第92話 《回復術師》クロードは、《聖女》の下位互換にあらず
「みんな、ただいま」
三位決定戦、ルイーズ対エリーゼ戦終了後。
しばらくして、勝者ルイーズが俺たちのもとに戻ってきた。
ルイーズは少しだけ悔しさを滲ませているものの、とてもやりきったような表情をしていた。
「おかえり、ルイーズ。がんばったな」
「3位おめでとう! カッコよかったよ!」
「ベスト4の内の二人が王国代表だなんて、素晴らしい限りです! 本当におめでとうございます!」
俺・エレーヌ・レティシアが、ルイーズを出迎える。
俺も含めた三人は、少し興奮気味である。
ルイーズは若干困惑している様子ではあったが、深呼吸したあと笑顔で答える。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいけど、なんだか複雑ね。優勝できなかったんだから」
「確かに優勝はできなかったな。でもこれだけは言える──エリーゼさんとの戦いは、カッコよかったと」
俺がそう言うと、ルイーズは少し顔を真っ赤にし始めた。
そして長い銀髪を指でいじり、「そ、そうかしらっ……?」と呟く。
「あらゆる魔術をもろともせず、剣術と体術を駆使して勝利したんだ。しかも《勇者》の魔術耐性は《回復術師》のそれには及ばないというのに……」
「そ、そうっ? そこまで言うんなら、えっと……頭、ナデナデさせてあげなくもないけどっ!?」
ルイーズはそう言って、俺に迫ってきた。
キスしそうなくらいの距離感で、甘い香りがとても強く感じられる。
その様子を見て、エレーヌとレティシアが焦り始めた。
「いいなあ、ルイーズちゃんは……わたしもクロードくんに頭ナデナデしてほしいよ……」
「クロード。ルイーズは『頭、ナデナデさせてあげなくもないけど』とおっしゃいましたので、撫でなくても大丈夫だと思いますよ?」
「あ、あんたたちは黙ってなさいよねっ! 国際武闘会で3位になれたんだから、ちょっとくらいいいでしょ!」
「あ、ああ……そうだな、ルイーズの言うとおりだよ」
俺としては、頭を撫でることを断る理由はない。
これは家族にもするような愛情表現であり、キスなどとは性質が異なるものだ。
俺はルイーズの頭頂部に、手のひらで包み込むように手を置く。
髪が乱れないように、優しく撫でる。
「よしよし、よくがんばったな」
「んっ……もっと……」
「君は武術だけじゃなく、勉強もできる。それに顔もスタイルもいい。それに、目標に向けて努力できるところは、もっとカッコいい」
「クロード……!」
「うおっ!?」
突如、俺はルイーズに抱きつかれた。
体温と、そして小さいながらも柔らかい感触が感じられる。
そして息遣いがとても熱っぽく、こちらまでその気になってしまいそうだ。
しかしながら俺は、心を鉄に変える。
何回かストロークした後、俺はルイーズから手を離した。
「ふ、ふんっ……これくらいで許してあげるっ!」
ルイーズもまた、慌てた様子で俺から離れてそっぽを向く。
その表情はとても真っ赤だった。
「その……決勝戦、応援してるわよ……絶対にシャルロットに勝ってよねっ!」
「クロードくん、がんばってね!」
「世界最強の冒険者になってください!」
「みんなの分まで、戦い抜くよ」
俺はルイーズ・エレーヌ・レティシアに見送られながら、闘技スペースへ向かった。
◇ ◇ ◇
『──さて、国際武闘会もいよいよ大詰め、決勝戦です!』
「うおおおおおおおおっ!」
『果たして、”世界最強”の称号を手にするのは誰か! その結末を、刮目して見てください!』
闘技スペースへ続く、重厚な鉄の扉。
それを静かに見据えながら、アナウンスと観客たちの歓声を聞く。
もう俺をバカにするものなど、誰一人としていないだろう。
なぜなら俺は、第1回戦の《アサシン》ヴォルフさんと、準決勝の《魔術騎士》エリーゼさんを打ち倒したのだから。
ヴォルフ戦の時は煙幕のせいで俺の活躍が有耶無耶にされたが、エリーゼ戦では実力を十二分に見せつけることができた。
だからこそ俺は、いまだかつてないほどの緊張感に襲われている。
同じく決勝戦にまで勝ち進んできた、教国代表・《聖女》シャルロットさん。
彼女は教皇暗殺未遂事件のときも、そして武闘会でも圧倒的な実力を見せつけてきた。
《勇者》ルイーズを圧倒するほどの実力だった。
そんなシャルロットさんに勝てるのだろうかと、思わずにはいられない。
観客たちの期待に応えられなければ、また一からやり直しだ。
だがそれと同時に、武者震いがする。
教皇直属の《聖女》、そして世界最強となりうる美女と、相まみえることができるのだ。
少し前までは平民だった男としては、身に余る光栄である。
『──では北コーナー……王国代表・《回復術師》クロード選手、ご入場ください!』
「うおおおおおおおおっ!」
「最初はバカにしてたけど、今は応援してるぜ! がんばってくれ!」
「天職なんて関係ないってことを、見せつけてやれ!」
アナウンスと同時に、重厚な扉が音を立てて開け放たれる。
俺は父から受け継いだ両手剣の柄を握り、堂々と入場する。
そんな俺を称えるように、観客たちの声援が俺を包んでくれた。
「わたし、同じ《回復術師》として応援しています! 今までさんざん『《聖女》の下位互換』だと言われていましたが、絶対に勝って見返してください!」
とある女性観客が口にした言葉は、俺にあることを思い出させる。
それは、勇者パーティから追放されたことだ。
──《聖女》ジャンヌが新しく入ったから、下位互換のお前はもう用済みなんだよ──
──回復魔術ならジャンヌだけじゃなくてエレーヌでも使えるし、何だったら傷薬だけで十分だ。
むしろ傷薬のほうが、人件費がかからないから安上がりなんだよ──
──最弱職のお前はいるだけ邪魔なんだよ。
一人で戦えないヘタレ男は守りたくねえ──
俺はパーティを追放される際、幼馴染の《勇者》ガブリエルからそう言い渡された。
《聖女》ジャンヌからは嘲笑と憐れみを同時に受けた。
もっとも、それらの追放理由は実のところ、真の目的を包み隠すための建前であった。
だが、事実であることには変わりない。
──《回復術師》は《聖女》の下位互換であり、代用品。
《聖女》は回復魔術を始めとした白魔術をハイレベルに使いこなせ、そのうえ《回復術師》では扱えない光属性黒魔術すらも使える。
一方の《回復術師》は一人で戦う術を持たない以上、冒険者の大多数を占める男からは蔑まれ、女からも「ヒモ男」呼ばわりされる事が多い。
俺はその事実を受け入れはしたが、だからといってまったく悔しくなかったわけではない。
ただ、悔しがる暇があれば結果を出すまで、と思っていただけだった。
『──クロード選手は《回復術師》という最弱職です。しかしながら、その剣術は《剣聖》レベル! 天職に一切頼る事なく辿り着いたその高み。天啓に逆らってでも強さを手に入れたその凄み──まさしくクロード選手こそが本物の剣聖です!』
「剣聖──そうだ、あの剣術は《剣聖》のそれじゃねえか! 俺、《剣聖》と一回戦ったことがあるから知ってるんだ!」
「嘘……だろ……《戦士》の俺が剣を振ったところで、《剣士》にすら及ばねえってのに!」
だが俺は、他の《回復術師》とは違う。
俺には剣術がある。
幼少期……天職を授かる前から真摯に修練に励み、《回復術師》という最弱職を与えられてからも前を向いて剣を振っていた。
与えられたカードに不平不満をこぼす前に、走り続けた。
──いつか、世界最強の冒険者となるために。
人々に俺の実力を見せつけ、認めさせ、見返すために──
俺は闘技スペースの中央に立ち、南ゲートを見据える。
『──続きまして、南コーナー……教国代表・《聖女》シャルロット様、ご入場ください!』
「うおおおおおおっ!」
「聖女様、どうか我ら教国民に──そして信徒に勝利と光を!」
「べ、別にかわいいから応援するんじゃないんだからなっ! 勝ち目があるから応援してるだけなんだからなっ! 勘違いしないでくれよなっ!」
「あんたね……」
扉が開け放たれ、シャルロットさんが現れる。
それと同時に、観客たちが一斉に湧き上がった。
『──シャルロット様は教皇枠での出場ではあるものの、実力はまさしく教国一と言っていいほどです! 《聖女》の天職に由来する魔術はもちろんのこと、《槍兵》や《聖騎士》と見紛うほどの槍術には、目が離せません!』
「ということは、イレギュラー同士の対決ってわけか! すげえぜ!」
「魔術師系の天職なのに武器を使いこなせるなんて、常人の技じゃないわね!」
「がんばれ! 絶対に優勝してくれ!」
聖職者が持つ杖に似たショートランスを携え、シャルロットさんは悠然とこちらに向かってくる。
乱れぬ呼吸。
手慣れた様子の、槍の持ち方。
それでいて、周囲を和ませるような笑顔。
それはまさに、「《聖騎士》と《聖女》のいいとこ取り」と言ってもいいくらいの出で立ちだった。
「クロードさん、よろしくおねがいしますね?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
俺と《聖女》シャルロットさんは、選手として握手を交わす。
彼女の手はとても小さく、柔らかくて肌がきめ細かい。
これのどこが槍使いの手だ、といいたくなるほどの触り心地である。
俺たちは所定の位置につく。
間合いは30メートルなので、レーザーなどの光属性黒魔術が使えるシャルロットさんの方が圧倒的に有利だ。
だがそれでも、俺は勝つ。
「それではこれより、国際武闘会トーナメント決勝戦──始め!」
『──決勝戦、クロード選手対シャルロット様の試合、スタートです!』
俺は石畳を踏みしめ、駆け出した。




