」と追い返される。

 怖いし裏切られたらシャレにならないと、俺を仲間にいれてくれる人はいない。「お前が強すぎて目立てない」なんて言うのもいたか。

 愛想が悪くて口数が少ないから、さらに孤立する。街にはいられなくなる。


 …もうたくさんだ。

 こんな強さならいらないと何度思ったか。いつからか、さっきのおっさんみたいに勝負を挑んでくる奴としか会話をしなくなった。

 ダンジョンで別の冒険者と偶然会おうものなら、皆一目散に逃亡。ホントに魔王じゃねえか、俺。


 …結局のところ、『ただ強いだけ』の人なんてこの世界は必要としない。

 いっそのこと本物の魔王がいれば良かったのに、中途半端に平和なせいで過剰な武力はいらないって世間は思っている。

 だから今は、面白さ、格好の良さ、ルックス。そういったものが合わさって初めて、その人の強さは民衆の中で輝きを見せる。

 強いだけで他に面白い取り柄が何もない俺は、怪物と同じでただの腫れ物。

 それに気がついた頃にはこの有り様。…正直もう諦めたけどさ。

 今さら英雄なんてのになろうとは思わない。


 だけどせめて、恋愛くらいは一度してみたいかな。

『魔王の女』なんて肩書に興味のある女の子、一人はいるんじゃないか?


 そんなくだらないことを考えながら適当に散歩していた時のこと。


「なんだこれ。」


 思わず声が出た。

 外壁の岩に空いた小さな穴から光が差している。

 もともとこの洞窟はかつて通った人が松明を配置していて明るいのだが、この光は明らかに異質だった。


 …中に何かある?宝石とかあったかな、ここ?

 とりあえずぶち壊すか。


 ドゴンという衝撃音と共に、俺の蹴りで壁にひびを入れた。

 もう一発オラァ!


 なんか穴が空いていて、向こうに繋がっている。

 ここ、もう二十日くらいいるんだが、ずっと見つけられなかったのか。

 最近じゃ奇襲してくる奴なんていないから、観察眼が鈍ったかな。


 まあいいや。探索しよう。


 …ちょうど人一人が通れるような大きさで、一本道じゃん。なんとなく予想してたけど、人為的なやつだな、これ。


 そしてこのトンネルを抜けた先には…


 …いやマジでなんだこれ。


 何かの研究所…だった場所か?

 なんかよくわからん機械、ホルマリン漬けの魔物の肉塊、人の腕みたいな物体。

 他にもなんか色々ある…全部もう動いてないけど。


 俺は戦闘面以外では最低限の常識くらいしか身に着けてないから、これが何なのかはさっぱりわからん。


 そういえば、なんか街に天才だがイカれた科学者がいるとか聞いたことがあるな。

 ソイツの「ラボ」ってやつだろうか?常人の思考じゃ、魔物が湧いて命に関わるようなところで研究なんかしないよな。


 とりあえず眺めながら歩き回ってみた。

 やっぱり何もわからん。説明や解説が全くないからわかる余地もない。この研究を誰かに発表する気はなかったのだろうか。


 そんなことを考えながら突き当りの角をまがると、


「誰だ!?」


 誰かが洞窟の壁にもたれかかって座っている。

 全く気配を感じなかった。死んでいるのか?

 警戒を切らさないようようにしながら、ゆっくりと近づいた。


「死んでいる…? いや、これ人形か」


 細身のスラっとした体形。整った顔立ちに美しい金髪。黄緑を基調とする質素な衣服を身に纏っているが、その容姿だけで多くの女性を虜にできそうだ。

 精巧にできた人形だなぁ。ぱっと見本物だと思ったわ。

 しかしなんでこんなところに人形が…なんか胸元にメモが貼ってある。


 なんだこれ。えっと…



『試作品一号

 ・失敗作

 力が弱すぎる 見た目はいい

 起動法がださい 僕の計画の第一歩だがもう用済み』




 …。酷い言われようだな。折角カッコいい仕上がりなのに。身長高くてサラッとした金髪だぜ?ちっちゃい子供の憧れみたいなもんだろ。



 …ん?『起動法』って何だ?もしかして、これ動くのか?

 ちょっと見てみたいな。


 どっかにスイッチみたいな物があるんじゃ…

 興味本位で人形を探ってみた。

 そして、左手の掌にひし形の紋章みたいな赤い線を見つけた。


 多分これが起動スイッチだな。

 でもどうすりゃいいんだ?


 この四角をなぞったら起動したりしないか?

 なんとなく指でなぞってみた。

 すると、


「おっ!」


 紋章が赤黒く光った。起動したか?


 妖しい光を放ち続ける紋章。

 そして突然、激しい頭痛が俺を襲った。


「うぐ…なんだこれは…」


 熱い、頭が焼けそうだ。これ、死ぬのか…?


「こんな最期とは…実に空虚な人生じゃ…ねえか…」


 俺の抵抗も虚しく、あっさりと意識を失った。





 …ん。

 うう…生きている?

 なんとか気だるい体を持ち上げた。

 倦怠感がえげつない。まぁそれが生存の裏付けとも取れるか。


「なんだったんだ一体…

 …あれ、俺の声こんなんだったか?」


 なんか声色が違うような…気のせいかな。


 思い腰を上げて立ち上がった。

 目の位置が普段より少し高い。さっきの痛みで身長が伸びた?


 違和感が離れないので自分の身体を確認することにした。

 腕が細い、全体的に肌が白い、そして左手にさっきの紋章。


 はは、まるで俺とあの人形が入れ替わったみたいじゃねえか…。



 …。


 は?


 嘘だろ。本当に入れ替わった?

 じゃあ俺の肉体はどこに…。

 周りをキョロキョロと探すが見つからない。

 まるでここには初めから人形しかなかったかのようだ。


「おいおい…どうすりゃいい…」


 レイブンは死んだとか、そんなことないだろうな?シャレにならんぞ。


 気休め程度に、もう一度紋章を指でなぞってみた。

 一瞬脳内に電気が走ったような衝撃を受け、真っ白になる視界。

 そして視界が戻ってくると、


「…、戻った…?」


 身長、腕、肌。全て俺に戻っていた。

 ただ一つ違うのが…


「なんでこれだけ残ったままなんだよ…

 訳がわからん…」


 左手にくっきりと映る赤い四角。妖しく光る幾何学模様。

 自分こそが肉体を入れ替えるスイッチだと言わんばかりの様子だ。


 もう一度なぞる。一瞬視界がフラッシュバックして、金髪の人形の手。

 またなぞる。見慣れたレイブン・グルジオの肉体。


 人形、俺、人形、俺、人形、俺…


 大体わかった。


 あの謎の人形(?)を起動してしまったことで、俺と人形の肉体が同化した。

 そして左手の赤い紋章をなぞることで二つの身体が入れ替わる。

 もう一方の身体はどこかに収納される。

 原理は全くわからん。


 まあ、こんなところだろう。

 改めて凄い技術だな。

 俺は工学だとかには疎いが、並の技じゃないことは流石にわかる。


 …だが、これは何の役に立つ道具なんだ?

 確か『力が弱すぎる失敗作』とか書いていたよな。


 ちょっと試すか。


 俺は普段使いの双剣の片方を地面に置いて人形と入れ替わった。


 視界が戻って地面を確認すると、さっきの剣が落ちている。

 身体に触れていないものは収納されないみたいだな。これは予想通り。


 とりあえず手に取ってみたが、


「重っ」


 思わず口に出た。

 普段なら片手で振り回しているのに、今は両手で持ってもそれなりに重い。

 これ大剣とかじゃないしある程度軽量化したんだが、それでもこの感触。


 あー、これは弱いな。他の能力はどうだ?


 周りを適当に走ってみた。息切れが早いしダッシュしても遅い。

 腕立て伏せをしてみた。十七回でギブアップ。俺に根性がない訳じゃない…と思う。


 結論。弱い。

 街の商人らと力比べしても負けるな、確実に。

 実際この身体だと俺、既に死にそうだし。ぶっ倒れてゼーゼー言ってるし。


 そりゃ制作者も捨てるわけだ。見た目に全振りしてるだけじゃダメってことか。


 俺だってこんな身体いらな…

 …待てよ。


 この身体ひょっとしたら使えるんじゃ…。


 この金髪、高身長、白い肌を見てレイブン・グルジオだと断言できる人なんかいるはずない。

 しかも弱いんだから、なおさら気づくとは思えない。


 ということは、バレなければ俺は誰にも煙たがられることなく街で生活できる。


 そしてこの肉体、『疲れる』ってことは鍛えられるはず。

 ということは、一から鍛練のやり直しができるってことだ。

 もう失敗しねえ。

 次は周りの奴らが認める、仲間にしてくれる強さを手に入れてやる。


 あとついでに、おっさんが言ってた恋も遊びもしてやる。この身体はイケメンだしすぐモテるだろ、多分。


 ...ワクワクしてきたな。こんな感覚いつぶりだろうか。

 正直、ずっと孤独な洞窟暮らしなんか飽き飽きしていたし、俺の二回目の人生、謳歌させてもらおうじゃないか。


 そうと決まれば、この洞窟から脱出しないとな。

 …あ、でもこの身体じゃ魔物と遭遇したら確実に死ぬ。

 一旦俺に戻そう。


 サッとなぞって身体を入れ替える。


「二つの顔を持つ男、か。この人形、ありがたく使わせてもらおう」


 そしてこのラボの出口に向かった。


ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。

作者の雨山 筍と申します。

十話までは毎日投稿の予定です。

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