第79話 シスターとチンピラ
俺とルイーズ王女は路地裏に向かう。
その奥には、5人の男たちに絡まれているシスター然とした女性がいた。
俺たちは様子を伺うべく、物陰に潜んで会話を聞くことにした。
「シスターさん。いい加減にさあ、俺たちを癒やしてくれねえかな?」
「えっと、回復魔術ならさっき使いましたよ?」
「いやいや、そうじゃなくてさあ……」
「お前さんを見ていると、なんだかムラムラするだよな。これってなんかのビョウキだと思うんだが……どう思うよ?」
「それは病気じゃなくって、生理現象だと思います。生理現象は魔術ではどうこうできませんよ?」
男たちのセクハラまがいの質問に対し、シスターはのらりくらりとかわす。
しかし、少しだけ困ったような笑顔を浮かべていた。
「クロード、これはヤバいわよ」
「行きましょう」
俺たちは大きな音をわざと立てながら、屈強な男たちに近づく。
そして努めて笑顔を心がけながら、彼らに話しかける。
最初から刺激しすぎてはいけない。
「こんにちは、お兄さんたち。その女の子に何の用ですか?」
「ああん?」
一人の男が抜剣し、俺にゆっくりと近づく。
っていうか、いきなり俺とやり合うつもりかよ……
言葉で脅すことだって、できたはずなのに。
やっぱり男たちに声をかけて正解だった。
シスターは下手をすれば殺されていたかもしれない。
抜剣した男は俺に、自信満々に言う。
「俺は《剣士》だが、そんじょそこらの奴と一緒にしてもらっちゃ困るぜ? だって俺はBランク冒険者だからよ。そこの奴らも全員Bランクだ」
なるほど……下級職の《剣士》でBランク冒険者とは、かなりの努力を積んでいることだろう。
見たところ彼は一般市民なのだが、被支配者層がBランクを得るのは決して簡単ではない。
それは俺が一番良く知っている。
ちなみに冒険者ランクは各国で、ある程度の互換性がある。
細かい規定や審査基準は異なるが、王国のBランクと教国のBランクはほぼ等価である。
「で、ボウズ。てめえの天職はなんだ?」
「俺は《回復術師》で、冒険者ランクはSです」
「プッ……ギャハハハハハッ!」
「もうちょっとマシな嘘つけよあははははははっ!」
男たちは俺を侮り笑う。
まあ、普通はそういう反応をするよな。
だが、こういう反応をする人間ほど、格好の餌食だ。
「黙りなさい! このクロードは──」
「やめてくれ、ルイーズ。面倒なことになる」
俺はルイーズ王女の正体を秘匿するため、あえてタメ口で静止する。
シスターを複数人で囲むような男たちに王女の存在を知られてしまえば、後で大変なことになるのは目に見えている。
俺の意図を完全に理解したのか、ルイーズ王女は押し黙った。
「まあいいや、てめえをぶっ殺してカノジョも奪ってやるよ!」
《剣士》の男は俺に対して剣を振るう。
彼の袈裟斬りは、まるで止まっているように見えるくらい遅かった。
俺は袈裟斬りを上手くかわしながら、剣を抜く。
そして居合斬りの要領で、男の右手首の腱を正確に斬り裂く。
「ぐあっ!」
右手が使い物にならなくなったためか、《剣士》の男は剣を落とす。
金属の刀身と石畳がぶつかる音が、辺り一面に鳴り響いた。
「バ、バカなッ……! 《剣士》の俺が……斬られた……!? 《回復術師》のザコに……!?」
「何やってんだよ! 手え抜いたんじゃねえだろうな!?」
「そ、そんなわけあるかっ! てめえら、とりあえず降参しろ! こいつ、マジでイカれてやがる!」
「野郎ども、行くぞ!」
「おう!」
「やめろおおおおおおっ!」
《剣士》の忠告も聞かず、4人の男たちは俺に躍りかかる。
斧や棍棒などによる攻撃が繰り出されるが、俺はそれをすべてかわして足や腕の腱を斬り裂いていく。
「あああああああああっ!」
「ぐあああああああっ!」
路地裏に、男たちの絶叫がこだまする。
次々と武器を落とし、地面に倒れていく。
これで無力化は成功だ。
「お兄さんたち。このまま衛兵に突き出されるのと、殺されるのと、どっちがいいですか?」
「え、衛兵を呼んでくれ! 俺たちを殺さないでくれええええええ!」
俺が満面の笑みで問うと、男たちは失禁しながら絶叫した。
俺はルイーズ王女に衛兵を呼ぶように指示したあと、男たちをロープで縛る。
ロープは冒険者にとっては必需品なので、常に携帯している。
「──あの、助けていただきありがとうございました」
男たちの拘束が完了したあと、俺は18歳前後のシスターに礼を言われる。
肩にかかるくらいの金髪ハーフアップは、砂金のように美しい。
身長は平均的ではあるが巨乳で、タイトな白装束もあって扇情的だ。
だが蠱惑的な身体つきとは裏腹に、笑顔がとてもまぶしく癒やされる。
確かにこれでは、盛りのついた男たちに言い寄られるのも無理はない。
「あなた、外を出歩くときは気をつけたほうがいいですよ。その、すごく可愛いから」
「ありがとうございます……えへへ。でも、大丈夫です」
大丈夫です……じゃない!
現にチンピラたちに絡まれていただろう。
そんなことを思っていた俺だったが、シスターを見て俺は気づく。
彼女が終始笑顔で、呼吸が整っているということに。
辺り一面に血が飛び散っており、男たちがすすり泣く声が鳴り響いているというのに、彼女はとても落ち着いている。
まるで、歴戦の戦士であるかのようだ。
「あなた、本当は単騎でこの場を切り抜けられたのではないですか?」
「そんなことはないです。だってわたしには、誰も殺さずにこの場を切り抜けるなんて器用な真似はできませんから。尊敬しちゃいます」
なるほど、俺の予想はだいたい当たっているようだ。
彼女は不器用な、歴戦の戦士なのだろう。
俺は探りを入れるべく、平静を装いつつ自己紹介をする。
「俺はクロード、王国出身の騎士で《回復術師》です」
「まあ、あなたがあのクロードさんでしたか……」
外国人である俺のことを知っているということは、相当の情報通に違いない。
あるいは、政治の中枢にいる人物か。
「わたし、シャルロットって言います。今日は本当にありがとうございました」
「シャルロット……もしかして、教皇直属の《聖女》ですか?」
「実はそうなんです……えへへ」
えへへ……じゃないだろう!
国王陛下の挨拶をすっぽかして勝手に街を出歩いた挙げ句、チンピラに絡まれんたんだから!
どうやら《聖女》シャルロットさんは相当のマイペースらしい。
どうして彼女が教皇直属の《聖女》になれたのかは不明だが、相当の力を持っているに違いない。
「それにしてもクロードさん、あなたからはとてつもない力を感じます」
「え……確かにこれでも王国最強の冒険者ですけど」
「あなたの剣が言っていました。『俺は努力を積み重ねてきたんだ』って」
うむ、確かにその通りなんだが……
シャルロットさんの言っている意味が、よく分からない。
「あなた、多分ですけど神に愛されていますね」
「神、ですか……」
うーん、よく分からない。
俺は確かに宗教を少しは信仰しているが、神の存在証明については懐疑的だ。
だって本当に神なんてものが存在するのなら、誰も不幸にならずに済むはずだからだ。
恐らく、新手の宗教勧誘なのだろう。
それにしても、このシャルロットという少女と話すのはとても疲れる。
ある意味彼女は天才なんだろう。
天才と凡愚では会話が成立しない、なんていう話を聞いたことがある。
「とりあえず衛兵が到着して事情聴取が終わったら、教皇のもとに連れていきますからね?」
「はい、よろしくおねがいします……えへへ」
俺とシャルロットさんは、衛兵とルイーズ王女の到着を待つことにした。




