第42話 武闘会の出場制限と王族
王都のギルドホールは、とても大きかった。
館内は冒険者たちでいっぱいで、非常ににぎやかである。
前にいた都市ローランのギルドも大規模だったが、ここはそれを凌駕していた。
俺たちは総合受付を通過し、王国武闘会の参加受付コーナーに向かった。
コーナーには女性職員がおり、俺は彼女に声をかけることにした。
「すみません。王国武王会に参加したいのですが」
「かしこまりました。それではこちらに必要事項のご記入をお願いします」
俺は女性職員に手渡された紙に、名前・天職・身分などを書き込んでいく。
一通り記入が終わったところで、俺は紙とペンを返却する。
「書き終わりました」
「はい、ありがとうございます。確認しますね──……ん? これは……」
用紙をチェックしていた女性職員が、ふと訝しんだ。
なにか記入漏れでもあったのだろうか。
「クロードさん、あなた《回復術師》なのですね。恐縮ですが、大会規則で《回復術師》の出場は原則禁止されています。参加受付はできかねます。申し訳ございません」
「えっ……!?」
女性職員は申し訳無さそうに俺に謝罪する。
俺・エレーヌ・レティシアの三人は、驚きの声しか出せなかった。
レティシアは冷静に、女性職員に質問をする。
「去年まではそんな制限はなかったと思うのですが……《回復術師》の出場が規則で禁止されている理由を、教えていただけませんか?」
「はい……もともと、《商人》や《メイド》などといった非戦闘職の出場は認めていません。なぜなら戦闘能力が皆無だからです。それを拡大解釈したところ、戦闘能力に乏しい《回復術師》も、今年から禁止が明文化された──そういう経緯があるのです」
女性職員による説明は、確かにその通りだと思う。
非戦闘職が武闘会に出たところで、戦闘職に勝てる見込みはない。
参加させるだけ無駄かもしれない。
だが俺は、他の《回復術師》とは違って剣術に優れている。
聖剣が使えることはなるべく隠したいため、情報を取捨選択して強さを証明することにした。
「俺は剣術の決闘において、《勇者》にも勝ったことがあります。ですので戦いには自信があります」
「う、嘘ですよね……!? 《勇者》といえば、聖剣を唯一使える天職……つまり《剣聖》の次に剣術に優れた天職なのですよ!?」
「彼の実力は本物です。この私、ローラン公爵家の娘レティシアが保証します」
騎士風の服を着ていたレティシアは、服の下に隠れていたペンダントを外し、女性職員に見せる。
そこにはローラン公爵家のシンボルである、レイピアのミニチュアがあった。
女性職員はそれを見て、顔を真っ青にし始めた。
「し、失礼しました!」
「いえ、かしこまらないでください。大丈夫です。取って食ったりはしません──それで、どうにかなりませんか?」
「も、申し訳ありませんが……主催者側が王族なので、私共ではどうしようもありません……」
女性職員はレティシアに対し、かなり萎縮していた。
彼女は規則・王族と、そして公爵令嬢との板挟みに苦しんでいるのだ。
無理もない。
「クロード、こうなったら王族に会いに行きましょう」
「えっ!? 『会いに行きましょう』って……レティシアちゃん、ほんとに王族と会えるの? わたしとクロードくんはもちろん、レティシアちゃんだって……」
「私とあのお方は特別です。なにせ過去の因縁がありますから」
「あのお方……?」
「国王陛下の弟君──すなわちルクレール公爵閣下です」
ルクレール公爵との過去の因縁。
レティシアは一体、彼とはどういう関係なのだろうか。
彼女はこころなしか、気が重そうな表情をしていた。
「レティシア、いいのか? 理由は分からないが、辛そうな顔をしている」
「そんな風に見えていたのですね……──私は大丈夫ですから。さあ、今から行きましょう」
「着替えなくてもいいのか? それに、急に押しかけてもいいのか?」
「大丈夫です。その程度で文句は言われません──行きますよ」
レティシアに連れられ、俺とエレーヌはギルドホールを後にした。
◇ ◇ ◇
それから十数分後……
俺たちはついに、ルクレール公爵の屋敷の門前に到着した。
ローラン公爵家の別宅よりも一回り大きく、豪奢であった。
「あ、あなたは……レティシア嬢!? お、おはようございますっ!」
門の前には2人の門番がおり、彼らはレティシアの顔を見るなり驚きの表情を見せ始めた。
一方のレティシアは冷静に、「おはようございます。いつもお疲れさまです」と挨拶をしていた。
門番のうちの一人が、恐る恐るレティシアに尋ねる。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか……?」
「王国武闘会について、ルクレール公爵閣下とお話したいことがございまして。約束はしていないのですが、今お話できませんか……?」
「かしこまりました。まずは屋敷にお入りください」
レティシアは「ありがとうございます」と礼を言った後、開かれた門をくぐり抜ける。
俺とエレーヌもそれに続いた。
◇ ◇ ◇
「レティシア、よくぞ参った。この前は誠に申し訳なかった」
「お気遣い感謝します、ルクレール公爵閣下」
俺たちは今、屋敷の謁見の間にて、王弟であるルクレール公爵と相対している。
彼はだいたい40代前半くらいで、王族としての風格が漂っている。
そんなルクレール公爵に対し、レティシアはうやうやしく挨拶をした。
「して、今日はどのような用件なのだ?」
「はい、王国武闘会についてです。聞けば、《回復術師》の出場は今年から禁止されるそうですね」
「ん? ──ああ、確かにその通りだったはずだ。参加者の取りまとめはギルドに一任していたので、失念しかけていたが……それがどうしたというのだ?」
「《回復術師》クロード──彼を王国武闘会に参加させていただけないでしょうか?」
レティシアは俺を手で示しながら、ルクレール公爵に乞い願う。
公爵は俺を一瞥して少しだけ難しそうな表情をした後、レティシアに問う。
「その者を推薦する理由は?」
「彼は《回復術師》というハンディキャップがありながら、剣術に優れています。《勇者》にしか扱えないはずの聖剣に選ばれ、《死神》グリムリーパーを単独で討伐しました。また、本人の弁なのですが、《勇者》との剣術決闘に勝利したとのことです」
「ふむ……レティシアが嘘を付くような人間とは思えぬが……にわかに信じがたいな……クロードとやら、聖剣を持っておるのか?」
ルクレール公爵に問われた俺は「はい」と返事し、左腰から鞘袋に覆われたままの聖剣を、鞘ごと抜く。
鞘袋を解き、鞘に収められたままの聖剣を露出させる。
聖剣の柄と鞘は華美な装飾が施されており、それ自体が黄金に輝いている。
それの輝きを見たルクレール公爵は、「おお……」と感嘆の声を漏らしていた。
「抜いてみてくれぬか?」
ルクレール公爵の要望に従い、俺はゆっくりと聖剣を鞘から引き抜く。
刀身と鞘が擦れあう音とともに、プラチナのように輝く刀身がその全容を現した。
「どうやら聖剣に選ばれたというのは真のようだな。私も王家伝来の聖剣を持ってみたことがあったが、その時は痺れて持っていられなかったのだ──もういい、しまってくれ」
俺は聖剣を鞘に収め、鞘袋で包み隠す。
そして腰に差した。
ルクレール公爵は俺の目をしっかりと見据え、こう言った。
「よし、分かった。《回復術師》クロード、お主の武闘会参加を──」
「──父上、お待ち下さい」
ふと、若い男の声が後ろから聞こえてきた。
振り向くとそこには、20代前半くらいの男と、そして10代後半くらいの女が立っている。
男はルクレール公爵を「父上」と呼んでいたので、恐らく公爵令息なのだろう。
レティシアは彼らを見て、なぜか表情をわずかに曇らせた。
「久しぶりだねえ、レティシア──いや、元婚約者さん……ククク」
「レティシア様、元婚約者のあなたが今更、リシャール様のお屋敷になんのご用ですの? うふふ……」
どうやらレティシアと、突如現れた男リシャールは、もともと婚約関係にあったらしい。
しかし先週、レティシアの父親であるローラン公爵から、もうすでに婚約破棄されていると聞いている。
「あなた方には関係のないことです。仲睦まじいカップルには興味ありません。ルクレール公爵閣下に用があってここに来たのです」
「ちっ……!」
「あなたって人は……!」
元婚約者の公爵令息と、そして彼にベタベタとくっついている女。
レティシアは彼らに向けて、今まで見たこともないような冷たい視線を送っている。
その視線と言葉に、公爵令息と女は射すくめられている様子だった。
レティシアが彼らに怒っているのか、それとも嘆いているのか、それは俺には分からない。
だが普段は礼儀正しく温和な彼女が、王弟の息子相手にあんな無礼な口を利くわけがない。
レティシアは今、冷静さを欠いている。
俺は彼女を落ち着かせるために、どんな言葉をかけるべきか必死になって考えた。
だが思いつかなかったので、取り急ぎ声をかけることにした。
「レティシア、一旦落ち着こう」
俺はレティシアに、冷静な口調で諌める。
すると彼女はハッと気づいたような表情をした。
そして少し沈黙したあと、潤んだ目で言う。
「────いえ……もう大丈夫です、クロード。落ち着きました」




