第91話 三位決定戦《勇者 vs 魔術騎士》
『──さあ、残すところあと2試合! ルイーズ王女殿下対エリーゼ選手による三位決定戦と、そして! 聖女シャルロット様対クロード選手です!』
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
翌朝、国際武闘会二日目。
闘技場にアナウンスが鳴り響くと同時に、観客たちが一斉に沸き上がる。
ルイーズはそれを、鉄の扉を隔てて聞いていた。
腰に差した剣の柄を握りしめ、自らを奮い立たせる。
『──まずは北コーナー……王国代表・《勇者》ルイーズ王女殿下、ご入場ください!』
「うおおおおおおおおっ!」
「すっげえ美人だ! 帝国民だけど応援しちゃうぜ!」
「俺たち王国民のために、絶対に勝ってくれ! 頼む!」
『──ルイーズ王女殿下は王国武闘会にて三位を収めており、国家元首枠の中でもかなりの実力者です! 《勇者》の天職らしく、オーソドックスな剣術と体術が持ち味ですが、やはりそこは他の《勇者》とは一味違います!』
「ルイーズ王女殿下! 万歳!」
「お慕い申しております! がんばってください!」
アナウンスとともに開け放たれた扉。
ルイーズはそれをくぐり抜け、所定の位置に立つ。
──応援してくれているみんなのためにがんばる。
ルイーズは声援を聞き、勝利への決意を固めた。
『──続きまして、南コーナー……連合国代表・《魔術騎士》エリーゼ選手、ご入場ください!』
「うおおおおおおおおっ!」
「ルイーズ王女と甲乙つけがたいくらいの美人だぜ! 俺はどっちを応援すればいいんだ!?」
『──エリーゼ選手は《魔術騎士》ですがしかし! もう”器用貧乏”だなんて言わせない! 修得者が極端に少ない魔剣術を極めており、対戦相手を幾度となく翻弄してきた強者です!』
「がんばれ! 大国の王女に負けるな!」
「一発かましてやれ!」
声援とともに、エリーゼが現れる。
所定の位置まで悠然と歩き、満面の笑みで手を差し出してきた。
「よろしくお願いしますね、勇者様?」
「──っ!? こ、こちらこそよろしくね」
エリーゼに必要以上に強く握られ、痛みを感じる。
ルイーズもまた、口角を上げて笑顔を作り、力いっぱい握り返した。
それと同時に、エリーゼの笑顔が引きつり始める。
彼女は握る力を弱め、腕を振り払った。
──理由はわからないけど、この女は私に対抗心を燃やしているらしい。
ルイーズはそんな事を思いつつ、所定の位置についた。
間合いは30メートル。
ルイーズは半身になって腰を落とし、剣の切っ先を前方に向ける。
一方のエリーゼは、剣を正眼に構えていた。
「それではこれより、国際武闘会トーナメント三位決定戦──始め!」
『──三位決定戦、ルイーズ王女殿下対エリーゼ選手の試合、スタートです!』
ルイーズは石畳を蹴って駆け出す。
剣を用いての接近戦しかできない彼女には、それしか選択肢がない。
一方のエリーゼはルイーズを迎え撃つかのように、魔術を発動させる。
ルイーズの足元に次々と氷柱が現れ、気を抜けば足を串刺しにされそうになる。
ルイーズはサイドステップを駆使し、ジグザグに走って氷柱を避ける。
だがそれを狙いすましたかのように、エリーゼは熱風を送り込む。
「ぐっ──!」
周囲の氷柱を一瞬で溶かすほどの熱風を受け、ルイーズは声を漏らしてしまう。
だが彼女は腐っても《勇者》、魔術耐性は通常の戦闘職を上回る。
ルイーズは歯を食いしばり、エリーゼに接近して剣を薙ぎ払う。
エリーゼがその水平斬りを、電流が走った剣で受け止めようとする。
だが、剣と剣が接触する直前。
ルイーズは剣を引っ込め、エリーゼの脳天めがけて振り下ろす。
エリーゼの魔剣術については一通り、クロードからレクチャーを受けていた。
初見殺しにすらなりえない。
「くっ!」
エリーゼは側転し、ルイーズの攻撃をかわす。
だがルイーズはすかさず追い、勢いよく地面を蹴って跳躍する。
「がはっ──!」
ルイーズはエリーゼの胴に、飛び膝蹴りを食らわせる。
エリーゼが前かがみになったところに、さらに左肘で背中を打って地面に叩きつけた。
「ぐっ!」
「降参しなさい」
うつ伏せに倒れているエリーゼの首元に、ルイーズは剣の切っ先を向ける。
これで勝ちだと確信したが、しかしエリーゼが降参する気配はない。
やむを得ないと判断し、ルイーズが頸動脈を切ろうとしたその時。
エリーゼの左手を起点に、ルイーズの心臓めがけて氷の矢が射出された。
「くっ!」
ルイーズはとっさにバックステップでかわし、事なきを得る。
それと同時にエリーゼは立ち上がり、剣を構え直した。
「降参を待たずに、攻撃を仕掛ければよかったのに」
「あなたよりも私の方が強いから、油断しちゃったのよ。まあ、いうなれば心の贅肉ね」
「ふふ……そんなことを言っていられるのも今のうちですよ、勇者様!」
エリーゼは魔術を行使し、辺り一帯の石畳を一瞬で凍結させた。
足を滑らせてしまう恐れがあり、剣使いのルイーズにとっては非常に戦いづらい。
「──へえ、こんな高度な魔術も使えたのね。どうしてクロード戦のときは使わなかったのかしら?」
「クロードさんよりも私の方が強いから、油断しちゃいました。まあ、いうなれば心の贅肉ですね」
「ふーん、で? その最弱職の《回復術師》に負けちゃった気分はどう?」
「それはあなたも同じでしょう──王国武闘会で優勝できなかったくせに!」
エリーゼは雷の矢を、大量に乱射する。
恐らくは、ルイーズに逃げ惑わせてスリップさせるのが狙いなのだろう。
だが、一発一発の威力はかなり低い。
ルイーズは雷の矢を剣でいなし、時には捨て身の覚悟で受ける。
氷漬けになった石畳をしっかり踏みしめ、ゆっくりエリーゼに近づいていく。
「そ、そんな! ──このっ!」
エリーゼは大量の魔力を集め、高圧電流として一気に放出する。
だがルイーズはその電流を剣で切り裂き、無効化した。
狼狽しきっている様子のエリーゼだが、自らが仕掛けた氷のフィールドによって身動きが取れずにいるようだ。
焦って逃げてしまえば、スリップは避けられない。
ルイーズはエリーゼの胴を、剣で一閃する。
「うぐっ! ──こ、降参します!」
胴を斬られたエリーゼは、剣を手放し両手を上げた。
審判が右手を天高く掲げて宣言する。
「エリーゼ選手の降参を確認。よって三位決定戦の勝者は、ルイーズ王女殿下!」
『──勝者、王国代表・《勇者》ルイーズ王女殿下! 国際武闘会第3位、おめでとうございます!』
「うおおおおおおおおっ!」
「肉を斬らせて骨を断つ──ルイーズ王女殿下、さすがです!」
「3位おめでとう! カッコよかったぜ!」
アナウンスが流れるやいなや、観客たちは湧き上がった。
みんなからの賞賛の嵐を受けるのは気持ちがいい。
ルイーズは嬉しさを胸に秘め、エリーゼと握手を交わす。
今回は両者とも、適度な力加減だった。
「ルイーズ王女、あなたを名前ではなく『勇者様』などと呼び、そして実力を侮ったのは、こちらの過ちでした。申し訳ありません」
「いいのよ別に。こっちこそ、煽っちゃってごめんなさいね」
エリーゼが謝ってくれたことで、ルイーズは後腐れなく試合を終える事が出来る。
対戦相手から離れ、闘技スペースを後にした。
◇ ◇ ◇
『──勝者、王国代表・《勇者》ルイーズ王女殿下! 国際武闘会第3位、おめでとうございます!』
闘技場の闘技スペース・入場ゲート付近の物置部屋にて……
アナウンスを聞きながら、弓・短剣・発煙筒といった暗殺道具を入念にチェックする男がいた。
その男の名は、ヴォルフ。
国際武闘会に帝国代表選手として出場し、《回復術師》クロードと戦った男。
そして、世界中の権力者と取引してきた凄腕の《アサシン》だ。
──さて、そろそろ仕事か。
ヴォルフは今日も、法で裁けない悪を裁く。
「世界中の人々を救う」という正義を実現するため、あえて悪を為すのだ。
足音が聞こえてきた。
教皇が指定したターゲットが、たった今ゲートから出てきたのだろう。
ヴォルフは気配遮断スキルを駆使しつつ、物置部屋から出て尾行を始める。
この場で暗殺しない理由は、そのターゲットが現時点では何もしていないからだ。
悪事を働いていない人間を一方的に殺す理由など、ヴォルフには一切ない。
──だがしばらくして、ヴォルフには殺意が芽生えた。
ターゲットが次々と警備兵を殺し、魔術結界を潜り抜けたからだ。
ターゲットが向かう先には、闘技場の根幹を支える《自動回復魔術のアーティファクト》が設置された部屋がある。
ヴォルフはそのことを事前に、教皇から特別に教えてもらっていた。
暗殺者は冷静に弓を構え、ターゲットに狙いを定めた。




