第36話 大司教との対談
「クロード、明日の教会の件ですが、私も連れて行ってください」
ギルドマスター経由で、大司教との会談が明日行われることが決定した直後。
俺はレティシアさんに、真剣な表情で頼まれた。
俺としては彼女を連れて行く理由がないので、一人で行くつもりだったのだが……
「それは何故ですか?」
「大司教が信用できないからです──彼は教義に厳格な方です。そのような方が、神学校を卒業していない人を高位の聖職者に迎え入れるはずがありません。きっと裏があるはずです」
もし大司教がレティシアさんの言う通りの人物であれば、確かに変な話だ。
俺は確かに普遍的な宗教を信仰している。
だが敬虔な信者というわけでもなく、教会や教義に関する知識がそれほど多いわけでもない。
そんな人物に、高僧が務まるわけがないのだ。
大司教に何か裏があるとするならば、公爵令嬢であるレティシアさんが同席してくれるのは心強い。
「分かりました。お願いします」
「レティシアさま、わたしもついていっていいですか?」
「もちろんです、エレーヌ。味方は一人でも多いほうがいいですから」
「はいっ!」
こうして俺たちは、明日の対談に向けて備えた。
◇ ◇ ◇
翌朝、俺はエレーヌとレティシアさんとともに、教会に向かった。
集合場所だった街の広場からしばらく歩き、ついに教会にたどり着く。
ここは王国で一二を争う都市であるためか、教会はものすごく荘厳な雰囲気を放っていた。
「う……なんか怖いね……」
「気持ちは分かります。なにせ相手は大司教ですから」
エレーヌとレティシアさんは、弱々しく呟く。
俺はそんな彼女たちをよそに、扉を開け放った。
◇ ◇ ◇
「ようこそ、クロード殿」
教会関係者に案内され、俺たちは応接室に連れられた。
それから数分後に現れたのが、この年老いた男──大司教だ。
大司教は俺に対し、丁寧に挨拶をする。
「レティシア嬢もようこそいらっしゃいました。まあ、まさかあなたまでいらっしゃるとは思いませんでしたが」
「クロードは我が公爵家の騎士ですから。大司教に対して失礼なことをしないように、同行した次第です。で、こちらの少女エレーヌもクロードの仲間であり、同席をお願いしました」
大司教の質問に対し、レティシアさんは淡々と応える。
実は彼女の言ったことは方便であり、「大司教が信用できない」という理由でついてきたに過ぎない。
大司教はさも面白くなさそうな表情を浮かべながら、レティシアさんに言った。
「そうでしたか……まあいいでしょう、どうぞお座りください」
俺たちは大司教に促され、応接室に用意されたソファに座る。
「クロード殿。あなたには司教として、大司教たる私を補佐していただきたいのです。いかがですかな?」
「申し訳ありませんが、辞退させていだきます。俺は世界最強の冒険者を目指しているので、この街には留まれません。それに、聖職者になるための教育も一切受けていませんので」
「くっ……」
大司教は俺の返事に対し、苦悶の表情を一瞬だけ浮かべる。
が、すぐににこやかな表情に戻った。
「いや、世界最強になりたいというのなら、職務の一環として魔王を討伐してきてくださればよいのです。《回復術師》でありながら聖剣に選ばれたのですから、あなたならきっと魔王討伐を成し遂げることでしょう」
「俺は聖職者になるための教育を受けていないのですが?」
「あなたにはこれから3年間、無償で王立神学校にて勉強していただきます。ですから教育についてはまったく問題ありません」
なるほど……流石に何の知識もない状態で、いきなり高僧として迎え入れられることはないのだな。
それはそれで、整合性が取れる。
とはいえ、大司教が俺に固執する理由を確認してからでないと、正しい判断はできない。
「何故そこまで、俺にこだわるのですか?」
「あなたは《勇者》にしか扱えないと言い伝えられていた聖剣の担い手となりました。さらに、決して癒えないというグリムリーパーの呪いを解き放ったそうではないですか。そのお力を司教として、我が教会で役立ててほしいのです」
確かに教会であれば、俺の《回復術師》としての力は遺憾なく発揮できるだろう。
《聖女》を始めとする聖職者たちはしばしば秘跡──あるいは回復魔術を用いて、病人を癒していると聞く。
それに司教ともなれば、安定した地位が保証される事となる。
それに、世界最強の冒険者になるのであれば、魔王討伐は必須だ。
職務の一環として魔王討伐ができるのであれば、問題はないはずだ。
だが、なぜか胸騒ぎがする。
この申し出を受けてしまえば、俺は自由を失うような──そんな気がする。
「聖剣は《勇者》にしか扱えない」という伝承は、教会の教えである。
さらに俺は、《聖女》ジャンヌですら癒せなかった呪いを解いた。
《聖女》は教会によって神格化された天職である。
そう考えると、俺の存在は教会の威信に関わるのではないかと思わざるを得ない。
「クロードをどうするつもりなのですか?」
沈黙する俺の代わりに、レティシアさんが大司教に向けて発言した。
すると大司教は、やや引きつった笑顔で答える。
「教会で働いてもらうだけですが?」
「本当にそれだけですか? 教会の威信に関わるクロードを、縛り付けたいだけなのではないですか?」
レティシアさんもどうやら、俺と同じことを考えていたようだ。
もっとも、彼女の推察は俺よりも具体的だったようだが。
だがそのおかげで、俺の心にあったモヤモヤが解消された。
やはりこの話は受けないほうが良さそうだ。
「レ、レティシアさま……それって本当なんですか!?」
「可能性としてはゼロではありません。ですがクロードが教会にとって規格外──あるいは異端であることは間違いありません」
「そんな……」
エレーヌはとても悲しそうな表情を浮かべていた。
俺は彼女の表情を見て、この話を断る決意を固めた。
一方の大司教は図星だったのか、眉を顰めている。
「ぐぬ……《回復術師》クロード殿、あなたには我が教会で働くことを強く要請する。もし拒否すれば、どうなるか──」
「──大司教、そこまでにしていただきたい。我が臣下たるクロード君に対して非礼を働くなど、公爵である私に対する侮辱だ」
突如、応接室に一人の男が現れた。
彼は公爵、この街と公爵領全体を統治する男である。




