第54話 王国武闘会・本戦開幕
翌日の朝。
ついに王国武闘会・本戦開幕日となった。
予選では大きなスペースを取れる平原で、選手たちが一斉に戦っていた。
だが本戦では、大きく違う点がある。
それは──
「うわあ……ここが闘技場……大きくて丸いね……」
そう……エレーヌの言う通り、今日は円形闘技場にて対戦が行われる。
闘技場はかなり大きく、王都の住民の大半が見物できるという。
予選のときは観客が選手の身内くらいしかいなかったが、流石に本戦では大賑わいになりそうだ。
俺たちは気を引き締め、闘技場に入った。
◇ ◇ ◇
俺・レティシア・ルイーズ王女の、三人の選手たち。
俺たちは受付を済ませ、開会式に参加するべく円形闘技場の闘技スペースに向かった。
選手ではないエレーヌは、観客席で俺たちを見守ることとなる。
闘技スペースにはすでにベスト16の選手たちが何人かおり、各々が緊張した面持ちだった。
そしてその中には、因縁の相手がいた。
「よう、クロード。お前なら武闘会に参加するって思ってたぜ──たとえ《回復術師》が原則参加禁止だったとしても、な」
「お久しぶりです、クロードさん。それにレティシア様も」
《勇者》ガブリエルと、《聖女》ジャンヌ。
彼らは都市ローランにて俺と別れた後、俺を追いかけて王都までやってきたそうだ。
ガブリエルは腕を組み、ジャンヌは丁寧にお辞儀をする。
俺とレティシアは彼らに挨拶を返す。
「久しぶり。二人とも元気そうでなによりだ」
「お久しぶりです──以前会ったときとは、雰囲気が変わりましたね。特にジャンヌは顕著です。相当の鍛錬を積んできたのでしょう」
「ああ。俺たちはクロードをぶっ潰すために、ギルドの依頼をこなしつつ剣技を磨き上げてきたんだ」
「はい。クロードさんの背中を追って戦い続けた結果、私も今やAランク冒険者です」
1ヶ月前にジャンヌとパーティを組んでいたとき、彼女は確かDランクだったはずだ。
それがたった1ヶ月でAに昇格するとは──以前とは比べ物にならないほどの力を得ているのかもしれない。
一応俺はSランクではあるが、油断は禁物だ。
「あれ、エレーヌはいないのか?」
「あの子は参加しない。俺たちを応援してくれるんだ」
「ああ……あいつらしいな」
ガブリエルはエレーヌを懐かしむように呟いた。
彼らは元パーティメンバーで、しかも幼馴染の関係だから、そうなるのも無理はない。
「ところでクロード、あの銀髪のお嬢ちゃんは誰なんだ? めちゃくちゃ美人じゃねえか……へへ」
突如、ガブリエルが俺の肩を組んで耳元で囁いた。
「銀髪のお嬢ちゃん」というのは恐らくルイーズ王女のことだろう。
ガブリエルの女好きはまだまだ治っていなさそうだし、そもそも治るものでもないかもしれない。
いや、むしろ治らないほうが男としては正常だ。
だがいきなり本人にナンパしなかっただけ、悪癖は改善されたと言うべきだ。
「彼女はルイーズ王女だ」
「はじめまして。私はルイーズよ。もしトーナメントで当たったら、手加減抜きで勝負しましょうね」
俺がルイーズ王女を紹介し、彼女が自己紹介をした直後。
ガブリエルとジャンヌは「えええええええっ!?」と驚きの声を上げ、ひれ伏した。
「し、失礼しました!」
「普通にしてて大丈夫よ。今日は王女としてじゃなくて、選手としてここに来たんだし」
「は、はい……ありがとうございます……」
ルイーズ王女の優しげな声音に、ガブリエルとジャンヌはホッとした様子だ。
彼らは立ち上がり、最敬礼をした後直立する。
「──やあレティシア、僕に挨拶なしとはつれないな」
「──ごきげんよう、レティシア様……うふふ」
突如、レティシアの元婚約者・リシャールと、その取り巻きの女・マリーが現れた。
彼らはレティシアを挑発するかのように、薄ら笑いを浮かべていた。
一方のレティシアだが、今日は精神的に余裕があるのか、満面の笑みを浮かべながらお辞儀をした。
「おはようございます、リシャール様。それにマリー、あなたも武闘会に参戦するのですね」
「そうですわ。なにせ私は《賢者》、立派な魔術師なのですから──レティシア様、あなたが魔術に強い《聖騎士》だということは存じ上げておりますが、もし戦うような事があれば覚悟してくださいね?」
「ええ、あなたの魔術を楽しみにしています。でも勝つのは私ですから、そのつもりでいてくださいね? ふふ……」
レティシアとマリーは、張り付いたような笑顔で口撃しあう。
二人共敵に回したくないと、俺はこの時思った。
リシャールも同じこと考えたのか溜息をつき、そして俺の肩に手を乗せて言う。
「貴様を倒すのはこの僕だ、《回復術師》クロード。貴様がどんな奇策を持っているのかは知らないが、それでも《剣聖》の僕が倒す。それまでに負けるようなことがあれば許さないぞ」
「決勝戦で会いましょう」
リシャールの挑戦に対し、俺は静かな声音で淡々と返事する。
すると彼は俺にある余裕を感じ取ったのか、「ちっ!」と舌打ちしてそっぽを向いた。
『──これより、王国武闘会本戦の開会式を始めます!』
「うおおおおおおおおっ!」
突如、闘技場内にアナウンスが鳴り響く。
アナウンサーの声が魔術によって増幅されているのだ。
アナウンスを聞いた観客たちは、大声で湧き上がっている。
歓声を聞いた俺は、身が引き締まる思いでいた。
◇ ◇ ◇
開会式が終わった後。
エレーヌは熱気あふれる観客席で、レティシアが来るのを待っていた。
選手専用の部屋は特に用意されておらず、試合をしない間、選手は自由行動ということになっている。
しかし王女であるルイーズは例外で、彼女は国王とともに王族として観戦するそうだ。
なのでしばらくエレーヌたちと合流する機会はないと思われる。
エレーヌはそれが少し寂しかったが、仕方がないと割り切った。
「エレーヌ!」
「あ、レティシアちゃん!」
開会式を終えたレティシアが、今ようやくやってきた。
クロードは彼女と一緒ではないが、彼は第1回戦・第1試合に出場するため、観客席に来れなくて当然だ。
レティシアはエレーヌの隣の席に座り、にこやかに語りかける。
「いよいよ初戦が始まりますね。しかもクロードが出場するとあっては、見逃せませんね!」
「うん! わたし、楽しみなんだ」
この後、エレーヌとレティシアは世間話をしながら時間を潰していく。
そして──
『──これより、王国武闘会・決勝トーナメント第1回戦・第1試合が始まります。北コーナー……《回復術師》クロード選手、入場してください!』
「クロードくん、がんば──」
「ぎゃはははははっ!」
「おいおい聞いたか、みんな! よりにもよって《回復術師》だとさ、ははははははっ!」
「本戦に出場できるくらいなんだから、それなりに強いんでしょう? ──まあ、すぐに負けちゃうでしょうけど」
クロードが闘技スペースに入場した途端、観客たちは嘲笑し始めた。
エレーヌはその笑い声を聞いて、モヤモヤとした気持ちでいっぱいになる。
なぜ「回復術師」というだけでここまで笑われるのか。
予選のときは観客がほとんどいなかったので誰もクロードの実力を知らないのだろうが、どうして最初から負けると決めつけるのか。
クロードをバカににされることが、エレーヌにとってはとても悔しかった。
なぜならそれは、自分をバカにされているのと同じだからだ。
◇ ◇ ◇
エレーヌの子供の頃の夢はメイド、あるいはお嫁さんだった。
今ではエレーヌ自身でも子供っぽい夢だと思っているのだが、炊事洗濯が好きな彼女にとっては、それが本当の意味での天職だと当時は思っていた。
だが成人した時、エレーヌは希望していた《メイド》ではなく、《賢者》という天職を得てしまった。
《賢者》は魔術師としては優秀な部類に入るため、冒険者以外の選択肢はないも同然だった。
臆病なのにも関わらず、彼女は戦わざるを得なくなったのだ。
怖い、嫌だ、死にたくない──成人したばかりのエレーヌは、そんな後ろ向きなことしか考えられなかった。
だが、《回復術師》の天職を得た幼馴染クロードを見て、その考え方は変わった。
新米冒険者時代のクロードは皆から蔑まれ、誰からもパーティに入れてもらえなかった。
パーティを組もうとしたエレーヌも両親に止められ、《勇者》ガブリエルと手を組まされてしまった。
だがクロードはそれでも屈せず、ソロの冒険者として凄まじい働きを見せてきた。
その姿に心を打たれたエレーヌは、彼を一度でも見捨ててしまった後悔もあり、相方のガブリエルを説得してパーティに迎え入れたのだ。
◇ ◇ ◇
その後、エレーヌは何度もクロードに助けられてきた。
1ヶ月前に悪夢を見たときも、手を握りながら添い寝し落ち着かせてくれた。
そんな彼が王国武闘会の本戦にて、勝負が始まる前から観客たちにバカにされている。
エレーヌは息ができないほど苦しかった。
涙が出てくるほど悲しかった。
「大丈夫ですよ、エレーヌ」
「え……?」
レティシアが優しく背中を擦りながら、エレーヌに静かに語りかける。
「クロードのことは勝手に言わせておけばいいのです。あなたが気にする必要はありません──クロードが最強だということは、私たちが一番良く知っているのですから」
「レティシアちゃん……」
エレーヌはレティシアに背中を擦られ、少しずつ落ち着いてきた。
そしてレティシアの言葉を聞いて、自信を持てるようになってきた。
そう、クロードがバカにされるのはいつものことだ。
今日はたまたま、王都中の人々にバカにされているだけだ。
今日は人数が多かった、ただそれだけのことだったのだ。
それならば悲嘆することはない。
クロードはいつもどおり、澄まし顔をしながら目の前の敵を倒し、周囲を見返していく。
ならばエレーヌにできることは唯一つ──
「クロードくん、がんばって! 私とレティシアちゃんが、応援してるからね!」
いつもどおり、クロードを応援する。
それが、エレーヌにできることだった。
エレーヌの声援が届いたのか、クロードは彼女の方を向いて大きく手を振った。




