第53話 王国武闘会・予選リーグ
王国武闘会・予選大会当日……
俺たちは王都城壁外にある平原を訪れていた。
予選大会では多くの戦士たちがひしめき合い、広大なスペースを必要とするため、野外での開催となったのだ。
俺とレティシアは受付を済ませた後、係員からもらった紙を読む。
その紙には武闘会の基本的なルールと、そして予選リーグのブロックが書かれていた。
「Aブロックか……レティシアは?」
「Hブロックです」
──いきなりレティシアと当たらなくてよかった。
決勝戦で戦うという約束を交わした俺は、そんな風に思っていた。
それはレティシアも同じであるようだ。
予選リーグのブロックはA〜Hの8個で、それぞれのブロックで総当たり戦を行う。
各ブロックの1位と2位がベスト16として、本戦に参加するとのことだ。
俺とレティシアがもし同じブロックだったとしても、二人で総なめすればいいだけの話だ。
しかしブロックが別々だということは、レティシアと本戦で戦える可能性がそれだけ高くなるということである。
「クロードくん、レティシアちゃん。がんばってね!」
「応援ありがとうございます!」
「俺たちの戦いっぷりを見ていてくれ」
エレーヌの声援に返事をすると、彼女はとても気持ちのいい笑顔で「うん!」と頷いてくれた。
「──あっ……みんな、おはよう!」
ふと、受付の方から声が聞こえてきたので、その方を見やる。
するとルイーズ王女が大きく手を振りながら、俺たちのもとに走って向かってくるのが見えた。
俺たちは「おはようございます!」と挨拶をするとともに、頭を下げる。
「ルイーズ王女、俺はAブロックでレティシアはHです」
「そうなのね。私はGよ──健闘を祈るわ。と言っても、私たちだったら予選通過はほぼ確実な気もするけどね」
「お互いがんばりましょう──それでは、また後で会いましょう」
もう少し仲間と会話したかった俺たちだったが、一旦分かれることにした。
俺はAブロックのスペースに向かい、対戦の準備を行うのだ。
だが俺が歩き出した時、エレーヌが俺の服の袖を掴んできた。
「クロードくん……あの、わたしもついて行っていいかな?」
「ありがとう。俺のことを応援してくれ」
「うんっ! えへへ……」
俺とエレーヌは、闘技スペースへ向かった。
◇ ◇ ◇
「うわあ……とても強そう……」
Aブロックのスペースにはすでに十数名の選手がいた。
事前情報によれば予選の参加者は約150人で、このAブロックには20人の選手がいることを確認している。
参加者の多くは屈強な男たちで、彼らは鋭い眼光で威圧したりしている。
そんな彼らを見て、エレーヌは感嘆と恐怖が入り混じった声を漏らしていた。
──もっとも、エレーヌの実力ならば彼らなど敵ではなさそうなのだが……
「──大会で使用できる武器はこちらでーす!」
俺たちは声がする方向に向かう。
するとそこには、木剣・木製の槍やハンマーなどが所狭しと置かれていた。
本物の武器を用いて戦うのは本戦に進出してからと、ルールが記載された紙に書いてある。
魔術師の場合、予選中は使用魔術に制限が課せられ、殺傷性の高い魔術の使用が禁止されるとのことだ。
俺は当然、木剣を選んだ。
柄がグラグラしていないか、刀身部分が曲がっていないかを確認した後、広い場所で素振りを行う。
──よし、調子は良さそうだ。
俺とエレーヌは、戦いの時を待った。
◇ ◇ ◇
予選大会の開会式が終わった後、選手たちはいよいよ戦いの準備に入った。
俺は闘技用の、10メートル四方のフィールドの中心に立ち、初戦の対戦相手と握手を交わす。
ちなみに、予選には観客はほとんどいない。
なぜなら予選大会は、王都の城壁の外で行われるからだ。
それに加え、闘技用フィールドの数があまりにも多く、もはや選手の身内くらいしか観戦しに来ないのだ。
大会運営側もそれを理解しているのか、「観戦スペース」と銘打ったものは用意していない。
閑話休題。
俺の目の前には、木製の斧を携えた屈強そうな男がいる。
俺は彼の天職を把握するべく、自ら名乗り出ることにした。
「俺はクロード、《回復術師》です」
「ハハハッ、そうか! お前、面白え男だな! ──俺はポール、《戦士》だ」
《戦士》の天職は一般に、力が強い戦闘職だ。
平民の冒険者の多くが、この天職を得ていると言われている。
俺の予想通り、対戦相手の男ポールは大声で笑う。
だがこういう反応をするものこそ、格好の餌食であることを俺はよく知っている。
「──おい、ポール! こんな雑魚に負けるんじゃねえぞ!」
「──絶対勝ちなさいよ!」
ポールの仲間であろう冒険者達が声援を送る。
一方のエレーヌはその言葉に対抗するように、大きく深呼吸をして叫んだ。
「わたし、クロードくんが勝つって信じてるから! がんばって!」
エレーヌの一言で、俺の闘志は燃え上がる。
俺はポールを見据えながら、自分の立ち位置について審判に目配せをした。
「これより、《戦士》ポール選手 vs 《回復術師》クロード選手の試合を始めます。ルールは一本先取。殺傷性の高い魔術の使用は禁止。徒手格闘は認めますが、有効打は武器及び魔術による攻撃に限ります──始め!」
「うおおおおおおおおっ!」
ポールは俺との間合いを詰め、木製の斧を勢いよく垂直に振りかざす。
俺は右にかわし、振り下ろしをかわす。
だがポールはすぐさま斧を翻し、俺の左胴に向けて水平に薙いだ。
なるほど……流石に武闘会に参加するだけあって、それなりに実力はあるようだ。
だが──
「なにっ!?」
俺はポールの手首を左手で掴み、斧による攻撃を防ぐ。
彼の手首や腕はとても太く頑強だったが、ほんの数秒程度なら俺でも持ちこたえられる。
「こいつうっ! 《回復術師》っていうのは嘘だったのか!」
「嘘ではありません」
驚きの声を発するポール。
俺は彼の言葉に静かに返し、右手に持った木剣で袈裟斬した。
「がっ!」
「し、勝者! 《回復術師》クロード!」
「う、嘘だろ……なんでポールが負けちまうんだ……!?」
「ほんと信じられない! あのクロードって子、一体何者なのよ! 《回復術師》にしては強すぎるわ!」
審判も、そして数少ない観客であるポールの仲間たちも、一様に驚いていた。
だがエレーヌだけは、俺の活躍を見て驚かなかった。
彼女は「やったあ! クロードくん、おめでとう!」と笑顔で俺に手を振ってきたので、俺も手を振り返す。
すると彼女はぴょんぴょんと元気よく飛び跳ね、喜びをあらわにした。
Aブロックの人数は、俺も含めて20人。
残りの戦闘回数は18回。
俺は気合を入れて、次の対戦相手の来訪を待った。
◇ ◇ ◇
そして夕方……
一日かけて行われた予選大会は、ついに閉幕した。
俺・エレーヌは、レティシア・ルイーズ王女と合流する。
主催者側の発表によれば、レティシアもルイーズ王女も全勝してブロック内第1位となったようだ。
無論、俺もAブロック内で19戦19勝したわけなのだが……
「ルイーズ王女、レティシア。本戦進出おめでとうございます」
「ふ、ふんっ! 私にかかれば、予選で全勝することなんてお茶の子さいさいよっ……!」
「クロード、ありがとうございます──クロードも、ブロック内第1位おめでとうございます!」
ルイーズ王女は腕を組み、恥ずかしそうにそっぽを向く。
一方のレティシアは柔らかな笑みをたたえ、勝利を祝福してくれた。
「ですが本戦──ベスト16からは苦戦を強いられるでしょう。油断せずに、明日もがんばりましょう」
「はい!」
俺の激励に対し、レティシアとルイーズ王女も気合が入ったようだ。
だがレティシアはなぜか急に笑い始め、エレーヌに向かってこう言った。
「うふふ……ところでエレーヌ、今日はずっとクロードに付きっきりだったのですか?」
「あのっ……ご、ごめんなさいっ……! ついクロードくんの応援に夢中になっちゃって……」
レティシアの質問に対し、エレーヌは顔を真っ赤にしながら答える。
そう、エレーヌはずっと俺の試合を応援してくれていた。
それはすなわち、レティシアやルイーズ王女への応援を全くしていなかったと同義だ。
エレーヌは彼女たちと、昼休憩のときくらいしか会っていなかったのだ。
エレーヌはそれに気づいたのか、レティシアやルイーズ王女に対してとても申し訳なさそうにしていた。
そんなエレーヌを見て、レティシアは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。それだけクロードのことを大切に思っているということですし。微笑ましいです──でも、次の本戦では私のことも応援してくださいね?」
「もちろんだよ! がんばってね、レティシアちゃん! それに、ルイーズ王女もがんばってください!」
「ありがとう。でも私がクロードと戦うことになったら、エレーヌはどっちを応援してくれるのかしら? ふふ……」
「も、もうっ……答えづらいこと聞かないでくださいよっ……!」
ルイーズ王女は「あはは、冗談よ!」と、エレーヌの背中をバシバシと叩く。
エレーヌは少しばかり困惑している様子だが、しかし内心安心している様子でもあった。
ルイーズ王女と出会って約3週間経ったが、打ち解けてきたようで俺もホッとしている。
が、ルイーズ王女は急に改まった表情となった。
「あの、なかなか言えなかったんだけど……剣術、教えてくれてありがとうね」
「私からもお礼を申し上げます。手合わせに付き合っていただき、ありがとうございました」
そう、ルイーズ王女とレティシアは約3週間、俺の訓練を受けていた。
共通の敵である《剣聖》リシャールを、そして俺を破るために。
彼女たちは本当に強くなったと俺は思う。
本戦でどれだけの実力を発揮するか、俺は師として楽しみだ。
だが──
「お礼は最後まで取っておいてください。今は予選を終えたばかりですから──目標に向けて、がんばってください」
「はい……そうですね!」
「私、がんばるから。リシャールとクロード、あなたを倒してやるんだから!」
俺の言葉を受けて、レティシアとルイーズ王女は大きく頷く。
俺たちは明日の本戦に備えるため、予選会場をあとにした。




