第69話 決勝戦《回復術師 vs 聖騎士》
「え……結婚……? 今、『結婚』って言ったか!?」
「決勝戦でプロポーズか……レティシア選手、すげえぜ!」
「応援してるわよ!」
「うおおおおおおおおおっ!」
1階にいた観客たちから、上階にいる観客へと情報が伝播していく。
小さなざわめきは徐々に、大きな歓声へと変わっていった。
これはマズい。
俺はレティシアに、その真意を問う。
「レティシア、『結婚してほしい』というのは、本気で言っているのか?」
「本気です」
「念のために聞くが……俺を動揺させて負かす、というのが狙いか?」
「そんなわけ、ないじゃないですか……」
レティシアがそんな卑怯な手段は取らないことを、俺はよく知っている。
だがそれでも状況が状況だけに、聞かざるを得なかったのだ。
レティシアは俺の質問を受けて、とても悲しそうな目をしている。
恐らく、嘘はついていない。
俺は「つまらないことを聞いて、申し訳ない」と謝罪する。
だが、どうして彼女が結婚を申し込んできたのか、俺には分からない。
確かにやけにベタベタしてくるとは思っていたが、そこまで俺のことが好きだったとでも言うのか?
──いや、違う。
レティシアの実家であるローラン公爵家が、俺の実力を認めているだけのことだ。
ただの政略結婚であり、ギブアンドテイクを提案してくれているに過ぎない。
それでも俺は結婚したくないし、できない。
「世界最強の冒険者」という目標を達成するまでは、恋愛や結婚については考えられない。
たとえそれが、政略結婚だったとしても──
しかしながら、こうして公然と宣言されてしまった以上、「この賭けは無効だ!」と言い張ることもできない。
戦いに勝つ自信がないとみなされ、結婚する度胸がないと決めつけられ、二重の意味で「チキン野郎」とのそしりを受けかねない。
なので俺はこの賭けを受け入れた上で、レティシアに絶対に勝利しなければならない。
「──クロードくん、がんばって! レティシアちゃんに負けないで! お願いだからっ……絶対に勝ってっ!」
エレーヌの叫びが、突如として聞こえてきた。
レティシアのプロポーズに驚くのも無理はないが、それにしてはなぜか涙声だったような気がする。
エレーヌはようやく、俺だけを応援することを決意したようだ。
レティシアには気の毒ではあるが、幼馴染の俺としてはとても嬉しかった。
「──今まで応援してくれたエレーヌのために、そしてなにより『世界最強の冒険者』になるために、俺は絶対に勝つ」
俺はそう言い残し、レティシアから背を向けて所定の位置につく。
レティシアは何も言わず、所定の位置について槍を構えた。
間合いは30メートル。
レティシアは遠距離攻撃が不得手のはずだが、それは俺も同じだ。
審判は右手を掲げ、宣言する。
「これより、王国武闘会決勝トーナメント・決勝戦を始める。勝利条件は、対戦相手の降参または気絶。体術・魔術の使用は全面的に許可する──始め!」
審判の合図とともに、俺とレティシアは大地を蹴る。
「はあっ!」
レティシアがショートランスをまっすぐ突く。
だが俺はそれを真横にかわし、唱える。
「《光よ!》」
強い光を瞬時に明滅させ、レティシアの目潰しを試みる。
魔術の使用は全面的に認められているため、これは当然レギュレーション違反ではない。
レティシアの懐に入り、すれ違いざまに斬りつけるべく剣を構える。
だがレティシアの真横を通過しようとしたその時、彼女の裏拳が俺の顔めがけて飛んできた。
「──ちっ!」
俺は反射的に裏拳をかわし、側転して距離を取ってしまった。
肉を切らせて骨を断つことも、可能だったはずなのに。
レティシアが授かった《聖騎士》という天職は、魔術耐性に優れているとは聞いていたが……
どうやらそれは、俺の予想以上だったようだ。
彼女には、光を用いた目潰しは通用しない。
俺は剣を構え直し、レティシアをまっすぐ見据えながら走る。
「やあっ!」
レティシアは槍で、俺の足を払おうとする。
しかし俺はそれを前転倒立でかわし、レティシアの背後に着地した。
そして振り向きざまに、剣を水平に薙ぐ。
「はっ!」
だがレティシアは俺の水平斬りを、槍の柄で受け止める。
俺は何度も剣を振るうが、しかし彼女はそれを何度も受け流す。
俺とレティシアは3週間前から特訓を重ねてきたが、その時よりも彼女の防御は固い。
「クロード、私の槍さばきはどうですか!? 驚きましたか!?」
「ああ、本当に驚いた! 流石は《聖騎士》、防御と持久戦に関しては一流のようだ!」
俺とレティシアは会話しながら、攻撃と防御を繰り返す。
時にはレティシアが俺を刺し穿とうとし、時には俺がレティシアを斬ろうとする。
お互い攻撃を受け止めかわし、いなしていく。
俺は剣を、レティシアの心臓めがけてまっすぐ突く。
一方のレティシアは槍を短く持ち替えたあと、俺の刀身と並行するように突き出す。
──無駄だ。
俺の刺突のほうが、君の刺突よりも速い──
「なに──っ!?」
レティシアの槍の穂先が、俺の剣の刀身に触れた途端──
俺の剣はいつの間にか、天高く飛ばされてしまった。
──ちっ、まさか巻き上げを食らうとは!
巻き上げとは、棒状の武器で敵の武器を巻きながら押さえつけ、上方向に弾き飛ばす技である。
剣術で使われる技ではあるが、どうやら槍でも可能だったらしい。
ちなみにこれは、俺が稽古をつけていたときには使っていなかった技だ。
俺が剣を拾う間もなく、近距離からのレティシアの刺突が襲いかかる。
俺はあえて後ろに下がらず、上体を後ろに反らす。
レティシアの攻撃をかわしたあと、彼女の胴体に渾身の回し蹴りを食らわせる。
「くっ──!」
レティシアは真横に吹き飛ぶが、鉄靴の裏と槍の石突を使ってブレーキを掛ける。
石畳の上で火花を散らしながら、彼女は制動した。
俺はその隙に駆け出し、落下中の剣を拾って再び構え直す。
「け、剣を失っても、体術だけで戦えるなんて……《回復術師》とは思えません……!」
「俺がただの《回復術師》じゃないってことは──君が一番良く知っているはずだ!」
狼狽しているレティシアに、俺は近づく。
レティシアは肩と腰の力を使い、槍を勢いよく水平に薙ぐ。
てこの原理と遠心力が大きく働いた、レティシアの攻撃。
これをそのまま受け止めれば、俺の刀身が破断する可能性が高い。
だが、俺の足は止まらない。
今更、止まれない。
ならば──
「えっ──!?」
俺はスライディングし、レティシアの槍をかわす。
そしてそのまま剣を構え、すれ違いに脚を斬る──
その直前、レティシアは槍を手放し、腰に差された剣に手をかける。
そして素早く抜き払い、俺の剣を防ぎ切った。
俺はスライディングの体勢から立ち上がり、振り向きざまに斬りかかる。
「くっ!」
俺の攻撃は、レティシアの剣によって防がれる。
だが彼女に剣を使わせた時点で、俺の勝ちだ。
《聖騎士》レティシアの牙城を崩すべく、俺は一方的に剣を振るう。
彼女の表情に、焦りの色が見え始めている。
「どうしてクロードはいつもいつも、私の気持ちに気づいてくれないのです!?」
レティシアは俺の剣を受け止めながら、唐突に叫びだす。
「私の気持ち……? ──それはどういうことだ!?」
「あなたのことを愛しているということです! もちろん仲間としてではなく、一人の男性として!」
──俺は今、レティシアに告白されているのか?
剣戟を交わしている、このタイミングで?
俺は試合中にも関わらず、レティシアのことを考えざるを得なかった。




