第60話 準決勝《回復術師 vs 勇者》
「クロードくん、ついにルイーズ王女との対決だね……」
エレーヌは複雑な表情をしながら、俺に言う。
次の準決勝・第1試合にて、俺とルイーズ王女は師弟対決を繰り広げることとなるのだ。
「私はクロード、あなたを応援します──決勝戦で私と戦うのはルイーズ王女殿下ではなく、あなたであるべきです」
「ありがとう、レティシア──全力を尽くす」
「わ、わたしも応援してるから! ──どっちも応援してあげたいけど……でもどっちかは負けちゃうんだよね……」
「優しいな、エレーヌは。でも、あまり思いつめないことだ」
「うん……うんっ! がんばってね!」
俺はレティシアとエレーヌに見送られながら、戦場へ向かった。
◇ ◇ ◇
『──さて、王国武闘会もいよいよ大詰めの局面となってきました! 準決勝・第1試合、まもなく始まります!』
「うおおおおおおおおっ!」
選手入場前、場内アナウンスが響き渡る。
それとともに、観客たちがひときわ大きな歓声を上げ始めた。
俺は闘技フィールドに通ずる北ゲートで、父から譲り受けた剣を検分する。
刀身の刃こぼれ・柄のぐらつきを一通り確認し、そして素振りする。
──よし、問題ない。
『──北コーナー、《回復術師》クロード選手……入場してください!』
アナウンスと同時に、係員によって開け放たれたドア。
俺はそこを通り抜け、戦場へと足を踏み入れる。
「うおおおおおおおおおっ!」
「クロード選手、がんばれ!」
「俺たち平民に夢を見させてくれ!」
俺は観客たちの声援を聞きながら、フィールドの中心に立つ。
そして対戦相手の到着を待った。
『──続きまして、南コーナー……《勇者》ルイーズ王女殿下、入場してください!』
「うおおおおおおおおおっ!」
「殿下、騎士に負けてはなりませんぞ!」
「流石のクロード選手も、《勇者》であるルイーズ王女には勝てないな」
「いや、まだ分からないぞ。だってクロード選手は、《聖女》にも勝ったんだ!」
ルイーズ王女は堂々と入場する。
王女としての重責も、《勇者》としてのプライドも、適度に備わっている様子だ。
俺のもとまで歩いてきたルイーズ王女は、俺に手を差し伸べた。
俺はその手を取り、力強く握る。
「私は《剣聖》リシャールに勝ちたい。そのためにクロード、あなたにはここで負けてもらうわ。そして《勇者》としての誇りを取り戻す」
ルイーズ王女が俺に剣術の指導を乞い願った理由は、いとこであるリシャールを打倒するため。
そのリシャールは、次の準決勝にてレティシアと対戦する予定だ。
だからルイーズ王女が彼と戦うためには、俺を破らなければならない。
それに加えて彼女は、《勇者》でもないのに聖剣を使える俺を見て狼狽していた。
ルイーズ王女が俺を倒そうとするには、十分すぎる理由だ。
俺は彼女の闘志を受け、目をしっかり見据えて言う。
「俺は『世界最強の冒険者』への第一歩として……ルイーズ王女、あなたを打ち負かします──お互い全力を尽くしましょう」
ルイーズ王女は無言で頷く。
その後俺たちは所定の位置につく。
審判の男は右手を高く掲げ、言った。
「これより、王国武闘会決勝トーナメント準決勝・第1試合を始める。勝利条件は、対戦相手の降参または気絶。体術・魔術の使用は全面的に許可する──始め!」
審判の合図。
俺は石畳の上で足を踏み鳴らし、ルイーズ王女ととの間合いを詰める。
一方のルイーズ王女も、目にも留まらぬ速さで駆け寄ってきた。
「はあっ!」
先攻はルイーズ王女。
彼女はダッシュ時の勢いを使い刺突する。
俺はそれを右にかわし、すれ違いざまに斬りつける。
「くっ──!」
俺の剣はルイーズ王女の胴を切り裂く。
だが闘技場に仕掛けられた魔術により、彼女の傷は血糊も含め、瞬時になかったことになった。
俺は振り向き、ルイーズを見据える。
「──今の一撃で、よく倒れませんでしたね」
「お生憎様、私は王太子として教育を受けているから、鍛え方が違うのよ」
ルイーズ王女は平然と返事した。
そう……闘技場の魔術は、精神力を代価とした自動回復魔術。
すなわち、精神力が強ければ強いほど打たれ強い、ということだ。
──なるほど、恐らくルイーズ王女はそれこそ、血反吐を吐くくらいの努力を積み重ねてきたに違いない。
流石は次期国王たる王太子、覚悟が違うということだ。
俺は再び石畳を蹴る。
そしてルイーズ王女に向けて、袈裟斬りをする。
ルイーズ王女はそれを、俺から見て右にかわす。
だが俺は刀身を翻し、水平に薙いだ。
しかしルイーズ王女はそれをバックステップでかわし、同時に間合いをとる。
息を整えた後、再び俺のもとに駆け寄ってきた。
袈裟斬り、斬り上げ、水平斬り、燕返し──
俺はルイーズ王女の剣を、すべて剣で受け流す。
彼女の息遣いは荒く、攻撃にもだんだんと粗が見えてきた。
彼女の斬り上げを身体を使って回避し、隙だらけの胴に剣を叩きつける──
「なにっ──!?」
俺はルイーズ王女に右手首を掴まれた。
俺の水平斬りは防せがれ、強く引っ張られる。
──このままでは恐らく、ルイーズ王女の水平斬りで勝負が決してしまう。
俺は両手剣から左手を離し、引っ張られたときの勢いを活かしつつ、彼女の顎を左アッパーで殴りつける。
「ぐっ……!」
ルイーズ王女は俺の手首から手を離し、バックステップで距離を取る。
──懸命な判断だ。
なぜならあのまま手首を掴んだままであれば、さらなる反撃を受けることとなるからだ。
俺は剣を上段に構え、走り出す。
するとルイーズ王女は剣を水平に構え、俺を待ち伏せた。
彼女は恐らく、俺の胴に隙ありと見たのだろう。
──だが、その判断は早計だ。
ルイーズ王女は剣を水平に薙ぐ。
俺はそれをしゃがんでかわし、彼女の足を勢いよく刈った。
「きゃっ──!?」
ルイーズ王女が尻もちをつくと同時に、俺は立ち上がる。
そして彼女の喉元に剣の切っ先を近づけた。
「──降参してください」
「ま、参ったわ……」
ルイーズ王女は剣を手放し、両手を挙げる。
それを確認した審判は右手を掲げ、宣言した。
「ルイーズ王女殿下の降参を確認。よって準決勝・第1試合の勝者は、《回復術師》クロードとする!」
『──勝者、クロード選手!』
「うおおおおおおおおおっ!」
「二人とも、カッコよかったです!」
「やべえ……クロード選手、ルイーズ王女に勝っちまったぞ! こりゃ優勝間違いなしだな!」
「いや、レティシア選手とリシャール選手がまだ残ってるわ。次の試合も見逃せないわね!」
アナウンスとともに、観客が歓声を上げる。
俺とルイーズ王女はそれをバックに、固い握手を交わす。
彼女は少し表情が暗く、落ち込んでいるものと思われた。
「クロード。私、今ようやく分かったわ。あなたが聖剣に選ばれたのは、必然だったって──だって私、あなたに勝てるわけないもの……」
「いえ、そんなことはありません。かなり際どい戦いでした」
俺が本音を言うと、ルイーズ王女は驚きの表情を見せた。
「ほ、本当に……?」
「本当です。並大抵の戦士ならすぐに方が付きますが、ルイーズ王女の場合は一筋縄では行きませんでした。あなたは本当に、《勇者》にふさわしいです」
「そ、そう……? そこまで言うんなら……そ、そういうことにしといてあげるっ!」
ルイーズ王女は銀髪をくるくると回しながら、恥ずかしそうに返事した。
そのあと少し落ち着いたのか、大きく息を吸って俺を見据える。
「レティシアとリシャール、どちらが勝つかは分からない。でもクロード、この私を負かしたんだから、絶対に優勝しなさい。私に恥をかかせないでよね」
「もとよりそのつもりです。俺は絶対に優勝して王国最強に、そして世界最強になります」
俺とルイーズ王女は踵を返し、闘技フィールドを後にした。




