第71話 後夜祭と婚活
レティシアとの決勝戦が終わった後。
ドラゴン討伐でスケジュールが押していたこともあり、すぐに授賞式と閉会式が行われた。
俺は国王陛下から「王国最強の戦士」と称えられ、多額の賞金も受け取った。
そしてすべての観客からの注目と称賛の言葉を浴び、俺は嬉しい気持ちでいっぱいだった。
だが、それよりも嬉しいことがあった。
それは──
「クロードくん、優勝おめでとうっ……! レティシアちゃんも、がんばったねっ……!」
閉会式が終わり、移動をしている最中。
観客であるエレーヌと合流した俺は、彼女に思い切り抱きつかれた。
涙ぐんでいるエレーヌに対し、俺は優しく撫でてなだめすかす。
「ありがとう、エレーヌ」
「そ、それでクロードくん……レティシアちゃんとはどうなったの……? 会話の内容、全然聞こえなかったんだけど……」
「どうなったの……?」というのは、やはりレティシアのプロポーズの件なのだろう。
俺の優勝──すなわちレティシアへの勝利については、エレーヌはもうすでに知っているはずだ。
「ああ、それは──」
「それはもう、バッサリと断られちゃいましたよ~。『世界最強の冒険者になるまでは、結婚するつもりはない』ですって~」
俺とともに閉会式を終えたレティシアは、背後からエレーヌに抱きつく。
俺からレティシアとの件について話すのは少し忍びなかったので、彼女が自分から言ってくれて非常に助かっている。
レティシアにベッタリとくっつかれたエレーヌは、俺から手を離してレティシアの方を向く。
「うええっ!? そ、そうなのっ!?」
「そうなんですよ~。それに私のことを、『女』としては見ていなかったらしいですよ~」
「ええっ!? こんなにかわいくてきれいで優しくて、いい匂いもするのに……」
エレーヌはまるで自分の事のように、レティシアのことを残念がる。
そんなエレーヌに対し、レティシアは「お気遣いありがとうございます~」と感謝していた。
「あの、レティシアちゃん。今日の事は忘れて、パーティでいっぱいおしゃべりして、おいしいもの食べよう?」
「ええ、そうですね! 私は激しい運動をした後ですから、もうお腹が空きました!」
エレーヌの気遣いに、レティシアは笑顔で返事する。
しかしながら二人とも、表情は少しだけ硬かった。
◇ ◇ ◇
俺たち王国武闘会のベスト16とその従者たちは、王宮に招かれている。
これから、武闘会後のパーティが執り行われるのだ。
国王陛下や王族から、俺たちの戦いを称える言葉を頂戴する。
そしてその後、王侯貴族を交えての、ビュッフェ形式での食事会が始まった。
俺はパーティには参加したことがないので、正直言って勝手がわからない。
人と雑談することだって、あまり得意とは言えない。
なので俺は適当に料理と酒を取っていき、席についた。
ちなみにエレーヌとレティシアは、二人揃ってどこかに行ってしまったようだ。
特に俺がレティシアからの告白を断ってしまったということもあり、彼女は俺と顔を合わせづらかったのかもしれない。
「ふむ、やはり宮廷料理はうまい」
などと、ワイングラスを回しながら独り言を言ってみるが……本当にどうしようか。
そんなことを考えていると、ふと俺は右肩を叩かれた。
「──よう、クロード」
「ガブリエルか。今日はお疲れ様」
俺の幼馴染にして元パーティメンバーの、《勇者》ガブリエル。
彼は皿を持ちながら、俺のところまでわざわざやってきたのだ。
1ヶ月前に俺はガブリエルにパーティを追放されたが、しかし紆余曲折あって戦友・ライバルの関係に相成ったのだ。
「ジャンヌはいないのか? 君の仲間だろう?」
「あいつはエレーヌやレティシア様と女子会だ。女同士、話したいことが山程あるんだろうよ」
ガブリエルはそう言うと、なぜか俺に向けて薄ら笑いを浮かべてきた。
「ジャンヌのことを気にするなんて……もしかしてお前、ジャンヌに惚れちまったのか? ん?」
「いや、そういうわけでは──」
「分かるぜ。あいつ、かなりの美人だし。それに《聖女》だけあって、結構優しいところもあるしな」
「そうなのか?」
ジャンヌが優しいだなんて、とても意外だと俺は思っている。
彼女が勇者パーティに入ってきて1週間後、俺はパーティを追放されたのだから。
あまり彼女と一緒に過ごす時間がなかったため、全然印象に残っていないのだ。
「ああ。だって俺と一緒にいてくれるから。ローランの街のギルドから締め出された時も、あいつは俺を見捨てなかった。要注意人物扱いされてたのは俺だけだったから、俺を見限って別のパーティに入ることもできたはずなのにな」
「そうか、それはなかなかおもしろい話だな。それで、二人は恋人関係になったのか?」
「へっ、バカなことを言うなよ。ただのパーティメンバーだ──ま、まあ……俺たち二人だけで、パーティをやってるんだけどな」
ガブリエルは少しだけ恥ずかしそうにした後、料理を口に運ぶ。
俺も料理を食べて、赤ワインを流し込んだ。
「──はあ、それにしてもクロード、お前と戦いたかったぜ……」
「それはこちらも同感だな──俺が追放された日の朝、木剣で決闘したよな。ガブリエル、あの時君は、俺が《回復術師》だからって油断してただろう?」
「勝てたら追放処分を取り消してやる」と言われた俺は、ガブリエルと戦った。
だが勝負はあっけなく終わり、さらに約束を反故にされてしまったのだ。
しかし俺はもう気にしていない。
なぜなら、追放されたからこそ手に入れたものもあったからだ。
その最たるものが、レティシアとの友情だと俺は思っている。
「あ、ああ……そんなこともあったっけな……だけど、今はもうお前をザコだとは思わない。王国最強だ」
「ありがとう」
「──キャー! クロード様とガブリエル様よ!」
ふと、黄色い声援が聞こえてきた。
周囲を確認すると、5人の少女たちが俺とガブリエルを囲っていた。
服装から察するに、彼女たちは貴族令嬢だ。
恐らく騎士として自領に引き入れるつもりなのか、あるいは婚活の一貫なのもしれない。
とりあえず俺は、自己紹介をすることにした。
「俺はローラン公爵家の騎士、《回復術師》クロードです」
こう言っておけば少なくとも、騎士として俺をスカウトしに来た少女たちは諦めるだろう。
そして俺のパトロンであるローラン公爵家の宣伝にもなる。
一石二鳥だ。
一方のガブリエルは少女たちに鼻の下を伸ばした後、すぐに爽やかイケメン風の表情に切り替えた。
彼はナンパをする時、だいたいこの表情となる。
「俺は《勇者》ガブリエルです。平民の冒険者で、今はフリーです──所属も女も」
「そうなんですね! よろしくお願いいたします!」
こうして、俺・ガブリエル・5人の貴族令嬢たちの会話が始まる。
「付き合っている人は?」「趣味は?」「結婚のご予定は?」など、色々と質問攻めにあってしまった。
女好きのガブリエルは、それが女受けするかどうかは別として、前のめり気味に答える。
だが結婚願望がまったくない俺は、相手を傷つけない程度に、はぐらかしながら答えていった。
しかしこれでは、双方にとってあまり気分のいい話ではない。
俺が理由をつけてこの場を離れようとしたその時、思わぬハプニングが発生した。
「──クロード、彼女であるこの私を差し置いて、他の女と話をしないでください……うふふ」
「レティシア、女子会中じゃなかったのか?」
「あなたが令嬢たちに絡まれているのを見て、駆けつけました」
レティシアは声を弾ませながら、俺の右腕に抱きつく。
腕に柔らかいものが当たっているし、甘い香りがしてとても落ち着かない。
彼女からのプロポーズを断ったことと、興奮してしまうことは、また別の話だ。
しかし、「彼女」か。
俺の窮地に、恋人のふりをして助けに来てくれたというわけだな。
「──あーっ! レティシアちゃんズルいよ! っていうか、クロードくんの彼女じゃないよね!? ──わたしだって……えいっ」
エレーヌもまた、俺の左腕に抱きついてきた。
彼女は胸が小さいので体全体が密着してしまっており、体温と息遣いまでもが感じられる。
だが彼女の甘い香りは昔なじみなので、少しだけ落ち着いてきた。
──まさかこんな大勢の前で、両手に花を持つとは思わなかった。
俺・レティシア・エレーヌの様子を見た貴族令嬢たちは、一様に驚いている。
「あのローラン公爵令嬢・レティシア様の彼氏ってこと!? プロポーズは失敗したんじゃ!?」「しかももう一人、女の子がいるわよ!?」「あはは……これでは勝てっこありませんね……」と、口々に言った。
元々この場を離れたかった俺は、さらにどこかに行ってしまいたい気分になってきた。
俺は「失礼します」と頭を下げ、エレーヌとレティシアを連れてダイニングルームを出た。
◇ ◇ ◇
「二人とも、助かったよ。彼女のふりをしてくれてありがとう」
廊下にて。
俺はエレーヌとレティシアに礼を言うと、彼女たちは少しだけ膨れっ面となっていた。
「どういたしまして。あの令嬢たちにクロードを盗られては、堪ったものではありませんから」
「レティシアちゃんの言うとおりだよ。クロードくんも、気をつけてね?」
「ああ。あの令嬢たちは初対面だから、俺がなびくことは絶対にない」
「よかった……」
「そうですよね。クロードはそういう男ですから……ふふ」
俺が返事すると、レティシアとエレーヌは安堵の表情を見せた。
◇ ◇ ◇
その後エレーヌたちはパーティに戻っていった。
一方の俺は話し疲れてしまったので、テラスで夜風に当たっている。
「はあ、やはりパーティは苦手だ」
──冒険者同士の宴会なら、まだなんとか立ち回れるが……
「──クロード様……」
突如として俺は後ろから抱きつかれ、耳 元で甘く囁かれる。
背中に胸が当たっており、吐息が耳や首元にかかって変な気分になる。
俺はその女の声を知っている。
彼女はレティシアの元婚約者・リシャールの、新しい婚約者である子爵令嬢・マリーだ。
俺は当初、単なる取り巻きと認識していたが、数週間前にレティシアからきちんと教えてもらっていた。
「一体何の用ですか?」
俺が凄みながら振り払うと、マリーは妖艶な笑みでこう言った。
「単刀直入に言います──今から王宮を抜け出して、私とシませんか? うふふ……」
これは驚いた。
マリーはリシャールを見限って、俺と交わるつもりらしい。
どうしてそのような暴挙に出るのかを知るため、俺は彼女の話を聞いてみることにした。




