第86話 国際武闘会の選手たち
今日は国際武闘会初日だ。
1日目には第1試合・準決勝、2日目には三位決定戦・決勝戦が行われる。
俺達は今、会場である闘技場にいる。
選手である俺とルイーズは、開会式のために闘技スペースに移動している。
闘技スペースには大会委員と、そして各国から集められた戦士たちが集まっていた。
大会に出場する選手は、合計8人。
三強である王国・教国・帝国からそれぞれ2人ずつ。
そしてたくさんの小国からなる「連合国」から、2人ずつ選出されている。
「いよいよ武闘会ね……がんばらなくっちゃ」
「ああ、そうだな」
ルイーズは武者震いをしている様子だった。
彼女は俺の姿を見て、世界最強の《勇者》になることを目標としたという。
期待とプレッシャーでいっぱいなのだろう。
一方の俺も、高揚感でいっぱいだ。
なにせこの武闘会に優勝すれば、名実ともに世界最強の冒険者になれる。
今まで俺をバカにしてきた人々を見返すばかりか、称えられることになるだろう。
「──クロードさん、ルイーズ王女。おはようございます」
突如、俺は女性に声をかけられる。
その女性の名前はシャルロット──教皇直属の《聖女》だ。
「おはようございます、シャルロットさん。決勝戦で会えるといいですね」
「絶対にあなたには負けないんだから……!」
実はシャルロットさんは、この国際武闘会に「教皇枠」で参加することになっている。
1ヶ月前くらいに王国の諜報機関から、そして1週間前に武闘会のパンフレットでそれは確認していた。
トーナメント表によると、順当に行けば準決勝でルイーズと、決勝戦では俺と戦うことになる。
俺とルイーズは、シャルロットさんに闘志を燃やす。
一方のシャルロットさんは、眩いほどの笑顔で答える。
「おふたりとも、よろしくおねがいしますね? でも、勝つのはわたしです……えへへ」
そう、シャルロットさんは強い。
彼女の実力は、1週間前の教皇暗殺未遂事件で証明されている。
複数の標的への正確無比な魔術射撃と、《聖女》とは思えないほどの槍術──
剣術しか攻撃手段がない《回復術師》の俺としては、かなりの難敵だ。
「ふん、言ってくれるじゃない。そんな事言われたら、余計に負けられなくなってきたわね。ね、クロード?」
「そうだな──もし戦うことになったら、全力を尽くしましょう」
「はい。クロードさんとルイーズ王女のおふたりと戦える事を、楽しみにしています」
ルイーズ・俺・シャルロットさんは、互いに握手をする。
ともに戦う友として、この儀式はある意味重要だ。
「──あなたが、《回復術師》クロードかしら?」
シャルロットさんと握手を済ませた直後、俺は18歳前後の女性に声をかけられる。
スレンダーな体型で、金髪のミディアムボブに赤い眼が特徴的だ。
少し張り詰めた表情をしているが、美人なのでそれもよく映えている。
「はい、俺はクロードです。あなたは?」
「私は連合国代表の《魔術騎士》エリーゼよ。あなたとは準決勝で戦うことになるわね」
《魔術騎士》エリーゼといえば、教皇が警戒するように呼びかけていた選手だ。
なんでも、教皇が40年ほど前に決闘した少女と、同一の魔力を保持しているらしい。
魔力の質は人によって異なり、加齢によっても変化するものなので、「他の人物と同一の魔力を有する人物」というのはそういるものではない。
ルイーズとシャルロットは、驚いている様子だった。
俺も正直驚いているが、平静を装ってエリーゼさんに手を差し出す。
「準決勝ではよろしくおねがいします」
「ええ、こちらこそ」
俺とエリーゼさんは握手をする。
だが腕を軽く引っ張られ、キスしてしまうくらいの距離まで近寄られた。
「────ずっと、会いたかった」
エリーゼさんは俺の耳元で、甘く囁いた。
甘い香りも相まって、俺の心臓が軽く疼く。
これは、どういうことだろうか。
俺とエリーゼさんは初対面で、一度も会ったことがない。
俺の王国内での活躍をある程度聞いていて、それで興味を持ってくれたのだろうか。
エリーゼさんは俺から少し離れ、張り詰めた表情をしている。
今さっき甘い声を出していた人物とは、とても思えない。
「エリーゼさん、あなたとは初対面です。『会いたかった』とはどういうことでしょうか?」
「クロード、あなたの噂はよく聞いていたわ。《回復術師》なのに聖剣が使えるとか、ドラゴンを倒したとか……憧れていたから、『会いたかった』って言ったのよ」
「そうですか……」
それにしては、さっきの囁き声はとても甘かった。
まるで「運命の人を見つけた」かのような声音だったように思えたが……
「エリーゼ、といったかしら。初対面なのに随分馴れ馴れしいじゃない」
ルイーズが突如、眉をひそめ腕を組みながらエリーゼさんに詰問する。
だがエリーゼさんは臆することなく、冷静に頭を下げた。
「あなたは《勇者》の天職を持つ、ルイーズ王女ですね──少しおふざけが過ぎました。気分を害されたのであれば、申し訳ありません」
「ふん、まあいいわ──お互い優勝目指してがんばりましょう?」
「はい、もちろんです」
ルイーズとエリーゼさんは、お互い張り詰めた表情をしながら握手を交わす。
それをシャルロットさんと俺は、黙って見ていた。
『──只今より、国際武闘会の開会式を開催します!』
「うおおおおおおおおおおおっ!」
突如、風属性によって増幅されたアナウンスが、場内に鳴り響いた。
それとともに、観客たちが一斉に湧き上がる。
俺たち選手は整列し、国王陛下や教皇を含む来賓から激励のお言葉を頂戴した。
◇ ◇ ◇
開会式が終わり、俺たちは観客席に向かう。
国王陛下と、そしてエレーヌ・レティシアに挨拶をしておきたい。
ちなみにこの観客席だが、国籍ごとにしっかりと分けられている。
そして選手とその従者・国家元首とその護衛には、特別な区画が用意されていた。
俺とルイーズは、ひときわ豪華な椅子に座っている国王陛下と相対する。
「クロード、ルイーズ。今日の国際武闘会では、ただの一度も負けるな。すべての対戦相手に勝利し、決勝戦で雌雄を決するのだ」
「はい」
「かしこまりました、父上」
俺とルイーズは、順当に勝ち進めば決勝戦で当たる事となる。
もしそうなれば、王国勢で二冠を独占できる。
それにルイーズは俺に、王国武闘会での雪辱を果たす事ができるので、とても詩的でドラマチックだ。
国王陛下が熱を込めて激励するのは、当然だ。
「クロードくん、がんばってね……応援してるから!」
「絶対に優勝して、世界最強の冒険者になってくださいね」
国王陛下の近くに侍っていたエレーヌとレティシアが、真剣な表情で俺を励ましてくれている。
そう、俺は「世界最強の冒険者になる」という夢を果たした後でしか、彼女たちと結婚する気にはなれない。
一応、大人の事情で「国際武闘会終了後に婚約」ということになった。
だがそれでも、俺は世界最強への渇望を優先したい。
後腐れなくみんなと結婚するためにも、俺は絶対に優勝しなければならない。
──いや、優勝してやる。
今日は朝早くからレティシアにキスされ、気合が入っている。
そんな俺が、負けるはずなどない。
ルイーズはエレーヌたちに対し、「ふーん」と鼻を鳴らす。
「私のことは応援してくれないわけ? 一応王女様なんだけど」
「わたし、クロードくんの幼馴染ですから……えへへ」
「私はクロードのパトロンです。実家のローラン公爵家の名誉のために、彼には全力を尽くしてもらうだけですよ……うふふ」
エレーヌとレティシアが笑いかけると、ルイーズは咳払いをした。
ちなみにエレーヌたちが敬語を使っている理由は、国王陛下の御前だからだ。
その国王陛下は、エレーヌたちの言動に少し複雑な表情をしていた。
「まあいいわ。あなた達、クロードの事が大好きで仕方がないものね──とりあえずクロード、決勝戦で倒してあげるから絶対に勝ちなさいよ?」
「決勝戦で会いましょう」
俺はルイーズと固い握手を交わす。
一応国王陛下の御前なので、ルイーズとは敬語でやり取りをしている。
「クロード、初戦の対戦相手は帝国出身の《アサシン》ヴォルフだ。彼の実力は計り知れぬ」
国王陛下によると、ヴォルフ選手は世界中を渡り歩いてきたとのことだ。
その放浪の目的は、法で裁けない悪を裁くためだという。
世界中の国々の王侯貴族と契約を結び、敵を駆逐してきたらしい。
国王陛下も、ヴォルフを都合よく利用していたという。
「気をつけよ、クロード。ヴォルフの戦法は、あまりにも残虐で卑劣極まりない」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は国王陛下に一礼し、闘技スペースへ向かう。
総勢8人のトーナメント戦の第1回戦・第1試合は、俺とヴォルフ選手だからだ。
相手がどんなに優れた戦士であっても、敵である以上は打ち倒す。
俺は武者震いを感じていた。




