第50話 剣聖と聖女の息子クロード
「アルフォンス先輩、俺を覚えていますか?」
俺を「アルフォンス」と呼ぶ、豪奢な鎧をまとった屈強な男。
彼は俺の父親であるアルフォンスと、先輩後輩の関係だったようだ。
「いえ、俺はアルフォンスの息子・クロードです」
「マジか……若すぎるって思ってたけど、先輩の息子か! ──って……し、失礼しました! 私はロイクと申します!」
40歳手前だと思われるロイクさんは、年下である俺に勢いよく頭を下げた。
俺は申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいだったので、彼に願い出る。
「顔を上げてください。それに、父とどのような関係だったかは分かりませんが、俺に敬語を使わないでください」
「そうか……分かった──ところで、アルフォンス先輩とアデライードさんは元気か? 確かあの二人は結婚してたんだよな」
「はい、元気だと思います。俺は旅をしているところなので、しばらく顔は合わせていませんが」
「アデライード」は俺の母親の名前だ。
父も母も、若い頃は王宮に仕えていたと聞く。
父は宮廷騎士団に、そして母は宮廷魔術師団に……
だが俺が生まれる前に、騎士爵を返上した上で王都を去ったと聞いている。
ロイクさんはその時の、父の同僚だったと思われる。
「しかしクロード……お父さんの剣技をちゃんと受け継いだんだな……なんかグッと来るぜ」
「ありがとうございます。その言葉を聞いたら、父も大喜びすると思います」
ロイクさんは感慨深そうな表情をしていた。
俺にもいつか、彼のように過去を懐かしむような日が来るのだろうか。
突如、「こほんっ!」というルイーズ王女の咳払いが聞こえてきた。
「それでロイク、要件は何? クロードと世間話しに来たんじゃないのよね?」
「はい……実はルイーズ王女殿下の新しい師範がどのような人物かを確認するため、そこで見ていたのです。疑うような真似をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」
ロイクさんは先程「急にルイーズ王女の剣術指南をクビになった」というようなことを口にしていた。
それから察するに、俺はロイクさんと入れ替わる形で、ルイーズ王女の指南をすることになったのだろう。
「そう……誤解させちゃったかもしれないけど、何も邪険にしようと思ったわけじゃないの……ただ、リシャールに勝利したクロードが気になって……」
「ああ……殿下はまだ一度も、リシャール卿には勝てていませんでしたね……」
ルイーズ王女もロイクさんも、少しだけ表情が暗くなっている。
俺が先日打倒したリシャールは、やはり相当の実力者だったということなのだろう。
「納得しました。確かに《剣聖》アルフォンスの剣技を正しく受け継いだクロードなら、適任でしょうね。見ていてよく分かりました」
ロイクさんは清々しい笑顔で、ルイーズ王女に言う。
そしてその後、俺に手を差し出してきた。
「クロード、王国武闘会に出るんだろ? がんばれよ」
「ありがとうございます。ロイクさんは選手として参加するのですか?」
「ははっ、よせよ。俺はもうそんな年じゃねえっての──優勝して、お父さんとお母さんを喜ばせてやりな」
俺とロイクさんは握手をする。
彼のザラザラした手の感触は、なぜか父の手を思い出す。
ロイクさんは俺と握手した後、王宮に戻っていった。
◇ ◇ ◇
父の後輩であるロイクさんとの出会い。
それから翌日の朝……
俺・エレーヌ・レティシアの三人は、昨日・一昨日と同じように、ルイーズ王女との訓練のために王宮に赴く。
静かな中庭──そこがルイーズ王女がよく使っている訓練場だそうで、俺たちもそこを使わせてもらっている。
だが今日に限って、中庭への通路には人垣ができていた。
「うわっ……な、なんでこんなに人がいるのっ!?」
「昨日まではとても静かだったのですが……」
エレーヌは慌てた様子で、レティシアは首を傾げ、それぞれこの状況を不思議に思っている様子だった。
一方の俺も、なぜこのような状況が生じたかは分からない。
それにしても、人垣が邪魔でなので中庭に入ることができない。
なので俺は「すみません、通ります」と言いながら、先陣を切って進む。
「──あなた、クロード様がいつ来るか知ってる?」
俺は突如、20代前半くらいの女性に話しかけられた。
彼女の口から「クロード様」という単語が発せられた時点で、大体察した。
他の誰でもない、この俺を目当てにみんながここを訪れていることを。
なぜなら、この時間に中庭に訪れるであろうメンバーの中で、「クロード」という名前の持ち主は俺だけだからだ。
恐らく昨日ロイクさんと会ったことで、《剣聖》アルフォンスの息子である俺の噂が立ったのだろう。
「クロードは俺です」
「きゃーっ! そうなのね! 私、宮廷魔術師団に所属しているのですが、《聖女》アデライード様の大ファンなんですっ! あ、もちろん《剣聖》アルフォンス様も尊敬しています!」
俺の母アデライードは30代後半である。
宮廷魔術師団を退職したのが確か20年くらい前なので、それまで語り継がれていたということか。
父と母が聞いたら喜ぶだろうな──
両親の功績はあまり良く知らないが、俺に声をかけてきた若い女性の反応はとても嬉しかった。
「おいおい、マジかよ……こいつが《剣聖》アルフォンス様の息子なのか……!」
「やっぱり若いっていいわね……クロードさんを見ていると、若いときのアデライード様をなんとなく思い出すわ……」
群衆が待ち望んだ「クロード」の正体が俺だとわかるやいなや、彼らは熱狂し始めた。
その中には両親と同年代と思われる人々もおり、彼らは一様に俺を見て懐かしんでいた。
「クロード様、私と握手してください!」
「握手してください」と言いつつ、若い女性は俺が返事をする前に手を握る。
彼女の笑顔はとてもまぶしく、肌触りもよく、悪い気はしなかった。
「きゃあっ……クロード様と握手しちゃった……」
「ひ、一人だけずるいわよっ! 私も握手して!」
「俺も俺も!」
「はーい、離れてくださーい。クロードはこれから、ルイーズ王女殿下と訓練をするのです」
「そ、そうですっ! だ、だからここを通してくださいっ……!」
俺に握手を求める群衆を阻むかのように、レティシアとエレーヌが制止した。
レティシアは警備員よろしく、テキパキと群衆を遠ざける。
一方のエレーヌはおどおどしながら何度も頭を下げており、人々はそれに従わざるを得なくなったようだ。
レティシアとエレーヌが整備してくれた「道」を、俺は彼女たちと進んで中庭に入る。
するとそこには、少し気後れしている様子のルイーズ王女がいた。
「おはようございます、ルイーズ王女」
「あっ……みんな、おはよう……」
「今日はどうしたんですか? 元気がないようですが……」
「ちょっと耳を貸しなさい……」
──みんなに練習風景を見られたくないのよ……王女に『血のにじむような努力』なんて似合わないし……
ルイーズ王女は俺の耳元で、こっそりと囁いた。
彼女が努力を重ねていることに関しては、俺はとても素晴らしいことだと思う。
だが確かに、天才だと思われたい気持ちは俺にもよく分かる。
俺はルイーズ王女の言葉を受けて、要望に沿うことにした。
「皆さん! 俺の剣技を見たいのかもしれませんが、《剣聖》アルフォンスの剣技は門外不出です。どうか王国武闘会まで楽しみにしていてください!」
「うおおおおおおっ! やっぱり武闘会に出るのか!」
「そうなんです。ですからそれまで、俺の剣技のお披露目はお預けということで……今日のところは解散ということで、お願いできませんでしょうか……?」
俺は申し訳なさそうな顔をしながら、勢いよく頭を下げる。
すると群衆は困った表情をしながらざわめき始めた。
だがそのざわめきを破るかのように、一人の若い女性が前に出てきた。
彼女は先程俺と握手した女性だ。
「残念ですけど……分かりました。がんばってくださいね、クロード様!」
「そ、そうだなっ! 俺たち宮廷騎士団・宮廷魔術師団はクロードを応援してるから──あ、もちろんルイーズ王女殿下も応援しておりますし、何なら優勝してほしいとまで思ってるのですが!」
中庭付近で群がっていた人々は少し残念そうにしながらも、俺を応援しながら立ち去っていく。
俺はその様子を見て、王国武闘会への士気を高めていった。
「わあ……すごいね……みんなどこかに行っちゃった……」
「それだけクロードのご両親に影響力があり、クロード自身も期待されているということなのでしょうね」
エレーヌがそう呟くと、レティシアも頷く。
ルイーズ王女は顔を真っ赤にし、長い銀髪をくるくるといじりながら俺に言った。
「ク、クロード……その、助かったわ……ありがとう……」
「いえ、気にしないでください。あの状態のままでは、俺も稽古に集中できませんので──早速稽古、を……」
俺の視線の先には、豪奢な服を着た40代くらいの男がいた。
ローラン公爵やルクレール公爵よりも華美で重厚な服装をしており、とても威厳がある。
それにどことなく、王弟でもあるルクレール公爵と顔が似ていた。
今まで人混みに紛れていて全然気づかなかったので、とても驚いている。
「おはようございます、国王陛下!」
レティシアが勢いよく跪いたので、俺とエレーヌもそれにならう。
なるほど、彼がこの国の王というわけか……
ルイーズ王女は国王陛下に対し、慌てながら問いかける。
「父上! どうしてこちらに!?」
「中庭で待っていれば、《剣聖》アルフォンスと《聖女》アデライードの息子がここにやってくる──そうロイクから聞いていたのだ」
国王陛下は少し親しげな声で、俺に声をかけてきた。
「クロード……と言ったか。少し話をしていかないか? お前の両親について、そしてお前自身について話がしたい」
「分かりました」
「皆もついてくるといい」
国王陛下直々にお呼びがかかるとは……
俺たちは国王陛下に先導されながら、中庭を出て王宮に入った。




