第64話 ドラゴンの来訪と対策
武闘会の準決勝が終わった直後に、王都付近の空に現れたというドラゴン。
王都上空に飛来する恐れがあるドラゴンを討伐するために、闘技場にいた俺たちは一旦外に出た。
空を確認してみると、南方数十キロくらい先になにかの物体が見える。
魔術で視力を強化した上で観察してみると、やはり翼の生えたドラゴンだった。
「ド、ドラゴンだ……やべえぞ!」
「もしあれが王都に着陸したら……!」
冒険者や騎士たちはそれを見て、とても慌てふためいている。
これでは各々が冷静な判断をできず、自滅するに違いない。
俺は大きく息を吸い、声を張り上げる。
「皆さん、聞いてください! あのドラゴンを近くの平原におびき寄せるのです。その後は俺に従ってください。そうすれば王都への被害は最小限に抑えられます!」
「もしおびき寄せられなかったらどうするんだ! 王都のど真ん中に着陸してしまったらどうする!?」
「ギルドマスターでもないのに、しゃしゃり出んるじゃねえ!」
「そうだそうだ! 決勝進出したくらいでいい気になるなよ、《回復術師》!」
冒険者たちは口々に俺を罵る。
無理もない、俺は本来指揮する側の立場にないからだ。
それに今は恐慌状態、みんなが俺を信じられないのも当然だ。
レティシアやエレーヌは、そんな俺を無言で見つめていた。
が──
「──今は《回復術師》クロードの指示に従え! これは宮廷騎士団長・ロイクの命令だ!」
ふと、とある男の大声が街中に響き渡った。
声の主はロイクさん──俺の両親と知り合いであり、そしてルイーズ王女の剣術指南をしてきたという男だ。
彼の鶴の一声により、宮廷魔術師団長も王都のギルドマスターも「クロードに従え」と命令し始める。
彼らは恐らく、俺の強さをある程度把握しているものと思われる。
王都の戦士たちは怪訝そうにしながらも、上司たちの指示を了承してくれた。
しかし……ロイクさんが王直属の宮廷騎士団長だという話は聞いていないぞ。
だが、ルイーズ王女の剣術指南を行ってきたという実績を考慮すれば、決して信じられない話ではない。
考え込む俺のもとに、そのロイクさんとルイーズ王女が現れた。
ロイクさんは俺の肩にポンと手を乗せ、穏やかな口調で言う。
「俺はクロード、お前を信じている。アルフォンス先輩とアデライードさん──お前の両親のように、活躍してくれることを期待している」
「絶対にドラゴンを倒しなさいよね! だってあなたは聖剣の担い手なんだから!」
ルイーズ王女は俺に檄を飛ばしたあと、「まあ、私も聖剣を持ってるんだけどね」と笑う。
確かに彼女の左腰には、一際豪奢な剣が差されていた。
恐らくあれがルイーズ王女の聖剣なのだろう。
覚悟のこもった表情で、ルイーズ王女は言う。
「私も戦うわ──聖剣の担い手として」
「分かりました──皆さん、今から指示を出します。落ち着いて聞いてください!」
俺は戦士たちに作戦を一通り伝える。
騎士・魔術師・冒険者を王都の城壁外・城壁内それぞれに配備し、万が一に備える。
特に魔術師たちには街を覆うように障壁を展開してもらい、ドラゴンの着陸や攻撃を防いでもらう。
指揮命令権は騎士団長・魔術師団長・ギルドマスターにあるが、彼ら三人には俺が指示を一通り伝えた。
そのように布石を打った上で、俺・エレーヌ・レティシア・ルイーズ王女──そして宮廷魔術師たちが王都を出て、平原に向かう。
少数精鋭部隊がドラゴンをおびき寄せて叩く、という作戦だ。
俺とルイーズ王女は聖剣を持っているため、ドラゴンを倒すのは不可能ではない。
俺の指示を聞き終えた彼らは、一斉に湧き上がった。
◇ ◇ ◇
王都から南に少し離れた平原。
そこには人工物などが何もなく、木々もまばらだ。
その南方数キロメートル先の空には、ドラゴンが飛んでいるのが見える。
あれがもし王都に着陸すれば、甚大な被害が引き起こされるに違いない。
「いよいよだな……」
俺はプラチナのように輝く聖剣を、力いっぱい握り締める。
ちなみにこの聖剣は、武闘会中はロッカーで保管していたのだが、闘技場から外に出る際に回収しておいた。
「ドラゴン……話には聞いていたけど、本当に大きいのね……」
「引き返すのなら、今からでも遅くはありません。ルイーズ王女は王太子ですから、死なれては国中が大騒ぎになります」
「べ、別に『引き返す』なんて一言も言ってないんだけどっ!」
俺の忠告に対し、ルイーズ王女は慌てた様子で否定する。
恐らく彼女なら無事に切り抜けられるとは思うが、万が一ということも考えなければならない。
だが、ルイーズ王女が自らの意思で戦うというのなら、俺はもう止めはしない。
「レティシアちゃん……ほんとに大丈夫なの……? ドラゴンをおびき寄せるなんて、怖くないの……?」
ふと、エレーヌが涙目になりながら、レティシアに問う。
レティシアはそんなエレーヌに対し、にこやかに笑って頭を撫でた。
「大丈夫です。クロードから一通り作戦を聞いて、その上で従ったのですから──それに万が一怪我をしてしまっても、クロードならちゃんと癒やしてくれると信じています」
「うん……そうだね……」
「レティシア、そろそろ前に出るわよ」
「はい!」
聖剣を持つルイーズ王女がレティシアに呼びかける。
彼女たち二人は俺たちから離れ、南方30メートル先へ進んだ。
今回の布陣は、以下の通りである。
まず前衛に、ルイーズ王女とレティシアを配置する。
《聖騎士》レティシアがドラゴンを引きつけ攻撃を防ぎつつ、ルイーズ王女は聖剣で攻撃を試みる。
中衛には、俺とエレーヌを配置する。
本当は俺も聖剣を持っているため前衛に出るべきなのだが、あいにく俺には指揮官としての役割もあるのだ。
エレーヌはドラゴンへの攻撃役と、そして俺の護衛も兼ねている。
そして俺も、エレーヌを守るつもりでいる。
後衛には、宮廷魔術師を配置する。
流石は王直属の部隊というべきか、彼らの魔力はかなり強く感じられ、今後のドラゴン討伐に寄与してくれるものと期待している。
──まあ、《賢者》であるエレーヌのほうが魔力は強いが……
「──始まったね……」
エレーヌの心配そうな声が聞こえてきたので、俺は前を向く。
するとそこには、剣を天高く掲げてドラゴンを挑発しているレティシアの姿があった。
武闘会では槍を使っていた彼女も、今回のドラゴン討伐では本来の得物である剣で戦うようだ。
「──さあ、来なさい! 王都の人々を殺す前に、この私を殺してみなさい!」
「──ギャウウウウウウウッ!」
それまで巡航速度を保っていたドラゴンは、レティシアに狙いを定める。
大きく羽ばたいて1キロ程度の距離を一瞬で飛行し、レティシアとルイーズ王女たちの真上を旋回し始める。
そして大きく口を開け、真下に向けて炎を吐き出した。
「今です、魔術障壁を!」
「おう!」
「かしこまりました!」
宮廷魔術師たちは俺の指示で、魔術障壁をレティシアたちの真上に展開する。
無論、俺とエレーヌも協力している。
ドーム状に展開された魔術障壁。
それはドラゴンの炎をわずかにそらし、威力を減衰させていく。
威力を減衰された炎では俺たちの障壁を破ることはままならず、レティシアとルイーズ王女は火傷一つ負っていない。
ドラゴンの攻撃が収まったところで、俺は大きく息を吸って指示を出す。
「重力制御魔術で、ドラゴンを落下させてください!」




