第37話 公爵家の後ろ盾
教会の聖職者になるように、大司教から迫られた俺。
そんなとき、公爵が突如として現れた。
「お父様、来てくださったのですね!」
「ああ、レティシア。昨日の話が気になってね、失礼ながら盗み聞きさせてもらったのだ」
恐らくレティシアさんは昨日、公爵に今日の対談のことを伝えていたのだろう。
それでレティシアさんと同じ懸念を抱いた公爵が、こうして教会を訪れたというわけだ。
公爵は大司教に、真剣な面持ちで問う。
「大司教、クロード君に対して何を言おうとしたか、説明していただきたい。彼があなたの申し出を断れば、一体どうなるというのだ?」
「その前に公爵閣下、あなたはクロード殿を『臣下』とおっしゃいましたね? なぜ一臣下ごときに、そこまで気にかけるのですか?」
「質問を質問で返すのは、聞き手の品性を疑わざるを得ないな。まあ良い──つい先日のことだが、そこのクロード君とエレーヌさんに命を助けてもらった。臣下であり恩人であるクロード君を守るのは、当然のことだ」
老獪なる大司教の額には、冷や汗が流れ始めていた。
どうやら彼は、俺に公爵家の後ろ盾があることを知らなかったらしい。
一応レティシアさんから、俺が公爵家の騎士であると説明されたはずなのだが、あまり深刻に捉えていなかったようだ。
まあ俺も正直言って、公爵が教会に乗り込んでくるとは思っていなかったのだが……
公爵は一息つき、「さて……」と切り出した。
「大司教、もしクロード君があなたの申し出を断るのなら──つまり聖職者にならないというのであれば、どうなるというのだ?」
「くっ……申し訳ありませんが、それは話せません。なにせ教会内部の話ですから、部外者に申し上げることなどありません」
「ここは教皇聖下が治める《教国》ではなく、国王陛下と貴族が統治する王国だ。もし公爵たる私に従わないのなら──」
「分かりました、ご説明いたします──クロード殿の力はあまりにも強大です。怪異は怪異を引き寄せる。だから私たち教会が、彼を保護しようと思っていたのです」
「それは保護の名目で幽閉する、ということだな? 異端狩りや魔術の独占は、現代では禁止されているはずだ」
大昔、優れた魔術師は教会によって保護されていた、という話を聞いたことがある。
それは、希少な才能を事故や事件などから守るためだという。
だが、その実態は幽閉だったというわけか。
公爵はさらに続ける。
「それにしても大司教、クロード君を『怪異』と言ったか。それは残念な言われようだ。彼は《勇者》のみが扱えるとされる聖剣を使え、決して癒えない呪いを解くことができる。それのどこが『怪異』なのだ?」
「普通ではありえない事を成し遂げる。これを『怪異』と言わずなんと言うのです?」
「クロード君は街の人々を救ったのだ。彼は断じて『怪異』ではない。それに、『普通ではありえない事を成し遂げる』というのは、あなた方教会が説く『神の御業』や『奇跡』も同じことだ。ただそれが教会にとって有用か、有用でないかの違いでしかない」
公爵の言葉は、俺にとってはとても嬉しかった。
普通、力あるものは嫉妬され恐れられる傾向にあるが、彼は純粋に俺の力を認めてくれているように感じた。
一方の大司教は公爵に論破され、唇をワナワナと震えさせていた。
そんな大司教に、公爵は容赦なく論破を続ける。
「もしや大司教、教皇に無断で事をなそうなどと考えていないだろうね? レティシアから聞いたのだが、クロード君が聖剣を扱える様になったのは一昨日だそうだ。まさかたったの数日で、教皇と連絡がつくとは思えない」
「くっ……」
「教皇聖下は穏健派だ。もし君のように過激を通り越して違法行為をするものがいれば、決して放置しないだろう」
「ぐぬぬ……」
公爵は筋道立てて、大司教を追いやっていく。
やはり公爵は相当のやり手なのかもしれない。
「さて、どうする? 大司教。クロード君を自由にするというのなら、この件は国王陛下や教皇聖下には黙っておこう。もし彼を教会に縛り付けるというのなら──聡明な大司教であれば分かるはずだ」
「くっ……くそうっ! ──分かりました。今回は不問にします」
ようやく、老獪なる大司教は折れてくれた。
公爵の助力にはとても感謝している。
「よし。みんな、外に出ようか」
「はい!」
俺たちは公爵とともに、教会の応接室を後にした。
◇ ◇ ◇
「公爵、助けていただきありがとうございます。ですが、何故俺を助けてくれたのですか?」
「恩人である君を助けたいと思ったからだ」
教会の外にある広場にて。
公爵は俺の質問に対し、情熱的な目をしながら答える。
だが公爵ともあろうお方が、何の見返りもなしに格下の俺を助けるとも思えない。
「俺にはどうも、それだけではないように思います。あなたは効率主義的なお方だと思います。でなければ平民である俺を、出会って数日もしないうちに騎士に叙任したりしません」
「ふむ……一理あるな──確かに、打算がないわけではない。君には公爵家の広告塔として、活躍してほしいと思っていたのだ」
広告塔、か。
今のように公爵家の後ろ盾を使えるのであれば、その役割をこなすのは悪い話ではなさそうだが……
「俺は広告塔として、何をすればよろしいのでしょうか?」
「武勲を上げてくれればそれでいい。強力な魔物を倒すのもよし。武闘会で優勝するのもよし。後は公爵家が勝手に『《回復術師》クロードのパトロンは我々だ』と喧伝する。もちろん、君が公爵家の名前を使ってくれても構わない。あくまで常識の範囲内で頼みたいが、君のことは信用している」
公爵は淡々とした口調で説明する。
今の説明であれば、俺にとっては決して悪い話ではない。
要するに、いつも通りがんばっていればそれでいいのだから。
「それとクロード君、君に一つ頼み事があるのだが……」
「俺にできることであれば、協力します」
「レティシアの新たな婚約者を見つけてほしいのだ」
公爵は平然と、俺にとんでもないことを要求してきた。
一方のレティシアさんはというと、潤んだ目つきで俺の方を見ていた。
俺に公爵令嬢の婚約相手を探せるわけがない。
なぜなら公爵令嬢に釣り合うだけの相手と、知り合えるとは思えないからだ。
それに──
「『新たな婚約者』というのは、どういう意味でしょうか? まるで、以前は婚約者がいたかのような言い方ですが……」
「レティシア、話しても構わないね? ──彼女は実は、2週間前に婚約破棄されたのだ。しかも、我々を王都に呼びつけた上でね。先方いわく『真実の愛に目覚めた』ということだ」
レティシアさんはとても美人だし、明るく情熱的で、格下である俺やエレーヌにも優しい。
そんな彼女との婚約を破棄する男が一体どんな人物なのか、非常に気になる。
しかも、婚約破棄するためにわざわざ王都に呼び出すなんて、失礼にもほどがある。
──なるほど……この前オーガに襲われていた公爵家の馬車を、俺とエレーヌは助けた。
あの時は、婚約破棄された帰りだったのかもしれない。
「条件としては、聖剣を扱える素質を持つ者。人々を癒すのに長けた者。それと、レティシアと同年代の男だ」
公爵は静かに、ありえない条件を提示してきた。
聖剣を扱えるのは基本的に、《勇者》の天職を持つ者のみ。
そして《勇者》は魔術が使えないので、「人々を癒す」という条件には当てはまらない。
明らかに矛盾している。
ちなみに俺は年齢も含めて、公爵が述べた条件に合致している。
だが普通に考えて、公爵令嬢と結婚できるわけがない。
なぜなら俺は最近騎士になったばかりの、元平民の冒険者だからだ。
一方のエレーヌも「え、えええええっ!?」と驚いてた。
俺と同じことを考えているのだろう。
俺は公爵の依頼を断ることにした。
「申し訳ありませんが、不可能です」
「フフ……そう思うかね? 君ならいい男を見繕ってくれると思っていたのだが。まあ気が向いた時に探しておいてくれ──まったく、『灯台下暗し』ということわざを教えてあげたいくらいだ」
「私はクロード、あなたに期待しています。あなたのことは信用していますから。いっそのこと、今ここで──いえ、言わないでおきましょう。ここから先は万事がクロード、あなた次第なのですから。うふふ……」
公爵もレティシアさんも、俺に期待を寄せている様子だった。
レティシアさんに至っては、なぜか熱のこもった視線で。
そしてエレーヌは「ほっ……」と胸を撫で下ろしている様子だった。
恐らく、俺が公爵に頼まれた無理難題が、強制的なものではないと分かったからだろう。
公爵は「そうだ」と言って、何かを思い出したかのような素振りを見せた。
「クロード君、エレーヌさん。ダンジョン攻略おめでとう。遅くなってしまったが、祝福と感謝の言葉を贈りたい」
「ありがとうございます」
「それで、昨日のダンジョン攻略の報酬はもらったのか?」
「はい、今朝換金してきました」
教会に向かう前、俺たちはギルドホールに立ち寄った。
かなりの数の財宝や文化財を持ち帰ったので、鑑定には時間を要したのだが、一晩たった後にようやく金を受け取れるようになったのだ。
その額なんと、冒険者の平均年収以上。
しかも平均年収といっても、冒険者は死と隣合わせの職業のため、一般市民とは比べ物にならない額だ。
それだけの額を、たった一日で稼いでしまったのである。
「かなりの額だっただろう。もうそろそろ王都に移住できそうだな」
「はい。明日か明後日にも、出発しようかなと思っています──エレーヌ、ついてきてくれるか?」
「うんっ! もちろんだよ! えへへ……」
エレーヌはとても嬉しそうに、満面の笑みで答えた。
パーティメンバーにして幼馴染である俺としては、その返事はとても嬉しい。
公爵は俺たちの言葉を受けて、「そうか……」と呟いた後、こう切り出してきた。
「そこでだ。クロード君、エレーヌさん。我が娘レティシアも、王都に連れて行ってほしいのだ」
「はい、俺たちは構いませんが……レティシアさんが王都に向かう理由が分かりません」
「私は先程クロード君に『広告塔になってほしい』とお願いした。レティシアがいればそれが非常に捗るのだ。もし連れて行ってもらえるのなら、王都にある別荘に住んでもらっても構わないし、その他の恩恵もあるはずだ──お願いできるか?」
公爵の言葉に、俺とエレーヌはうなずいた。
「はい、もちろんです!」
「レティシアさま、よろしくおねがいしますっ!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね!」
こうして俺とエレーヌ、そしてレティシアさんの王都移住が決定した。
レティシアさんの優しさと情熱に心を打たれた部分もあったので、俺としてはまた一緒にいられることを嬉しく思った。
それと同時に、世界最強の冒険者になるビジョンが見えてきた。
王都というレベルの高い環境で高みを目指し、猛者たちを凌駕して王国一の冒険者となる。
そして王族に認めてもらい、その名を世界に轟かせる。
俺は新たに立てた短期・中期的目標を胸に、新天地である王都で活躍することを決意した。




