第9話 決闘《回復術師 vs 冒険者二人》
「あんた、クロードっていうんでしょ? あいつから色々と聞いてるわ」
白装束の女は、苛立ちのこもった表情で俺に問うてきた。
ちなみに「あいつ」とは、さっき俺が回復した《アサシン》っぽい男のことだ。
彼は俺が手掛ける回復ビジネスの常連客である。
「それはどうも……」
「あいつ、いつも言ってたわ──《回復術師》であるこの私よりも、あんたのほうが回復魔術が上手いって! 1週間前からあいつ、私の回復魔術を拒否しだしたのよ!?」
確かに1週間前、男から「君の回復魔術のほうがうまい」と言われたような気がする。
だが、それで何故俺が怒られなければならないのか、さっぱり分からない。
女は腕を組みながら、さらに俺に噛み付いてくる。
「それであんた、『回復ビジネス』なんてのをやってるそうね。今すぐやめなさい」
「それは何故ですか?」
「回復魔術で金を取るなんて、おかしいとは思わない? 誰もあんたみたいなことしてなかったでしょ?」
「確かに誰もしてなかったですね。でも天職で稼ぐのが悪いことだとは思わないので、やめません」
「なっ──!? ほ、他の《回復術師》もみんな言ってるわ。『クロードはやり方が汚い』って。だから回復ビジネスはやめなさい!」
どうやら俺は、この街に住む《回復術師》たちから嫉妬されたようだ。
恐らく自分たちが考えつかなかった事を、俺がやってのけたからだろう。
男の《回復術師》である俺が、「白衣の天使」たちとの競争に勝つために考案したビジネス。
それを嫉妬なんかで邪魔されてたまるか。
「今まで通り続けます」
「そう。なら、私たち『回復術師同盟』が用意した2人の男たちと戦ってもらおうかしら? もし勝てたら続けていいけど、負けたら仕事できないようにしてあげるわ……うふふ」
「分かりました。受けましょう」
「なっ──!? あんた正気!?」
女はどうやら、《回復術師》である俺を「一人で戦えないザコ」だと見くびっていたらしい。
それも当然で、彼女自身もまた《回復術師》であり、戦闘能力のなさは本人が一番自覚しているはずだ。
だが俺には、他の《回復術師》とは決定的に違う要素がある。
「ク、クロードくん! それはダメ……2対1なんて勝てっこないよ! ──手伝ってあげたいけど、わたしは魔術しか使えないから絶対に怪我させちゃうし……クロードくんを手伝えない……どうしよう!」
「大丈夫だ、エレーヌ。勝算はある」
涙目で見つめてくるエレーヌ。
俺は彼女をなだめたあと、女に向き合う。
「場所を変えましょう──そうですね、街から少し出たところにある林でどうですか? そこなら十分な広さがありますから、2対1でも戦いやすいでしょう?」
「そうね。そうしましょう」
俺・エレーヌ・《回復術師》の女は、街の外へ向かった。
女はその道中で2人の男と、そして2人の女《回復術師》を拾っていった。
◇ ◇ ◇
街の外にある林。
夕暮れ時であるため、周囲は暗くなりつつある。
そこに俺とエレーヌ、そして《回復術師》陣営が相対する。
「バカなやつ……どうして2対1の決闘を受けるのかしら。《回復術師》なんて、みんなに守ってもらわなきゃ戦えないのに」
「そうだよ。きっと、男の子だからって調子に乗ってるんだね。先輩として、きちんと教えてあげなくちゃ」
「まあこれで、目障りな回復ビジネスも終わりですね。まずは競合相手を潰して、次は私達が儲けるのです……うふふ」
3人の女《回復術師》たちは、俺を嘲笑っている。
エレーヌはそんな俺に、服の袖を引っ張って忠告してきた。
「クロードくん、気にしちゃダメだからね? みんな、クロードくんに嫉妬してるだけだから」
「分かっているよ、エレーヌ」
俺はエレーヌに告げたあと木剣を構え、対戦相手となる2人の男たちを見据える。
一人は大柄な男、もう一人は細身の男だ。
彼らもまた俺を挑発してくるものかと思ったが、案外何も言ってこなかった。
「負けたら承知しないわよー!」
「がんばってー!」
「もし勝てたらご褒美をあげますから……ね?」
どうやら見たところ、男たちよりも女のほうが立場が上らしい。
終始無言を貫く男たちだったが、彼らはもしかしたらこの戦いにあまり乗り気ではないかもしれない。
だがそれでも、挑まれた勝負には真剣に望む。
それが俺だ。
審判役を申し出たエレーヌが右手を高く掲げ、一気に振り下ろす。
「は……始め!」
決闘が始まった。
俺は脚の筋肉を使い、猛スピードで走り出す。
そして木々の間を縫い、茂みに入る。
草が揺れたり擦れたりして、音があたりに鳴り響く。
「な……!? あいつ、どこに行った!?」
「あそこの茂みだ。そこへ跳んだのが見えた」
2人の男たちは、とある茂みに近づく。
確かにその茂みは、俺が移動した場所だ。
だが──
「なにっ!? 真上だと!?」
俺は高い木の枝から、一気に降下する。
実は、大きな音を立てながら茂みに入って注意をひきつけたあと、木登りしていたのだ。
着地と同時に脚に力を入れる。
そして胴体をひねりつつ木剣を薙ぎ払い、大柄な男の胴に打撃を加える。
「ぐあっ! ──こいつ……《回復術師》じゃねえのかよ……! 話が違うぞ……!」
化け物を見るような目をしながら、大柄な男は膝をつく。
どうやら俺の打撃が、予想以上に痛かったらしい。
俺は次に、狼狽え始めている細身の男を見据える。
脚に渾身の力を込め、一気に間合いを詰める。
そしてダッシュ時の勢いを利用し、木剣を振りかざした。
細身の男はそれをかわし、俺の胴に向けて木剣を薙ぎ払う。
「なにっ!?」
だが俺は水平斬りをジャンプでかわし、相手の木剣の切っ先に乗る。
そしてがら空きな頭を木剣で叩きつけた。
「あがっ! うう……」
細身の男は頭を押さえながら、近くにあった木にもたれかかった。
「し、勝者……! クロードくん!」
これで勝負あった。
エレーヌは口をパクパクさせて驚きつつも、右手を高く掲げて宣言した。
「し、信じられない……強すぎるわ……アレのどこが《回復術師》なのよ……!」
「どうして……どうしてみんな負けちゃったの……?」
「あれだけの実力があれば、他のパーティから引っ張りだこのはずなのに……どうしてたった二人で活動しているのですか……? おかしいです、こんなの……」
3人の女《回復術師》は震え声を上げながら、膝を折って放心状態となった。
俺はそんな彼女たちに、静かに語りかける。
「これからも回復ビジネスは続けます。問題ありませんね?」
女たちは何も答えなかった。
彼女たちは皆、泣きそうな表情をしている。
用事が済んだので帰ろうとしたとき、男たち二人は口を開いた。
「いい試合だったよ。本当は《回復術師》を袋叩きにするのはどうかなって思ってたけど、正直びっくりした」
「お前、めちゃくちゃ強かったな。これからも頑張れよ。冒険者稼業も回復ビジネスも、両方な」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです──それでは」
俺とエレーヌは男たちに頭を下げ、街へ向けて歩き出す。
その最中、エレーヌが俺に笑顔で話しかけてきた。
「やっぱりクロードくんは強いね。もしかしたら本当に、世界最強の冒険者になれるかもしれないね」
世界最強の冒険者、それは俺の口癖であり目標だ。
最弱職《回復術師》を授かったとき、俺は周囲の人々にバカにされてきた。
「一人で戦えないヘタレ」だの「どうせなら可愛い女の子に癒してもらいたい」だの「女装したら可愛くなる」だの……
彼らを見返すために、俺は世界最強を目指して頑張ってきたのだ。
「なれるかもしれない、じゃない。絶対になるんだ……フフ」
「そうだね……うん!」
『──誰か助けてください!』
ふと、どこからか女の叫び声が聞こえてきた。
その声の方、数百メートル先には煙が上がっており、恐らくは狼煙なのだろう。
確かあの辺には、馬車が通れるような整備された道路があったはずだ。
「ど、どうする!? 助けに行かないと……!」
「そうだな。エレーヌ、俺の傍から離れるな!」
「うん!」
俺とエレーヌは周囲に注意しながら木々をかき分け、狼煙の方へ向かった。