第34話 水竜との決戦
ダンジョンの地下5階にある大きな湖では、蛇のように胴が長いドラゴンが水面から首を出している。
こちらには俺を含め、20人の冒険者しか残っていない。
最初は数百もいた冒険者は他のエリアで分岐したり、途中で撤退したりして、結果的に少数精鋭になったのだ。
岸辺にはレティシアさんやガブリエルを始めとする前衛職10人が、ドラゴンを見据えている。
彼らの後ろには、エレーヌやジャンヌを含む魔術師5人と弓使い4人が控え、手ぐすねを引いて待っている。
そして最後の一人たる俺は、プラチナのように白くまばゆく輝く聖剣を手に、指揮官・支援役として後方に待機している。
ドラゴンとの距離がありすぎるので聖剣を使う機会はないだろうが、念の為だ。
「ガブリエル、敵の注意を引きつけてくれ! 身体強化と自動回復魔術はもうかけてある!」
「ったく、人使いが荒いぞ! ──おい、デカブツ! かかってこいよ!」
ガブリエルは悪態をつきつつも両手剣を構え、ドラゴンに向けて挑発し始める。
本来であれば、敵を引きつけるのは《聖騎士》たるレティシアさんの役目だ。
だが彼女は公爵令嬢、強さが未知数のドラゴンを挑発させて、事故でも起きれば責任は取れない。
それに、ガブリエルの実力は俺も理解している。
レティシアさんを除けば、彼ほど壁役を任せられる人材はいない。
レティシアさんは俺の方を振り向いて無言の抗議をし始めるが、俺は首を横に振る。
彼女が納得してくれたのかは分からないが、剣を構え直してドラゴンをにらみ始めた。
ドラゴンはガブリエルに向かって首を伸ばす。
「グラアアアアアアッ!」
「くっ! こいつ、力強すぎだろッ……!」
ガブリエルはドラゴンの頭を、両手剣を使って受け止める。
だがほんの少しだけ、足が後方に滑っていた。
俺の魔術によって強化された《勇者》ガブリエル。
そんな彼でも押されるくらい、今回のドラゴンは非常に強力なのだ。
だが、今のでだいたいドラゴンの強さは分かった。
後は弱点を探るのみだ。
「おらあッ!」
ガブリエルは力任せに剣を振るい、ドラゴンの首を後方に吹き飛ばす。
ドラゴンは怒り狂い、大口を開けて叫ぼうとしている。
「後衛、口・胴体に攻撃!」
俺の指示で、魔術師や弓使いたちが攻撃を始める。
まず、巨大な火球がドラゴンの胴体に命中する。
だが、ドラゴンはまったく意に介していない。
次に、矢がドラゴンの胴体に向けて放たれる。
しかし、外皮がとても硬いのか、弾かれてしまった。
エレーヌは1本の雷の矢を生成し、勢いよく射出する。
それは、咆哮をあげようとしたドラゴンの口に命中した。
「ギャアアアアアアッ!」
──弱点は口、もしくは雷魔術か!
ドラゴンの体表には電流が流れ、悶え苦しんでいる様子だ。
ドラゴンは攻撃を仕掛けてきたエレーヌを睨みつけ、襲いかかってくる。
だが──
「レティシアさん、今です!」
「はい──こっちです!」
エレーヌを喰らおうとしたドラゴンは、レティシアさんの声によって静止させられる。
《聖騎士》の天職は敵愾心を煽るのに適した職業、その強制力に抗うのは難しい。
ドラゴンが静止した隙に、俺はレティシアさんに支援魔術を施す。
ドラゴンの首とレティシアさんの両手剣がぶつかり、激しく火花が散る。
彼女は一歩も下がることなく、ドラゴンを剣で弾き飛ばした。
「レティシアさま、ありがとうございます!」
「いえ、ご無事でなによりです!」
レティシアさんとエレーヌは無事だ。
俺はその事に胸を撫で下ろすが、すぐに気を取り直して指示を出す。
「後衛、今度は口だけを狙って攻撃だ!」
魔術師は魔術を放ち、弓使いは矢を放つ。
矢が口に刺さるが、ドラゴンにはあまりダメージを与えられていないようだ。
火球はまったく通用しておらず、氷の矢も光線も効果が薄い。
だが──
「ギャアアアアアアアアッ!」
エレーヌの雷魔術がドラゴンの口に命中した途端、ドラゴンは大声をあげてのたうち回り始めた。
その結果として水面がゆらぎ、それが津波となって押し寄せてくる。
冒険者たちは大きな波を見て、慌てふためいている。
「ヤ、ヤベえぞ!」
「きゃああああっ!」
「魔術師は波を凍らせるんだ! 俺がサポートする!」
俺は指示すると同時に、魔術師たちに支援魔術をかける。
魔術師の潜在能力を一時的に高め、瞬発的な破壊力を増すための魔術だ。
「《水よ、彼のものを凍てつかせよ!》」
エレーヌを始めとする魔術師たちが、冷静に詠唱を行いつつ魔術を発動させる。
その甲斐もあって波は完全に凍結し、津波被害は予防できた。
危難が去ったので、俺は次の攻撃について考える。
魔術師や弓使いの攻撃により、ドラゴンの弱点は確定した。
口の中への攻撃が最もダメージを与えやすく、弱点となるのは雷属性魔術だということだ。
一回目の攻撃では確証が持てなかったが、今の攻撃ではっきりした。
次の一撃で、ドラゴンを消し飛ばす。
「エレーヌ。魔力消費量は気にしなくていいから、ドラゴンの口にありったけの雷魔術を使ってくれ。全力でサポートする」
「うんっ!」
「《光よ、彼の者に力を与えよ!》」
俺の詠唱により、エレーヌの身体はキラキラと輝き出す。
エレーヌは手のひらや光の粒子を見つめて、「きれい……」と見惚れている様子だった。
が、すぐに気を取り直したようだ。
右手をドラゴンの方へ突き出し、エレーヌは大声で詠唱する。
「《雷よ、矢となりて彼の者を貫け!》」
エレーヌは手元に、まばゆい光を放つ電流の矢を生成する。
矢は目にも留まらぬ速さで射出され、ドラゴンの口元を射るべくまっすぐ進む。
ドラゴンは攻撃に反応して回避行動を取ろうとするが、時既に遅し。
高圧電流はドラゴンの口どころか首までも消し炭に変えたのだ。
ドラゴンは首なしの胴体をビクッと痙攣させたあと、湖の中に沈む。
断末魔の叫びをあげることすら許されなかったのだ。
津波については心配ない。
ドラゴンが死滅した直後に、新たに発生した波を魔術師たちが凍結させたからだ。
冒険者たちは一連の流れを目の当たりにし、湧き上がる。
「す、すげえええええっ!」
「エレーヌちゃんだったかしら。こんな小さくて可愛い子が、こんなに強いだなんて思わなかったわ!」
「カッコ可愛いです!」
「い、いえいえいえ! クロードくんが援護してくれたおかげですからっ!」
エレーヌは顔を真っ赤にしながら謙遜している。
見ていて可愛らしいが、放置するのも可哀想だ。
「エレーヌ、ありがとう。君がいなかったらドラゴンは倒せていなかったはずだ」
「そう、かな……?」
「そうだ。だって俺は攻撃できなかったんだから」
そう……俺は《回復術師》、攻撃性の高い魔術は使えない。
さらに、ドラゴンは離れた位置にいたので、自慢の剣術すらも届かなかった。
聖剣の真の力を発揮すれば、遠距離攻撃も可能だ。
だがこの先にも強敵が潜んでいる可能性を考慮すると、万策尽きた後まで温存すべきである。
エレーヌは俺の言葉に対し、はみかみながら返事した。
「うん、分かった……クロードくんも、援護してくれてありがとうね──それでね? お願いがあるんだけど……魔力、分けてくれないかな……? ありったけの魔力使っちゃったから、疲れちゃった……」
エレーヌは申し訳無さそうに、俺に頼んできた。
確かに顔を真っ青にしており、魔力欠乏症の徴候が見られる。
このまま放置しておくと、魔力が自然回復するまでは日常生活にすら支障をきたしてしまう。
「分かった。一旦横になってくれ」
「うん……」
エレーヌを横に寝かせた後、俺は彼女の胸──正確には心臓の位置に手を置く。
どうしてだろう、医療行為のはずなのに柔らかさを意識せざるを得ない。
ジャンヌに施術をした時は、こんな余計なことを考えてはいなかったのだが……
ジャンヌよりも小さな胸なのに、何故こんなに柔らかくて気持ちいいのか……
「な、なんかくすぐったいね……」
エレーヌは弱々しく、しかしなぜか心地よさそうにそう言った。
これから治療だというのに、緊張感がないようだ。
まあ、そちらのほうがやりやすいのかもしれないが……
──今、俺がエレーヌを意識している理由が、ようやく分かった。
ジャンヌの時は一刻を争う事態だったが、今のエレーヌはまだ初期症状の段階で余裕がある。
今焦って治療をしなくても命に別状はないため、別の部分に意識が向いてしまっているのだ。
俺は邪念を捨て去り、魔術に変換する前の純粋な魔力を一気に注ぎ込む。
「──うっ! ──あ、ありがとう。クロードくんの魔力を感じるよ……えへへ」
先程まで真っ青だったエレーヌの顔も、今となっては血色が良くなっている。
いや、むしろ顔がとても真っ赤で、目が潤んでいるのがとても気になるが、それはまあいい。
その後、エレーヌに簡単な回復魔術を施す。
歩けるレベルにまで回復したのを確認した俺は、冒険者たちに呼びかけた。
「みんな、先に進もう」
「おう!」
俺たちは数百メートル先にある黄金の扉を目指して、橋を渡り始めた。
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