第84話 教皇と聖女を狙う者たち
「クロードくん!」
「一体どうしたのですか!?」
「待ちなさい!」
エレーヌ・レティシア・ルイーズの叫び声が、後ろから聞こえてくる。
だが俺には、それに返事する余裕などない。
《アサシン》と思われる男たちに狙われている教皇と《聖女》シャルロットさんを助けるべく、俺は彼らのもとへ走る。
「白装束の男、止まれ!」
教皇の護衛である騎士や魔術師たちが、俺を警戒し始める。
俺は彼らをすり抜け、教皇たちのもとへ向かう。
「──シネッ……!」
俺は教皇たちと、その周囲を視認する。
1人の《アサシン》が教皇を突き刺すべく、ダガー片手に飛びかかるのが見えた。
「ギャアアアアアッ!」
だが《聖女》シャルロットさんは教皇に近づく《アサシン》を、聖職者が持つ杖で串刺しにした。
──いや、あれは杖ではなく槍だ!
《聖女》の天職なのに槍も使えるとは……
シャルロットさんは俺の読み通り、天才だったようだ。
「ウオオオオオッ!」
だが、《アサシン》は1人だけではない。
5人もの《アサシン》が、360度あらゆる方向から、教皇を殺すべく刃を向ける。
「《光よ》」
シャルロットさんは思いの外冷静な表情で、魔術の短縮詠唱を行う。
その瞬間、彼女の周囲には5つの異空間が現れ、そこから光の矢が射出された。
「ギャアアアアアッ!」
「アアアアアッ!」
その光の矢は、5人の《アサシン》の頭部を捉えていた。
1人を相手にするならまだしも、5人に対して正確な射撃を行うとは、何という魔術制御だ。
だが、《アサシン》たちが死に絶えるそのどさくさに紛れ、新手の《アサシン》が4人もやってきた。
彼らの狙いは、シャルロットさんだ。
「グギャアアアアアッ!」
「アガアアアアアアッ!」
俺はシャルロットさんの傍で剣を構え、彼女に迫りくる《アサシン》たち四人をことごとく斬り殺す。
この場で殺す理由は、《アサシン》の天職は案外しぶとく逃げ足が速いため、脅したり捕まえたりして無力化するのが困難だからだ。
《アサシン》の気配やその他害意をたどるが、しかし今はもう何も感じない。
その代わり、群衆や騎士たちのざわめきが聞こえてくるだけだった。
「ひとまずこれで、敵はいなくなったな」
「クロードさん、ありがとうございます……また、助けられちゃいました」
シャルロットさんは少しだけ悲しそうな表情をしながら、俺の手を取る。
俺もしっかりと握り返し、握手を交わした。
だが、俺にはやることがある。
それは──
「教皇、大丈夫ですか!?」
「私は無事です。クロード殿、シャルロット。助けていただき、誠にありがとうございました」
よかった……教皇も無事のようだ。
シャルロットさんも俺と同じように思っているのか、安堵の溜息をついていた。
「教皇聖下! 一体何が!?」
「ご無事ですか!?」
教皇の護衛の騎士・魔術師が、慌てた様子で駆け寄る。
恐らく彼ら護衛たちには、俺たちと《アサシン》との戦いが一瞬の出来事のように感じられたのだと思われる。
教皇は騎士たちに呼びかける。
「今すぐに衛兵を呼びなさい。そして一般人たちを解散させなさい。本日のパレードは中止です」
「はっ、ただちに!」
騎士たちは教皇の命令で、散り散りになる。
そして見物客たちに大声で呼びかけ、散会させた。
「教皇さま、クロードさん、大変です! 《アサシン》たちが死んでいます!」
突如、シャルロットさんの声が聞こえてきた。
まったく、おかしなことを言う人だ。
《アサシン》たちはさっき殺したんだから、死んでいるのは当然だろう。
そう思って《アサシン》の死体を確認した俺は、その考えが間違いだったことに気付かされた。
「死んでる……確かに、死んでる」
《アサシン》たちの死体は、もうすでにグズグズだった。
所々が腐っており、一部の遺体は首や腕などがあらぬ方向に曲がっている。
腐臭が漂っており、蝿がたかっている始末だ。
とても、今殺されたばかりの人間とは思えない。
そう……俺とシャルロットさんが攻撃をする以前から、《アサシン》たちはすでに「死んでいた」のだ。
恐らくそれが、俺が《アサシン》たちの存在を直前まで看破できなかった理由だ。
「教皇、シャルロットさん、これはどういうことでしょうか……?」
「恐らくネクロマンシー──死体や霊を使役する魔術です」
教皇によれば、ネクロマンシーは黒魔術に分類される邪術だという。
だが普通の魔術師には決して扱えず、また国際条約や教会の戒律によって使用を禁じられている禁呪でもある。
俺はこのネクロマンシーについてはよく知らなかったのだが、アンデッドを使役する魔術だと聞いてピンときた。
アンデッドは回復魔術が苦手な魔物で、2ヶ月前のダンジョン攻略時に俺が全体回復魔術を使って消し炭に変えたんだったか。
「クロード殿、申し訳ありませんが、私とシャルロットを宮殿まで送り届けてほしいのです」
「分かりました。教皇たちは俺が守ります」
俺は教皇の要請に従い、護衛として彼らを守ることにした。
途中でエレーヌ・レティシア・ルイーズの三人を拾い、宮殿に向かった。
◇ ◇ ◇
「クロード殿、それにルイーズ王女殿下たち。宮殿まで送り届けてくださり、誠にありがとうございました」
「本当にありがとうございました」
教皇の宮殿にある、謁見の間にて……
教皇とシャルロットさんは、俺たちに頭を下げてくれた。
「クロード殿は本当にお強いですね。流石は王国最強の戦士です」
「ありがとうございます、教皇」
「《回復術師》でありながら剣術に秀でているとは、本当に素晴らしいです。他国の選手ではありますが、国際武闘会ではご活躍を期待しております」
教皇はそういって、俺に手を差し伸べてきた。
俺は彼の手を取り、握手をする。
俺たちの握手が終わった後、ルイーズが教皇に質問をする。
「ところで教皇聖下、あなたや《聖女》シャルロット様を狙う勢力になにか心当たりはございますか?」
「諸外国の勢力、あるいは異端の教団でしょう。もちろんルイーズ王女殿下、あなた方の王国を疑っているわけでは──」
「教皇さま、魔王の仕業です。実は《アサシン》が襲ってくる直前、嫌な魔力の波動を感じました」
教皇の言葉を遮るように、シャルロットさんは言った。
教皇は意外そうな表情をしながら問う。
「シャルロット、それは本当ですか?」
「本当です。魔王ならネクロマンシーを行使することも可能なはずです」
「なるほど……言われてみればそのとおりですね」
シャルロットさんの言葉に、教皇は頷く。
だが俺には一つ、疑問があった。
「もし《アサシン》の親玉が魔王だったとします。ならば、魔王の目的とは一体……」
「恐らく、魔王に対抗しうる戦士を殺したかったのでしょう。私は一応、《聖人》の天職を得ております」
なるほど、教皇は《聖人》だったのか。
魔王は《勇者》と《聖女》に倒された、という伝承がある。
《聖女》の男バージョンが《聖人》なので、確かに教皇は驚異になりうるが……
もちろん、《聖女》シャルロットさんは言うに及ばず。
だがもし教皇の言う通り、魔王に対抗しうる戦士を殺したかったのであれば、ルイーズも殺害対象になるはずなのだが、彼女は無事だった。
うーむ……敵の狙いが分からない。
それに、本当に魔王が存在するかすらも分からない。
少なくとも国際武闘会が終わって帰国するまでの間、俺は正体不明の敵に注意を払わなければならないようだ。
これは、面倒なことになったな……
「とにかく皆さん、ネクロマンシーを用いるのは魔術師です。魔術師に注意なさい」
「はい!」
教皇からの忠告を受けた俺たちは教皇たちと別れ、宮殿を出る。
そして国王陛下に今日の出来事を報告した。




